無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
騒ぎの後始末を終えた俺たちは、宿屋から少し離れた飲食店に場所を移していた。
昼前だというのに店内は妙に静かで、木製のテーブルと椅子が並ぶ空間には、煮込み料理の匂いだけがゆったりと漂っている。
店の隅の席。そこでようやく、助けた少女は一息ついたようだった。
「……改めまして。先程は助けていただき、誠にありがとうございました」
ぺこり、と。少女は背筋を伸ばして頭を下げた。
黒髪。白と紫を基調にした和装。腰には細身の刀。
歳は俺たちと同じくらい……に見えるけど、座っている姿は妙に小柄で、どこか子供っぽい。
特に今みたいに、目の前に置かれた料理をちらちら見てると尚更だ。
「……食べるか?」
試しに聞いてみると、少女の肩がぴくりと震えた。
「い、いえ! そのような施しを受けるわけには――」
ぐぅ〜……。
腹が鳴った。しかもかなり大きい。
一瞬、店内の空気が止まる。
「…………」
「…………」
少女の顔が、みるみる赤くなった。
「…………いただきます」
めちゃくちゃ小声だった。
ミリスがふふっ、と小さく笑う。
少女は、恥ずかしそうに俯きながら料理を一つ口へ運んだ。
その瞬間――。
「……っ」
ぱぁっ、と。
今まで張り詰めていた表情が、一気に綻んだ。
分かりやすいなこの子。
「美味いのか?」
「……はい。とても」
答えながらも、次の料理に手が伸びている。
多分かなり腹が減っていたんだろう。
無理して気を張ってたのが、見ているだけで分かった。
「それで、自己紹介がまだでしたね」
こほん、と咳払い。
だがその直後にも、料理に伸びかけた手を慌てて引っ込める辺り、全然取り繕えていない。
「私はカグヤ。東方国家“ジパング”より参りました」
「ジパング?」
聞き慣れない単語に、俺とミリスは顔を見合わせた。
すると、隣で酒を呷っていたヴェルカが「あー」と頷く。
「東の果てにある鎖国国家だよ。海に囲まれた島国で、刀だの和装だの、独自文化がやたら発展してることで有名な」
「詳しいな」
「商人だからな。
ヴェルカは肩を竦める。
「もっとも、実際に行ったことはねえけど。基本的に外の連中を入れねえ国だからな、あそこ」
「外の人を?」
「ああ。逆に、国内の奴もあんまり外へ出さないらしい」
そう言いながら、ヴェルカはカグヤを見る。
「よく国外に出られたな」
「……少し、事情がありまして」
カグヤは少しだけ表情を曇らせた。
さっきまで料理で
その変化に、ミリスも自然と居住まいを正した。
そしてカグヤは、膝の上に置いていた細長い包みを、そっと抱き締めた。
路地裏でも、命懸けで守っていたものだ。
あの黒服たちに追われながらも、最後まで離さなかった。
きっと、かなり大事な物なんだろう。
「……実は」
カグヤは細長い包みを抱きしめるように持ちながら、小さく息を吐いた。
「私は元々、西方国家“ルシタニア”へ向かっておりました」
「西方って、海の向こうの?」
「はい。ジパングの工芸品や刀剣類を運ぶ、交易船に同行していました」
交易船。つまり、かなり大規模な商隊だったってことか。
「でも、その途中で襲われたんです」
カグヤの声が少し沈む。
「夜でした。突然、霧の中から船が現れて……気付いた時には、もう」
脳裏にその時の光景が蘇ったのだろう。
カグヤの指先が、僅かに震える。
「海賊の仕業か?」
俺が訊ねると、カグヤはゆっくり首を横に振る。
「……私も最初は、そう思いました」
「違うのか?」
「海賊にしては、妙だったのです」
カグヤは視線を落とす。
「積荷の位置を、最初から把握していたように動いていました。迷いもなく、“価値の高い物”だけを狙っていたのです」
ただ暴れるだけの盗賊じゃない。
最初から狙い撃ちだったってことか。
「しかも――」
そこでカグヤは、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……私以外、全員殺されました」
「殺された?」
