無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

11 / 17
第11話 ソノ価値、お値段以上

 宿屋の入口を囲い込むように、黒服たちが並んでいた。

 

 手にはそれぞれ、剣。魔道銃。短杖。

 

 どいつもこいつも、いかにも“裏家業”って顔をしている。

 

 その中央で、リーダー格らしい男が右目をひくつかせた。

 

「ガキ共が……! 大人しく引き渡せばいいものを……」

 

 突き付けられた銃口が、朝陽を浴びて冷たく輝いた。

 

 慈悲(じひ)はない。無数の殺意が俺たちを囲い込んでいる。

 

 正直、関わるべきじゃなかったかもしれないと思った。

 

 けれど、そんな後悔も一瞬で消え去った。

 

「テメェらやっちまえ! 殺しても構わねえ!」

 

 刹那(せつな)、男の怒号と共に、黒服たちが一斉に動いた。

 

 最初に来たのは斬撃だった。五振りの刃が囲い込むように迫る。

 

「っ――!」

 

 踏み込むより先に身体が動いた。剣の隙間に滑り込むように、身を沈める。

 

 鼻先を刃が掠め、切れた前髪が宙を舞う。

 

 避けた――そう思った瞬間。

 

 目の前に、三つの銃口。

 

「しまっ――」

 

 パンッ! パンッ! パンッ!

 

 乾いた銃声が重なる。

 

 至近距離の発砲。流石に避け切れない。

 

 咄嗟に身を強張らせた、その瞬間――。

 

「クラド!」

 

 弾道が不自然に歪んだ。

 

 三発まとめて石畳へ叩き落とされる。

 

 振り返ると、ミリスが両手を突き出していた。

 

 だが彼女の背後で、何かが光った。

 

「――ッ! ミリス!」

 

 光の正体は、短杖(たんじょう)を構えた黒服だった。

 

 杖の先端を中心に、真紅色の魔法陣が展開される。

 

 そして、放たれた火球が、一直線にミリスへと迫った。

 

「危ないッ!」

 

 躊躇する間もなく、俺は手にした定規を振り抜いた。

 

 バチィッ! と火花が散り、熱風が頬を焼く。

 

「クラド……ほっぺが……」

 

「俺はいい。ミリスは――」

 

 言いかけて、定規が手の中で砕け散った。

 

 《軍用(ぐんよう)測量定規(そくりょうじょうぎ):耐久限界》

 

 灰のように崩れた破片が、指の隙間から零れ落ちる。

 

 早すぎる。これじゃあ、手数が持たない……。

 

「……チッ」

 

 その一瞬だった。

 

「今だ、殺せェ!」

 

 左で刃が閃く。

 

 後ろでは魔法陣が赤く脈打っていた。

 

 正面では銃口がこちらを睨んでいる。

 

 一歩でも踏み違えれば終わる。

 

「クラド、行って……!」

 

 ミリスが一人を押し潰す。

 

 だが倒れるより先に、別の黒服が穴を埋めた。

 

 速い。ただ数が多いだけじゃない。

 

「死ねぇ!」

 

 剣閃(けんせん)咄嗟(とっさ)に身を捻ったが、避け切れなかった。

 

 刃が肩口を掠め、服が裂けた。

 

「ぐっ……!」

 

「終わりだ、クソガキ」

 

 銃口が目の前に突き付けられる。

 

 やばい。今度こそ避けきれない――。

 

 何かいい手はないか。やけくそ気味に視線を走らせた、その時だった。

 

「――!」

 

 視界の端に、木箱が見えた。

 

 確かさっき、ヴェルカが積んでいた荷物だ。

 

 中身は知らないが、使えるものがあるかも――いや。

 

 ――使うしかねえ!

 

「ミリス、そのまま止めてくれ!」

 

 言いながら、俺は半ば倒れ込むように、足下の木箱に蹴りを叩き込んだ。

 

 バゴンッ! と鈍い音が響き、木箱が横倒しになる。

 

「頼むぞ――」

 

 蓋が外れ、中身が石畳の上にぶち撒けられた。

 

 転がったのは、羽ペン。帳簿。インク瓶。

 

 それに、封蝋(ふうろう)と金属製のシーリングスタンプ。

 

 どれも安物だ。武器ですらない。

 

 一瞬、黒服たちがぽかんとした顔で、動きを止めた。

 

「……は?」

 

「テメェ、追い詰められて頭でもイカれたか?」

 

 リーダー格の男が鼻で笑った。

 

 俺だってそう思う。だが――。

 

「言ってろ」

 

 転がった封蝋(ふうろう)とスタンプを掴む。同時に、脳裏に数字が走った。

 

 《シーリングスタンプ&封蝋(ふうろう):100G》

 

 笑えるほど安い。

 

 正直俺だって、木箱の中身に期待なんかしちゃいなかった。

 

 だが。だからこそ――上げ幅がデカくなる!

