神奈川県警の女神様   作:かなっち館長

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第25話 鳥の羽のステッカー

黒いセダンの映像は、何度見ても鮮明とは言えなかった。

 

雨。

傘。

街灯の反射。

泥で隠されたナンバー。

 

そして、後部ガラスに貼られた白いステッカー。

 

鳥の羽のようなマーク。

 

それだけが、ぼんやりと浮かんでいた。

 

神奈川県警捜査一課の会議室。

 

押村奏斗は、モニターに映した防犯カメラ映像を止めたまま、じっと画面を見つめていた。

 

横溝重悟警部は腕を組み、苛立たしげに舌打ちする。

 

「顔もナンバーも分からねぇ。車種も絞りきれねぇ。分かるのは黒いセダンと変なステッカーだけか」

 

「はい」

 

「面倒くせぇな」

 

押村は映像を拡大した。

 

「ただ、このステッカーは既製品ではない可能性があります」

 

横溝が眉を上げる。

 

「分かるのか」

 

「形が不自然です」

 

会議室の端にいた萩原千速が、椅子から立ち上がって画面を覗き込む。

 

「不自然?」

 

「普通の装飾ステッカーなら、左右対称か、もっと分かりやすい図案になる。これは羽に見えるが、片側が欠けている」

 

千速は目を細めた。

 

「羽じゃなくて、割れた羽ってことか?」

 

「そう見える」

 

「趣味悪いな」

 

横溝が低く言う。

 

「黒いセダンに割れた羽。ますます犯人臭ぇ」

 

押村は画面を止めたまま、静かに言った。

 

「この人物が、黒崎玲子に電話をかけた可能性が高いです」

 

「分かってる。問題は、どこの誰かだ」

 

「黒崎宗一郎の交友関係を洗います。地下室のK-17ノートの出所も」

 

千速が腕を組む。

 

「そのノートを書いた奴と、黒いセダンの奴が同じとは限らねぇんだろ」

 

「はい」

 

「なら、二つの線で追うべきだな。ノートを書いた過去の人間。今、玲子を動かした人間」

 

押村は千速を見る。

 

「その通りだ」

 

千速は少しだけ得意げに笑う。

 

「交通部でも考えることくらいある」

 

横溝が鼻で笑う。

 

「白バイ小隊長がすっかり捜査一課気取りだな」

 

「文句あるか、重悟」

 

押村は二人のやり取りを聞きながら、映像の車体部分を見ていた。

 

何かが引っかかる。

 

車の後部。

トランクの形状。

テールランプ。

そして、ステッカーの貼られた位置。

 

千速がそれに気づいた。

 

「奏斗?」

 

「何だ」

 

「また一人で奥に潜ってる顔してる」

 

押村は少しだけ瞬きした。

 

「すまない」

 

「謝るな。口に出せ」

 

押村は頷いた。

 

「この車、少し変だ」

 

横溝が反応する。

 

「どこが」

 

「黒いセダンに見える。しかし、後部の高さが通常のセダンよりわずかに高い」

 

千速が画面を見る。

 

「改造車か?」

 

「あるいは、セダンではない」

 

横溝が顔をしかめた。

 

「どう見てもセダンだろ」

 

「遠目にはそう見えます。ただ、トランクに見える部分の反射が不自然です」

 

押村は映像をさらに拡大する。

 

画像は荒れたが、押村は指で示した。

 

「ここ。リアガラスとトランクの境目が、実際の車体線とずれているように見えます」

 

千速の目が鋭くなった。

 

「偽装か」

 

「可能性があります」

 

横溝が唸る。

 

「黒い車をセダンに見せかけたってのか」

 

「はい。フィルムやカバーで形状を誤認させたのかもしれません」

 

千速が低く言う。

 

「じゃあ、車種から追うのは危ないな」

 

「そうだな」

 

横溝は部下へ指示を飛ばした。

 

「公衆電話付近の防犯カメラ、範囲を広げろ。車種はセダンに限定するな。黒い車両全部だ。あと、ステッカーの羽マークを照会しろ。販売店、サークル、団体、何でもいい」

 

