鳥羽真司は、最終的に横溝の部隊によって確保された。
千速が追い込み、横溝が出口を塞いだ。
公安は鳥羽の所持していた端末を押収し、黒瀬事件の外部協力者リストを入手した。
作戦は成功。
だが、奏斗にとっては成功だけでは終わらなかった。
雨の港湾部。
対象確保後、千速が奏斗の前に立った。
ヘルメットを脱ぎ、濡れた髪を片手で払う。
その目は、もう迷っていなかった。
「葛城さん」
奏斗は平静を装う。
「何でしょうか」
「さっきの取り押さえ方」
「訓練です」
「警察官なら誰でもやるって?」
「はい」
千速は首を横に振った。
「違う」
奏斗は黙る。
千速は一歩近づく。
「腕を取る時、相手の右肩を先に落とした。足を払わず、重心を崩してから押さえた。あれは奏斗の癖だ」
雨音が二人の間に落ちる。
奏斗は答えた。
「偶然です」
千速の目が冷たくなる。
「また偶然か」
「はい」
「カレーも偶然。声も偶然。立ち方も偶然。港湾部で見た影も偶然。廃ビル跡で見つけた金属片も偶然か?」
奏斗の心臓が跳ねた。
金属片。
やはり、千速は持っている。
そして、繋げている。
奏斗は言った。
「何の話か分かりません」
千速はポケットから小さな袋を取り出した。
透明な袋の中に、金属片が入っている。
K.R.の刻印。
奏斗は視線を逸らさないようにした。
千速は低く言う。
「これ、廃ビル跡で拾った」
「……」
「奏斗が死んだ場所で」
奏斗は沈黙した。
何か言えば、崩れる。
千速は続ける。
「K.R.。葛城怜司のイニシャルだな」
「同じイニシャルの人物は多い」
「そうだな」
千速は袋を握りしめる。
「でも、お前が現れてから偶然が多すぎる」
奏斗は静かに答えた。
「萩原警部補は、亡くなった方の面影を私に重ねているだけではありませんか」
言った瞬間、自分でも残酷だと思った。
千速の表情が、わずかに歪んだ。
だが、彼女は怯まなかった。
「そうかもしれないな」
その声は震えていた。
「私は、死んだ男をまだ忘れられない。だから似た奴を見て、勝手に期待してるのかもしれない」
奏斗は胸が締めつけられた。
千速は一歩近づく。
「でもな、葛城」
初めて、敬称が消えた。
「私が見てるのは面影じゃねぇ」
千速は奏斗の胸元を指した。
「お前は、私が危ない時だけ反応が遅れる」
奏斗の目が揺れた。
「さっきもそうだ。後方支援だったのに出てきた。私を助けるために」
「作戦上必要でした」
「違う」
千速は即座に否定した。
「お前は私が危ないと思った瞬間、葛城じゃなくなった」
奏斗は何も言えなかった。
その通りだった。
千速は低く言った。
「奏斗もそうだった」
雨音が強くなる。
遠くで横溝がこちらを見ている。
だが、近づいてこない。
おそらく、千速に任せている。
奏斗は言った。
「私は葛城怜司です」
千速は目を伏せた。
「そうか」
そして、顔を上げる。
「なら、最後に一つだけ聞く」
「……何でしょう」
「押村奏斗は、私を何て呼んでた?」
奏斗は息を止めた。
千速。
そう呼んでいた。
でも、答えれば終わる。
答えなければ、疑いは残る。
「知りません」
そう答えた。
千速の目が痛みに揺れた。
しかし次の瞬間、彼女は静かに笑った。
「嘘だ」
奏斗は動けなかった。
「お前、今、答えを知ってる顔をした」
千速は袋をしまう。
「今日はここまでにしといてやる」
「萩原警部補」
「逃げるなって言ったよな」
奏斗は黙る。
千速は背を向ける。
「次に会った時、私はもう遠慮しない」
そう言って、白バイへ戻っていった。
奏斗は雨の中に立ち尽くした。
完全に見抜かれている。
それでも、まだ決定的な証明はない。
だが、時間の問題だった。
千速は必ず辿り着く。
そして自分は、たぶんもう逃げきれない。