第三交通機動隊の詰所には、妙な空気が流れていた。
朝の点検。
出動前の確認。
各隊員への指示。
そこまではいつも通りだった。
問題は、その後だった。
昼休憩に入り、詰所の一角で若い隊員たちがスマートフォンを囲んで何やら盛り上がっている。
千速は書類に目を通しながら、その様子を横目で見ていた。
「おい」
その一言で、隊員たちの肩が跳ねた。
新井が一番先に顔を上げる。
「はい!」
「何を騒いでる」
「いえ、その……」
新井が珍しく言葉を濁した。
千速はペンを置き、椅子にもたれた。
「言え」
「恋愛診断です」
千速の眉が動いた。
「……何だそれ」
女性隊員の一人、坂下がスマートフォンを持ったまま少し笑った。
「質問に答えると、恋愛傾向が分かるっていうやつです」
「くだらん」
千速は即答した。
新井が小さく呟く。
「小隊長、絶対そう言うと思いました」
「聞こえてるぞ」
「すみません!」
千速は書類に目を戻す。
「昼休憩中に何をしようが勝手だが、午後の走行に支障を出すなよ」
「はい」
そこで終わるはずだった。
だが、坂下がぽつりと言った。
「小隊長って、恋愛診断やったらどうなるんでしょうね」
詰所が静かになった。
新井が恐る恐る横を見る。
別の隊員も、箸を持ったまま動きを止める。
千速は書類から顔を上げた。
「坂下」
「はい」
「今、何て言った」
坂下は一瞬怯んだが、笑顔で押し切った。
「小隊長の恋愛傾向、気になりませんか?」
「ならん」
新井が小さく手を上げる。
「自分は少し気になります」
「新井」
「はい!」
「午後、追加訓練」
「まだ何もしてません!」
「今した」
「発言だけで!?」
坂下がくすくす笑う。
千速はため息をついた。
「お前ら、暇なのか」
「休憩中です」
「そういう問題じゃない」
坂下はスマートフォンを手に、千速の机の前まで来た。
「じゃあ、小隊長に恋愛相談です」
「何でそうなる」
「診断が嫌なら、相談ならいいですか?」
「業務に関係あるのか」
「隊員の精神面の安定に関係します」
千速は眉間に皺を寄せた。
「言い方だけは立派だな」
坂下は真面目な顔を作った。
「好きな人に連絡したい時、最初に何て送ればいいと思いますか?」
千速は一秒も迷わず答えた。
「用件を簡潔に送れ」
詰所が静まり返った。
新井が口元を押さえる。
坂下が目を瞬く。
「……小隊長」
「何だ」
「恋愛相談です」
「分かってる」
「業務連絡じゃないです」
「だから何だ」
坂下はスマートフォンを置き、両手で説明する。
「例えば、会いたいな、とか、今何してるかな、とか、そういう気持ちを含めた連絡です」
千速は少し考えた。
「なら、会いたいなら会いたいと送ればいい」
新井が天井を見上げた。
「直球……」
「悪いか」
「いえ、悪くはないですけど、威力が強すぎます」
坂下がさらに聞く。
「じゃあ、相手に気があるって悟られたくない時は?」
千速は腕を組む。
「なぜ悟られたくない」
「恥ずかしいからです」
「面倒だな」
「恋愛ってだいたい面倒です」
「なら最初から言えばいい」
「それができないから相談してるんです」
千速は納得いかない顔をした。
「相手に伝えたいことがあるなら、ちゃんと言え。言わないと分からないだろ」
坂下は少し黙った。
その言葉だけは、妙に重かった。
新井が小さく言う。
「小隊長、恋愛偏差値は低そうなのに、たまに核心突きますね」
千速はゆっくり新井を見た。
「新井」
「はい」
「午後、さらに追加」
「増えた!」
「口は災いの元だ」
「身をもって学びました!」
坂下は笑いながらスマートフォンを差し出した。
「やっぱり診断しましょう、小隊長」
「やらん」
「三分で終わります」
「やらん」
「押村警部補との相性も分かるかもしれませんよ」
千速の動きが止まった。
