ある日。
「…………」
「…………」
ダンボールに収まる美女を見た。
・
大学の講義で遅くなり、すっかり日もくれた時のことだった。
さっさと帰ってメシ食ってゲームしよ、と思いながらチャリを走らせていたら。
チャリの明かりに照らされる、でかいダンボールの中で体育座りをする美女と目があった。
「なに見てんだよ」
ガン飛ばしてきた。
美人じゃなかったら逃げていたかもしれない。
ああそうさ、美人だから目があった。
だから何さ。
それによく見ると、服装も何ていうか気品がある。
貴族っぽいと言うんだろうか。
コスプレイヤーなのかもしれない。
「なんだよ、なんか言えよ」
今度は難癖をつけてきた。
怖い。
だがなんというか、ここで目を逸らすのは負けた気がする。
俺のちっぽけなプライドがそう言っていた気がした。
更によく見るとこの美人、銀髪だった。
染めているのか、ウィッグなのか。
目もよく見ると赤いので、カラコンなのかもしれない。
やっぱりコスプレイヤーなのか?
「んだよ、なんか文句あんのかコラァ」
コラァ、とか言ってきた。
恐ろしい。
“ラ”が巻き舌だった。
言い慣れている感があり、余計に恐ろしく感じる。
普段から文句つけてるんだろうな。
そう思い今言われたことを反芻してみると、かなりの美声であることに気付いた。
アニメ声ってんだろうか。
声から美人感が漂ってきている。
どこかで配信とかしているんだろうか。
じゃあ、なんでこんなダンボールで体育座りしてんだというツッコミになるんだが。
本当に何してんだろうこの美人。
気になったので聞いてみることにした。
「あ? なにしてんだって見てわかんねえのかよ、ダンボールに入ってんだよ」
それは見れば分かる。
何故ダンボールに入っているのかを尋ねているのだ。
そこにちょっとした色気が無かったとは言い切れない。
実は家を追い出されて、そこで俺が賃貸のマンションに連れ込んで、的な。
そういう考えをしてしまうのはほら、大学生男子として仕方のないことなのかもしれない。
だって美人だし。
そういう理由もあって根掘り葉掘り聞いていたのだが、それが我慢ならなかったのかもしれない。
美人はすっくと立ち上がると、キマった目でこう言い放った。
「私がダンピールだからだよ」
ダンピール。
ダンピール?
ダンピールってなんだ。
オレンジピールの仲間だろうか。
「んだよ知らねえのかよ無知僧がよ」
なんだろう無知僧って。
シャバ僧の仲間だろうか。
やっぱりかなり根っこはヤンキー気質なのが伺える。
知らない単語が連続して二つ跳び出してきたこともあり、怖くなって逃げ出そうと思い始めた。
「ダンピールってのはな、ヴァンパイアと人間のハーフの事だよ」
ヴァンパイアとか言い出した。
心の底からなりきるタイプのコスプレイヤーなんだろうか。
もしくは頭がアレなアレなんだろうか。
アレな人なのだろうか。
ヴァンパイアなんているはずないだろう、常識的に考えて。
「ヴァンパイアがいないだあ? じゃあ此処にいる私は何だって言うんだよ、無から産まれたっていうのかオォ?」
メンチの切り方が堂に入っている。
ヴァンパイアのハーフっていうなら、もっとこう、ファンタジーな存在なんじゃないのか。
なんでそんなにジャパナイズされているのだろうか。
しかも若干、いや、かなり古いタイプのヤンキー像で。
古いタイプのスケバンがなりきりコスプレしているだけなんじゃないかと本格的に思いだしてきた。
「あんだてめコラァ、ダンピールのことを信じてねえなコラァ」
顎をクイクイさせながらメンチを切ってくる。
やっぱりどっか古いヤンキーなのではないだろうか。
何を参考にしているのかまるで分からない。
本当に目の前にいるのは現代人なのだろうか。
そういえばファンタジーっぽい世界の住民だったんだったか。
それなら現代人らしくなくてもおかしくないかもしれない。
本当か?
