日本アホ昔話   作:templeisland

2 / 9
桃太郎

昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。

 おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

 おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が流れてきました。

 どんぶらこ、どんぶらこ。

「おや、これは立派な桃じゃ」

 おばあさんは桃を拾い上げ、家へ持って帰りました。

「じいさんや、見てください。大きな桃ですよ」

「おお、これはうまそうじゃ」

 おじいさんが包丁を持ってきて、桃を割ろうとしました。

 すると、桃の中から声がしました。

「待たれよ」

 おじいさんとおばあさんは、手を止めました。

「今、桃がしゃべったかのう」

「しゃべりましたね」

 桃の中から、また声がしました。

「私は桃太郎。生まれる準備はできている」

「それはめでたい」

 おばあさんは目を細めました。

 ところが、桃の中の声は続けました。

「ただし、生まれるには銭が必要である」

「銭?」

「初期費用である」

 おじいさんとおばあさんは顔を見合わせました。

「桃から子どもが生まれるだけでも珍しいのに、銭まで取るのか」

「最近の桃は世知辛いのう」

 けれども、二人には子どもがおりませんでした。おばあさんは箪笥の奥から、古い巾着袋を取り出しました。

 中には、なけなしの銭が入っていました。

「じいさんや」

「うむ」

「ここで渋って、桃の中の子が生まれられなかったら、それはそれで気の毒です」

「そうじゃな」

 二人は、桃の前に銭を置きました。

 すると桃は、ぱかんと割れました。

 中から元気な男の子が飛び出しました。

「桃太郎、誕生!」

 おじいさんとおばあさんは喜びました。

「おお、よう生まれてきたのう」

「ただ、出生費用はなかなか高かったですね」

 桃太郎はすくすく育ちました。

 よく食べ、よく眠り、よく働きました。

 幼い頃から銭勘定には妙に強く、薪を売り、山菜を売り、街で荷運びを手伝い、少しずつ稼ぐようになりました。

 おじいさんは感心しました。

「桃太郎は働き者じゃな」

 おばあさんも頷きました。

「生まれる時に銭を要求しただけのことはありますね」

 やがて桃太郎は、大きくたくましい若者になりました。

 ある日、街から帰ってきた桃太郎は、険しい顔をしていました。

「おじいさん、おばあさん。鬼が島の鬼どもが、村や町で悪さをしているそうです」

「なんと」

「それはいけませんね」

 桃太郎は立ち上がりました。

「私が行って、鬼をこらしめてまいります」

 おじいさんは目を潤ませました。

「おお、立派になったのう」

 おばあさんは台所へ行きました。

「それでは、きびだんごを作りましょう」

 桃太郎は少し考えました。

「おばあさん」

「なんですか」

「きびだんごは、何個ほど作れますか」

「そうですね。十個ほどでしょうか」

「十個……」

 桃太郎は腕を組みました。

「鬼が島攻略には、少し兵力が足りません」

「兵力?」

 その翌日、桃太郎は街へ行きました。

 そして、傭兵団を雇いました。

 犬の傭兵。

 猿の傭兵。

 雉の傭兵。

 熊の傭兵。

 猪の傭兵。

 ついでに、なぜか会計係の狸までいました。

 おじいさんは腰を抜かしました。

「桃太郎や、これは何じゃ」

「鬼退治のための作戦部隊です」

「犬、猿、雉だけではないのか」

「それでは戦力が不安です」

 おばあさんは傭兵団を見上げました。

「この方々、お高いのではありませんか」

 会計係の狸が帳面を開きました。

「成功報酬、危険手当、渡海手当、鬼遭遇手当、きびだんご摂取手当、帰還後慰労費が発生します」