「はい!」

 

刑事たちが動き出す。

 

押村は会議室の端に置かれたK-17ノートのコピーへ視線を落とした。

 

第十七案。

黒崎邸・雨天密室型。

 

殺人の設計図。

 

その言葉が、胸の奥で重く沈んでいた。

 

その日の午後。

 

押村と横溝は、黒崎宗一郎の元秘書である三枝由香里を再び訪ねた。

 

彼女は事件後、会社を休んでいた。

 

横浜市内の小さなマンション。

 

応対した三枝は、前より顔色が悪かった。

 

「また、何か分かったんですか」

 

押村は丁寧に頭を下げる。

 

「確認したいことがあります」

 

三枝は二人を部屋へ通した。

 

部屋はきれいに整理されていた。

本棚には美術書や経営関係の本が並び、机の上には黒崎宗一郎の会社資料がまだ置かれている。

 

横溝は遠慮なく尋ねた。

 

「黒崎宗一郎は、犯罪資料や推理小説を集める趣味があったそうだな」

 

三枝は少し困ったように頷いた。

 

「はい。会長は古い事件記録や海外の犯罪史に興味を持っていました」

 

「殺人の設計図みてぇなノートにも?」

 

三枝の表情が変わった。

 

押村はその反応を見た。

 

「ご存じなんですね」

 

三枝は唇を結んだ。

 

しばらく沈黙したあと、小さく言う。

 

「見たことがあります」

 

横溝の目が鋭くなる。

 

「なぜ今まで言わなかった」

 

「事件と関係あるとは思わなかったんです」

 

「人が死んでるんだぞ」

 

「分かっています!」

 

三枝の声が震えた。

 

「でも、あれは会長のコレクションの一つだと思っていました。古い推理作家の草稿だと……」

 

押村が静かに尋ねる。

 

「推理作家?」

 

三枝は頷いた。

 

「会長がそう言っていました。昔、世に出なかった推理小説のプロット集だと」

 

横溝が顔をしかめる。

 

「プロット集?」

 

押村は鞄からK-17ノートのコピーを取り出した。

 

「これですか」

 

三枝はそれを見るなり、顔を強張らせた。

 

「……はい」

 

「誰が書いたものか聞いたことは?」

 

「名前は……確か」

 

三枝は記憶を探るように目を伏せた。

 

「玖城」

 

押村の目がわずかに動く。

 

「玖城?」

 

「玖城怜司。そういう名前だったと思います」

 

横溝がメモを取る。

 

「どういう人物だ」

 

「会長は、昔の知人だと言っていました。大学時代の先輩か、研究会の仲間だったと」

 

押村は尋ねる。

 

「研究会?」

 

「犯罪心理と推理小説を研究する、私的な会だったそうです」

 

横溝が鼻を鳴らす。

 

「ろくでもねぇ研究会だな」

 

三枝は不安そうに押村を見る。

 

「その玖城という人が、事件に関係しているんですか?」

 

押村は答える。

 

「まだ分かりません。ただ、確認が必要です」

 

三枝は膝の上で手を握りしめた。

 

「会長は、玖城さんのことを時々怖がっているようでした」

 

押村が顔を上げる。

 

「怖がっていた?」

 

「はい。表向きは懐かしそうに話していました。でも、一度だけ、私がそのノートを整理しようとした時、会長が強く止めたんです」

 

「何と言っていましたか」

 

三枝は小さく息を吸った。

 

「それは小説じゃない。失敗した悪魔の実験だ、と」

 

部屋の空気が冷えた。

 

横溝が低く呟く。

 

「悪魔の実験ねぇ」

 

押村は静かにノートを閉じた。

 

「その玖城怜司という人物と、最近連絡を取っていた形跡はありますか」

 

「分かりません。ただ……」

 

「ただ?」

 

三枝は机の引き出しから、一枚の封筒を取り出した。

 

「事件の三日前、会長宛てにこれが届きました。差出人はありませんでした」

 