「テメェコラァ、ダンピールはなコラァ、ヴァンパイアを狩れるんだぞテメェ」
そんな事言われても反応に困る。
今まで見たこともないものを狩れると言われてもどうすればいいというのか。
大体ヴァンパイアを狩れるからなんだというのか。
それが今此処でこの美人がダンピールだという証明の何になるというのか。
この場でヴァンパイアが現れて彼女がそれを退治してくれるとでもいうのか。
「そんな都合良くヴァンパイアがノコノコ出てくるわけねえだろうがコラァ」
怒られてしまった。
そりゃ確かに1から100までそのとおりなんだが、なんで俺が怒られるんだろうか。
理不尽極まりない気がする。
「ダンピールはテメェコラァ、すげぇんだぞコラァ。吸血衝動がねえんだぞ、血ぃ吸わねえんだぞテメェ」
ヴァンパイアに比べると害はないのはすごいと思うが、それは悪手じゃないだろうか。
そこで“血を吸うぞ”とか言い出して俺の血でも吸って見せれば、ヴァンパイアらしい証明になっただろうに。
墓穴を掘ってはいないだろうか。
「吸いたくもねえ血なんかわざわざ吸うかコラァ、変な病気感染ったらテメェ責任取れんのかコラァ」
そう言われるとはい、そのとおりです、としか言いようがないんだが、だからなんで俺が怒られるんだろうか。
この人さっきからコラァコラァ言いすぎじゃないだろうか。
一々巻き舌だから怖いんだが。
本格的にヤバいと思い始めた俺はチャリのペダルに力を込めようとした。
「テメェコラァ逃げんのかコラァ」
咄嗟にチャリを掴まれた。
その程度なら振り払って逃げられると思ったが、逃げられない。
片手で抑えられているだけなのに。
ものすごい力だ。
とても人間のものとは思えない。
まさか本当に、この人は人外なのでは……。
「あっ、やべっ、片足がダンボールから出っ……」
途端にチャリを掴む力が弱くなった。
今しかない。
俺は猛烈な勢いでチャリを漕ぎ逃げ出した。
後ろからものすごい怒声が響いてくるが、逃げの一手である。
怖かった。
何者だったんだ、ダンボールダンピール。
◆
「来やがったなテメェコラァ」
次の日。
まさか、と思って大学の講義が終わって同じ道を走っていたら、いた。
ダンピールを自称する謎の美人である。
今日はまだ日が高いので、容姿がよく分かる。
やはり美人だ。
それに、どうも銀髪は地毛のように見える。
なんていうか染めているような無理やり感が感じられない。
ウィッグというにも自然すぎる。
ダンピールがどうかは置いておいて、外人さんかハーフなのは確かなようだった。
「テメェまだ疑ってんのかコラァ、やんのかコラァ」
でかいダンボールの中で体育座りをしながら睨みつけてくる。
だからなんでダンボールの中に入っているんだろうか。
「ダンピールだからっつっただろうがコラァ、昨日のこと忘れてやがんのかテメェコラァ」
あんな衝撃的な衝突事故、忘れろという方が無茶だ。
当然覚えている。
覚えているからこそ同じ道を通ってわざわざ確認に来たのだ。
しかも昼間を狙って。
ヴァンパイアのハーフというなら、陽の光に弱いだろうと思っていたのに、こうしているからにはやっぱりただのアレな人なんじゃないかという疑念からだ。
「んだテメェこの無知僧がよ」
また無知僧って言われた。
なんかそれを言われるとやけに癪に障る。
なんかこう、すごくムカつく。
なんでだろう。
「ダンピールはなテメェ、陽の光に強えんだよコラァ、日光浴だって出来んだよテメェコラァ」
それはもはやただの人と何も変わらないんじゃないだろうか。
どこにヴァンパイア要素があるんだろうか。
詳しくないのであまりツッコんだ事は言えないが、少なくとも外見が人間で要素も人間なら人間なんじゃないかと思わされる。
「だから言ってんだろテメェ、ダンピールはヴァンパイアを狩れるんだよコラァ」
そんな事言われても困ると昨日も言ったはずである。
それが何の証明になるのかまるで分からないままだったからだ。
「証明する前にテメェが逃げたんだろうがコラァ、ナメてんのかコラァ」
なんと。
まさかの証明手段があるようだった。
それならそうと早く言ってほしい。
