昔々、あるところに、たいそう心の優しいおじいさんとおばあさんが住んでおりました。
二人は貧しくとも仲良く暮らし、庭の木や草花を大切に育てておりました。庭の隅には一本の古い桜の木がありましたが、もう長いこと花を咲かせておりませんでした。
「じいさんや、この桜も昔は見事に咲いたものですねえ」
「そうじゃなあ。春になると、村じゅうの者が見に来たものじゃ」
おじいさんは、枯れかけた桜の幹をなでました。
「もう一度、咲いてくれればよいのう」
ある日、おじいさんは山へ芝刈りに行きました。
その帰り道、道端で小さな犬が弱っているのを見つけました。
「おや、どうしたんじゃ」
犬は足を怪我して、動けなくなっていました。おじいさんは犬を抱き上げ、家へ連れて帰りました。
おばあさんは驚きました。
「まあまあ、かわいそうに」
二人は犬の足を手当てし、少ない米を分けてやりました。
犬は少しずつ元気になり、やがておじいさんとおばあさんによく懐くようになりました。
ある日、犬は庭の隅を前足で掘り始めました。
「ここ掘れ、わんわん」
「おや、ここを掘れと言うのか」
おじいさんが鍬で掘ってみると、土の中から小判の入った壺が出てきました。
「おお、これは驚いた」
「まあ、犬が教えてくれたのですね」
二人は犬に深く礼を言い、大切に暮らしました。
ところが、それを見ていた隣の欲深いじいさんは、うらやましくてたまりません。
「うちにも宝を掘らせよう」
隣のじいさんは犬を借り、無理やり自分の畑へ連れていきました。
「ここを掘れ。宝を出せ」
犬は困ったように鼻を鳴らしましたが、やがてある場所を前足で掘りました。
隣のじいさんが掘ると、出てきたのは小判ではなく、古い鍬の欠片と、なぜか腐った大根でした。
「なんじゃこれは!」
怒った隣のじいさんは、犬を追い払ってしまいました。
犬は傷つき、優しいおじいさんの家へ戻りましたが、ほどなくして静かに息を引き取りました。
おじいさんとおばあさんはたいそう悲しみました。
「せめて、この子のことを忘れぬように」
二人は犬を庭に埋め、その上に小さな木を植えました。
不思議なことに、その木はすくすく育ちました。おじいさんがその木で臼を作ると、臼からはたくさんの餅が出ました。
ところがまた隣のじいさんがそれを借り、無理やり餅を出そうとしました。
「出ろ、出ろ、餅よ出ろ」
しかし臼から出てきたのは、餅ではなく、黒い煙と変な匂いでした。
「役に立たん臼め!」
隣のじいさんは怒って臼を燃やしてしまいました。
優しいおじいさんは灰だけでも持ち帰り、犬の供養にしようと思いました。
「せめて、この灰を大事にしよう」
その灰は不思議な灰でした。おじいさんが庭の枯れ木に少しかけると、なんと枝いっぱいに美しい花が咲いたのです。
「おお、花が咲いた」
「じいさんや、これはありがたい灰ですねえ」
その噂は村じゅうに広まり、やがてお殿様の耳にも入りました。
「枯れ木に花を咲かせるじいさんがいるそうな。ぜひ見てみたい」
お殿様は家来を連れ、村へやってきました。
優しいおじいさんは緊張しました。
「おばあさんや、お殿様の前で失敗はできんぞ」
「大丈夫ですよ。落ち着いてくださいな」
おばあさんは、灰の入った袋を渡しました。
「これが例の灰です」
「うむ」
おじいさんは袋を受け取りました。
けれども、その日の朝は少し慌ただしかったのです。
おばあさんは庭の雑草を取るために、別の袋も用意していました。
そこには、村の道具屋からもらった強い除草剤が入っていました。
灰の袋と、除草剤の袋。
どちらも古い布袋で、よく似ていました。
おじいさんは目があまりよくありません。
しかも、お殿様が来ているので、たいそう緊張していました。
「さて、枯れ木に花を咲かせましょう」
おじいさんは胸を張りました。
お殿様はうなずきました。
「見せてもらおう」
村人たちも集まりました。
「花咲かじいさんじゃ」
「本当に花が咲くのかのう」
「ありがたいものが見られるぞ」