封筒には、中身は残っていなかった。

 

押村は封筒の裏を見る。

 

そこに、白い小さなシールが貼られていた。

 

割れた羽のマーク。

 

横溝の目が鋭くなった。

 

「これだ」

 

押村は封筒を慎重に証拠袋へ入れる。

 

「この封筒の中身は?」

 

三枝は首を横に振る。

 

「分かりません。会長がすぐに自分で開けて、中身を持って行きました」

 

「その後、様子は?」

 

「ひどく苛立っていました。玲子さんとも口論していました」

 

押村は目を伏せる。

 

黒崎宗一郎は、事件前に何かを受け取った。

 

それが玲子の殺意を刺激したのか。

あるいは、玲子を誘導する準備だったのか。

 

横溝は三枝に言った。

 

「その封筒、預かるぞ」

 

「はい」

 

押村は立ち上がる。

 

「ご協力ありがとうございました」

 

三枝は不安げに尋ねる。

 

「刑事さん」

 

「はい」

 

「もし、あのノートが本当に小説ではないなら……」

 

押村は静かに見る。

 

三枝は震える声で続けた。

 

「あれを書いた人は、人を殺す方法を楽しんでいたんでしょうか」

 

押村はすぐには答えなかった。

 

そして、低く言った。

 

「楽しんでいたかどうかは分かりません」

 

「……」

 

「ですが、人の弱さを観察していたことは確かです」

 

三枝は青ざめた。

 

押村は部屋を出た。

 

署へ戻る途中、横溝は車を運転しながら不機嫌そうに言った。

 

「玖城怜司か」

 

助手席の押村は、手帳を見ている。

 

「調べます」

 

「二十年以上前の犯罪心理研究会。推理小説の草稿。悪魔の実験。黒いセダン。割れた羽」

 

横溝は眉間に皺を寄せた。

 

「ごちゃごちゃしてきやがった」

 

「ですが、線は一本です」

 

「どんな線だ」

 

押村は窓の外を見る。

 

「誰かが、人に殺意を持たせる方法を知っている」

 

横溝は黙った。

 

押村は続ける。

 

「そして、殺意を持った人間に、完璧に近いトリックを与える」

 

「自分は手を汚さずにか」

 

「はい」

 

横溝が舌打ちした。

 

「胸糞悪ぃな」

 

「同感です」

 

横溝は横目で押村を見る。

 

「お前が同感って言う時は、本気で怒ってる時だな」

 

押村は少しだけ目を伏せる。

 

「怒っています」

 

「珍しいな」

 

「人の心を道具にしている」

 

押村の声は静かだった。

 

けれど、横溝には分かった。

 

これは押村が一番嫌う類の犯罪だ。

 

衝動的な殺人。

恨みによる殺人。

金のための殺人。

 

どれも許されない。

 

だが、人の感情を設計し、他人に殺人を実行させる者。

 

それは、罪を誰かに背負わせる犯罪だった。

 

横溝は低く言った。

 

「抱え込むなよ」

 

押村は少し横溝を見る。

 

「千速にも言われました」

 

「だろうな」

 

「同じことを言いますね」

 

「お前が同じ心配をさせるからだ」

 

押村は何も言えなかった。

 

その頃、千速は第三交通機動隊で、黒い車両に関する照会資料を見ていた。

 

本来、これは交通部の仕事ではない。

 

だが、黒いセダンが公道を使って姿を消している以上、交通部の視点が役に立つ。

 

千速は地図を広げ、映像に映った車両の進行方向を追っていた。

 

「公衆電話から出て、最初の交差点を右……その先はカメラが少ない」

 

若い隊員の新井が隣で資料を見ている。

 

「小隊長、この辺りって抜け道が多いですね」

 

「ああ。地元の人間か、事前に下見した奴じゃなきゃ迷う」

 

「黒いセダンは偽装の可能性があるんですよね」

 

「奏斗はそう見てる」

 

新井は少しにやけた。

 

「押村警部補のこと、信頼してますね」

 

千速は地図から顔を上げずに言う。

 

