神奈川県警の女神様   作:かなっち館長

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第41話 倉木美緒

倉木美緒。

 

その名前が会議室のホワイトボードに書かれた瞬間、空気が少し変わった。

 

藤崎茜を動かしたかもしれない女。

BLACK LANCEのステッカーと黒い封筒を渡した人物。

そして、三年前に死んだ倉木怜央の妹。

 

押村奏斗は、机の上に並んだ資料を見つめていた。

 

倉木怜央の事故記録。

藤崎茜の供述調書。

藤崎啓吾の供述調書。

佐伯巡査部長の証言。

そして、藤崎茜の黒いバイクから見つかった封筒とステッカー。

 

横溝重悟は腕を組み、険しい顔で言った。

 

「倉木美緒は、兄の事故をずっと疑ってた。警察に再捜査を求める文書を何度も出してる」

 

村上が資料を読み上げる。

 

「はい。三年前の事故後、計七回、県警と地元署へ再調査の申し入れをしています。ただ、当時は単独事故として処理済み。新証拠なしとして、正式な再捜査には至っていません」

 

千速は黙って聞いていた。

 

倉木怜央。

 

五年前、自分が追跡し、途中で追跡を打ち切った男。

三年前、自分の名前を使って呼び出され、藤崎兄妹の仕掛けで命を落とした男。

 

その妹が、警察に何度も訴えていた。

 

だが、届かなかった。

 

千速は低く言った。

 

「美緒が茜を動かした理由は分かる。兄の死の真相を知りたかったんだろ」

 

横溝が顔をしかめる。

 

「だからって白バイ隊員を襲わせていい理由にはならねぇ」

 

「分かってる」

 

千速は横溝を見た。

 

「分かってるよ、重悟」

 

押村は封筒を手に取った。

 

黒い紙に、白い交差線のマーク。

 

「美緒さんがステッカーと封筒を用意したとして、どこまで意図していたかが問題です」

 

横溝が問う。

 

「どういう意味だ」

 

「藤崎茜さんが新井隊員を襲うことまで予期していたのか。それとも、茜さんの復讐心を刺激するだけのつもりだったのか」

 

千速が鋭く言う。

 

「どっちにしても悪質だ」

 

「はい」

 

押村は否定しない。

 

「ただ、今回の事件には二つの流れがあります」

 

押村はホワイトボードへ向かった。

 

ひとつ目。

 

藤崎兄妹の罪

三年前、倉木怜央を呼び出し、事故死させた。

藤崎啓吾は隠蔽を主導。

藤崎茜は罪悪感と憎悪を抱え続けた。

 

ふたつ目。

 

倉木美緒の行動

兄の死を疑い続けた。

再捜査を求めたが通らなかった。

藤崎茜へ接触。

BLACK LANCEのマークと封筒を提供。

 

押村はペンを置いた。

 

「美緒さんは、藤崎茜さんが兄の死に関与していることを知っていた可能性があります」

 

千速が顔を上げた。

 

「茜を責めるんじゃなくて、利用したってことか」

 

「はい。茜さんの罪悪感を利用して、事件を表に出そうとした」

 

横溝が低く唸る。

 

「やり方が歪んでやがる」

 

押村は静かに言った。

 

「兄を失い、訴え続けても誰にも聞かれなかった。そう考えれば、歪む理由はあります」

 

横溝が押村を見る。

 

「同情してるのか」

 

「いいえ」

 

押村は首を横に振った。

 

「理解しようとしているだけです」

 

千速は押村の横顔を見た。

 

理解と許容は違う。

 

押村はいつも、そこを間違えないようにしている。

 

千速は小さく息を吐いた。

 

「会いに行こう」

 

横溝が頷く。

 

「ああ。倉木美緒に話を聞く」

 

倉木美緒の自宅兼仕事場は、横浜市内の古いマンションの一室だった。

 

フリーのデザイナーとして働いているらしく、部屋にはデザイン用のモニターや資料が整然と並んでいた。

 

壁には、何枚もの写真が貼られている。

 