「はい。船の仲間が、私を庇って……」
そこで、カグヤの指が震えていることに気付いた。
今までずっと真っ直ぐだった背筋が、少しだけ崩れている。
「――っ」
ミリスが息を呑む。
「私を海に突き落として、そして背中を――」
そう言ったカグヤの声は、酷く掠れていた。
無理して平静を保っているのが分かる。
「気付けば、私はこの街……ミナスガルドの海岸に流れ着いていました」
異国の地。
知り合いもいない街。
しかも、襲撃の直後。
想像するだけで胸が痛む。普通じゃあ、そんな苦痛は耐えられない。
「私は貨物の行方を探して、この街を調べ回りました。そして昨日……見つけてしまったのです」
ぎゅっ、と。膝の上の包みを抱き締める。
「私たちの貨物が、どこかへ運び込まれるところを」
店の空気が少し変わった。
ヴェルカだけが、黙ったまま酒を飲んでいる。
「後をつけました。すると、男たちが荷を確認しながら、こう言っていたのです」
カグヤは俯いたまま、小さく呟く。
「“
その瞬間、ヴェルカの酒瓶を置く音が、やけに大きく響いた。
「……ほぉ」
ヴェルカの目が少し鋭くなる。
カグヤは続けた。
「私は監視の隙を突いて、貨物の一部を取り返しました」
そう言って、腕の中の細長い包みに視線を落とす。
「ですが、その直後に見つかってしまって……」
「それで黒服共に追われてた、と」
「……はい」
店の中に、少しだけ沈黙が落ちた。
俺は椅子に背を預けながら考える。
つまり――。
カグヤの貨物を襲った連中。
そして、この街で追ってきた黒服。
全部、裏で繋がってるってことか。
「でもよ」
俺は率直な疑問を口にした。
「あの黒服共、“
すると、今まで黙っていたヴェルカが、ゆっくり口の端を吊り上げた。
「王都最大の鑑定士ギルドだ」
「王都最大の⁉」
俺が聞き返すと、ヴェルカは酒瓶を揺らしながら鼻で笑った。
「鑑定、査定、仲介、オークション運営。まあ、金持ち相手の商売を一通りやってる連中だよ」
「それだけ聞くと、普通の行商ギルドに聞こえるけど……」
「“表向き”はな。つまり裏がある」
ヴェルカはテーブルに肘をつき、面倒臭そうに続ける。
「実態は、王都とミナスガルドの流通を
何が何でも、物騒すぎるだろ。
奴隷に関しては、なんとも言えないけれど……。
「しかも厄介なのが、連中の後ろ盾だ」
「後ろ盾?」
ミリスの疑問に、ヴェルカが指を一本立てた。
「貴族」
「あー……」
思わず変な声が出た。嫌な予感しかしない単語だ。
「しかもただの貴族じゃねえ。王都の商業派閥に食い込んでるボンボン共だ。金と権力で好き放題してやがる」
「じゃあ、街の衛兵とかも……」
「期待するだけ無駄だな」
ヴェルカはキッパリと答えた。
「ミナスガルドでゴールド・スケイルに逆らうってのは、王都の
ミリスが不安そうに眉を寄せる。
「そんなに大きな組織だったのかよ……」
「むしろ、この街そのものって言った方が近いかもな」
ヴェルカは店の天井を仰ぎ、照明を星座のように結びながら続ける。
「ミナスガルドの市場、倉庫、競売、警護、流通経路。全部がどこかしらで連中と繋がってる」
だからさっきの黒服連中よりタチが悪い。と、ヴェルカは天井に星を描く。
もっとも、それは
「《
「あ」
とどのつまり。
俺たちは、主催者の関係者に手を出したのか……。
やっと納得した俺をジロリと
「だから目立ちたくなかったのに、お前と来たら……」
呆れたように、ヴェルカが深いため息を吐く。
「いや……その……悪かった」
「ご、ごめんなさい……」
俺とミリスが揃ってしょんぼりする。
するとヴェルカは数秒黙った後、ぷっと吹き出した。
「ま、やっちまったもんは仕方ねえや」
あっけらかんと言いながら、酒を飲み干す。
「それに――」
ヴェルカの口元が、獰猛に吊り上がった。
「奪った品を札束に変えるだけの連中は、商人の風上にも置けねえ」
空気が変わる。いつもの適当な酔っ払いじゃない。
商人として、本気でムカついてる顔をしていた。
「だから、これから私たちは行動に出る」
言いながら、ヴェルカが指を一本立てる。
「まず一つ。
「それは元々の目的だな」
