勇者の隣は、茨道。〜能力無しから、自分の力で望んだ未来を切り拓く〜   作:といα

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第4話 この世界は

 数日後、孤児院。

 

「よし、できたぁ!」

 

 セリカが笑顔で‥‥‥本の栞を掲げる。

 

「綺麗‥‥‥」

 

 それは‥‥‥青薔薇の押し花で作られた、本の栞。

 

「見て見てアベル〜!」

 

 セリカが青薔薇の栞を持って、笑顔で駆け寄る。だが彼女はすぐに目を見開き、頬を膨らませていた。

 

「ーーー動いたらダメっ!! 安静にしてないと!」

 

「大丈夫だって。セリカがちゃんと手当してくれたからさ」

 

 アベルは苦笑いを浮かべ、嗜めてくる彼女に言葉を返す。

 

『包帯が無いから、これで巻かないと‥‥‥』

 

 数日前の怪我により、アベルの左腕は布を巻く事で固定されている。それを考慮して、袖の短い服を着ているほどだった。

 

「跡が残らなければいいんだけど‥‥‥()()()()、傷跡が増えませんように」

 

 セリカが視線を落とし、小声で呟く。彼女の視線は‥‥‥アベルの()()に向けられていた。

 

「あ、これのこと?」

 

 アベルの左肩には‥‥‥何かで切られたような傷痕が残っている。

 

「そんな気にしなくていいって。この肩の傷痕、いつ出来たか覚えてないんだし」

 

 アベルは一切気にしていなかった。

 覚えていないくらいの怪我なら、大した事はないと思っていた。

 

「‥‥‥覚えて、ないの?」

 

 すると、セリカが小声で慎重に呟く。何かを探るような、視線を向けられる。

 

「? セリカ?」

 

「っ、ううん、何でもない。痛かった記憶なんて無い方がいいもんね!」

 

「うん、セリカの言う通りだね」

 

 アベルは励ますように呟き、彼女の手のひらを優しく握った。

 

「‥‥‥セリカが傷付かなくて、本当によかった。女の子なんだから、もっと色んな服を着れないと勿体無いからさ」

 

「私、別に服にこだわり無いよ‥‥‥?」

 

 遠慮がちに話すセリカ。

 至る所が擦り切れた、無地のワンピース。

 

「いま着れるの、これともう一着しか無いし」

 

 普通なら着ないほど傷んでいるものを、彼女はずっと片付けている。

 セリカが綺麗だからこそ、その痛んだ服は余計に目立つ。

 

「ごめん、無理して着飾らなくてもいい。セリカはいつも可愛いから、つい色んな姿が見たかっただけ」

 

 そんな彼女を見つめ、アベルは素直な気持ちを伝えた。

 

「アベル‥‥‥」

 

 セリカが目を見開き、次第に頬が紅潮していく。

 

「‥‥‥責任、取ってよ?」

 

「へ?」

 

 だが、ここでアベルは素っ頓狂な声を漏らした。

 頬を赤く染めて見つめてくるセリカ。

 アベルは、理解が出来てない感情が昂っていく。

 

「大きくなって、自分の力で生活できるようになったら‥‥‥色んな服を着てあげる。アベルには、私に似合う素敵な服を選んでもらうから」

 

「‥‥‥うん。喜んで」

 

 アベルは笑顔で即答する。むしろ、自分から頼みたいくらいだった。

 それを見たセリカが少し息を詰まらせながら、上目遣いになる。

 

「‥‥‥絶対、だよ?」

 

「わかってるって」

 

「‥‥‥約束、だからね」

 

「うん」

 

 アベルは即座に頷くと、セリカが小指を向けてくる。

 

「‥‥‥昨日もやったのに?」

 

「いいじゃんっ、何回やっても!」

 

 彼女の笑顔に促され、アベルは小指を差し出す。

 

「ーーー何があっても」

 

「ーーー離れ離れになっても」

 

 アベル、セリカと交互に呟き、そして小指を。

 

 

      ーーーダン、ダン、ダン!!