「信頼してる」

 

新井は予想外の即答に固まった。

 

千速はようやく顔を上げる。

 

「何だよ」

 

「いえ、そこは照れるところかと」

 

「仕事の話だろ」

 

「仕事の話なら、ですね」

 

千速は目を細める。

 

「新井」

 

「はい」

 

「口が滑ってるぞ」

 

「すみません」

 

それでも新井は少し嬉しそうだった。

 

千速はため息をつき、再び地図を見る。

 

「……奏斗は細かい違和感を拾う。私は道の流れを見る。それだけだ」

 

新井は頷く。

 

「でも、いい組み合わせだと思います」

 

千速の手が一瞬止まる。

 

「そうか」

 

「はい」

 

千速は少しだけ口元を緩めた。

 

「余計なこと言ってないで、このルート上の整備工場を洗え。偽装車なら、どこかでカバーやフィルムを外してるかもしれねぇ」

 

「了解です」

 

新井が離れていく。

 

千速は地図の一点に目を止めた。

 

公衆電話から車で十五分。

 

廃業した自動車修理工場。

 

その場所に、印をつける。

 

「……ここか?」

 

千速は押村へ電話をかけた。

 

数コールでつながる。

 

『押村です』

 

「私だ」

 

『千速』

 

「今話せるか」

 

『はい』

 

「黒い車の逃走ルート、交通部で追ってる。気になる工場が一つある」

 

電話の向こうで、押村の空気が変わった。

 

『場所は』

 

「港北区の外れ。廃業した修理工場。公衆電話から抜け道を使えば十五分。監視カメラが少ないルートで行ける」

 

『黒い車を隠せる場所か』

 

「ああ。偽装を外すにも都合がいい」

 

『分かった。横溝警部に伝える』

 

千速は少しだけ声を低くした。

 

「奏斗」

 

『何だ』

 

「一人で行くなよ」

 

少し沈黙があった。

 

『行かない』

 

「本当だな」

 

『本当だ』

 

「よし」

 

電話の向こうで、押村が少しだけ息を吐いた気配がした。

 

『君も無茶をしないでほしい』

 

「私は交通部だ。捜査一課の現場には踏み込まねぇよ」

 

『その言い方は信用しにくい』

 

「ひでぇな」

 

『前例がある』

 

千速は言い返せなかった。

 

「……気をつける」

 

『俺も気をつける』

 

短い会話。

 

それでも、千速の胸は少し落ち着いた。

 

「じゃあ、場所送る」

 

『ありがとう』

 

通話が切れる。

 

千速はスマホを握ったまま、少しだけ目を伏せた。

 

事件が長くなる。

 

押村はきっと、また深く考え込む。

 

だから、今度は引っ張り出す。

 

一人で沈ませない。

 

千速は地図に赤い丸を書き込んだ。

 

夕方。

 

押村、横溝、村上を含む捜査員たちは、千速が示した廃工場へ向かった。

 

港北区の外れ。

 

かつて自動車修理工場だった建物は、今はシャッターが下り、看板も半分錆びていた。

 

周囲には雑草が伸び、敷地の奥には古い廃車が数台置かれている。

 

横溝が低く言った。

 

「いかにも何か出そうな場所だな」

 

村上が緊張した顔で頷く。

 

「ですね」

 

押村は敷地の地面を見る。

 

古いタイヤ痕。

 

その中に、新しいものが混じっていた。

 

「最近、車が出入りしています」

 

横溝が周囲に指示する。

 

「裏手も固めろ。中に誰かいる可能性がある」

 

シャッターの鍵は壊されていなかった。

 

だが、横の通用口は開いていた。

 

押村たちは慎重に中へ入る。

 

工場内は薄暗かった。

 

油の匂い。

錆びた工具。

使われなくなったリフト。

 

ライトを向けると、床に黒いフィルムの切れ端が落ちていた。

 

押村がしゃがむ。

 

「車体偽装に使ったものかもしれません」

 

村上が奥を指す。

 

「警部補、これを」

 