新井がそれを見逃さなかった。
「今、一瞬止まりましたね」
「止まってない」
「止まりました」
「新井」
「はい」
「腕立て追加」
「理不尽!」
坂下はにこにこしながら言った。
「小隊長、押村警部補との相性、気にならないんですか?」
千速は顔を逸らした。
「そういうのは診断で決めるものじゃない」
「おお」
「急に正論」
「かっこいい」
隊員たちが口々に言う。
千速は少しだけ満足しかけた。
だが、新井が余計な一言を付け加えた。
「でも、気にはなってますよね」
「新井」
「はい!」
「お前は午後、走る前から疲れておけ」
「そんな命令あります!?」
結局、千速は押し切られた。
白バイ隊員たちに囲まれ、机の前でスマートフォンを渡される。
千速は心底面倒そうな顔をしていた。
「くだらんからな」
「はい」
「本当にくだらんぞ」
「分かってます」
「仕事には関係ない」
「昼休憩中です」
「午後に支障を出すなよ」
「出しません」
千速はしぶしぶ画面を見る。
最初の質問。
**好きな人から返信が遅い時、あなたはどうする?**
選択肢が並んでいる。
一、気長に待つ。
二、不安になって何度も確認する。
三、怒る。
四、直接会いに行く。
千速は迷わず四を選ぼうとした。
坂下が慌てて止める。
「小隊長、それ本気ですか?」
「何でだ」
「返信が遅いだけで会いに行くんですか」
「急ぎなら行く」
「急ぎじゃない場合です」
「なら待つ」
「じゃあ一です」
千速は不満そうに一を押した。
次の質問。
**恋人が悩みを隠している時、あなたは?**
一、何も聞かずに待つ。
二、優しく聞く。
三、問い詰める。
四、後ろから見張る。
千速は四で指を止めた。
詰所がどよめいた。
新井が小声で言う。
「監視同棲……」
千速が睨む。
「何か言ったか」
「何も言ってません」
坂下が苦笑いする。
「小隊長、ここは二じゃないですか?」
「いや、見張るだろ」
「恋愛診断です」
「恋愛でも見張るだろ」
「見張られた側、怖くないですか?」
千速は少し考えた。
「奏斗なら慣れてる」
新井が口を押さえた。
坂下が目を輝かせる。
「今、自然に名前出ましたね」
千速は固まった。
「……出てない」
「出ました」
「出てません」
「出ました」
「坂下」
「はい」
「午後、お前も追加訓練」
「巻き込まれた!」
次の質問。
**恋人に褒められた時、あなたは?**
一、素直に喜ぶ。
二、照れてごまかす。
三、疑う。
四、殴る。
千速は迷った。
新井がすかさず言う。
「小隊長、四は選ばないでください」
「選ばない」
「本当ですか」
「本当だ」
「じゃあ二ですね」
「何でお前が決める」
坂下が笑う。
「押村警部補に『似合っている』って言われたらどうします?」
千速は昨日のことを思い出した。
県警本部前。
柔らかい色のニット。
ロングスカート。
奏斗の真面目すぎる顔。
――似合っている。
千速は少しだけ耳を赤くした。
新井が叫びかける。
「今、絶対思い出しましたよね」
千速は無言で新井の方を見た。
新井は背筋を伸ばした。
「すみません」
千速は二を押した。
坂下が満足げに頷く。
「やっぱり照れてごまかすタイプですね」
「うるさい」
さらに質問は続いた。
**喧嘩した時、先に謝る?**
千速は「内容による」と答え、選択肢にないと言われる。
**記念日は大事にする?**
千速は「忘れたら問題なのか」と言い、坂下に強く頷かれる。
**恋人に甘えるのは得意?**
千速は「甘える必要がある状況とは何だ」と本気で聞く。
そのたびに詰所は盛り上がった。
千速は不機嫌そうな顔をしていたが、途中から少し諦めたように質問へ答えていた。
最後に、診断結果が表示された。
坂下が読み上げる。
「診断結果。恋愛スタイルは……」
隊員たちが身を乗り出す。
