昔々、あるところに、たいそう貧しい若者がおりました。
若者は毎日よく働きましたが、なぜかまったく金が貯まりませんでした。
畑を耕せば鍬が折れ、薪を売りに行けば雨が降り、町で荷運びをすれば荷物より先に自分が転びました。
「どうしてこう、うまくいかないのだろう」
若者は困り果て、ある日、お寺へお参りに行きました。
「観音さま、どうか私に、少しでもよい暮らしをお授けください」
若者がそう願って寺を出ると、門のところで足を滑らせました。
「うわっ」
すってんころり。
若者は地面に転がりました。
起き上がると、手の中に一本のわらしべが握られていました。
「……わら?」
若者は首をかしげました。
「観音さま。これは、どう使えばよいのでしょう」
もちろん、観音さまは答えません。
若者は仕方なく、そのわらしべを持って道を歩き始めました。
しばらく行くと、目の前を一匹のあぶがぶんぶん飛んでいました。
若者はわらしべの先にあぶを結びつけました。
「なんとなく、少しにぎやかになったな」
すると、向こうから小さな子どもを連れたお母さんが歩いてきました。
子どもは、わらしべの先でぶんぶん動くあぶを見て、目を輝かせました。
「あれ、ほしい!」
お母さんは若者に言いました。
「すみません。そのわらしべを譲っていただけませんか。この子がたいそう気に入ったようで」
「こんなものでよければ」
若者がわらしべを渡すと、お母さんはお礼にみかんを三つくれました。
「ありがとうございます」
若者はみかんを受け取りました。
「わらが、みかんになった」
若者は少し驚きました。
さらに歩いていくと、道ばたでのどが渇いて苦しそうにしている旅人がいました。
「水が……水がない……」
若者は水を持っていませんでした。
しかし、みかんはありました。
「これでよければ、どうぞ」
旅人はみかんを食べました。
「助かった。甘くてうまい」
旅人は礼として、立派な反物を若者に渡しました。
「これは都へ運ぶつもりだったが、命には代えられぬ。受け取ってくれ」
若者は反物を抱えました。
「みかんが、反物になった」
さらに歩いていると、馬を引いた男が困っていました。
馬はぐったりして動けません。
「困った。この馬が動かぬ。急ぎの用があるのに」
男は若者の反物を見て言いました。
「その反物を譲ってくれないか。代わりに、この馬をやろう。今は弱っているが、休ませればよい馬だ」
若者は少し迷いました。
「馬をもらっても、世話できるかな」
しかし、馬は若者を見て、弱々しく鼻を鳴らしました。
若者は放っておけなくなりました。
「分かりました」
若者は反物と引き換えに馬を受け取りました。
草を食べさせ、水を飲ませ、しばらく休ませると、馬は元気を取り戻しました。
若者は思いました。
「反物が、馬になった」
その馬に乗って進んでいくと、大きな屋敷の前に出ました。
屋敷では家人たちが慌ただしく荷物を積んでいました。
どうやら急いで遠くへ移るらしいのです。
屋敷の主人は、若者の馬を見るなり言いました。
「そなた、その馬を譲ってくれぬか。急ぎの旅に必要なのだ」
「よい馬ですが、何と交換してくださるのですか」
若者がそう聞くと、主人は言いました。
「この屋敷をやろう」
若者は目を丸くしました。
「屋敷?」
「そうだ。どうせ我らは遠くへ行く。管理する者がいなくなるよりは、誰かに譲った方がよい」
若者は馬を渡し、屋敷を受け取りました。
若者は門の前に立ち尽くしました。
「馬が、屋敷になった……」
ここで終われば、普通のわらしべ長者でした。
しかし、この若者は少しばかり運がよすぎました。
屋敷に住み始めて三日後、近くの商人が訪ねてきました。
「その屋敷、たいそう場所がよい。商いの蔵として使いたい。譲ってくれぬか」
「では、何と交換で?」
商人は言いました。
「蔵を三つと、荷車十台ではどうだ」
若者は考えました。
「屋敷が、蔵三つと荷車十台になるのか」
交換しました。
すると今度は、荷車を見た別の商人が言いました。
「その荷車をまとめて譲ってくれ。代わりに港の倉庫を一つ渡そう」
若者は交換しました。
港の倉庫を手に入れると、船乗りが言いました。