そこには、剥がされたステッカーが落ちていた。

 

白い割れた羽のマーク。

 

横溝の目が鋭くなる。

 

「ビンゴだな」

 

押村は慎重に証拠袋へ入れる。

 

さらに奥へ進むと、作業台の上に紙が一枚置かれていた。

 

押村はライトを当てる。

 

そこには、手書きの文字があった。

 

第十八案は、まだ始まっていない。

 

横溝が低く唸る。

 

「挑発か」

 

村上の顔が青ざめる。

 

「第十八案って……次の殺人計画ですか?」

 

押村は紙を見つめた。

 

筆跡は、K-17ノートとは違う。

 

だが、明らかにそれを意識している。

 

横溝が無線で応援を呼ぶ。

 

「工場全体を押さえろ。鑑識を急がせろ」

 

押村は作業台の上を見た。

 

紙の横に、小さな金属片がある。

 

何かの部品。

 

そして、その下に薄く油で描かれたような文字。

 

押村はライトの角度を変えた。

 

文字が浮かぶ。

 

風見台

 

押村は呟いた。

 

「風見台……」

 

横溝が反応する。

 

「場所か?」

 

「可能性があります」

 

村上がすぐに端末で検索する。

 

「県内に風見台という地名があります。三浦半島の海沿いです。古い灯台跡がある観光地みたいです」

 

横溝が舌打ちする。

 

「次の舞台ってことか」

 

押村は紙を見つめた。

 

第十八案は、まだ始まっていない。

 

まだ。

 

つまり、始まる予定がある。

 

押村はすぐに千速へ電話をかけた。

 

『奏斗?』

 

「当たりだった」

 

『工場か』

 

「ああ。黒い車の偽装に使ったと思われる物が見つかった」

 

『犯人は?』

 

「いない」

 

『逃げたか』

 

「おそらく」

 

押村は少し間を置いて続けた。

 

「千速。風見台という場所に心当たりはあるか」

 

『風見台? 三浦の方か?』

 

「知っているのか」

 

『海沿いの道にある。昔、灯台があった場所だ。観光客も来るが、夜は人気が少ない』

 

「そこが次の現場になる可能性がある」

 

電話の向こうで、千速の声が低くなった。

 

『分かった。周辺道路を確認する』

 

「まだ確定ではない」

 

『だから確認するんだろ』

 

押村は黙った。

 

千速は続ける。

 

『奏斗』

 

「何だ」

 

『第十八案、始まってないなら止められる』

 

押村は目を伏せた。

 

止められる。

 

そうだ。

 

今回は、死体が出る前に。

 

「そうだな」

 

『絶対止めるぞ』

 

押村は静かに答えた。

 

「ああ」

 

電話を切った後、押村は工場の奥を見た。

 

そこには、解体途中の黒い車が一台置かれていた。

 

セダンではない。

 

黒いステーションワゴン。

 

後部にカバーをつけ、遠目にはセダンに見えるよう細工されている。

 

横溝がその車を睨む。

 

「こいつか」

 

押村は車の後部ガラスを見る。

 

ステッカーが貼られていた跡が残っていた。

 

割れた羽。

 

そして、トランク部分に小さな傷。

 

押村はふと思った。

 

割れた羽は、単なる印ではない。

 

これは署名だ。

 

自分が舞台を作ったという、犯人の印。

 

人を殺す物語に、自分の名前を残すための。

 

横溝が隣で言った。

 

「押村」

 

「はい」

 

「第十八案があるなら、次の被害者もいる」

 

「はい」

 

「急ぐぞ」

 

押村は頷いた。

 

「はい」

 

黒崎邸の事件は、第十七案。

 

なら、第十八案とは何か。

 

風見台。

海沿いの灯台跡。

まだ始まっていない殺人計画。

 

押村は工場の床に落ちた紙をもう一度見た。

 

第十八案は、まだ始まっていない。

 

その言葉が、まるで時限装置の秒読みのように見えた。

 

そしてその夜、神奈川県警は初めて、まだ起きていない殺人事件を追うことになった。

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