無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
真夜中のミナスガルドを、少女は駆けていた。
石畳を叩く足音。背後から飛ぶ怒号。
それらは全て、眠らない歓楽街の喧噪に呑まれていく。
「いたぞ! 路地裏に入った!」
「逃がすな!」
少女――カグヤは振り返らない。
いや、振り返れなかった。
肩で荒く息をしながら、狭い路地を無理矢理駆け抜ける。
黒い
その右腕。細長い包みを抱いた指に、ぎり、と力が入る。
「はぁ……っ、はぁ……!」
肺が焼ける。脚が重い。
それでも止まれない。
止まれば、奪われる。
――これだけは。
次の瞬間。
――パンッ!
乾いた炸裂音が夜の路地に響いた。
「っぁ――⁉」
右脚が跳ねた。
膝から崩れ落ち、そのまま石畳に激しく身体を打ち付ける。
「ッ……!」
遅れて、焼け付くような激痛が走った。
銃弾が膝を掠めたようだった。それに気付くと、視界が一瞬ぐにゃりと歪む。
ただの痛みではない。熱でも、衝撃でもなかった。
(……毒……?)
膝をついたまま、カグヤは奥歯を噛みしめた。
視界の端がぼんやりと滲んでいく。
路地の陰が、妙に揺れて見えた。
――来る。
直感と同時に、足音が増える。
複数の気配が、路地の奥を塞ぐように集まって来る。
「そこまでだ」
低い声。黒ずくめの男たちが、路地の入口を塞いで魔道銃を向けていた。
「大人しく、それを返してもらおうか」
男の一人が、引き金に指を当てながら言う。
カグヤは答えない。ただ、膝の上で包みを強く抱き直す。
指先の感覚がほとんど失われていた。それでも彼女は、男たちを睨んだ。
「返すものか。これは我が一族の物だ」
カグヤは歯を食いしばったまま、親指に歯を立てた。
皮膚が裂ける。
血が、布に滲んだ。
その瞬間。空気が、わずかに“ずれた”。
「……っ?」
黒服の一人が気付いた時にはもう、遅かった。
視界が白に塗り潰される。
煙。
だが、ただの煙ではない。
視界が一瞬だけ、白く“抜け落ちた”。
「っ、どこだ!」
怒号が飛ぶ。
しかし返るのは、空白だけだった。
「追え! まだ遠くには行っていない!」
その声に続いて、男たちが一斉に動き出す。
そんな喧噪の中。さらに遠い路地裏の陰で、カグヤは膝をついたまま息を殺していた。
包みを抱え直し、足音が止むのを待ち続ける。
歯が唇を貫通し、血が滲む。
(必ず……必ず、全部取り返す)
視界の揺らぎの中でも、その瞳だけは折れていなかった。
(たとえ、この命に代えてでも……!)
***
朝は、思ったより静かに始まった。
窓の外では、ミナスガルドの街が既に動き出している。
夜中の喧噪が嘘みたいに引いて、代わりに商人たちの掛け声と、荷車の軋む音が遠くから響いていた。
「ふぁ……ぁぁ……」
隣でミリスが大きな欠伸をする。目元をこすりながら、椅子の上で小さく丸くなった。
「ねむい……」
そう言って、遊び疲れた子猫のように二度寝した。
その向かい側では、ヴェルカが机に突っ伏していた。
「……最悪だ。酒が敵に回る朝ってのはいつ以来だ……」
完全に死んでいる。昨日まで豪快に酒を呷っていたくせに、今日はただの屍だ。
「普段からそのくらい静かだと楽なんだけどな」
思わず口に出すと、ヴェルカの肩がピクリと動いた。
「無茶言うなよぉ……それじゃあ私じゃねえだろ……」
呻くような声で、だが視線だけは辛うじて生きていた。
かくいう俺は、そこまで寝不足というわけじゃあない。ただ、妙に眠りが浅かった。
「クラドだって、ちょっとボーッとしてんじゃねえのか?」
ヴェルカが片目だけ開けてこちらを見る。虚ろな目だった。