兄、倉木怜央の写真。

BLACK LANCE時代の写真。

事故現場の写真。

新聞記事の切り抜き。

県警へ提出した再調査要望書の控え。

 

その部屋は、生活の場というよりも、三年前で時間が止まった資料室のようだった。

 

倉木美緒は、二十八歳。

 

細身で、顔色は白い。

兄とはあまり似ていないが、目の強さだけは同じだった。

 

彼女は押村たちを見ると、驚いた様子もなく言った。

 

「やっと来たんですね」

 

横溝が警察手帳を見せる。

 

「神奈川県警だ。倉木美緒さんだな」

 

「はい」

 

千速は一歩前へ出た。

 

美緒の目が、すぐに千速へ向いた。

 

「萩原千速さん」

 

千速は頷く。

 

「そうだ」

 

「あなたに会うのは初めてです。でも、名前は何度も見ました」

 

美緒の声は静かだった。

 

静かすぎるほどだった。

 

「兄が最後まで意識していた白バイ隊員」

 

千速はその言葉を受け止めた。

 

「倉木怜央を五年前に追ったのは私だ」

 

「はい。そして、追跡をやめた」

 

「市民を巻き込む危険があったからだ」

 

「分かっています」

 

千速は少し目を細めた。

 

美緒はまっすぐ千速を見たまま言った。

 

「兄はそれを、負けたとは言いませんでした」

 

「何?」

 

「兄は言っていました。“あの白バイは、俺を捕まえられた。でも捕まえなかった。守る方を選んだ”って」

 

千速は言葉を失った。

 

横溝も、押村も黙った。

 

美緒は続ける。

 

「兄は馬鹿でした。違法レースをして、人に迷惑をかけて、警察から逃げて。でも、あなたのことは恨んでいませんでした」

 

千速の胸に、重いものが落ちる。

 

「じゃあ、なぜ茜を動かした」

 

美緒の目がわずかに揺れた。

 

「動かした?」

 

押村が黒い封筒の写真を見せる。

 

「藤崎茜さんは、あなたからBLACK LANCEのステッカーと封筒を受け取ったと供述しています」

 

美緒は写真を見つめた。

 

「渡しました」

 

横溝の目が鋭くなる。

 

「目的は何だ」

 

「真実を表に出すためです」

 

「白バイ隊員を襲わせるためか」

 

美緒は初めて表情を歪めた。

 

「違います」

 

千速が低く言う。

 

「実際に新井は襲われた」

 

「知っています」

 

「佐伯も狙われた」

 

「知っています」

 

千速の声が少し強くなる。

 

「知ってて、違うって言うのか」

 

美緒は拳を握った。

 

「私は、誰かを襲えとは言っていません」

 

押村が静かに問う。

 

「では、何を言ったんですか」

 

美緒は少し沈黙した。

 

それから、奥の机から一冊のファイルを取り出した。

 

「三年前の事故を調べていました。兄が死んだ現場に、藤崎茜の赤い車がいたこと。藤崎啓吾が現場にいた可能性があること。佐伯という白バイ隊員が事故直後に通りかかったこと。全部、少しずつ集めました」

 

横溝がファイルを受け取る。

 

中には写真、地図、目撃情報、聞き込みメモがびっしりと入っていた。

 

押村は内容を確認しながら眉を寄せた。

 

「かなり詳細ですね」

 

「三年かかりました」

 

美緒は淡々と言った。

 

「でも警察は聞いてくれなかった」

 

千速は何も言えなかった。

 

美緒は続けた。

 

「藤崎茜に会ったのは、一か月前です。私は彼女に言いました。あなたは兄の死について何か知っているはずだって」

 

「茜は認めたのか」

 

「認めませんでした。でも、動揺していました」

 

美緒は視線を落とす。

 

「だから、BLACK LANCEのマークを渡しました。兄のことを忘れたふりをするな、と言いたかった」

 

押村が問う。

 

「封筒は?」

 

「私が作りました。茜が自分で警察へ送ると思っていました。三年前のことを告発するために」

 

横溝が低く言う。

 

「だが茜は、告発じゃなく襲撃を選んだ」

 

