昔々、ある山の奥に、金太郎という力持ちの子どもがおりました。
金太郎は、熊と相撲を取り、猪と駆け比べをし、川の石をお手玉のように投げて遊ぶ、それはそれは元気な子どもでした。
ある朝のことです。
山の家では、おばあさんが囲炉裏の前で言いました。
「金太郎や、今日は薪が足りん。裏山の薪を割っておくれ」
「わかった!」
金太郎は元気よく返事をすると、大きな斧を肩に担ぎ、庭へ出ました。
庭には、昨日おじいさんが運んできた丸太が積んでありました。
「よし、今日はこれを全部割るぞ!」
金太郎は丸太を一つ、薪割り台の上に置きました。
えいやっ。
ぱかん。
丸太はきれいに二つに割れました。
もう一つ。
えいやっ。
ぱかん。
それも簡単に割れました。
熊が横で見ていて、感心したようにうなりました。
「相変わらずすごい力だな、金太郎」
「これくらい朝飯前だ!」
金太郎は得意げに胸を張りました。
ところが、薪の山の中に一本だけ、妙に黒く、妙に重く、妙に偉そうな丸太がありました。
金太郎はそれを持ち上げようとしました。
「……ん?」
少し重い。
金太郎は両手で抱え直しました。
「むむ?」
かなり重い。
熊も手伝おうとしましたが、丸太はびくともしません。
「なんだこれは。木なのか、岩なのか」
熊が首をかしげました。
金太郎は笑いました。
「面白い。お前、なかなかやるな」
ようやく薪割り台に乗せると、金太郎は斧を構えました。
「いくぞ!」
えいやっ。
がきん。
斧ははじかれました。
庭にいた鳥たちが、一斉に飛び立ちました。
熊は目を丸くしました。
「金太郎の斧をはじく薪など、初めて見たぞ」
「もう一回だ!」
金太郎は足を踏ん張り、今度はさっきより強く斧を振り下ろしました。
えいやあっ。
がぎん。
またしても斧ははじかれ、金太郎の足元に小さなひびが入りました。
熊が少し後ずさりました。
「金太郎、少し力を加減した方がいいのではないか」
「薪割りで負けるわけにはいかん!」
「薪と勝負するな」
熊の忠告は、金太郎の耳には届きませんでした。
金太郎は大きく息を吸い込みました。
山の木々がざわざわと揺れました。
川の魚たちが、何か嫌な予感を覚えて岩陰に隠れました。
近くの村では、おじいさんが空を見上げて言いました。
「なんじゃ、山が震えておる」
おばあさんは囲炉裏の火を見つめながら言いました。
「金太郎が薪を割っておるだけじゃろ」
「薪とは、あれほど地鳴りがするものだったかのう」
庭では、金太郎が斧を天高く振り上げていました。
「これでどうだ!」
斧が振り下ろされました。
どかん。
薪は割れました。
見事に、まっぷたつでした。
「やったぞ!」
金太郎は喜びました。
しかし、薪を割った勢いは止まりませんでした。
薪割り台も割れました。
ぱかん。
庭の地面も割れました。
ぱかん。
熊の足元まで裂け目が走りました。
「金太郎、待て。これは薪割りではない」
熊が慌てて木にしがみつきました。
裂け目は庭を越え、山道を越え、村の田んぼを越えていきました。
おじいさんは茶碗を持ったまま固まりました。
「ばあさんや」
「なんですか」
「地面が割れておる」
「金太郎やりすぎましたね」
おばあさんは、やけに落ち着いていました。
裂け目はさらに進みました。
山が割れました。
川が割れました。
海が割れました。
魚たちは左右に分かれて、何が起きたのか分からない顔をしていました。
遠くの都では、役人たちが大騒ぎになりました。
「地震か」
「いや、山から一直線に地面が割れてきております」
「原因は何だ」
「薪割りとのことです」
「薪割りとは何だ」
誰にも分かりませんでした。
やがて、金太郎が割った力は地面の奥深くまで届きました。
地球は、少し考えました。
そして、耐えきれずに、ゆっくりとまっぷたつになりました。
ぱかん。
空の上から見れば、地球はきれいに二つに分かれていました。
月はそれを見て、そっと目をそらしました。
熊は木にしがみついたまま、震える声で言いました。
「金太郎」
「なんだ」
「薪は割れたな」
「ああ、割れた」
「ほかにも、いろいろ割れたな」
金太郎は足元を見ました。
庭はありませんでした。
山も、半分ありませんでした。
遠くに、地球の向こう側が見えました。
金太郎は少し考えました。
そして、割れた薪を拾い上げて言いました。
「でも、薪は割れたぞ」
熊は深くため息をつきました。
「そういう問題ではない」
そこへ、おばあさんがやってきました。
地面が真っ二つに割れているにもかかわらず、なぜか普通に歩いてきました。
「金太郎や」
「はい」
「薪は割れたかい」
「割れました」
「では、囲炉裏にくべておくれ」
金太郎はうなずきました。
「わかった!」
熊は叫びました。
「待て。まず地球を戻せ」
金太郎は首をかしげました。
「地球も薪みたいに戻せるか?」
「普通は戻せない」
「では、もっと強く押せばよいのか?」
「やめろ。今度は地球が団子になる」
おばあさんは少し考えてから言いました。
「金太郎や。次からは、割れにくい薪は小さめの斧で試しなさい」
「はい!」
金太郎は元気よく返事をしました。
こうして金太郎は学びました。
力いっぱいやればよいというものではないこと。
薪割り台の下には、地面があること。
地面の下には、地球があること。
そして地球は、意外と割れること。
その後、村では新しい決まりができました。
一つ、金太郎に薪割りを頼む時は、必ず力加減を確認すること。
二つ、割れない薪があっても、金太郎を挑発しないこと。
三つ、地球が割れた場合は、まず熊を呼ぶこと。
金太郎は今日も山で元気に暮らしております。
ただし、薪割りをする時だけは、熊が少し離れた場所から見守っています。
「金太郎」
「なんだ、熊」
「その斧は軽く振れ」
「わかっている。今日は半分の力でいく」
「半分でも危ない」
えいやっ。
ぱかん。
今度は薪と薪割り台だけが割れました。
熊は胸をなで下ろしました。
「よし。今日は地球が無事だ」
おばあさんは囲炉裏の前で笑いました。
「めでたし、めでたし」
地球は、少しだけ震えながら思いました。
あまり、めでたくはない。