 おじいさんは震えました。

「鬼より怖いものが来た」

 桃太郎は胸を張りました。

「大丈夫です。鬼が島の宝を持ち帰れば払えます」

「本当に払えるのかのう」

 おばあさんは、少し心配そうにきびだんごを包みました。

「桃太郎や。これを持ってお行きなさい」

「ありがとうございます」

 桃太郎はきびだんごを受け取り、傭兵団を連れて鬼が島へ向かいました。

 海を渡り、島へ着くと、鬼たちが門の前で待ち構えていました。

「何者だ!」

「桃太郎だ。鬼ども、悪事をやめよ」

 鬼たちは笑いました。

「人間一人と動物の集まりで、何ができる!」

 桃太郎は静かに、包みを開きました。

 中には、おばあさんのきびだんごが入っていました。

「各員、支給する」

 犬の傭兵が食べました。

「力が湧くワン」

 猿の傭兵が食べました。

「動きが軽いウキ」

 雉の傭兵が食べました。

「視界良好ケーン」

 熊が食べました。

「山を持ち上げられそうだ」

 猪が食べました。

「突進力が三倍だ」

 会計係の狸も一つ食べました。

「帳簿処理速度が上がった」

 きびだんごを食べた傭兵団は、みるみるうちに強くなりました。

 犬は鬼の足元を駆け抜け、猿は屋根から飛びかかり、雉は空から偵察し、熊は門を押し開け、猪は鬼の隊列を崩しました。

 鬼たちは震え上がりました。

「なんだあの団子は!」

「食べると無敵になるぞ!」

「桃太郎より団子が怖い!」

 鬼の大将は、慌てて金棒を落としました。

「降参だ! 宝は返す! だからその団子だけはやめてくれ!」

 こうして鬼たちは逃げていきました。

 桃太郎は宝を荷車に積みました。

「大勝利だ」

 傭兵団も誇らしげでした。

 犬は尻尾を振り、猿は胸を張り、雉は空を旋回しました。

 会計係の狸は、静かに帳面を開きました。

「では、精算に入ります」

 桃太郎は少し固まりました。

「精算?」

「はい」

 狸は筆を走らせました。

「基本報酬。鬼が島渡航手当。戦闘危険手当。きびだんご摂取後能力強化手当。門突破特別手当。鬼大将降伏成功報酬。帰路護衛費。精神的負担費。打ち上げ費」

「打ち上げ費?」

「勝利しましたので」

 桃太郎は荷車の宝を見ました。

 山のようにあった宝が、帳面の数字の中でみるみる消えていきました。

 犬が言いました。

「契約通りワン」

 猿が頷きました。

「成功報酬は大事ウキ」

 雉も言いました。

「空中偵察は高いケーン」

 熊は腕を組みました。

「門を押したのは重労働だった」

 猪は鼻を鳴らしました。

「突進にも経費がかかる」

 桃太郎は震える手で宝を渡しました。

 帰る頃には、荷車はほとんど空でした。

 村へ戻ると、おじいさんとおばあさんが迎えました。

「桃太郎や、無事だったか」

「鬼は退治しました」

「おお、宝は?」

 桃太郎は空の荷車を見せました。

「傭兵団の報酬で消えました」

 おじいさんは黙りました。

 おばあさんも黙りました。

 しばらくして、おじいさんが言いました。

「やはり、犬と猿と雉だけの方が安かったのう」

 おばあさんは静かに頷きました。

「でも、命があってよかったですよ」

 桃太郎は深く頭を下げました。

「はい。次からは、報酬体系を事前に確認します」

 会計係の狸は、遠くで帳面を閉じました。

「よい経験です」

 こうして桃太郎は鬼に勝ちました。

 けれども、会計には負けました。

 それでも村には平和が戻り、おじいさんとおばあさんは桃太郎の無事を喜びました。

 その後、村には新しい言い伝えが残りました。

 鬼退治に行く時は、きびだんごを持て。

 仲間を大切にせよ。

 そして、傭兵を雇う時は、必ず見積書を取れ。

 めでたし、めでたし。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。