美緒の手が震えた。

 

「そこまでするとは思っていませんでした」

 

千速は鋭く見た。

 

「本当にか?」

 

美緒は千速を見返す。

 

「……分かりません」

 

その答えに、部屋の空気が静まる。

 

美緒はゆっくり言った。

 

「私は、茜が壊れていることを知っていました。兄のことで苦しんでいることも。だから、あのマークを渡せば、彼女が何かをするとは思っていました」

 

「何かって何だ」

 

千速の声が低くなる。

 

美緒は唇を噛む。

 

「警察に話すかもしれない。兄のところへ行くかもしれない。佐伯さんを問い詰めるかもしれない。そこまでは考えました」

 

「新井を襲うとは考えなかった?」

 

「はい」

 

「でも、可能性はゼロじゃなかった」

 

美緒は答えられなかった。

 

押村は静かに言った。

 

「あなたは茜さんの罪悪感と怒りを利用した。それは認めますか」

 

美緒の目が揺れる。

 

「……はい」

 

「その結果、新井隊員が負傷した」

 

「はい」

 

「あなたが直接襲撃を指示していなくても、事件の一部を動かした責任はあります」

 

美緒はうつむいた。

 

「分かっています」

 

千速は美緒を見つめた。

 

怒りはあった。

 

部下を傷つけるきっかけを作った人間だ。

 

許せるはずがない。

 

だが同時に、美緒が抱えてきた三年間の重みも、部屋の壁に貼られた資料から伝わってきた。

 

何度訴えても届かなかった声。

誰も向き合わなかった事故。

兄の死が「単独事故」で片付けられたままの日々。

 

千速は低く言った。

 

「何で私に直接来なかった」

 

美緒が顔を上げる。

 

「え?」

 

「私の名前を知ってたんだろ。兄が私を恨んでなかったことも知ってた。だったら、何で私に言わなかった」

 

美緒は言葉を失った。

 

千速は続けた。

 

「警察を信用できなかったのは分かる。でも、部下を巻き込む前に、私にぶつければよかっただろ」

 

美緒の顔が歪む。

 

「怖かったんです」

 

「何が」

 

「あなたに言われるのが」

 

美緒の声が震えた。

 

「兄は自業自得だって。違法レースをして、逃げ続けて、死んだだけだって。そう言われたら……私はもう、立っていられなかった」

 

千速は黙った。

 

押村も、美緒の言葉を静かに聞いていた。

 

美緒は涙をこぼした。

 

「兄が悪いことは分かっています。迷惑をかけたことも。警察から逃げたことも。でも、死んでいいわけじゃない。助けられたかもしれないなら、誰かにそう言ってほしかった」

 

千速はゆっくり息を吐いた。

 

「死んでいい奴なんかいない」

 

美緒が顔を上げる。

 

千速ははっきり言った。

 

「倉木怜央が何をしてたとしても、事故の後に救護されるべきだった。藤崎啓吾が証拠を隠したなら、それは罪だ」

 

美緒の涙がまた落ちた。

 

千速は続ける。

 

「でも、新井も佐伯も、死んでいい理由はなかった」

 

「……はい」

 

「お前が真実を知りたかった気持ちは否定しない。でも、そのために誰かが傷つく可能性を見ないふりしたことは、間違いだ」

 

美緒は震えながら頷いた。

 

「はい」

 

押村が静かに言った。

 

「倉木さん。あなたには、任意で署まで同行してもらいます。ステッカーと封筒の提供、藤崎茜さんとのやり取り、すべて確認します」

 

美緒は涙を拭い、頷いた。

 

「行きます」

 

横溝が部屋の壁に貼られた資料を見た。

 

「この資料も任意提出してもらうぞ」

 

「はい」

 

美緒は最後に、千速を見た。

 

「萩原さん」

 

「何だ」

 

「兄は、あなたに捕まえてほしかったのかもしれません」

 

千速は一瞬、答えられなかった。

 

美緒は小さく続けた。

 

「逃げ続けるのを、終わらせてほしかったのかもしれない」

 

千速は目を伏せた。

 