おじいさんは袋を高く掲げました。
「枯れ木に花を咲かせましょう」
ぱあっ。
白っぽい粉が風に舞いました。
枯れ木にかかりました。
しかし、花は咲きませんでした。
しばらく待っても、花は咲きません。
それどころか、木の根元に生えていた草が、しゅんと元気をなくしました。
「あれ?」
おじいさんは首をかしげました。
さらに近くの花壇の花もしおれました。
庭の雑草も、見事な勢いでしおれていきました。
村人たちはざわめきました。
「花が咲くどころか、草が枯れておるぞ」
「これは新しい術か」
「いや、たぶん違う」
お殿様は静かに言いました。
「じいさん」
「はい」
「これは、本当に灰か」
おじいさんは袋を見ました。
袋の端に、小さな字で何か書いてありました。
おじいさんは目を細めました。
「ええと……強力……除草……剤」
庭が静まり返りました。
おばあさんが口元を押さえました。
「じいさんや」
「はい」
「それは灰ではありません」
「……袋を間違えました」
おじいさんは、顔を真っ青にしました。
お殿様は枯れ木を見ました。
枯れ木は、ますます枯れ木らしくなっていました。
足元の草はすっかりしおれています。
お殿様の家来の一人が小声で言いました。
「花咲かじいさんではなく、花咲かずじいさんですな」
「こら」
お殿様は咳払いをしました。
おじいさんは地面に手をついて謝りました。
「申し訳ございません。花を咲かせるつもりが、庭を枯らしてしまいました」
お殿様はしばらく黙っていました。
怒るかと思いきや、やがて小さく笑いました。
「じいさん、そなたは悪気があったわけではなかろう」
「はい……」
「しかし、袋の確認は大事じゃな」
「まことに、その通りでございます」
お殿様は、しおれた草を見て言いました。
「だが、見よ。雑草だけは実にきれいに枯れておる」
村人たちは庭を見ました。
確かに、花は咲きませんでした。
けれど、しつこかった雑草は見事に消えていました。
おばあさんはぽつりと言いました。
「畑の草取りには、役立ちそうですねえ」
おじいさんは涙目で頷きました。
「ありがたいような、ありがたくないような」
その後、おばあさんが本物の灰の袋を持ってきました。
「じいさん、今度はこちらです」
「今度こそ間違えません」
おじいさんは震える手で袋を受け取りました。
そして、別の枯れ木に灰をまきました。
「枯れ木に花を咲かせましょう」
ぱあっ。
今度こそ、枝いっぱいに美しい花が咲きました。
白い花、薄紅の花、淡い雪のような花が、枯れ木を覆いました。
村人たちは歓声を上げました。
「咲いたぞ」
「今度は本当に咲いた」
「やはり花咲かじいさんじゃ」
お殿様も大いに喜びました。
「見事である。そなたの心と灰は本物じゃ」
おじいさんはほっと胸をなで下ろしました。
「ありがとうございます」
お殿様は続けました。
「ただし、最初の粉は二度と花の前でまくでない」
「はい」
「袋には大きく名前を書いておくように」
「はい」
「灰と除草剤を同じ場所に置かぬように」
「はい」
お殿様は褒美を与えて帰っていきました。
その後、村ではこのおじいさんのことを、こう呼ぶようになりました。
花を咲かせる時は、花咲かじいさん。
袋を間違えた時は、花咲かずじいさん。
おじいさんは、そのたびに頭をかきました。
「間違えたのは一度だけじゃ」
おばあさんは笑いました。
「でも、あの時は庭が大変でしたよ」
「すまんかった」
それからおじいさんは、袋に大きな字で書くようになりました。
これは灰。花が咲く。
これは除草剤。花は咲かない。
おじいさんは毎朝それを読み上げてから、庭仕事をしました。
おかげで、それからは一度も間違えませんでした。
村の子どもたちは、この話を聞いて学びました。
善い心は大事。
不思議な灰も大事。
でも、袋の表示確認もたいそう大事。
めでたし、めでたし。
ただし、最初に枯れた花壇だけは、しばらくめでたくありませんでした。