坂下が少し笑いをこらえながら言った。
「**完全現場主義。好意は言葉より行動で示すタイプ**」
詰所が一瞬静まり、次の瞬間、全員が納得した。
「分かる」
「すごく分かる」
「小隊長そのものですね」
「当たりすぎでは」
千速は不満そうに腕を組む。
「何だそれ」
坂下は続ける。
「好きな人のためなら迷わず動きますが、甘い言葉は苦手。照れると怒ったように見えるため、相手には少し誤解されがちです」
新井が真顔で頷く。
「当たってます」
「新井」
「はい」
「午後の訓練、倍だ」
「また増えた!」
坂下はさらに読み上げる。
「相性のいいタイプは、落ち着いていて、感情を言葉にする努力をしてくれる人。あなたの不器用な優しさを見逃さない相手が向いています」
詰所が静かになった。
千速も、少しだけ目を伏せた。
誰も名前を出さなかった。
出さなくても、分かっていた。
奏斗だ。
坂下がそっとスマートフォンを下げる。
「……けっこう、いい診断ですね」
千速はしばらく黙っていた。
それから、少し照れくさそうに言った。
「まあ、全部くだらんとは言わない」
新井が口を開きかけた。
千速は先に睨んだ。
「新井」
「まだ何も言ってません!」
「言いそうだった」
「予防で怒られることあります!?」
坂下が笑った。
その時、詰所の電話が鳴った。
千速はすぐに表情を戻し、受話器を取る。
「第三交機、萩原」
短いやり取りの後、千速は受話器を置いた。
「午後の配置変更だ。休憩終わり次第、出るぞ」
隊員たちの顔が切り替わる。
「はい!」
千速は立ち上がる。
「新井」
「はい」
「追加訓練は今日はなしだ」
新井の顔が明るくなる。
「本当ですか!」
「ああ。午後の業務をきっちりやればな」
「全力でやります!」
「最初からやれ」
詰所に笑いが起きた。
坂下がスマートフォンをしまいながら、千速に言う。
「小隊長」
「何だ」
「診断結果、押村警部補に見せます?」
千速は即答した。
「見せるわけないだろ」
---
その夜。
千速は帰宅してから、しばらく迷っていた。
見せるわけがない。
昼間はそう言った。
そう言ったのに、スマートフォンには診断結果のスクリーンショットが保存されている。
保存した覚えはない。
いや、ある。
坂下に「記録用です」と言われ、勢いで保存してしまった。
千速はソファに座り、画面を見つめる。
**完全現場主義。好意は言葉より行動で示すタイプ。**
「……何だこれ」
自分で呟いて、自分で恥ずかしくなる。
その時、玄関が開いた。
「ただいま」
奏斗の声がした。
千速は慌ててスマートフォンを伏せた。
「お、おかえり」
奏斗がリビングへ入ってくる。
上着を脱ぎながら、千速を見る。
「どうかしたか」
「何が」
「声が少し変だった」
「変じゃない」
「そうか」
奏斗はそれ以上追及しなかった。
だが、視線は伏せられたスマートフォンへ一瞬だけ向いた。
千速はそれに気づき、すぐに言った。
「見るな」
「まだ見ていない」
「見ようとしただろ」
「気にはなった」
「正直だな」
「嘘をつく場面ではないと思った」
千速は少し黙る。
それから、観念したようにスマートフォンを取った。
「今日、隊で変なものをやらされた」
「変なもの?」
「恋愛診断」
奏斗の動きが止まった。
「恋愛診断」
「復唱するな」
「すまない」
「謝るな」
奏斗は少し考えた。
「君がそれをやったのか」
「やらされたんだ」
「誰に」
「坂下と新井たち」
「楽しそうだな」
「楽しくはない」
「そうか」
「でも……まあ、隊の空気は悪くなかった」
奏斗は少しだけ表情を緩めた。
「それならよかった」
千速は画面を開き、診断結果を奏斗へ見せる。
「笑うなよ」
「笑わない」
奏斗は画面を受け取り、静かに読んだ。
千速はその横顔をじっと見る。
