勇者の隣は、茨道。〜能力無しから、自分の力で望んだ未来を切り拓く〜   作:といα

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第6話 実戦

「‥‥‥行ってきます」

 

 アベルは夜明けに、孤児院を飛び出していく。

 三個のパンと、革袋を背中に背負いながら。

 

「これが保つ前に辿り着かないと‥‥‥」

 

 二日分の食糧を、食べない事で集めていたのだ。

 アベルのお腹からは、ぐぅっと音が鳴り続けていた。

 

(確かここをまっすぐ走っていけば‥‥‥)

 

 アベルの中で、目的地は決まっていた。物心つく前から過ごした場所。なんとなく、周辺の事は感覚で把握していた。

 

「ーーーっ」

 

 走っていたアベルは、少しだけ息を乱す。

 視界の先に映る‥‥‥小さな花畑。セリカとの思い出が詰まった‥‥‥大切な場所。

 だが大半が既に荒れていて、花弁が風で靡いている。

 

「‥‥‥行ってきます」

 

 アベルは横を走りながら、視界に映る花畑へ声を出す。無性に声を掛けたくなり、通り過ぎるまで見続けた。

 

「もしかしたら、もう見れなくなるかもしれない‥‥‥だから、また元気に咲いてほしい」

 

 それは、これから行う計画の‥‥‥失敗を考慮した言葉だった。

 

 

 

 ダラス森。

 孤児院から数時間歩いた先にある‥‥‥深い森。

 てっぺんが見えないほどの高さがある木が、無数に無造作に生えている。

 太陽の光が殆ど当たらないほどの、森林。

 

(‥‥‥遠くからセリカと見た事はあったけど、こうやって入る事はなかった、はず)

 

 普通は九歳の少年が、気軽に足を踏み入れていい場所では無い。アベル自身、中に入った事で痛いほど理解した。

 

「でも‥‥‥魔物は暗く、ジメジメした場所を好む。孤児院にあった本に、確かそう書いてた‥‥‥」

 

 だがアベルは独り言を呟きながら、慎重に森の中を進んでいく。

 こんな深い森の中を無策で入れば、迷うのは確実。

 

「‥‥‥ふぅ」

 

 そこで、アベルは魔力を活用することにした。

 定期的に、落ちている葉に自分の魔力を流すのだ。

 これを、ダラス森に()()()()から繰り返している。

 

「よし、遠くても僕の魔力を感じる。入り口からここまで、直進できてる‥‥‥」

 

 魔力は力の源。

 アベルは魔力の流れを理解し、制御する技術がある。そのため、自分の魔力なら遠くても感じ取る事ができる。

 森で迷わないための、アベルにとっての命綱。

 

 

         「ガルルっ‥‥‥」

 

 

 そして、その命綱は‥‥‥()()()()()()()

 

「っ‥‥‥!!」

 

 後ろから聞こえた謎の声に、アベルは息を止めて振り返る。

 

「おっ、オオカミっ‥‥‥!!!」

 

 少し先にはーーー葉を食べて喉を鳴らす、灰色の狼。アベルが魔力を通した葉を、食べている。

 

 魔力は、遠くでも感じ取れる。

 アベルが魔力を制御しようと特訓したのは、自分を取り押さえた男の魔力を感じたから。

 つまり‥‥‥他者にも、自分の魔力を感じ取られる。

 

「あ、あ‥‥‥!!」

 

 アベルは失念していた。森で迷わない事に意識を向けすぎて、肝心な事に気付いていなかった。

 魔力を残す事で、自分の居場所を周囲に知らせていたことに。

 

「ハッ、ハッ、ハッ」

 

 狼が息を乱しながら葉を食べ終わり、アベルを見つめる。その目付きは‥‥‥あまりにも鋭い。

 その狼は、アベルを簡単に押し倒せそうなほどに大きかった。

 

 

「ーーーうぁぁぁぁッ!!!?」

 

 

 気付けば、アベルは走り出した。自分よりも大きい灰色の狼が、獲物を見つけた目をしていた。

 そして、後ろから聞こえるーーー軽やかな足音。

 

「ヴぁぁぁぁぁぁッッ!!?」

 

 恐怖心が募っていく。叫ばずにはいられない。

 人間を遥かに超える俊足。強靭な足。異様に発達した2本の牙。そして、魔物特有の禍々しい気配。

 

 

          『ケケケケケ』

 

 

 思い出す。自分とセリカを襲った、異形な生物を思い出す。初めて魔物と対峙した時を、思い出す。

 

(あんな動きの速い狼なんて無理だっ‥‥‥!! もっと弱くて、倒せそうな魔物じゃないとーーー)

 

「うぁッ!?」

 

 必死に走っていたアベルは、木の根に足を取られ‥‥‥地面を転がる。

 

「くそっ、ふざけーーー!!?」

 

 愚痴をこぼした瞬間ーーー狼が飛び付いてきた。

 

「バウッ、ハッ、ハッッ!!」

 

 激しい息遣いと共に、狼が頭を突き出して口を広げる。口の中はーーー真っ赤に染まっていた。

 

