昔々、ある雪深い村に、たいそう貧しいおじいさんとおばあさんが住んでおりました。
年の瀬も近いというのに、家には米も餅もほとんどありません。囲炉裏の火も小さく、外では雪がしんしんと降っておりました。
おばあさんは、古い布を縫い合わせながら言いました。
「じいさんや、このままでは正月を迎える米もありませんねえ」
おじいさんは、部屋の隅に置いてあった笠を見ました。
「ならば、この笠を町へ持っていって売ってこよう。少しでも銭になれば、米くらいは買えるじゃろ」
笠は、おじいさんが何日もかけて編んだものでした。
ただし、よく見ると少し問題がありました。
一本目は、やや曲がっていました。
二本目は、少し穴が空いていました。
三本目は、なぜか片側だけ妙に長くなっていました。
四本目は、風が吹くと笠というより皿のように回りました。
五本目は、ぎりぎり笠に見えました。
六本目は、笠と呼ぶにはだいぶ勇気が必要でした。
おばあさんは黙ってそれらを見つめました。
「じいさんや」
「なんじゃ」
「売れますかねえ」
「……売るのじゃ」
おじいさんは、少し目をそらしながら言いました。
笠を背負い、町へ向かいました。
雪は深く、風は冷たく、おじいさんの鼻は赤くなりました。それでもおじいさんは、村外れの道を歩いていきました。
道の途中には、六体のお地蔵さまが並んでおりました。
雪をかぶり、じっと立っております。
「お地蔵さま、寒かろうなあ」
おじいさんはそう言って頭を下げました。
「笠が売れたら、帰りに何か供えましょう」
そう言って町へ向かいました。
町に着くと、おじいさんは笠を並べました。
「笠はいらんかね。雪よけの笠じゃよ」
しかし、町の人々は笠を見るなり、少し困った顔をしました。
「これは……笠かい?」
「もちろん笠じゃ」
「この穴は?」
「風通しじゃ」
「この曲がりは?」
「個性じゃ」
「この回るやつは?」
「遊び心じゃ」
町の人は黙って去っていきました。
夕方まで粘りましたが、笠は一つも売れませんでした。
おじいさんは、肩を落として帰ることにしました。
「やはり売れなんだか……」
雪はさらに強くなっていました。
村へ戻る途中、おじいさんはまた六体のお地蔵さまの前を通りました。
お地蔵さまは、朝よりも深く雪をかぶっていました。
「おお、お地蔵さま。こんなに雪をかぶって……」
おじいさんは売れ残った笠を見ました。
売れはしませんでしたが、雪よけにはなるかもしれません。
「せめて、これをかぶってくだされ」
おじいさんは、一体目のお地蔵さまに笠をかぶせました。
少し曲がっていましたが、雪は防げました。
二体目にもかぶせました。
穴はありましたが、ないよりはましでした。
三体目にもかぶせました。
片側だけ長いので、お地蔵さまが少し傾いて見えました。
四体目にもかぶせました。
風で笠が回り、お地蔵さまが妙に楽しそうに見えました。
五体目にもかぶせました。
これは、まあまあ似合いました。
さて、六体目のお地蔵さまです。
おじいさんは最後の笠を手に取りました。
しばらく見つめました。
そして、ため息をつきました。
「これは……さすがにお地蔵さまに失礼じゃな」
六本目の笠は、町で売れなかったどころか、笠本人も自信をなくしていそうな出来でした。雪よけというより、雪を集める形をしていました。
おじいさんは困りました。
六体目だけ、何もかぶせないわけにはいきません。
しかし笠は使えません。
手ぬぐいもありません。
上着を脱げば、自分が凍えてしまいます。
おじいさんは腕を組みました。
「どうしたものか……」
その時、冷たい風が吹きました。
ひゅう。
おじいさんの頭から、ふわりと何かが浮きました。
「あっ」
それは、おじいさんのかつらでした。
風に飛ばされそうになったかつらを、おじいさんは慌ててつかみました。
しばらく、おじいさんはかつらを見つめました。
それから、六体目のお地蔵さまを見ました。
六体目のお地蔵さまは、雪をかぶったまま静かに立っていました。
おじいさんは言いました。
「……お地蔵さま」
風が吹きました。
おじいさんの頭は、すでに寒そうでした。
「これしかありませんが、どうかお許しくだされ」
おじいさんは、自分のかつらをそっと六体目のお地蔵さまの頭にかぶせました。