五年前。

 

追えば捕まえられたかもしれない。

 

だが、追えば誰かを巻き込んだかもしれない。

 

だから千速は止まった。

 

それは正しい判断だった。

 

けれど、正しさは、後悔を消してくれるわけではない。

 

千速は静かに言った。

 

「五年前の私は、あそこで止まるしかなかった」

 

美緒は頷いた。

 

「分かっています」

 

「でも、三年前のことは、今からでも終わらせる」

 

美緒は泣きながら、小さく頭を下げた。

 

「お願いします」

 

署へ向かう車の中、美緒は黙っていた。

 

千速も、押村も、しばらく言葉を発しなかった。

 

横溝は別車両で資料を運んでいる。

 

運転席の村上が、バックミラー越しにそっと様子を見たが、何も言わなかった。

 

押村は窓の外を見ていた。

 

事件は、単純な復讐劇ではなかった。

 

藤崎啓吾の嫉妬と隠蔽。

藤崎茜の罪悪感と憎悪。

佐伯の恐怖と沈黙。

倉木美緒の執念と無責任な誘導。

そして千速の過去。

 

全員が、何かを隠した。

何かを守るふりをした。

何かから逃げた。

 

その結果、新井が傷ついた。

 

白バイ隊員が狙われた。

 

押村は隣の千速を見る。

 

千速はじっと前を見ている。

 

表情は硬い。

 

けれど、以前のように一人で抱え込もうとしている顔ではなかった。

 

押村は静かに言った。

 

「千速」

 

「何だ」

 

「考えていることを、言葉にしてほしい」

 

千速は少し驚いたように押村を見た。

 

「急だな」

 

「君が黙ると、俺は不安になる」

 

千速は一瞬、困ったように笑った。

 

「それ、私が前に言ったやつだろ」

 

「はい」

 

「返してくるなよ」

 

「必要だと思った」

 

千速は小さく息を吐いた。

 

「……倉木美緒のことを考えてた」

 

押村は頷く。

 

「うん」

 

「許せねぇよ。新井が襲われるきっかけを作った。佐伯も狙われた。第三交機全体を危険に晒した」

 

「はい」

 

「でも、あいつの三年も……軽くは見られない」

 

押村は何も言わずに聞いていた。

 

千速は続ける。

 

「兄が悪かったって分かってても、死んでいいわけじゃないって思うのは当然だ。私だって、研二や陣平のことで犯人を憎んだ。今でも憎んでる」

 

押村は静かに言った。

 

「うん」

 

「だからこそ、分かる。でも、分かるからって許せるわけじゃない」

 

「それでいいと思う」

 

千速は押村を見る。

 

「いいのか」

 

「はい。理解と許すことは違う」

 

千速は少しだけ目を細めた。

 

「お前らしいな」

 

「そうか」

 

「ああ」

 

千速は前に視線を戻した。

 

「新井に、どう報告するかな」

 

押村は言った。

 

「事実をそのまま伝えるしかない」

 

「だな」

 

「ただ、新井隊員は自分を責めるかもしれません」

 

「何でだよ。被害者だろ」

 

「自分が襲われたことで、隊や捜査に迷惑をかけたと思うかもしれない」

 

千速は苦い顔をした。

 

「言いそうだな、あいつ」

 

「はい」

 

「馬鹿だな」

 

「君の部下らしい」

 

千速が押村を睨む。

 

「どういう意味だ」

 

押村は真面目に答えた。

 

「責任感が強いという意味だ」

 

千速は少しだけ笑った。

 

「ならいい」

 

車は県警本部へ向かった。

 

事件の外側は見えてきた。

 

だが、まだすべてではない。

 

美緒の資料が語るもの。

藤崎啓吾と茜の供述の食い違い。

佐伯が黙っていた三年間。

そして、今回の襲撃に本当に第三者がいないのか。

 

押村は窓の外を見ながら、静かに考えていた。

 

黒いバイクは止まった。

 

だが、推理はまだ終わっていない。

 

県警本部に戻ると、捜査班は倉木美緒の資料を精査し始めた。

 

