神奈川県警の女神様   作:かなっち館長

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第66話 押村奏斗の癖

鳥羽真司は、最終的に横溝の部隊によって確保された。

 

千速が追い込み、横溝が出口を塞いだ。

 

公安は鳥羽の所持していた端末を押収し、黒瀬事件の外部協力者リストを入手した。

 

作戦は成功。

 

だが、奏斗にとっては成功だけでは終わらなかった。

 

雨の港湾部。

 

対象確保後、千速が奏斗の前に立った。

 

ヘルメットを脱ぎ、濡れた髪を片手で払う。

 

その目は、もう迷っていなかった。

 

「葛城さん」

 

奏斗は平静を装う。

 

「何でしょうか」

 

「さっきの取り押さえ方」

 

「訓練です」

 

「警察官なら誰でもやるって?」

 

「はい」

 

千速は首を横に振った。

 

「違う」

 

奏斗は黙る。

 

千速は一歩近づく。

 

「腕を取る時、相手の右肩を先に落とした。足を払わず、重心を崩してから押さえた。あれは奏斗の癖だ」

 

雨音が二人の間に落ちる。

 

奏斗は答えた。

 

「偶然です」

 

千速の目が冷たくなる。

 

「また偶然か」

 

「はい」

 

「カレーも偶然。声も偶然。立ち方も偶然。港湾部で見た影も偶然。廃ビル跡で見つけた金属片も偶然か?」

 

奏斗の心臓が跳ねた。

 

金属片。

 

やはり、千速は持っている。

 

そして、繋げている。

 

奏斗は言った。

 

「何の話か分かりません」

 

千速はポケットから小さな袋を取り出した。

 

透明な袋の中に、金属片が入っている。

 

K.R.の刻印。

 

奏斗は視線を逸らさないようにした。

 

千速は低く言う。

 

「これ、廃ビル跡で拾った」

 

「……」

 

「奏斗が死んだ場所で」

 

奏斗は沈黙した。

 

何か言えば、崩れる。

 

千速は続ける。

 

「K.R.。葛城怜司のイニシャルだな」

 

「同じイニシャルの人物は多い」

 

「そうだな」

 

千速は袋を握りしめる。

 

「でも、お前が現れてから偶然が多すぎる」

 

奏斗は静かに答えた。

 

「萩原警部補は、亡くなった方の面影を私に重ねているだけではありませんか」

 

言った瞬間、自分でも残酷だと思った。

 

千速の表情が、わずかに歪んだ。

 

だが、彼女は怯まなかった。

 

「そうかもしれないな」

 

その声は震えていた。

 

「私は、死んだ男をまだ忘れられない。だから似た奴を見て、勝手に期待してるのかもしれない」

 

奏斗は胸が締めつけられた。

 

千速は一歩近づく。

 

「でもな、葛城」

 

初めて、敬称が消えた。

 

「私が見てるのは面影じゃねぇ」

 

千速は奏斗の胸元を指した。

 

「お前は、私が危ない時だけ反応が遅れる」

 

奏斗の目が揺れた。

 

「さっきもそうだ。後方支援だったのに出てきた。私を助けるために」

 

「作戦上必要でした」

 

「違う」

 

千速は即座に否定した。

 

「お前は私が危ないと思った瞬間、葛城じゃなくなった」

 

奏斗は何も言えなかった。

 

その通りだった。

 

千速は低く言った。

 

「奏斗もそうだった」

 

雨音が強くなる。

 

遠くで横溝がこちらを見ている。

 

だが、近づいてこない。

 

おそらく、千速に任せている。

 

奏斗は言った。

 

「私は葛城怜司です」

 

千速は目を伏せた。

 

「そうか」

 

そして、顔を上げる。

 

「なら、最後に一つだけ聞く」

 

「……何でしょう」

 

「押村奏斗は、私を何て呼んでた?」

 

奏斗は息を止めた。

 

千速。

 

そう呼んでいた。

 

でも、答えれば終わる。

 

答えなければ、疑いは残る。

 

「知りません」

 

そう答えた。

 

千速の目が痛みに揺れた。

 

しかし次の瞬間、彼女は静かに笑った。

 

「嘘だ」

 

奏斗は動けなかった。

 

「お前、今、答えを知ってる顔をした」

 

千速は袋をしまう。

 

「今日はここまでにしといてやる」

 

「萩原警部補」

 

「逃げるなって言ったよな」

 

奏斗は黙る。

 

千速は背を向ける。

 

「次に会った時、私はもう遠慮しない」

 

そう言って、白バイへ戻っていった。

 

奏斗は雨の中に立ち尽くした。

 

完全に見抜かれている。

 

それでも、まだ決定的な証明はない。

 

だが、時間の問題だった。

 

千速は必ず辿り着く。

 

そして自分は、たぶんもう逃げきれない。

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