昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が流れてきました。
どんぶらこ、どんぶらこ。
「おや、これは立派な桃じゃ」
おばあさんは桃を拾い上げ、家へ持って帰りました。
「じいさんや、見てください。大きな桃ですよ」
「おお、これはうまそうじゃ」
おじいさんが包丁を持ってきて、桃を割ろうとしました。
すると、桃の中から声がしました。
「待たれよ」
おじいさんとおばあさんは、手を止めました。
「今、桃がしゃべったかのう」
「しゃべりましたね」
桃の中から、また声がしました。
「私は桃太郎。生まれる準備はできている」
「それはめでたい」
おばあさんは目を細めました。
ところが、桃の中の声は続けました。
「ただし、生まれるには銭が必要である」
「銭?」
「初期費用である」
おじいさんとおばあさんは顔を見合わせました。
「桃から子どもが生まれるだけでも珍しいのに、銭まで取るのか」
「最近の桃は世知辛いのう」
けれども、二人には子どもがおりませんでした。おばあさんは箪笥の奥から、古い巾着袋を取り出しました。
中には、なけなしの銭が入っていました。
「じいさんや」
「うむ」
「ここで渋って、桃の中の子が生まれられなかったら、それはそれで気の毒です」
「そうじゃな」
二人は、桃の前に銭を置きました。
すると桃は、ぱかんと割れました。
中から元気な男の子が飛び出しました。
「桃太郎、誕生!」
おじいさんとおばあさんは喜びました。
「おお、よう生まれてきたのう」
「ただ、出生費用はなかなか高かったですね」
桃太郎はすくすく育ちました。
よく食べ、よく眠り、よく働きました。
幼い頃から銭勘定には妙に強く、薪を売り、山菜を売り、街で荷運びを手伝い、少しずつ稼ぐようになりました。
おじいさんは感心しました。
「桃太郎は働き者じゃな」
おばあさんも頷きました。
「生まれる時に銭を要求しただけのことはありますね」
やがて桃太郎は、大きくたくましい若者になりました。
ある日、街から帰ってきた桃太郎は、険しい顔をしていました。
「おじいさん、おばあさん。鬼が島の鬼どもが、村や町で悪さをしているそうです」
「なんと」
「それはいけませんね」
桃太郎は立ち上がりました。
「私が行って、鬼をこらしめてまいります」
おじいさんは目を潤ませました。
「おお、立派になったのう」
おばあさんは台所へ行きました。
「それでは、きびだんごを作りましょう」
桃太郎は少し考えました。
「おばあさん」
「なんですか」
「きびだんごは、何個ほど作れますか」
「そうですね。十個ほどでしょうか」
「十個……」
桃太郎は腕を組みました。
「鬼が島攻略には、少し兵力が足りません」
「兵力?」
その翌日、桃太郎は街へ行きました。
そして、傭兵団を雇いました。
犬の傭兵。
猿の傭兵。
雉の傭兵。
熊の傭兵。
猪の傭兵。
ついでに、なぜか会計係の狸までいました。
おじいさんは腰を抜かしました。
「桃太郎や、これは何じゃ」
「鬼退治のための作戦部隊です」
「犬、猿、雉だけではないのか」
「それでは戦力が不安です」
おばあさんは傭兵団を見上げました。
「この方々、お高いのではありませんか」
会計係の狸が帳面を開きました。
「成功報酬、危険手当、渡海手当、鬼遭遇手当、きびだんご摂取手当、帰還後慰労費が発生します」
おじいさんは震えました。
「鬼より怖いものが来た」
桃太郎は胸を張りました。
「大丈夫です。鬼が島の宝を持ち帰れば払えます」
「本当に払えるのかのう」
おばあさんは、少し心配そうにきびだんごを包みました。
「桃太郎や。これを持ってお行きなさい」
「ありがとうございます」
桃太郎はきびだんごを受け取り、傭兵団を連れて鬼が島へ向かいました。
海を渡り、島へ着くと、鬼たちが門の前で待ち構えていました。
「何者だ!」
「桃太郎だ。鬼ども、悪事をやめよ」
鬼たちは笑いました。
「人間一人と動物の集まりで、何ができる!」
桃太郎は静かに、包みを開きました。
中には、おばあさんのきびだんごが入っていました。
「各員、支給する」
犬の傭兵が食べました。
「力が湧くワン」
猿の傭兵が食べました。
「動きが軽いウキ」
雉の傭兵が食べました。
「視界良好ケーン」
熊が食べました。
「山を持ち上げられそうだ」
猪が食べました。
「突進力が三倍だ」
会計係の狸も一つ食べました。
「帳簿処理速度が上がった」
きびだんごを食べた傭兵団は、みるみるうちに強くなりました。
犬は鬼の足元を駆け抜け、猿は屋根から飛びかかり、雉は空から偵察し、熊は門を押し開け、猪は鬼の隊列を崩しました。
鬼たちは震え上がりました。
「なんだあの団子は!」
「食べると無敵になるぞ!」
「桃太郎より団子が怖い!」
鬼の大将は、慌てて金棒を落としました。
「降参だ! 宝は返す! だからその団子だけはやめてくれ!」
こうして鬼たちは逃げていきました。
桃太郎は宝を荷車に積みました。
「大勝利だ」
傭兵団も誇らしげでした。
犬は尻尾を振り、猿は胸を張り、雉は空を旋回しました。
会計係の狸は、静かに帳面を開きました。
「では、精算に入ります」
桃太郎は少し固まりました。
「精算?」
「はい」
狸は筆を走らせました。
「基本報酬。鬼が島渡航手当。戦闘危険手当。きびだんご摂取後能力強化手当。門突破特別手当。鬼大将降伏成功報酬。帰路護衛費。精神的負担費。打ち上げ費」
「打ち上げ費?」
「勝利しましたので」
桃太郎は荷車の宝を見ました。
山のようにあった宝が、帳面の数字の中でみるみる消えていきました。
犬が言いました。
「契約通りワン」
猿が頷きました。
「成功報酬は大事ウキ」
雉も言いました。
「空中偵察は高いケーン」
熊は腕を組みました。
「門を押したのは重労働だった」
猪は鼻を鳴らしました。
「突進にも経費がかかる」
桃太郎は震える手で宝を渡しました。
帰る頃には、荷車はほとんど空でした。
村へ戻ると、おじいさんとおばあさんが迎えました。
「桃太郎や、無事だったか」
「鬼は退治しました」
「おお、宝は?」
桃太郎は空の荷車を見せました。
「傭兵団の報酬で消えました」
おじいさんは黙りました。
おばあさんも黙りました。
しばらくして、おじいさんが言いました。
「やはり、犬と猿と雉だけの方が安かったのう」
おばあさんは静かに頷きました。
「でも、命があってよかったですよ」
桃太郎は深く頭を下げました。
「はい。次からは、報酬体系を事前に確認します」
会計係の狸は、遠くで帳面を閉じました。
「よい経験です」
こうして桃太郎は鬼に勝ちました。
けれども、会計には負けました。
それでも村には平和が戻り、おじいさんとおばあさんは桃太郎の無事を喜びました。
その後、村には新しい言い伝えが残りました。
鬼退治に行く時は、きびだんごを持て。
仲間を大切にせよ。
そして、傭兵を雇う時は、必ず見積書を取れ。
めでたし、めでたし。