昔々、あるところに、たいそう小さな男の子がおりました。
その子は、生まれた時から指ほどの大きさしかありませんでした。
おじいさんとおばあさんは、その子を見て驚きましたが、たいそう大切に育てました。
「小さくても、元気ならそれでよい」
「そうですねえ。小さくても、心は大きく育ってほしいものです」
そうして、その子は一寸法師と名づけられました。
一寸法師は小さな体でしたが、気は強く、よく働き、よく食べ、よくしゃべりました。
「いつか都へ行って、立派な侍になります」
おじいさんとおばあさんは心配しました。
「都は遠いぞ」
「お前の体では、道の石ころも山のようじゃ」
けれど一寸法師は胸を張りました。
「小さくても、進めば着きます」
そこで、おばあさんはお椀を出しました。
「これを舟におし」
おじいさんは箸を出しました。
「これを櫂にするとよい」
そして針を一本、刀として持たせました。
一寸法師はお椀の舟に乗り、箸の櫂をこぎながら川を下っていきました。
「行ってまいります!」
おじいさんとおばあさんは手を振りました。
「気をつけるんだよ」
「大きくなって帰ってくるんですよ」
一寸法師は都へ着きました。
都はそれはそれは大きなところでした。
人の草履は崖のようで、馬の足音は雷のようでした。門は山ほど高く、屋敷の廊下は大通りのようでした。
それでも一寸法師は負けません。
立派なお屋敷に仕えることになり、姫のお供として働くようになりました。
ある日のことです。
姫が外へ出かけた時、鬼が現れました。
「姫をさらってやる!」
鬼は大きな口を開け、一寸法師を見下ろしました。
「なんだ、お前は。小さすぎて見えぬわ」
一寸法師は針の刀を抜きました。
「小さくても、姫を守る心は小さくない!」
鬼は笑いました。
「ならば、食ってしまえ」
鬼は一寸法師をひょいとつまみ上げ、ぱくりと飲み込んでしまいました。
姫は悲鳴を上げました。
「一寸法師!」
けれど、一寸法師は鬼の腹の中で針の刀を構えました。
「ここが内側なら、内側から攻めるまで!」
ちくり。
「痛い!」
ちくり、ちくり。
「痛い痛い痛い!」
鬼は腹を押さえて転げ回りました。
「やめろ、やめろ! 腹の中で針を振り回すな!」
一寸法師はさらに針で突きました。
「姫をさらうな!」
「さらいません!」
「悪さをするな!」
「しません!」
鬼はたまらず一寸法師を吐き出しました。
そして、持っていた小槌を落として逃げていきました。
「もう小さい者は食わぬ!」
姫は一寸法師を両手に乗せました。
「一寸法師、大丈夫ですか」
「はい。少しぬるぬるしますが、無事です」
姫は鬼が落とした小槌を拾いました。
「これは打出の小槌ですね。振れば願いが叶うと言います」
一寸法師の目が輝きました。
「では、私を大きくしてください」
姫はうなずきました。
「分かりました」
姫は小槌を軽く振りました。
「大きくなあれ」
ぽん。
一寸法師は少し大きくなりました。
「おお!」
姫は嬉しくなりました。
「もう少しですね」
もう一度振りました。
「大きくなあれ」
ぽん。
一寸法師はさらに大きくなりました。
指ほどだった体は、茶碗ほどになりました。
「おお、見える。世界が近い!」
姫は笑いました。
「よかったですね。もう少し振りましょう」
ぽん。
一寸法師は子犬ほどになりました。
ぽん。
子どもほどになりました。
ぽん。
大人ほどになりました。
一寸法師は両手を見ました。
「おお、これが普通の大きさ」
姫も喜びました。
「ちょうどよくなりましたね」
そこで止めればよかったのです。
しかし、姫はたいそう嬉しくなっていました。
「せっかくですから、もう少し立派に」
ぽん。
一寸法師は大男になりました。
「あれ」
姫は首をかしげました。
「少し大きくなりすぎましたか」
一寸法師は屋敷の天井に頭をぶつけました。
「少し、ではないかもしれません」
「では、これで最後にしましょう」
姫はもう一度だけ小槌を振りました。
ぽん。
一寸法師は屋敷の屋根を突き破りました。
ばきばきばき。
屋根瓦が飛び、柱がきしみ、都の人々が空を見上げました。
「なんだあれは!」
「人だ!」
「大きすぎる!」
一寸法師は都の真ん中に立っていました。
屋敷より大きく、城より高く、山ほどの背丈になっていました。
姫は小槌を抱えて青ざめました。
「一寸法師?」
はるか上から声がしました。
「はい」