 

 

 すると突然、孤児院の扉に衝撃が走る。

 外側から強く叩かれ、聞きなれない音が響く。

 

「な、なに急に」

 

「セリカっ」

 

 アベルは咄嗟に、不安げに扉を見つめるセリカを背中に回し、少しずつ下がらせる。

 

 

         ーーーダァンッ!!

 

 

 やがて扉が勢いよく開かれると、中に入ってきたのは‥‥‥二人の男。どちらも、白を基調とした服を着ている。

 

(なんの服だ‥‥‥?)

 

 だが世間を知らないアベルには、それが何を意味するか分からない。

 

「‥‥‥間違いない。あの子だ」

 

「すごい魔力。こりゃあ本物だなぁ」

 

 男たちが、一点を見つめながら何かを話し合う。

 アベルはその間も警戒を解かずに、後ろのセリカを守ろうと必死だった。

 

「ーーー驚かせてすまない。私たちは、アストリア王国騎士団の者だ。ここの経営者にも既に()()()()()を納めて、話は通している」

 

「金品‥‥‥? 納めた‥‥‥?」

 

 男が淡々と話し始めると、アベルは更に警戒を強める。後ろのセリカを守るべく、無意識に。

 騎士団という存在は分かっていないが、只事では無い事をアベルは本能で悟っていた。

 

 

「ーーーセリカ()()()()()()様」

 

「‥‥‥ぇっ?」

 

「あなたはアストリア国王陛下の、側室の御子。更に()()の血筋であると判明しました」

 

 話されたのは、あまりにも突拍子の無い話。

 

 

「っ‥‥‥」

 

 セリカが息を漏らし、アベルの背中に強く抱き着く。彼女の両手が、酷く震えている。

 

「よって、お迎えに上がりました。これからはこんな劣悪な環境ではなく、何一つ不自由なく幸せに暮らせるのです」

 

 男の言葉は、アベルにとって‥‥‥あまりにも聞き入れ難いものだった。

 

「15歳になれば、アストリア王立学院に入学できます。多くの事を学び、セリカ様は幸せにーーー」

 

「っ!!」

 

 するとセリカが、アベルの背中をいっそう強く抱きしめる。離れたくないと、態度で分かる。

 

「いやっ!! ぜったい行かないッ!!!」

 

 やがてセリカが、大声を出していた。

 そして縋り付くように、アベルの背中に頭をくっ付ける。

 

「王家の血なんて知らない!! 勇者なんて知らないッ!!」

 

「‥‥‥セリカ様」

 

「うるさいっ!! そんな呼び方しないでっ!!」

 

 セリカが大声で反抗する。

 

「今の暮らしが私にとって、何よりも幸せなの!!」

 

 そして、涙混じりに言い放つ。

 その言葉を聞き、アベルの気持ちは定まった。

 

「‥‥‥セリカはこう言ってる」

 

 絶対に、セリカを守るという決意を固める。

 

「帰ってくれ。セリカは行きたくないみたいだから」

 

 アベルは右手で彼女の頭を優しく撫で、キッと男たちを睨み付ける。体格が二回りも違う大人に、少しも躊躇しない。

 セリカを守るためなら、誰にだろうが噛み付いて見せる。

 

「‥‥‥なるほど。泣ける話だねぇ」

 

「ーーーお前、セリカ様から離れろ。さもないと、痛い目に遭うぞ」

 

 すると、片方の男の態度が一変。

 セリカに向けるものとは違う、冷たい視線。

 

「そんな事で引き下がるほど、ぼくの気持ちは軽くないッ!!」

 

「アベルっ‥‥‥!」

 

 アベルは声を荒げて、二人の男を更に睨み付ける。

 まるで、『セリカを怖がらせるな』と言わんばかりに。

 

 