 

「【価格操作(プライス・カスタム)】!」

 

 熱が走る。握った封蝋とスタンプが、一瞬だけ赤く明滅した。

 

 《シーリングスタンプ&封蝋:100G → 魔封蝋(グランシール):3200G》

 

「撃てェ!」

 

 男の号令と同時に、黒服が引き金を引く。

 

 ――その瞬間。俺は銃口目掛けて封蝋を押した。

 

 赤い塊はぐにゃりと形を変え、銃身そのものを包み込む。

 

「なっ――」

 

「銃口が……塞がっ――」

 

 パンッ!

 

 暴発。銃口が内側から爆発し、黒服の手から魔道銃が吹き飛んだ。

 

「ぐあああっ!」

 

「こ、コイツ……!」

 

 封蝋に覆われた銃を捨てた黒服が、今度は懐からナイフを取り出した。

 

 だが俺は間髪入れず、石畳を滑るように駆ける。

 

 羽ペンを掴み、帳簿を蹴り上げる。

 

 金具が弾け、ページが宙に舞った。

 

「ッ⁉」

 

 黒服が反応するより先に、帳簿へ指を叩き込む。

 

 《商業帳簿(しょうぎょうちょうぼ):30G → 防護魔道書(ぼうごまどうしょ):2100G》

 

「ミリス、紙を固定してくれ!」

 

「クラド、分かった」

 

 ミリスが両手を掲げた直後、宙を舞っていたページがぴたりと停止した。

 

「な……ッ?」

 

 黒服たちの動きも止まる。

 

 まるで、時が止まったようだった。

 

 無理もない。空中に浮かぶのは、帳簿から破れた紙切れ。

 

 武器どころか、焚き付けにもならなそうな代物だ。

 

 ――普通なら。

 

「ミリス――飛ばせ!」

 

「うんっ!」

 

 次の瞬間、空中で停止していたページが一斉に射出された。

 

 紙吹雪のように、縦横無尽に舞い落ちる。

 

 ただしそれはただの紙じゃあない。触れれば肉を裂く“刃”だ。

 

「ぐぁッ⁉」

 

「嘘だろ、紙ごときに――」

 

 悲鳴を遮って、黒服の頬が裂けた。

 

 頬だけじゃない。腕を、脇腹を、手の甲を無慈悲に斬り裂いていく。

 

 この調子なら、まだ押し切れる。

 

 だがその矢先――。

 

「ええい! こんなものさっさと焼き払えッ!」

 

「ですが、このまま打てば我々も――」

 

「構わん! 死んでも運が悪かったと思え!」

 

 後方の魔道士が、慌てた様子で短杖を振る。

 

 放たれた火球が、紙片の群れに突っ込んだ。

 

 一瞬で炎が広がり、紙吹雪は灰の雨と化した。

 

「しまった――」

 

 焼け落ちたページの隙間を縫うように、今度は剣士たちが雪崩れ込んできた。

 

 三人。いや、四人。

 

 速い。しかも、連携が妙に慣れている。

 

 だが、剣が振り下ろされる直前、黒服たちの顔が揃って歪んだ。

 

「何だこの重さ……! 剣が……っ!」

 

「クソッ! 足が上がらねえ……!」

 

 ミリスだった。両手を前に突き出して、必死の形相で黒服の剣を抑え込んでいる。

 

 石畳が軋み、黒服たちの足が沈む。

 

 完全には止め切れていない。けれど、それで十分だ。

 

 俺は転がっていたインク瓶を蹴り上げる。

 

 同時に、瓶の口に羽ペンを突っ込んだ。

 

 《羽ペン:80G → 魔導筆槍(まどうひっそう):1700G》

 

 ペン先が熱を持つ。

 

 そして、空中に文字を描くように、インクを奔らせた。

 

「これでも食らえッ!」

 

 黒い飛沫が、散弾のように広がり、黒服の目を貫いた。

 

「なんだ⁉ 張り付いて――!」

 

「と、取れねえ! 目が――」

 

 次々と、情けない悲鳴が上がる。

 

 顔面に浴びたインクが、まるで生き物のように張り付いて、視界を塗り潰していく。

 

 今だ。俺は地面を蹴り、足に意識を集中させた。

 

 《革靴:50G → 重装脚甲(じゅうそうきゃっこう):1400G》

 

 足裏に熱がこもる。踏み込みが変わる。

 

 一歩で間合いを潰し、そのまま眼前の黒服の腹へ蹴りを叩き込んだ。

 

「ぶごっ――⁉」

 

 身体がくの字に折れ曲がる。

 

 そのまま後ろの仲間を巻き込みながら吹き飛び、露店の木樽に突っ込んだ。

 

 派手な音を立てて崩れ、黒服は口から泡を吹いて気絶した。

 

「さて、残るは――」

 

「偉そうなおじさん」

 

 深呼吸をして、リーダー格の男を振り返る。

 

「あ、あり得ねえ……あんな文具に、俺たちが……」

 

 男は引き攣った顔で後ずさる。

 