「うぁぁぁぁッ!!!?」

 

 アベルは咄嗟に両手を前に出し、狼の頭を必死に押し返そうとする。だが狼の力は凄まじく、激しく頭を振りながら跳ね除けてくる。

 

「グォァッ!!!」

 

 狼の前足も激しく動くことで、アベルの両腕に爪が食い込み、引き裂かされていく。

 

「いっーーーなんでこんな時にッ!!!?」

 

 突然、アベルは歯を食いしばりながら大声で叫んでいた。目の前の狼だけでなく、別の事にも意識が向く。

 ーーー左肩が鈍く痛み、燃えるように熱いのだ。

 

「ざけんなッ!!!? なんで僕がこんな目にッ!!?」

 

 もう、何が何だか分からなくなっていた。狼に襲われ、左肩の激痛にも襲われる‥‥‥極限状態。

 気が狂いそうになり、必死に叫びながら両手に力を込める。

 

「ゔぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 

 不意にーーー狼の頭が軽くなった。

 

「キャウッ!!?」

 

 狼を()()()()()()()()事に、アベルは気付いていない。

 高い声を出しながら、狼が地面に落ちて暴れ出す。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 必死に立ち上がったアベルは左肩を押さえ、狼を見下ろしていた。

 

「そうだっ‥‥‥さっきは全力で右足に力を込めたっ。無意識に()()()()()()蹴ってたんだ!!」

 

 アベルは大声で自問自答しながら、右手を勢いよく振り下ろす。

 

「バウッ!!!」

 

 だが、立ち上がった狼が身体を翻して距離を取った。アベルの左拳が、地面を虚しく叩く。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥‥」

 

 アベルは必死に呼吸しながら、狼から目を離さずに姿勢を低く保つ。魔力を、両手足へ集める。

 

(落ち着けっ、さっきの蹴りは通ってたっ‥‥‥魔力の身体強化も役に立ってるッ!!)

 

 状況を打開するだけの、力はある。だが、倒す想像が出来ない。

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 狼の異形さと剥き出しの殺傷力に、助かりたいという雑念が湧き上がってしまう。

 

「づッ!?」

 

 すると、左肩に鋭い痛みが走る。アベルは思わず、左肩に目を向けてしまう。

 

「ーーーガァッ!!!」

 

 それが、狼に隙を与える事になった。強靭な足で瞬時に距離を詰めてくる狼。

 

「ーーーぁっ」

 

 アベルが前を向いた瞬間にはもう、狼が口を開けて飛びかかってきていた。

 

「くっ!!?」

 

 咄嗟に、半歩仰け反って右手を前に出す。狼の口がーーー右腕を挟むように、勢いよく閉じられた。

 

「ぐぉぁぁぁぁッ!!!?」

 

 迸る出血と針を数本刺されたような鋭い痛みに、アベルは絶叫する。突進の勢いに押され、背中から倒れそうになる。

 

 

     『ーーーアベルから離れてッ!!!』

 

 

 腕を噛まれた事で、脳裏によぎった。必死に身体を動かして助けてくれた‥‥‥セリカが。

 

(セリカは僕のためにーーー)

 

 勇気を振り絞ったはずの、彼女の姿が。

 

「‥‥‥ヴァァァァッ!!!!」

 

 アベルは絶叫しながら両足で踏ん張り、倒れる事なく立ち尽くす。今も右腕に噛み付く狼を、見下ろす。

 

「アぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 渾身の力を込めた左拳を、狼の脳天に叩き落とす。

 

「キャゥッ!!?」

 

 狼は呻き声を上げ、アベルの右腕から口を離す。その瞬間を、アベルは見逃さない。

 

「ーーーゔァァァァッ!!!」

 

 右足に魔力を集中させ、狼の勢いよく蹴り上げた。

 

「キャンッ」

 

 小さな呻き声が聞こえると、吹き飛んだ狼が地面を転がる。

 

「はぁっ、はぁっ‥‥‥ラぁぁッッ!!!」

 

 アベルは無我夢中で歩き寄り、倒れた狼に‥‥‥左拳を振り下ろす。

 

「ギャっ、ゥ‥‥‥」

 

 黒い血が頭から飛び散り、微かな声を響かせる。

 そして灰色の狼は‥‥‥微塵も動かなくなった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥‥」

 

 アベルは無意識に両足が脱力し、その場に崩れ込んで息を乱す。黒い血が自分の金髪に付いていることに、アベルは気付かない。

 

「や、やった‥‥‥魔物を倒せたっ‥‥‥!!」

 

 9歳にして、単独で魔物討伐を成し遂げた。

 その確かな達成感と手応えを感じて、アベルは喜びを噛み締める。

 

「ーーーそこで何してるんだ!!」

 

 アベルは目を見開いて、息を止める。達成感と手応えが、手の平からスルリと落ちる。

 

「子ども‥‥‥?」

 

「マジかよ‥‥‥なんでこんな森に」

 

 背後から聞こえた声と、複数の足音によって。

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