勇者の隣は、茨道。〜能力無しから、自分の力で望んだ未来を切り拓く〜 作:といα
「これで‥‥‥あと2人」
アベルは顔の血を全て拭いながら、残った2人に視線を向ける。
「パ、パパっ‥‥‥!!!」
「こ、この化け物が!!!! 近寄るなぁぁ!!!」
それは騒動の元凶リパルと、その父ルバリ。
傭兵が全て倒されたことで、彼らは完全に弱腰となっている。
「そ、そうだっ!! それ以上動くな!! この子がどうなってもいいのか!!?」
だがルバリが懐に隠し持っていた短剣を、アリシアの首に向けようとする。
「ーーー黙れ」
アベルは冷たい声を出すと、一気に距離を詰めて左拳を振り抜く。少しも躊躇しない。
ルバリの雰囲気から、アリシアを殺す覚悟は無いと分かりきっていたのだ。
「ぶごぉぉッ!!?」
そしてアベルの思い通り、ルバリが短剣で彼女の首を切る間もなく‥‥‥アベルの右手が、彼の顔面を殴り飛ばす。
「ごふっ、ば、、ばけ‥‥‥」
ルバリが涙と血を流しながら呻き声を吐き、仰向けに昏倒する。
「ぱ、パパぁぁぁッ!!!」
リパルは父の状態を案じるも、駆け寄る事が出来ない。雇っていた傭兵を全て倒したアベルに、両足が震えている。
「な、なんだよお前ッ!!! ナパロ家の嫡子である僕に喧嘩を売って、タダで済むと思ーーー」
苛立ちを見せたリパルの声は、視界を埋め尽くした
「ぐぼぁッ!!?」
アベルは手加減して、リパルの顔面を殴り飛ばした。仰向けに倒れて泣き叫ぶリパルを、淡々と見下ろす。
「お前こそ、タダで済むと思うな。どうして罪もない人の人生を‥‥‥簡単に奪うような真似ができる」
そう言ったアベルの目は、どこまでも吸い込みそうな深淵を覗かせていた。
「ひ、ひいッ!?」
リパルが必死に逃げようと後ずさる。彼の股からは液体が漏れ、床の一部に広がる。
「ゆ、許してッ!!! か、金ならいくらでもやるから!!!」
リパルが恥も外聞も知らぬ発言を行う。
懇願する彼の姿は、見ていられないほど醜い。
「アリシアの人生を‥‥‥勝手に金で買おうとした奴の言葉は、やっぱり説得力あるな」
アベルは完全に煽るような言葉を返すと、しゃがみ込んでリパルの首を掴む。
「つ、冷たッ!?」
すると首の周囲の気温が下がっていき、リパルは驚きの声を漏らす。それを見ていたアリシアも驚いていた。
「よかったな。僕の氷属性魔術はこれくらいが精一杯だが、アリシアが同じ事をすれば‥‥‥お前は冷凍人間だ」
「ひ、ひいッ!!!!」
「今から試してもらおうか?」
アベルは意識的に、リパルの恐怖を煽っていく。もう二度と、アリシアへ近づけないように。
「楽に死ねると思うなよ」
アベルは淡々と呟くと、空いていた右手でリパルの顔を殴る。
「ごふぁっ!! い、いだいッ!! やめデェェェェェ!!!」
リパルが悲鳴を上げるが、アベルはお構い無しに殴り続ける。
「黙れよ」
左手でリパルの首を掴んだまま気温を下げ、右手で手加減して殴り続ける。
できるだけ、意識を保たせたまま苦しむように。
「がぁ、ぁ、は」
リパルはもう、顔の原型を留めてないほど殴られ放心状態となっていた。馬乗りになって恐怖を刻み込んだ少年は、ようやく立ち上がる。
「お前が好き勝手やったから、僕も好き勝手やった。それだけだ」
アベルは興味を失せたのか、放心状態のリパルを放置して踵を返す。
「どいつもこいつも‥‥‥身勝手に人生を狂わせやがって」
そしてアベルは駆け寄り、
「‥‥‥ごめん、遅れた」
「アベルくんっ‥‥‥私のせいで、こんな怪我をっ」
アリシアが縛られた状態のまま、泣きじゃくる。
アベルは少し困った様子で室内を物色し、やがて見つける。
「たぶん、これで手錠を外せるはず」
それはアリシアの両手首に付けられている、魔力封じの手錠の鍵。鍵穴に差し込むと、手錠は音を立てて床に落ちた。
「もう少しだから」
アベルは励ますように呟くと、椅子に縛られているアリシアの両手足の縄を解いていく。
遂に‥‥‥アリシアが解放された。
「ごめんなさいっ‥‥‥私のせいでっ!!」
だがアリシアは、両膝を床に付けて嗚咽を漏らす。アベルの顔を見て、ひたすら泣き続ける。
アベルの額や鼻、そして口からは‥‥‥何度も出血した痕跡が残っていた。
「大丈夫、いい経験になったよ。それに鼻血は後遺症みたいなもので、戦闘の怪我じゃないし」
アベルは意識して優しく話すと、鼻を抑えて苦笑を浮かべる。
「こ、後遺症‥‥‥?」
アベルは今回、嗅覚を限界以上に魔力で強化した。
それで脳が異常を検出し、鼻血が出たのだ。
「まあ、そのうち治るから大丈夫」
彼女の匂いを嗅いでここまでやってきたと、アベルは自分の口で話すのを躊躇った。
「謝るくらいなら、もっと別の言葉が欲しい。僕は勝手に動いただけだから、それだけでお釣りがくる」
アベルは少し飄々と言いのける。
自分から何かをねだるのが恥ずかしいのか、少し視線を逸らして顔を赤くしていた。
「アベルくん‥‥‥うんっ、助けてくれて本当にありがと!!」
そしてアリシアが‥‥‥笑顔で抱き着いた。
涙は今も流れているが、彼女は憂いのない笑顔を浮かべている。
「やっぱ、感謝されるのって‥‥‥」
アベルは次第に声が小さくなっていく。
「これで、恥ずかしくない、、自分に‥‥‥」
そして、目を閉じて脱力してしまった。
その背中を、アリシアが咄嗟に支える。
「アベルくん!? 大丈夫!?」
嗅覚の強化による脳への一時的な後遺症。
屋敷に侵入するまでと、室内までの激闘。
さらにアリシアを助け出せたことによる、緊張の緩和。
「心は、ずっと‥‥‥‥‥‥」
それらが重なった結果、アベルは意識を失ってしまう。
「ありがとう‥‥‥アベルくんっ」
アリシアが優しく抱き締める。彼女の声は、既にアベルには届かなかった。
「ーーー動くな!!!」
すると突然、第三者の声が扉の方から響き渡る。
室内で唯一、意識のあるアリシアが顔を向けた。
「アストリア王国軍だ!! 状況を改めさせてもらーーー拉致されたのは君かい!?」
扉の前に立っていたのは20歳前後の青年。白を基調とした隊服の胸元には、王国軍の紋章が入っている。
「王国、軍‥‥‥?」
アリシアは事態が飲み込めず、言葉を反芻する。そして青年は室内の状況を見渡し、目を見開いた。
「な、何があったんだ‥‥‥」
彼の視線は室内を細かく見渡し、やがて1箇所で止まる。
「‥‥‥‥‥‥」
穏やかな表情で目を閉じている、金髪少年へと。