新生ロシア、異世界へ   作:狩守句州

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第一話:転移

1992年1月、モスクワ。

 

クレムリンの執務室には、凍てつくような外気とは裏腹に、重苦しく停滞した熱気が立ち込めていた。

 

ソビエト連邦が崩壊し、新たな「ロシア連邦」が産声を上げてからわずか一ヶ月。

 

初代大統領に選出されたヴィクトル・ニコラエヴィチ・サヴェリエフは、机の上に積み上げられた膨大な書類を前に、深い溜息をついた。

 

彼は8月クーデターの際、民主主義を訴えた英雄の一人だ。

 

クーデターの失敗と共に、国家保安委員会(KGB)内の反動勢力や強硬派は徹底的に排除された。

 

今の政権には、西欧的な民主主義を信奉する若手の改革派や、実務能力を重視する官僚たちが集まっている。

しかし、現実は甘くなかった。

 

「……大統領、やはり議会との溝は埋まりません。

最高会議の保守派どもは、この新憲法草案を『大統領に権力を集中させすぎる独裁的悪法』だと決めつけています」

 

苦々しく報告するのは、大統領府長官のオレグ・イワノフだ。

 

史実においては、この大統領権限を巡る対立が1993年10月の「憲政危機」――議会と軍の武力衝突――へと繋がっていくことになる。

 

サヴェリエフは対話による解決を模索していたが、足元で進むハイパーインフレが、国民の不満と議会の反発を容赦なく煽り立てていた。

 

「独裁か……。

皮肉なものだな。我々は共産主義の独裁を壊すために立ち上がったというのに。

だが、今のロシアには強力な舵取りが必要だ。

さもなくば、この巨大な船は民主化の岸に辿り着く前に、経済崩壊という氷山に激突して沈んでしまう」

サヴェリエフは眼鏡を外し、疲れた目で窓の外を眺めた。

 

問題は国内だけではない。

軍の士気は地に落ちている中、チェチェンでは独立派の武装勢力が不穏な動きを見せている。

 

かつての兄弟国であるウクライナやベラルーシとの関係も、独立国家共同体(CIS)という枠組みこそ作ったものの、黒海艦隊の帰属問題や核兵器の取り扱いを巡って、意見の相違が生じていた。

 

「ウクライナのレフチェンコ大統領は、通貨導入を急いでいる。

ベラルーシのベロフ議長も、ロシアとの経済的一体化には慎重だ。

皆、モスクワの支配から逃れたがっている……」

 

サヴェリエフは呟いた。

西側に追いつき、文明国として認められるためには、まず足元の泥沼を抜け出さねばならない。

 

だが、資金も時間も、何より国民の忍耐が限界に達していた。

 

その時だった。

「――!? なんだ、今の揺れは!」

イワノフが叫んだ。

 

地震ではない。地面の底から突き上げてくるような振動と共に、

執務室の窓の外が、見たこともないような鮮烈な白光に包まれた。

 

「大統領! 通信が……すべての回線が遮断されました!」

叫び声と同時に、昼間であるはずのモスクワの空が一瞬にして夜よりも暗く塗りつぶされ、直後、太陽が二つ現れたかのような強烈な光がすべてを飲み込んだ。

 

この瞬間、ロシア連邦、そして国境を接するウクライナとベラルーシの全土は、地球という惑星の地図から、物理的に消失した。

 

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