「二つ目」
今度は二本目。
「カグヤの貨物を取り返す」
カグヤが小さく息を呑む。
その目には、明らかな希望が浮かんでいた。
「そして三つ目――」
三本目の指が立つ。ヴェルカはニヤリと笑った。
「これは最悪の場合だが」
空の酒瓶をテーブルに叩き付ける。
「《ゴールド・スケイル》
一瞬、店内の空気が静まり返った。
……いや。言ってること、完全に無茶苦茶なんだけど。
相手は王都最大のギルドで、
しかもついさっき、国の
けれど、不思議と――。
ヴェルカが言うと、何故だか“出来そう”に聞こえてしまうのが怖かった。
***
――一方、その頃。
ミナスガルド中央区。
煌びやかな夜景を見下ろす高層建築、その最上階。
豪奢なシャンデリアが照らす一室で、男が血塗れのまま膝をついていた。
「も、申し訳……ございません……!」
昼間、クラドたちに敗北した黒服のリーダーだった。
その周囲を囲むのは、四人。
そして――中央の椅子に座る、一人の青年だった。
「いやぁ、それにしても無様ですねぇ」
最初に口を開いたのは、
細身の身体をソファへ預けながら、呆れたように肩を竦める。
「貴方、“そこそこ腕が立つ”って触れ込みじゃありませんでした?」
男――
「なのに子ども相手に半壊。商品の回収にも失敗。挙句、こちらの名前まで
ため息混じりにワイングラスを揺らす。
「投資としては大失敗ですね」
「ひぃっ……!」
一方、その隣では。
「ねぇアリィ、見て見て」
紫髪の女が、宝石だらけの指輪を眺めながら頬を緩めていた。
「今日競り落とした“
黒服の男など眼中にない。
ブランド品にしか興味がないという態度を隠そうともしなかった。
「
「あんたさぁ」
気持ちの悪い虫でも見るような目で、黒服を睨む。
「負けた癖に口効かないでくれる?」
「っ――!」
男の顔が青ざめる。
その瞬間だった。
「ぎゃああああああっ⁉」
絶叫。男の左手に、巨大な釘が突き立っていた。
「うるせぇなァ」
低い声が笑う。
「失敗した罰ってのはよ、もっと分かりやすくしねぇとなァ?」
ごき、ごき、と拳を鳴らす。
その傍らでは、
ただそれだけの名前を持つ男は、外の夜景を眺めたまま、一言も喋らない。
興味すらない。
そんな空気だった。
「た、助け……!」
黒服の男が床に這い蹲る。
しかし次の瞬間。
「やめろ、ガノック」
透き通るような声に、ガノックは舌打ちしながら手を止めた。
中央の椅子。そこに座っていた青年が、ゆっくり脚を組み替える。
そして、金色の瞳。
青年――
「見苦しいぞ」
ただ、その一言だけで。場の温度が一気に冷え込んだ。
「アルベリオ様! どうか、この通り! 次こそは――」
「誰が、喋っていいと言いました?」
アルベリオは言葉を遮り、膝をつく男を見下ろす。
「価値に見合わない仕事をしたゴミは、生きている価値もありません」
「ま、待っ――」
男が顔を上げた、その時だった。
男の首筋が、不自然にへこんだ。
まるで見えない手で、内側から握り潰されたように。
「――ぁ?」
男の身体が硬直する。
次の瞬間、全身の血管が内側から膨れ上がり――。
そのまま、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
静寂。
床に広がる血だまりを見ても、誰も驚かない。
ラグナは退屈そうに爪を眺める。
ミザールは苦笑を浮かべる。
ガノックは口笛を吹き、ゼロは相変わらず窓の外を見ていた。
「それで、ミザール?」
アルベリオが頬杖をついたまま訊ねる。
「その“行商人の少年”というのは?」
するとミザールが、肩を竦めながら報告書を開いた。
「目撃情報によれば、妙な能力を使っていたそうですよ」
「妙な? 何だ、言ってみろ」
「羽ペン、帳簿、封蝋……その辺の文房具で戦っていたとか」
一瞬、アルベリオの眉が僅かに動いた。
「……羽ペン?」
「はい。しかも、それでエージェント共を壊滅させたとか」
「ほほぉ。それはそれは」
アルベリオは小さく笑った。
「価値のない道具で、価値ある人間を壊す――」
金色の瞳が細まる。
「実に、興味深い」