「その倉庫を使わせてくれ。代わりに小さな船を一艘やろう」
若者は交換しました。
船を手に入れると、今度は漁師たちが言いました。
「その船はよい船だ。漁に使いたい。代わりに、浜の土地を譲ろう」
若者は交換しました。
浜の土地を手に入れると、役人がやってきました。
「その土地は港の整備に必要だ。代わりに山を一つ与えよう」
若者は交換しました。
山を手に入れると、材木商がやってきました。
「その山の木は見事だ。代わりに村の半分の田を譲ろう」
若者は交換しました。
田を手に入れると、村長がやってきました。
「その田は村の中心だ。いっそ村長をやらぬか」
「村長?」
「そうだ。田も人もまとめて面倒を見てくれ」
若者は気づくと、村長になっていました。
わらしべ一本から、村長。
若者は夜、布団の上で震えました。
「おかしい。私は少しよい暮らしがしたかっただけなのに」
ところが、それでも終わりませんでした。
隣町との水争いが起きると、若者は話し合いでうまくまとめました。
すると周辺の村々からも相談が来るようになりました。
「うちの村の道も直してほしい」
「こちらの橋も見てくれ」
「商いの取り決めを作ってくれ」
若者は断れませんでした。
気づけば、いくつもの村をまとめる立場になっていました。
ある日、国の役人がやってきました。
「そなたは評判がよい。民をまとめる力がある。国の政にも関わってくれ」
若者は青ざめました。
「私は、元はわらしべを持っていただけの者です」
「そのわらしべからここまで来たのなら、なおさら見込みがある」
役人はそう言いました。
若者は都へ呼ばれました。
そこで、田のこと、港のこと、山のこと、道のこと、商いのことを聞かれました。
若者は、自分が交換してきた物の話をしました。
「わらはみかんになりました。みかんは反物になりました。反物は馬になりました。馬は屋敷になりました」
都の人々は感心しました。
「これは商いの才だ」
「いや、交渉の才だ」
「いや、民の事情を知る才だ」
若者は思いました。
「ただ流されていただけなのに」
やがて国は大きな問題を抱えました。
税が足りず、港は混み、山は荒れ、田は水不足になっていました。
誰もが困っていました。
そこで若者は、わらしべの時のことを思い出しました。
「一つのものを、次の必要なものへ渡していけばよいのでは」
若者は物の流れを整えました。
余っている米を足りない村へ。
山の木を橋の修理へ。
港の倉庫を商人たちへ。
商人の利益を道の整備へ。
道がよくなれば、また米が運ばれる。
国は少しずつ豊かになりました。
人々は若者を褒めました。
「わらしべ長者どの」
「いや、もはや長者どころではない」
「国を支える方だ」
そしてついに、年老いた殿様が言いました。
「そなたに、この国を任せたい」
若者は固まりました。
「国?」
「うむ」
「私は、わらしべを持っていただけなのですが」
「そのわらしべから、国を立て直したではないか」
若者は頭を抱えました。
「観音さま。少しよい暮らしを願っただけなのに、責任が大きすぎます」
しかし、国の人々は期待の目で見ていました。
若者は逃げられませんでした。
こうして、わらしべ一本を持っていた若者は、とうとう国を任されることになりました。
その後、若者は大きな蔵の奥に、最初のわらしべを大切にしまいました。
そして、その横に札を立てました。
わらしべ一本から、ここまで来ました。
交換は計画的に。
若者は時々、そのわらしべを見てため息をつきました。
「あの日、転ばなければよかったのだろうか」
家臣が尋ねました。
「殿、どうされました」
若者は言いました。
「わらしべとは、恐ろしいものだ」
家臣は真面目に頷きました。
「はい。国宝として厳重に管理いたします」
「いや、そういう意味ではない」
それからこの国では、子どもたちにこう教えるようになりました。
小さなものでも大切にせよ。
人の困りごとを見逃すな。
交換する時は、相手の事情も考えよ。
そして、わらしべ一本からでも、責任はどこまでも大きくなることがある。
めでたし、めでたし。
いいえ、若者だけは、毎朝山のような書類を見て、あまりめでたくありませんでした。