「……夜中さ、なんか騒がしくて」
そう答えると、ミリスがぼんやりと顔を上げた。
「騒がしい?」
「気付かなかったのか?」
ヴェルカも片目を開け、わずかに口元を歪めた。
「そりゃそうだろうな」
机に頬を預けたまま、眠そうに続ける。
「この街の夜は、全部“騒音”でできてる。悲鳴も笑い声も喧嘩も、だいたい同じ音に聞こえる」
軽い言い方だった。軽いはずなのに、どこか引っかかる。
が、しかし――。
「さて、休憩終了! ちゃっちゃと準備済ませるぞ~!」
さっきまで死体みたいに机に突っ伏していたくせに、ヴェルカは突然跳ね起きた。
勢いそのままに席を立ち、宿屋の扉を押し開ける。
「ハッハッハ! 清々しい朝だなァ!」
「って、復活早ッ!」
「二日酔い程度で死んでられっか! こういうのは、気合いで殺すんだよ!」
「あらまあなんて時代錯誤な!」
「細けえことはいいんだよ」
相変わらずヴェルカは朗らかに笑いながら、荷車の布を乱暴に剥がした。
中から転がり出てきたのは、香辛料の瓶、安物の布、銀細工のアクセサリー、それに用途不明のガラクタ類だった。
昨日まで積まれていた鉱石類は、いつの間にか木箱の奥へ押し込まれている。
「とりあえず、表に出す必要のねえモンは下に隠しといてくれ」
「ヴェルカ、なんで?」
ミリスは木箱をふわりと浮かばせながら、不思議そうに首を傾げた。
「なんでって、そりゃあ――」
ヴェルカは荷台に飛び乗ると、木箱を軽く足で突いた。
「商人ってのは、“何を売っているように見えるか”も重要なんだ」
昨日まで表に積んでいた鉱石類は奥へ押し込まれ、代わりに安物の雑貨を並べていく。
「高そうなモン積んでたら、それだけで寄ってくる奴が増えるからなぁ」
「盗賊とか?」
「惜しいなミリス。衛兵に情報屋、裏ギルドの連中。何でもござれだ」
「うわ面倒臭ぇな……」
「だから今の私らは、どこにでもいる普通の行商人に化けるってワケだ」
仕上げにくすんだ布をばさっと荷台に被せ、満足げに頷いた。
その直後、何かを思いだしたようにこちらを向いた。
「そうだお前ら。くれぐれも、目立つ真似だけはするなよ?」
「アンタが言うことか、それ」
「特にクラド」
「何で俺だけ⁉」
ヴェルカは溜息を吐き、俺の左手を指差した。
「その指輪だよ。見る奴が見りゃ、面倒事の種にしかならねえからな」
思わず視線を落とす。
相変わらず、どう見ても古びたボロの指輪だ。
――もしこれが本物なら、そのうち世界そのものがソレを奪いに来るよ。
以前ヴェルカが口にした言葉が、不意に脳裏をよぎる。
「あとアンタは、問題起こしそうな顔してるし」
「失礼な! 顔で判断すんな!」
ケラケラ笑うヴェルカの横で、ミリスが木箱をふわっと浮かせていた。
重力操作だ。
しかも、前よりも滑らかになっている。
「てかミリスは、もう普通に使ってんな……」
「えへへ。ちょっと慣れた」
と、得意げに言った直後、ガタン! と木箱が落ちた。
「あ」
「まあ、一朝一夕で使いこなせりゃ、苦労はねえよな」
「むぅ……」
ふてくされたミリスが、今度は両手で木箱を持ち上げる。
結局そっちの方が早かった。
そんな他愛もないやり取りの最中だった。
不意に、ミリスの動きが止まる。
「……ミリス?」
木箱を抱えたまま、彼女はじっと宿屋の裏手を見ていた。
さっきまで眠そうだった目が、妙に鋭く細められていた。
「どうした?」
「……血の臭い」
「血?」
次の瞬間、彼女は木箱をその場に置いて、細い路地に向かって走り出した。
「お、おい⁉」
呼び止めても止まらない。
まるで何かに引っ張られるように、無言のまま奥へ進んでいく。
「おい待てって!」
ヴェルカも舌打ちしながら後を追った。