「ーーー軽いよ。子供の我儘なんてものは、根拠も無く鬱陶しいだけだ」

 

「っ!?」

 

 一人が床を蹴って突進し、アベルたちに近付く。その姿を、アベルは目で追えなかった。

 

「ーーーがっ!?」

 

「アベルっ!!」

 

 突然、アベルの身体が宙に浮く。セリカの手が離れていき、視界の上下が反転していた。

 アベルは、勢いよく蹴り上げられたのだ。

 

「気安く王女様に触れるな。孤児の分際で」

 

 背後で男の声が聞こえた瞬間‥‥‥アベルは腹を蹴飛ばされていた。

 

「ぐぁっ!!?」

 

 呻き声を漏らしながら扉の外まで吹き飛び、地面を何度も転がる。子供と大人‥‥‥まさに雲泥の差がある。

 

「く、そっ‥‥‥」

 

 溢れる唾液と、零れる血。

 アベルは必死に右手の力を振り絞り、うつ伏せの状態から立ちあがろうとする。

 

()()も碌に扱えない奴が、大口を叩くな」

 

 扉から外へ出た男が、そんなことを呟く。

 

「ま、りょく‥‥‥?」

 

 アベルは腹を押さえながら、男を睨み付ける。

 

「セリカ様を見てみろ。とんでもない魔力反応だ。まさに勇者の血筋。孤児のお前はもちろん、王国騎士の俺たちとも次元が違う」

 

 男が淡々と話す。

 アベルは家の中から駆け寄ってくる、セリカを見つめる。

 

(もしかして、セリカが化け物を倒した時から感じる‥‥‥()()のことかっ)

 

 セリカの全身から湧き立つ、謎の気配。アベルが直感で怖いと感じてしまった、異質なもの。

 

「セリカ様が魔力で身体を強化したら、こんな孤児院はデコピンだけで破壊できるだろうな」

 

 そして、それは自分を押さえ付ける男の全身からも感じられる。

 

「諦めろ。お前が何度生まれ変わっても、セリカ様とは釣り合わない」

 

「いや、だ‥‥‥!!」

 

 そんな言葉に、アベルは反射的に首を横に振る。四つん這いの状態で、必死に両手足に力を込める。

 

「我儘な子どもは嫌われるぞ?」

 

「うぎッ‥‥‥!?」

 

 するとアベルは右腕を掴まれ、そのまま地面にねじ伏せられてしまう。

 

「正直、無駄な殺しはしたくないが」

 

 そして、アベルは首筋に剣を突き付けられた。

 怪我をした左腕は今も布で固定しているため、アベルは身動きが取れない。

 

「くそっ、放せッ!!!」

 

 アベルは怒りを込めて、右腕を掴んでくる男を睨み付ける。

 

 

        「ーーーやめてッ!!!」

 

 

 アベルの耳に、甲高い叫び声が届く。胸が張り裂けそうなほど苦しく、突き刺さるように痛かった。

 

「わたし、行くからっ‥‥‥」

 

 セリカが涙を流し、小声で言い放っていた。

 

「まっ、て‥‥‥セリカっ」

 

 アベルは必死に、縋り付くように話しかける。右腕を捻り上げられている事など、どうでも良かった。

 

「もう、潮時だったのね‥‥‥」

 

 セリカの口から漏れ出た言葉。

 アベルは息をするのも忘れ、絶句してしまう。何も出来ない、不甲斐ない自分に、嫌気が差す。

 

「やっぱり‥‥‥夢はね、いつか終わるって思ってた」

 

「っ、セリカっ」

 

 アベルは不安に呑み込まれていた。必死に名前を呼び、彼女を見つめる。そして‥‥‥絶望した。

 

「アベルっ‥‥‥」

 

「ぁッ」

 

 セリカが‥‥‥小指を向けている。アベルだけが、その意味に気付く。

 

 

『ーーー何があっても』

 

