勇者の隣は、茨道。〜能力無しから、自分の力で望んだ未来を切り拓く〜 作:といα
「こんな所で、いったい何してる!?」
背後から聞こえる声に、アベルは左手を付きながら後ろを向く。
(背が高い‥‥‥いいなぁ。魔力総量が多いんだろうなぁ)
声を掛けてきたのは、背中に剣を背負った茶髪の男。
おそらく年齢は20歳過ぎ。背は180ほど。
優しげな目付きと、少し中性的な外見が印象的な好青年だった。
「どうしたの? 急に後ろに下がって」
「あれくらいの子供は苦手なんだよ」
青年の後ろには杖を持った女性と、盾と斧を持った大男。
彼らの格好は、まさに冒険者であることを示していた。
(武器を持って、何をしてる人たちなんだ‥‥‥?)
だが、孤児院という狭い世界しか知らないアベルにとって‥‥‥彼らの存在は分からない。
ただ武器を持った大人の3人組、アベルの瞳にはそう映っている。
「‥‥‥‥‥‥」
アベルは目を細め、何も言わずに彼らを見上げる。
『どうやらお前が、王女様を唆しているわけだ』
『この世界は、強い奴が全てを奪っていく。それが真実だ、少年』
そして今まで会った大人は、アベルにとって敵意を感じる者ばかり。
(何をしてくるか分からない‥‥‥右手も使えないし、絶対に油断しちゃダメだ‥‥‥)
その影響で、目の前に現れた三人を警戒してしまう。アベルは無意識に、傷ついた右腕を隠す。
最悪の場合、彼らと刺し違える覚悟すらーーー。
「わっ」
すると青年に左手を掴まれ、アベルは引き上げられる。いきなりの行動に、驚きの声が隠せない。
「ここで何してたんだ!!」
言い放たれた彼の言葉に、アベルは何も応えられなかった。すると、青年の目付きがますます鋭くなる。
その視線に、アベルは反射的に決断していた。
(左手を掴まれてっ、動けないっ)
それは戦うべく、血が垂れる右腕を無理矢理にでも動かそうとーーー。
「危ないだろ、こんな時間に森の中にいたら!」
「‥‥‥え?」
アベルは声を漏らしていた。はっきりと自分を見つめ、真正面から叱ってくる青年。
「ーーーちょっと! その子怪我してるじゃない!!」
彼の後ろにいた女性が、小走りでアベルの前にしゃがみ込む。彼女はとんがり帽子に白のローブという、いかにも魔術師らしい格好をしている。
そして、アベルの血塗れの右腕を優しく触った。
「大丈夫!? すぐに治すから、少しだけ我慢して」
そう言った彼女が両眼を閉じ、アベルの右腕に杖を近づける。
「【ヒール】」
アベルは、自分の右腕から視線を離せない。
優しい光に包まれた右腕から、少しずつ痛みが消えていく。
普通ではあり得ない現象に、自然と口が動く。
「ーーー魔術だっ!!」
アベルは大声を出して、自分の傷口を見つめる。
遂に魔術を扱う者を見つけ、躍起になって叫んでしまった。
(魔力が集中して集まってるっ。さっきの言葉にも何か意味が‥‥‥?)