宿屋の裏路地は、表通りよりずっと薄暗かった。
湿った石壁。積み上げられた木樽。生ゴミの臭い。
その奥で、ミリスがしゃがみ込んでいる。
「いきなりどうしたんだミリス? お前らしくも――」
ヴェルカが不思議そうに言って、言葉を失った。
視線を落とすと、そこに一人の少女が倒れていた。
黒い
袖の広い奇妙な衣装だった。
少なくとも、この辺りの人間が着る服には見えなかった。
何より目を引いたのは、足下の石畳だ。
赤黒い血が滲んでいた。
「……怪我、してる」
ミリスがそっと呟く。
少女は浅い呼吸を繰り返しながら、それでも右腕の細長い包みだけは、死ぬほど強く抱きしめていた。
「ヴェルカさん、この人……」
「見捨てる選択肢は無しだ。クラド、肩貸せ」
言われるがまま、少女に肩を貸して立ち上がらせた。
死人かと思うほど冷たかった。息も浅く、今にも途切れそうになっている。
「お、おい……大丈夫か?」
問い掛けても返事はない。
少女は薄く目を開けたまま、ただ細長い包みだけを胸に抱き締めていた。
ミリスが不安そうにその顔を覗き込む。
「いっぱい血、出てる……」
「見りゃ分かる。とにかく今は運ぶぞ」
ヴェルカが短く言い捨てる。
いつもの軽口は無かった。
俺たちはそのまま少女を支えながら、裏路地を抜けて表通りへ戻る。
朝の歓楽街は、既に人で溢れていた。
商人、酔っ払い、荷運び人。怒鳴り声と笑い声が入り混じる。
そんな雑踏へ出る――。
「……見つけたぞ」
低い声。
道の向こう側に、黒い
三人。
全員が同じ黒服を纏い、腰には魔道銃を下げている。
空気が変わった。その瞬間、肩を貸していた少女の身体がびくりと震えた。
「その女を引き渡せ」
真ん中の男が、感情の無い声で言った。
「そいつは盗人だ。我々の所有物を持ち逃げしている」
所有物。その言い方に、ミリスの頬がぴくりと動いた。
すると、ヴェルカは少女を庇うように一歩前へ出た。
「おいおい、物騒だなぁ朝っぱらから。ウチはただの行商人だぜ?」
「関係ない。その女を渡せ」
「んじゃあ治療費くらいは出してくれるんだろうな? 怪我人抱えるのもタダじゃねえんだ」
ヴェルカは笑いながら指を二本立てた。
「二万G。今ならサービス価格だ」
「……ふざけているのか?」
「商売だよ商売」
軽口を叩く。だが男たちの目は、一切笑っていなかった。
次の瞬間。黒服の一人が無言のまま前へ出てきた。
「おいおい、短気だねぇ」
ヴェルカが肩を竦める。
男はそのまま少女の腕を掴もうとして――。
「だめ」
すっ。と、その前にミリスが立った。
小柄な身体で、少女を隠すように。
「その人、痛そう」
「どけ」
「や」
空気が凍る。男の表情が強張った。
「ガキが――」
振り上げられた腕が、ミリスに向かう。
その瞬間、頭の中で何かが切れた。
「……ミリスに手を出すな」
気付けば俺は、荷台から木製の定規を掴み取っていた。
《
視界に浮かぶ値札。そこに、力を叩き込む。
《木製定規:3G →
瞬間、定規が鈍く輝いた。
「――がッ⁉」
振り抜いた一撃が、黒服の男を横殴りに吹き飛ばす。
石畳を転がり、露店に突っ込んでいく。
果物が盛大に弾け飛び、通りが静まり返った。
「…………は?」
黒服たちの目が、ゆっくり俺に向く。
やばい。なんかすごい目立った。
ヴェルカが片手で顔を覆う。
「あーあ……だから目立つなって言ったのに……」
「いやこれ不可抗力というか――」
「ま、いいや」
しかし、ヴェルカはニヤリと笑った。
獲物を見つけた猛獣のように、嗜虐的な笑みを浮かべて言った。
「コイツら、なんか気にくわねえし」
ごきり、と拳を鳴らす。
「二人とも――やっちまえ!」