資料は想像以上に細かかった。

 

事故現場の写真。

当時の天候。

路面の状態。

救急到着時間。

警察到着時間。

目撃者の聞き取り。

藤崎茜の赤い車の廃車記録。

藤崎啓吾の退職後の動向。

佐伯の当日の行動。

 

村上が資料を読みながら呟いた。

 

「これ、ほとんど素人の調査じゃないですね」

 

横溝が言う。

 

「執念だろ」

 

押村は一枚のメモで手を止めた。

 

「これは……」

 

千速が隣から覗き込む。

 

「何だ」

 

押村はメモを机に置いた。

 

そこには、美緒の字でこう書かれていた。

 

事故直後、現場近くで黒いバイク音を聞いたという証言あり。

ただし目撃者は車体を見ていない。

藤崎茜の赤い車、藤崎啓吾の青いバイク以外に、もう一台いた可能性。

 

千速の顔が変わる。

 

「もう一台?」

 

横溝が資料を奪うように見る。

 

「おい、何だこれ。藤崎兄妹以外にもいたのか?」

 

押村は資料をめくる。

 

「証言者は、近くの別荘管理人。事故時刻の直後、山道の上方から一台のバイクが走り去る音を聞いたとあります」

 

村上が端末を確認する。

 

「当時の事故記録には、その証言は入っていません」

 

千速の目が鋭くなる。

 

「聞き落としか、握り潰しか」

 

押村は静かに言った。

 

「現時点では分かりません」

 

横溝が舌打ちする。

 

「藤崎啓吾が黙ってたことが、まだあるな」

 

押村はメモを見つめる。

 

もう一台の黒いバイク。

 

もしそれが本当なら。

 

三年前の事故現場には、倉木怜央、藤崎茜、藤崎啓吾、佐伯だけではなく、もう一人いた。

 

千速が低く言う。

 

「その黒いバイクが、今回の事件に関わってる可能性は?」

 

押村は顔を上げた。

 

「あります」

 

横溝が険しい顔で言った。

 

「つまり、倉木美緒も藤崎茜も藤崎啓吾も、まだ誰かに踊らされてる可能性があるってことか」

 

押村は頷いた。

 

「はい」

 

その時、会議室の電話が鳴った。

 

村上が出る。

 

「はい、捜査一課……え?」

 

村上の顔が変わった。

 

「警部!」

 

横溝が振り向く。

 

「何だ」

 

村上は受話器を押さえ、声を強張らせた。

 

「新井隊員の病室に、黒い封筒が届けられました」

 

千速の顔が凍る。

 

「何だと?」

 

村上は続ける。

 

「中には写真が一枚。三年前の事故現場で撮られたものです」

 

押村が静かに立ち上がる。

 

「誰が届けた」

 

「宅配便を装った人物です。防犯カメラ確認中」

 

横溝が叫ぶ。

 

「新井は無事か!」

 

「はい、本人に怪我はありません。ただ……封筒の中の写真の裏に文字が」

 

千速が低く問う。

 

「何て書いてあった」

 

村上は息を呑んだ。

 

「“四人目は、まだ嘘をついている”」

 

会議室が沈黙した。

 

一人目、新井。

二人目、佐伯。

三人目、隊長の前で折れる。

 

そして。

 

四人目。

 

まだ嘘をついている。

 

千速は拳を握りしめた。

 

「まだ終わってねぇ……」

 

押村は黒い封筒の写真を見つめた。

 

藤崎茜は確保されている。

藤崎啓吾も確保されている。

倉木美緒も署にいる。

 

それなのに、新しい封筒が届いた。

 

つまり。

 

本当にいる。

 

もう一人。

 

三年前の事故現場にいた、黒いバイクの人物。

 

そして今回の事件の奥で、すべてを見ている誰か。

 

横溝が低く吐き捨てた。

 

「黒幕のお出ましか」

 

千速は白バイ用のグローブを握った。

 

「今度こそ、逃がさねぇ」

 

押村は静かに頷いた。

 

事件は、次へ向けて、さらに深い闇へ踏み込んでいく。

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