神奈川県警の女神様   作:かなっち館長

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第65話 搬入路の罠

作戦当日。

 

港湾部には、冷たい雨が降っていた。

 

鳥羽真司は、深夜一時に市場裏の搬入路を通る。

 

公安が掴んだ情報では、鳥羽は黒瀬事件の外部協力者リストを持って逃げる予定だった。

 

それが手に入れば、黒瀬の網は完全に潰せる。

 

奏斗は公安側の覆面車両の中で待機していた。

 

榊原は通信を確認しながら言う。

 

「葛城、対象が搬入路に入ったら、君は後方支援だ」

 

「了解」

 

「萩原警部補の動きに気を取られるな」

 

「分かっています」

 

「分かっている人間の返事ではないな」

 

奏斗は答えなかった。

 

通信に千速の声が入る。

 

『第三交機、配置完了。市場裏搬入路、異常なし』

 

その声を聞くだけで、胸が痛む。

 

だが同時に、妙な安心感もあった。

 

千速は現場にいる。

 

あの声で、あの目で、道路を見ている。

 

なら、逃走経路は簡単には抜かれない。

 

横溝の声も入った。

 

『捜査一課、東側封鎖完了。公安さんよ、今度は情報を隠すなよ』

 

榊原が淡々と返す。

 

「必要な情報は共有しています」

 

『その“必要”を決めるのがそっちってのが気に入らねぇ』

 

「ご意見として受け取ります」

 

奏斗は少しだけ懐かしさを感じた。

 

横溝の口の悪さ。

 

それを聞いているだけで、神奈川県警にいた頃の空気が戻る。

 

だが、戻ってはいけない。

 

数分後、対象車両が現れた。

 

黒いワゴン車。

 

その後ろに、二台の大型バイク。

 

鳥羽の逃走支援部隊だ。

 

榊原が指示を出す。

 

「対象確認。全班、待機」

 

ワゴン車は予定通り市場裏へ向かった。

 

だが、搬入路の手前で急に停車する。

 

奏斗の眉が動く。

 

「止まった」

 

榊原が低く言う。

 

「気づかれたか」

 

次の瞬間、ワゴン車の後部ドアが開いた。

 

中から出てきたのは、鳥羽ではなかった。

 

囮。

 

奏斗はすぐに理解した。

 

「本命は別ルートです」

 

同時に、通信に千速の声が入る。

 

『待て。西側の高架下にバイク音。二台じゃない、三台いる』

 

奏斗は地図を見る。

 

西側高架下。

 

そこは、千速が本命と読んだ搬入路のさらに裏。

 

地図にもほとんど載らない抜け道だった。

 

鳥羽は、千速の読みをさらに読んでいた。

 

榊原が指示する。

 

「西側へ回れ」

 

奏斗は車を降りた。

 

「俺が行きます」

 

榊原が止める。

 

「葛城、後方支援だ」

 

「間に合いません」

 

「萩原警部補がいる」

 

「だからです」

 

言ってしまってから、奏斗は自分の失言に気づいた。

 

榊原の目が鋭くなる。

 

だが、止めなかった。

 

「三分だけだ。接触は最小限にしろ」

 

奏斗は走った。

 

雨の中、高架下へ向かう。

 

遠くで白バイのサイレンが鳴った。

 

千速が追跡に入った。

 

奏斗は無線を切り替える。

 

「萩原警部補、対象は高架下から北へ抜ける可能性があります」

 

一瞬、通信が静まった。

 

千速の声が返る。

 

『葛城か』

 

「はい」

 

『見えてるのか』

 

「音とルートからの推測です」

 

『奏斗みたいなこと言うな』

 

奏斗は息を詰める。

 

だが、走りながら答えた。

 

「今は対象確保を優先してください」

 

千速は少し黙り、低く言った。

 

『了解』

 

白バイが雨の路面を切り裂く音が響いた。

 

奏斗は高架下へ出た。

 

そこに黒いバイクが一台、横転していた。

 

囮の一台だ。

 

その奥で、別のバイクが千速の進路を塞ごうとしている。

 

危ない。

 

奏斗は近くにあった金属柵を蹴り倒し、バイクの前へ投げ出した。

 

逃走バイクが急ブレーキをかけ、バランスを崩す。

 

千速の白バイがその横を滑るように抜けた。

 

見事だった。

 

雨の路面。

狭い高架下。

視界不良。

 

それでも千速は、白バイを完全に支配していた。

 

奏斗は思わず見入ってしまった。

 

次の瞬間、背後から男が襲いかかってきた。

 

奏斗は反射的に身をかわし、腕を取って投げる。

 

刑事時代から染みついた動き。

 

男を地面に押さえ込んだ時、千速の白バイがすぐ近くで止まった。

 

千速がヘルメット越しにこちらを見る。

 

奏斗は顔を上げないようにした。

 

だが、遅かった。

 

千速は今の動きを見ていた。

 

「……その取り押さえ方」

 

奏斗は男を拘束しながら言う。

 

「対象一名確保」

 

千速は白バイを降り、近づく。

 

「葛城」

 

「萩原警部補、鳥羽を追ってください」

 

「お前」

 

「鳥羽が逃げます」

 

その言葉で千速は一瞬だけ迷った。

 

任務か。

 

疑惑か。

 

千速は歯を食いしばった。

 

「あとで話す」

 

そう言って、再び白バイに跨った。

 

奏斗は雨の中、その背中を見送った。

 

あとで話す。

 

その言葉は、逃げ道を塞ぐための宣告に聞こえた。

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