俺はてっきりこの眼の前のダンボールの中で体育座りをしている美人が頭がおかしいコスプレイヤーだとばかり思い込んで昨日眠りそして魘されたのだ。
証明してくれたなら、足が生えたダンボールに追いかけられるという妙ちきりんな悪夢を見ることなど無かったというのに。
「いいかテメェ、良く見ろよテメェ、これは私が狩ってきたヴァンパイアの耳、あっ今太陽があっ、あっ」
彼女が懐から取り出したものは一瞬のうちに灰になって風に乗って消えていった。
正直言って、俺にはただ灰をとりだしてそれっぽく捨てただけにしか見えなかった。
“手品が上手い人だなあ”程度にしか思えなかった。
それがなんの証明になるというのか。
「テメェコラァ、ハメやがったなコラァ」
俺がいつなにをハメたというのか。
むしろハメられた気分なのはこちらなのだが。
なぜに涙目で睨まれなければならないのだろうか。
泣きたいのはこちらなのだが。
「この野郎テメェコラァ、今度は夜に来いコラァ、そうしたらしっかりハンティングトロフィーを見せつけてやるぁコラァ」
そう言って彼女はダンボールのフタを閉めてしまい、閉じこもってしまった。
声をかけても何も反応がない。
というか、泣きじゃくっている声が聞こえてくる。
なんだか可哀想になったので今日はこの辺にしてあげることにした。
何者だったんだ、ダンボールダンピール。
◆
「良く来たなテメェコラァ、逃げねえとはいい度胸じゃねえかコラァ」
今日は大学の講義が入っていない日だったので、わざわざ夜まで時間を潰してからやってきた。
ちょうどいいから積んでいたゲームを消費していたので、気がついたら夜も更けていたから慌てて跳び出してきたのだが。
彼女は律儀に待っていたのだろうか。
だとしたら若干申し訳ない気がしてくる。
昨日の泣き声が耳に残っているせいかもしれない。
気のせいかもしれない。
「いいかコラァ、良く見ろテメェ、これが私が狩り取ったヴァンパイアの耳だコラァ」
暗くて良く見えないが、人の耳らしきものをこれでもかと見せつけられた。
たしかに良く出来ているが、作り物だと言われたら納得してしまうものでしか無いようにも見える。
最近の特殊メイク技術はすごいものがあるからな。
これだけではどうにも信用できない。
他の部位はないのだろうか。
「んだとテメェコラァ、狩り取った証明といえば耳だろうがテメェコラァ、他にあるわけねえだろうがナメてんのかテメェこの無知僧が」
また無知僧って言われた。
さっきの申し訳なさが霧散してくる。
舐めてんのかこの野郎はこちらのセリフである。
連日わけのわからないノリに付き合ってわざわざ休みの日に外出までしてやっているのにこのザマとは。
いい加減にしてほしいのはこっちだった。
「なんだテメェコラァやんのかテメェコラァ、愛剣のサビにしてやろうかコラァ」
なんと彼女はすらりと鞘から抜剣してきた。
夜の街角に、街灯の光を妖しく反射するそれは、素人目から見ても真剣だと分かる。
まさかマジの本当にヤバい人だったのか。
それとも本当にヴァンパイアを狩ってきたダンピールだったのだろうか。
情けないことに思わず足が震えてしまう。
「ビビってんのかテメェ、腰が引けてんぞコラァ、安心しなコラァ、本当に斬るわけ……」
「はいお姉さん何持ってんのかな」
「あ? あっヤベッ、サツだ、おいどうすんだこれコラァ」
警察の人が来てくれた。
誰も何も通報していないので、純粋にパトロール中だったのだろう。
とてもいいタイミングである。
俺は恥も外聞も投げ捨て警察の人に泣きついた。
真剣で脅されていたんですと。
「テメェコラァ、なにチクってんだコラァ、やめろコラァ」
「真剣? これ本当に切れるの? ちょっと交番まで来てもらおうか?」
「あっ、あっやめっ、ダンボールから出っ、本当にやめ、ちょっ、いや違うんです、銃砲刀剣類登録証は持ってて、違うんです本当に、聞いて下さいお巡りさん、違うんです」
どうやら彼女はダンボールから出ると精神的に弱体化するようだ。
へなへなと腰が引けたのは彼女の方で、おとなしく警察の人に連れられて行った。
あとに残ったのは俺と、主人を失い所在なさげにしているでかいダンボールだけ。
何者だったんだ、ダンボールダンピール。