「聞こえますか」
「聞こえます。都じゅうの声も聞こえます」
一寸法師は困った顔で言いました。
「大きくなりすぎました」
姫は慌てて小槌を振りました。
「小さくなあれ!」
ぽん。
何も起きません。
もう一度振りました。
「小さくなあれ!」
ぽん。
やはり何も起きません。
姫は小槌を裏返しました。
「説明書はありませんか」
小槌には小さな字でこう書いてありました。
大きくすることはできます。
小さく戻す機能は別売りです。
姫は固まりました。
「別売り……」
一寸法師は都の外にそっと足を移しました。
足を一歩動かすだけで、道がめり込みます。
「姫、私はどこに立てばよいでしょうか」
「できれば、田畑を踏まないところで」
「分かりました」
一寸法師は山の横に腰を下ろしました。
すると、山が少し低く見えました。
都では大騒ぎになりました。
役人たちが集まりました。
「これは一寸法師か」
「一寸ではない」
「では何法師だ」
「一山法師ではないか」
「いや、一国法師かもしれぬ」
姫は役人たちに頭を下げました。
「私が小槌を振りすぎました」
役人たちは小槌を見ました。
「なぜ止めなかったのですか」
「大きくなるのが嬉しくて」
「お気持ちは分かりますが、限度があります」
一寸法師は山の横から小さな声で言いました。
「申し訳ありません。大きな声を出すと、瓦が落ちます」
その声だけで、町の窓が震えました。
鬼たちは遠くの山からその姿を見ていました。
「逃げてよかった」
「あれが腹の中で暴れていたのか」
「二度と都へは行かぬ」
一寸法師は悪いことをするつもりはありませんでした。
むしろ、困っている人を助けようとしました。
川に橋をかけたいと聞けば、大きな石を運びました。
ただし石が大きすぎて、橋ではなく山道になりました。
村人が「日陰がほしい」と言えば、手をかざしました。
しかし村全体が夜になりました。
海で船が迷ったと聞けば、指で波を静めました。
けれど、静めすぎて魚まで動かなくなりました。
一寸法師は肩を落としました。
「大きければよいというものではないのですね」
姫はうなずきました。
「小さすぎても困りますが、大きすぎても困ります」
そこで都では、一寸法師のために新しい役目を考えました。
山崩れを止める時。
大岩をどかす時。
遠くの火事を見張る時。
鬼が都に近づいた時。
そんな時だけ、一寸法師に頼むことにしたのです。
普段は都から少し離れた広い山のそばで暮らしてもらいました。
一寸法師はそこに大きな小屋を作りました。
小屋と言っても、普通の人から見れば城でした。
姫は時々、小槌を持って訪ねました。
「一寸法師、具合はどうですか」
「元気です。ただ、くしゃみをすると雲が動きます」
「それは困りますね」
「はい。気をつけています」
姫は申し訳なさそうに言いました。
「あの時、私が振りすぎなければ」
一寸法師は首を横に振りました。
「いいのです。私は小さいことに悩んでいました。けれど今は、大きいことにも悩んでいます」
「それは、よいことなのでしょうか」
「たぶん、普通の大きさのありがたさが分かったということです」
姫は笑いました。
「では、もし小さく戻す小槌が見つかったら、どうしますか」
一寸法師はしばらく考えました。
「普通くらいで止めてください」
「はい。今度は必ず」
それから都では、打出の小槌を使う時の決まりができました。
一つ、願い事は具体的に言うこと。
二つ、「大きくなあれ」は回数を決めてから言うこと。
三つ、使用前に小槌の説明書を読むこと。
四つ、別売り機能を確認すること。
五つ、姫が嬉しくなっても、連打しないこと。
こうして一寸法師は、一寸ではなくなりました。
都の人々は彼をこう呼びました。
「一寸では済まなかった法師」
あるいは、
「一山法師」
一寸法師本人は、その呼び名を聞くたびに少し困った顔をしました。
「できれば、普通法師くらいがよかったです」
それでも、彼は都を守り、人々を助け、時には鬼を遠くから見つけて追い払いました。
鬼たちは一寸法師の影を見るだけで逃げ出しました。
「大きすぎる!」
「針どころではない!」
「今度は踏まれる!」
姫は小槌を大切にしまいました。
そして、その箱には大きな字でこう書きました。
打出の小槌。
振りすぎ注意。
巨人化の恐れあり。
めでたし、めでたし。
いいえ、屋根を直した職人たちだけは、しばらくめでたくありませんでした。