奏斗は真面目な顔だった。
真面目すぎて、逆に嫌な予感がする。
やがて奏斗は言った。
「当たっていると思う」
千速は顔をしかめる。
「お前まで言うのか」
「完全現場主義」
「そこ読むな」
「好意は言葉より行動で示すタイプ」
「読むなと言った」
「照れると怒ったように見える」
「奏斗」
「はい」
「そこまでだ」
奏斗はスマートフォンを返した。
「すまない」
「謝るな」
千速は画面を閉じた。
「で、どう思った」
「当たっていると思った」
「それは聞いた」
「君らしいと思った」
千速は少しだけ目を逸らす。
「褒めてるのか」
「褒めている」
「本当に?」
「うん」
奏斗はキッチンへ向かいながら続けた。
「君は言葉が少し不器用な時がある。でも、行動は分かりやすい」
千速はソファから奏斗を見る。
「分かりやすいか?」
「少なくとも、俺には」
その言葉に、千速は一瞬黙った。
昼間の診断結果が頭をよぎる。
**あなたの不器用な優しさを見逃さない相手が向いています。**
千速は顔を逸らした。
「……そうか」
奏斗は冷蔵庫を開けながら言った。
「夕食、作る」
「今日は私が作るつもりだった」
「君は疲れているだろう」
「お前もだろ」
「俺は平気だ」
「そういうところが駄目なんだよ」
奏斗が振り返る。
「駄目か」
「駄目だ」
千速は立ち上がり、キッチンへ向かう。
「今日は一緒に作る」
奏斗は少し驚いた。
「一緒に?」
「ああ」
「珍しいな」
「恋愛診断で、好意は行動で示すタイプって出たからな」
言ってから、千速は自分で恥ずかしくなった。
奏斗は一瞬だけ目を丸くした。
そして、ほんの少し笑った。
千速はすぐに睨む。
「笑うな」
「笑っていない」
「笑った」
「少し」
「何で」
「嬉しかったから」
千速は黙った。
まただ。
昨日から、奏斗は妙に真っ直ぐ言う。
いや、前からそういうところはあった。
ただ、最近は隠さなくなっただけかもしれない。
千速は腕まくりをした。
「何作る」
「冷蔵庫に鶏肉がある」
「じゃあ照り焼き」
「分かった」
二人でキッチンに立つ。
奏斗が材料を出し、千速が野菜を切る。
手際は悪くない。
ただ、千速は料理の途中でつい大雑把になる。
奏斗がそれを見て、静かに言った。
「千速、その切り方だと火の通りが少しばらつく」
千速は包丁を止める。
「細かい」
「味に影響する」
「胃に入れば同じだろ」
「同じではない」
「白バイの整備みたいに言うな」
「整備も料理も、細部が大事だ」
千速は少し笑った。
「お前、本当に真面目だな」
「よく言われる」
「そこは否定しろ」
「否定できない」
二人で作った照り焼きは、少し味が濃くなった。
千速は一口食べて、満足そうに頷く。
「うまい」
奏斗も食べる。
「少し濃いな」
「私好みだ」
「ならよかった」
千速は味噌汁を飲みながら、ふと思い出したように言った。
「そういえば、診断で恋人に褒められた時どうするかって質問があった」
奏斗は箸を止める。
「君は何を選んだ」
「照れてごまかす」
「当たっている」
「言うと思った」
「実際、そうだ」
千速は奏斗をじろりと見る。
「じゃあ、試しに褒めてみろ」
奏斗は一瞬、考え込んだ。
千速はすぐに後悔した。
「いや、待て。今のなし」
「君は今日も綺麗だと思う」
千速の動きが止まった。
箸を持ったまま、完全に固まる。
奏斗は真面目な顔で続ける。
「服装は部屋着だが、似合っている。髪を下ろしているのも、君らしくていい」
「待て」
「それと」
「待てと言った」
「仕事の時の君も格好いいが、家で少し気を抜いている君を見ると、帰ってきたと感じる」
千速は片手で顔を覆った。
「……破壊力が高すぎる」
奏斗は少し心配そうにする。
「大丈夫か」
「大丈夫じゃない」
「すまない」
「謝るな」
「褒めろと言ったのは君だ」