そしてアベルは初めて見た魔術を、血眼になって凝視する。少しでも、自分のものにするために。
「えっ、ええ。これは治癒魔術よ。まあ初級しか扱えないから、こんな傷を完治することもできないけど」
アベルの言動に驚いたのか、女性が言葉を詰まらせる。だが、治癒魔術は止めない。
「すごいっ‥‥‥すごいですっ!!」
アベルの右腕は出血が止まり、傷も大半は塞がっていく。無意識に大声を出していた。
「何もしないよりはマシだと思うから‥‥‥はい、これで
女性が手に持った包帯を、アベルの右腕に巻き始める。アベルは、彼女を見つめて口を開いた。
「‥‥‥なんで、ここまでしてくれるんですか?」
それは、率直な疑問。
自分の腕を手当てしたところで、彼女に得はない。
(僕の腕なんて‥‥‥)
つまり意味のない手助け。その理由が気になって仕方ない。
『今はこんな布しかないけど、何も無いよりはマシだと思うからっ‥‥‥』
無条件の優しさなど、セリカ以外の人間がやるわけない‥‥‥と。
「なに言ってるのっ? こんな森の中で怪我をした子供がいて、放っておく方がおかしいわよっ。あ、そのまま動かないでね」
そう言った女性が、慣れた手付きで包帯を巻いていく。そんな彼女に、アベルは目を見開いて絶句した。
(こんな人も、いるんだ‥‥‥僕に優しくしてくれる人が、セリカ以外にも‥‥‥)
顔が熱くなり、涙が滲む。
彼女たちを警戒していた自分が、心底恥ずかしくなった。
「ーーーはい、これでよし!」
包帯を巻き終えた女性が、笑顔で声を出す。
「ありがとう‥‥‥ございますっ。それと、さっきはごめんなさいっ‥‥‥!」
アベルは深く頭を下げ、誠心誠意の感謝と謝罪を述べた。先ほどの罪悪感を、削ぎ落とすように。
「? 何に対してごめんなさい? よく分からないけど、この怪我でよく泣かなかったわね。偉い!」
女性が笑顔で親指を立てる。
「は、はいっ‥‥‥」
アベルは顔を上げると、自然と笑みが溢れる。
「ーーーおい、ちょっと見てみろ」
すると、今まで会話に参加していなかった大男。
彼がしゃがみ込んで、地面に落ちている何かを確認し始める。
「この魔物‥‥‥俺たちが探してたやつかもしれねぞ」
「なにっ」
すると青年が躍起になって、彼の隣にしゃがみ込む。そこには‥‥‥黒い血溜まりの上に倒れている、灰色の狼。
「‥‥‥間違いない、ウェアウルフだ。しかも俺たちから逃げた群れの長‥‥‥まさかっ、君が倒したのか!?」
青年が駆け寄り、しゃがみ込んで口を開く。その視線は、金髪少年へ向けられている。
「う、うん」
アベルは少し気圧されたが、首を縦に振った。
自分の右腕を治癒してくれた人たちに、心を許していた。
「君、何歳?」
「ぇ、たぶん‥‥‥9歳」
咄嗟に質問されて、素直に答える。
「っ、なんてこった‥‥‥ウェアウルフの等級はE級。いや、この大きさだとD級でもおかしくない」
すると青年が目を見開き、狼を観察しながら声を漏らす。先ほど治癒してくれた黒髪女性が、彼の肩に手を置く。
「つまり王国軍の兵士が、注意して挑むくらいよね。それを幼い子どもが‥‥‥こんな格好で、ウェアウルフを一人で討伐したっていうの‥‥‥?」
黒髪女性が眉を下げ、小声で呟く。その声色に少し上擦っていた。
「こんな格好って、何か変ですか‥‥‥?」
視線が集まったことで、アベルは少し不安げに自分の身体を見つめる。
布の服とズボン、擦り切れた靴。そして、武器を碌に持っていない。
その事実が、ますます2人の頭を悩ませた。
「君‥‥‥まさか魔術が使えるのかい」
やがて、青年が単刀直入な質問をした。身を乗り出し、アベルをじっと見つめている。
「えっと‥‥‥魔術は習ってないので、使えません。僕に出来るのは、魔力による身体強化くらいで‥‥‥」
アベルは質問に答える。正直に、全て話す。
すると青年が、何度目か分からない驚き顔を見せる。
「なんてことだ‥‥‥9歳で、ウェアウルフを倒すほどの魔力による身体強化術‥‥‥」
「ーーーそれだけじゃないわよ」
そう言った黒髪の女性が、アベルに近づく。彼女の視線が、頭から足元まで動く。
そして、彼女は魔力を全身から滲ませて口を開く。
「この子から感じる魔力総量‥‥‥はっきり言って異常よ。たぶん、私の半分近くあるわ」
「!! 9歳の子がフィーアの半分も!?」
「おいマジかよ‥‥‥こいつ、魔術師の家系か?」
青年だけでなく、後ろにいた大男も目を見開いていた。フィーアと呼ばれた魔術師は、膝を曲げてしゃがみ込んだ。
「私はB級冒険者のフィーア。君、名前は?」
「‥‥‥あ、アベルです」
アベルは名乗ると、彼女が手を伸ばし‥‥‥優しく頭を撫でてくる。
「さっき、魔力で身体強化できるって言ってたわね」
フィーアが、微笑みながら話し始める。
「それはね、『無属性魔術』に分類されるの。知ってた?」
「ーーー!!」
彼女の口からは、魔術の世界が広がっていた。