『ーーー私たちの』

 

 

「お前っ、何を!? 暴れるなっ!!」

 

「うぎっ、がぁっ、セリカっ!!!」

 

 アベルは必死に男の腕を振り解き‥‥‥右手の小指を差し出す。限界まで伸ばし、必死に、必死に。

 

「‥‥‥‥‥‥ごめんっ」

 

 

 涙を流すセリカが、小指をギュッと握って閉じた。

 

 

「ーーーぁ」

 

 アベルの小指を無視した形で、無機質に。

 まるで‥‥‥もう絡む事は無いと、言わんばかりに。

 

「ぁ、あぁっ、セリカっ‥‥‥!! 待ってッ」

 

 アベルは勝手に息が上がり、唇が震える。

 儚い約束さえも、残してくれない。

 

「私のことは、忘れて‥‥‥それが、絶対にあなたのためだから」

 

「何言ってるんだ!? 忘れられるわけ無いだろっ!!!」

 

 彼女の言葉を、アベルは到底受け入れられない。

 無我夢中で叫び、視界が涙で滲んでいく。

 セリカが顔を上げて、優しく微笑む。

 

「‥‥‥じゃあね、アベルっ。私がいない方が、あなたは絶対に幸せになれるから」

 

 そう言った彼女は、止めどなく涙を流していた。

 彼女の手には‥‥‥青薔薇の栞が握られている。

 

「待ってッ!! 待ってくれッ!!!?」

 

 アベルの声は、彼女の歩みを止められない。

 

「元気でね‥‥‥アベルっ」

 

 そう言って歩いていく、セリカ()()()()()()

 彼女の後ろ姿を‥‥‥アベルは見届けることになる。

 

「セリカっ‥‥‥セリカぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 アベルは、自分の無力を呪った。

 自分が弱いせいで、彼女が要求を受け入れるしかなかった。全て、自分自身が招いた最悪の運命だと。

 連れて行かれるセリカは、どうなってしまうのか。

 考えるだけで、吐きそうだった。

 

「ぅぐっ‥‥‥!?」

 

 突然、左肩が激しく痛み出す。

 それは思わず、歯を食いしばるほどの鈍痛。

 アベルは声も出せず、身動きすら取れない。

 

「なん、なんだよッ‥‥‥!!?」

 

 全てが、憎い。

 

 

「ーーー辛いよな。到底、受け入れられないよな」

 

 左腕を押さえて蹲っていたアベルは、前に立っていた男に話しかけられた。

 さっきの男と同じ隊服に、乱れた茶髪と顎の無精髭が印象に残る謎の男。

 

「っ‥‥‥!!!」

 

 アベルは涙目で睨み付けながら、男を見上げる。乱れた茶髪の中にある、彼の目と視線が合う。

 

「この世界は、強い奴が全てを奪っていく。それが真実だ、少年」

 

 男が淡々と呟いた後、踵を返して歩いていく。

 

 

「セリカっ‥‥‥!!」

 

 動けないアベルには、もうセリカの後ろ姿も見えない。幸せだった時間は、まるで嵐のように過ぎ去ってしまった。

 

「ぼくは絶対っ、君のもとまでッ‥‥‥!!」

 

 涙を滲ませるアベルは、必死に右手を伸ばす。

 

「がッ‥‥‥!!?」

 

 だが左肩の激痛が、遂に頭へと影響を及ぼす。

 

「絶対っ‥‥‥また、会いにっ‥‥‥‥‥‥」

 

 瞼(まぶた)が、勝手に閉じていく。

 だがアベルは、視界に映る最後の時まで‥‥‥彼女が去っていった方向を見つめていた。

 

「い、く‥‥‥‥‥‥」

 

 これは、勇者の隣にいた少年の話。

 

 

「‥‥‥すまない。少年」

 

 たとえ茨(いばら)の道だろうと突き進む‥‥‥勇敢な少年の物語。

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