「そうだけど、加減しろ」
「加減が難しい」
千速は顔を隠したまま言った。
「お前、恋愛偏差値高いのか低いのか分からんな」
奏斗は少し考えた。
「低いと思う」
「その自覚はあるのか」
「ああ」
「低い奴の攻撃じゃないんだよ」
「攻撃ではない」
「攻撃だ」
「そうか」
奏斗は少しだけ困った顔をした。
千速はようやく顔を上げた。
耳が赤い。
「でも」
「うん」
「嫌ではない」
奏斗の表情が柔らかくなる。
「そうか」
「そうだ」
少しの沈黙。
二人はまた食事を再開した。
テレビはついていない。
部屋には、箸の音と、味噌汁の湯気と、二人の呼吸だけがある。
千速はふと呟いた。
「言葉って、難しいな」
奏斗は彼女を見る。
「そうだな」
「私は行動の方が楽だ」
「知っている」
「でも、言わないと分からないこともある」
「うん」
千速は少し迷ってから、低い声で言った。
「昨日の約束、覚えてるか」
「黙っていなくならないこと」
「そうだ」
「覚えている」
「私も、言うようにする」
奏斗は箸を置いた。
千速は視線を落としたまま続けた。
「不安な時とか、腹が立った時とか、心配な時とか。怒鳴る前に、なるべく言う」
奏斗は静かに頷いた。
「ありがとう」
「礼はいらない」
「分かった」
「でも、お前も言えよ」
「うん」
「抱え込みそうになったら言え」
「努力する」
千速はじろりと見る。
「努力する、は怪しい」
奏斗は少し考えた。
「言う」
「よし」
千速は満足したように頷いた。
それから、少し照れ隠しのように味噌汁を飲む。
奏斗はそんな彼女を見ていた。
完全現場主義。
好意は言葉より行動で示すタイプ。
たしかに、千速らしい。
だが、奏斗は知っている。
彼女は言葉が苦手なだけで、言葉を避けているわけではない。
必要な時には、ちゃんと言う。
怒りも。
不安も。
優しさも。
信じたい気持ちも。
不器用でも、真っ直ぐに。
奏斗は静かに言った。
「千速」
「何だ」
「俺には分かりやすい」
千速は箸を止めた。
「……昼間の診断の話か」
「うん」
「また急に言う」
「言った方がいいと思った」
千速はしばらく奏斗を見た。
それから、小さく笑った。
「まあ、そうだな」
「うん」
「言わないと分からないこともあるからな」
奏斗は頷いた。
千速は少しだけ照れたように視線を逸らし、それでも今度はごまかさずに言った。
「私も、お前のそういうところ、嫌いじゃない」
奏斗の目がわずかに開く。
「そうか」
「そうだ」
「嬉しい」
「だから、すぐそういう顔をするな」
「どんな顔だ」
「嬉しそうな顔」
「嬉しいから」
千速はまた顔を逸らした。
「……だから、ずるいんだよ」
奏斗は少しだけ笑った。
その日の夜。
第三交機の恋愛診断は、結局それなりに役に立った。
千速はそう認めるのが少し悔しかったが、奏斗には言わなかった。
ただ、食器を片付ける時、奏斗の隣に立って、少しだけ肩を寄せた。
言葉より行動。
そう診断されたからではない。
千速にとって、それが一番自然だったからだ。
奏斗は何も言わず、ただその距離を受け入れた。
そして、食器を洗いながら小さく言った。
「千速」
「何だ」
「今日は、いい日だった」
千速は少しだけ笑う。
「恋愛偏差値を測られた日がか?」
「君が少し話してくれた日だ」
千速は黙った。
それから、照れ隠しのように奏斗の腕を軽く小突いた。
「そういうことを、洗い物しながら言うな」
「すまない」
「謝るな」
水の音に混じって、二人の声が静かに重なる。
白バイ隊長の恋愛偏差値は、たぶん高くない。
けれど、奏斗にとっては十分だった。
不器用でも、まっすぐで。
照れると怒ったように見えて。
それでもちゃんと、こちらを向いてくれる。
そんな千速だから、奏斗は今日もこの部屋へ帰ってきたのだと思った。