すると、六体目のお地蔵さまだけ、急に妙に人間味のある姿になりました。
ほかのお地蔵さまは笠をかぶっています。
一体だけ、ふさふさです。
おじいさんは少し後ずさりました。
「……似合っておりますぞ」
お地蔵さまは何も言いませんでした。
けれど、どことなく誇らしげに見えました。
おじいさんは頭を下げました。
「では、これで失礼します」
帰り道、おじいさんの頭には何もありませんでした。
雪が直接、頭に積もります。
「寒いのう……」
家へ帰ると、おばあさんが驚きました。
「じいさんや、笠は売れましたか」
「売れなんだ」
「では、笠は?」
「お地蔵さまにかぶせてきた」
「まあ、それはよいことをしましたね」
おばあさんは微笑みました。
そして、おじいさんの頭を見ました。
「ところで、じいさんや」
「なんじゃ」
「頭が、たいそう寂しくなっていますが」
おじいさんは囲炉裏に手をかざしました。
「六体目のお地蔵さまに、かつらをかぶせてきた」
おばあさんはしばらく黙りました。
「……かつらを?」
「うむ」
「お地蔵さまに?」
「うむ」
おばあさんは、ゆっくり頷きました。
「それは、たいそう思い切った善行ですねえ」
「わしも、そう思う」
その夜のことです。
外では雪が降り続いていました。
おじいさんとおばあさんは、何もない正月になりそうだと思いながら、囲炉裏のそばで眠りました。
すると、夜中にどこからか声が聞こえてきました。
「よいしょ、よいしょ」
「こら、そちらを持て」
「足元に気をつけよ」
「六番目、髪がずれておるぞ」
「これは髪ではない。借り物だ」
おじいさんは目を覚ましました。
「ばあさんや、何か聞こえぬか」
「聞こえますねえ」
二人が戸を開けると、そこには六体のお地蔵さまが立っておりました。
五体は笠をかぶっています。
一体だけ、ふさふさのかつらをかぶっています。
そして、そのお地蔵さまたちは、米俵、餅、野菜、魚、薪をどっさり持ってきてくれていました。
おじいさんとおばあさんは、腰を抜かしました。
「お地蔵さま……」
先頭のお地蔵さまが言いました。
「寒い雪の夜に、笠をかぶせてくれた礼じゃ」
二体目が言いました。
「穴は空いておったが、心は温かかった」
三体目が言いました。
「少し傾いたが、雪は防げた」
四体目が言いました。
「回る笠は、思いのほか楽しかった」
五体目が言いました。
「よく似合った」
そして六体目が、一歩前に出ました。
ふさふさでした。
「それから、これは」
六体目のお地蔵さまは、かつらをそっと外しました。
おじいさんの前に差し出します。
「返そう」
おじいさんは受け取りました。
「おお、ありがとうございます」
しかし、かつらはなぜか、以前よりもつやつやになっていました。形も整い、雪にも風にも強そうです。
おばあさんが目を丸くしました。
「じいさん、そのかつら、前より立派になっていませんか」
六体目のお地蔵さまは静かに言いました。
「少し、ありがたみを込めておいた」
おじいさんは、かつらを頭にのせました。
ぴたり。
それは見事に頭になじみました。
まるで若返ったようでした。
おばあさんは思わず手を合わせました。
「ありがたい頭ですねえ」
「頭を拝むでない」
おじいさんは照れました。
お地蔵さまたちは、米俵や餅を置いて帰っていきました。
六体目のお地蔵さまだけ、帰り際に振り返りました。
「次の冬は、できれば笠で頼む」
おじいさんは深く頭を下げました。
「はい。次は必ず、まともな笠を編みます」
翌朝、家にはたくさんの食べ物と薪がありました。
おじいさんとおばあさんは、無事に正月を迎えることができました。
村人たちは話を聞いて驚きました。
「笠地蔵ならぬ、かつら地蔵か」
「ありがたい話じゃ」
「でも、六体目だけ少し気まずかったじゃろうな」
それから村では、困っているものにはできるだけ手を差し伸べること、そして冬のお地蔵さまにはなるべく笠を用意することが言い伝えられました。
ただし、どうしても笠が足りない時は、かつらでも心は伝わるかもしれない、とも言われるようになりました。
おじいさんは、今日も囲炉裏の前でかつらを整えます。
おばあさんはそれを見るたびに言いました。
「じいさん、その頭、本当にありがたいですねえ」
「だから、頭を拝むでない」
めでたし、めでたし。