 手には魔道銃を握ったまま、だが手が異様なほど震えている。

 

「ふざけやがって、ガキのくせに……ガキのくせに……!」

 

 引き金を引いた。しかし震える手のせいで、弾は明後日の方向へ飛んで行った。

 

 もっとも、ミリスの重力操作の前では無駄な足掻きにすぎないが。

 

「クソッ! 覚えてやがれッ!」

 

 男が踵を返した、その瞬間だった。

 

「おいおいオッサン」

 

 ぬっ、と。

 

 逃走先の路地からヴェルカが現れた。

 

「弁償もしねえで、どこ行く気だ?」

 

「っ――⁉」

 

 男が銃を向けるより先に、ヴェルカの腕が首に回る。

 

 そのまま、ゴキュッ、と嫌な音が鳴った。男の身体から力が抜ける。

 

「あ」

 

 一瞬、ヴェルカが目を丸くした。

 

「やっべ、やり過ぎた。おいオッサン、生きて――……おお、まだ息ある。ラッキー」

 

 運が良かったなオッサン。と男の出っ張った腹を踏みつけ、ケラケラ笑う。

 

 ……もう、どっちが悪者なのか分からないや。

 

 黒服たちは、完全に沈黙していた。

 

 石畳の上には、折れた剣。潰れた魔道銃。焦げた紙片。

 

 つい数分前まで殺し合い寸前だったとは思えないほど、辺りは静かだった。

 

「……ふぅ」

 

 肩で息をしながら、俺はようやく力を抜く。

 

 すると隣で、ミリスもぺたんと座り込んだ。

 

「疲れた」

 

「お疲れ様。助かったぜ、ミリス」

 

「う、うん……でも、クラドも怪我――」

 

 ミリスが心配そうに、俺の頬へ視線を向ける。

 

 火球を弾いた時に受けた火傷だ。触れると、まだ少しだけ痛い。

 

「これぐらい平気だ」

 

 強がってみせたが、正直かなりギリギリだった。

 

 あと一歩でも判断が遅れていたら、普通に殺されていたと思う。

 

 ……というか。

 

「それより、コイツらは一体……何者なんだ?」

 

 ただの強盗やゴロツキにしては、動きが良すぎた。

 

 連携も妙に洗練されていたし、魔法使いまで混ざっている。

 

 なにより身なりがしっかりしている。となれば、相当厄介な組織の臭いがする。

 

「誰だろう?」

 

 ミリスも不安そうに、倒れた黒服たちを見つめる。

 

 すると、その時だった。

 

「おい、オッサン」

 

 ヴェルカが、嗜虐的な笑みを浮かべながらリーダー格の男を持ち上げた。

 

 首根っこを掴まれた男は、ぐえっとカエルみたいな声を漏らす。

 

「お前ら、一体どのこ差し金だ?」

 

「ぐ……ぁ……」

 

「ヘイヘイ、喋らねえと次はねえぞ~?」

 

 怖っ。

 

 俺とミリスが若干引いていると、ヴェルカは男の胸ぐらを乱暴に探り始めた。

 

 その拍子に、襟の内側から何かが転がり落ちた。

 

「ん?」

 

 石畳の上に落ちたのは、小さな金属製のバッジだった。

 

 金色の天秤。左右非対称に歪んだ、不気味な紋章。

 

 それを見た瞬間――ヴェルカの表情が変わった。

 

「……おいおい、マジで言ってんのかよ」

 

 いつもの軽薄な笑みが消える。

 

 まるで、信じられないものを見たように、目を見開いていた。

 

「ゴールド・スケイル……」

 

 空気が一瞬で冷えた気がした。

 

「ゴールド・スケイル?」

 

 思わず訊き返す。だがヴェルカは答えない。

 

 険しい顔のまま、バッジを睨み続けていた。

 

 ミリスも不安そうに俺の袖を掴む。

 

「クラド……それって……」

 

「いや、俺も知らない」

 

 ただ。ヴェルカがここまで動揺する相手なんて、初めて見た。

 

 その時だった。

 

「……ぅ……」

 

 か細い声がした。

 

 振り返ると、路地裏で倒れていた少女が、ゆっくり身体を起こしていた。

 

「お、おい! 無理すんな!」

 

 慌てて駆け寄る。

 

 少女の顔色はまだ悪い。

 

 それでも、右腕の細長い包みだけは絶対に離そうとしなかった。

 

 震える指でそれを抱き締めながら、少女は俺たちを見る。

 

 黒曜石みたいな瞳だった。

 

「あなた、たちが……やったのですか……?」

 

「あー……まあ、一応」

 

「……そう、ですか」

 

 少女は小さく息を吐く。

 

 そして、ふらつく身体のまま、深く頭を下げた。

 

「お願いします……」

 

 消え入りそうな声だった。

 

「どうか、私に力を貸してください」

 

 その瞬間。彼女の瞳に浮かんでいたのは、怯えではなかった。

 

 追い詰められた人間の、“覚悟”の瞳だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。