無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
ミナスガルド上層区。
そこは、同じ街とは思えなかった。
石畳は磨き抜かれ、夜の街路には魔導灯が星のように浮かんでいる。
道を歩く人間ですら別世界の住人のようだった。
宝石を散りばめたドレス。
俺が普段歩いていた市場通りとは、空気の価値そのものが違った。
そして、その中心。
まるで夜空を突き刺すように、巨大な建築物がそびえ立っていた。
――最高級ホテル『
黒金色の外壁。幾重にも重なった尖塔。窓辺を照らす
巨大な“S”の紋章が、ホテル最上部で
見上げているだけで、頭がくらくらした。
ホテルっていうより、王城だ。
いや、王城よりもヤバい。
何故ならここは、金持ちが泊まるだけの場所なんかじゃあない。
金持ちと悪党が手を組む場所なんだから。
「おいクラド」
隣から、呆れた声が飛んできた。
「キョロキョロすんな。田舎者だと思われるぞ」
「いや俺、田舎者だし……」
「堂々としてりゃバレねえよ」
そう言って肩を竦めるヴェルカ――いや。
今の彼女は、いつもの酒臭い行商人とは別人だった。
黒を基調にしたスーツ風のドレス。細身のパンツラインに、金鎖のアクセサリー。
長い金髪も後ろで一つに纏められていて、胡散臭さより“危険な女”という印象が強い。
正直、めちゃくちゃ似合っていた。
昼間に酒瓶抱えて寝転がっていた奴と同一人物だとは、到底思えない。
「何だその顔」
「いや……普段と違いすぎて」
「褒め言葉として受け取っとく」
ヴェルカは口元だけで笑う。
一方で俺は、終始落ち着かなかった。
普段着慣れない白いシャツに黒ベスト。妙に高そうなロングコート。
靴まで磨かれていて、歩くだけで緊張する。
完全に服に“着られて”いる。
なのに、隣を歩くミリスなんかは真逆だった。
淡い蒼色のドレスを自然に着こなし、背筋まで妙に綺麗に伸びている。
銀髪との相性も完璧で、普通にどこかの令嬢にしか見えない。
本人は「ちょっと動きづらい……」とか言ってるけど、どう見ても似合いすぎだった。
……コイツ本当に元奴隷なのか?
そんな疑問が頭を過った時。
「クラド殿」
静かな声が呼んだ。
振り向いて、俺は一瞬固まった。
「……誰?」
「酷くありませんか⁉」
カグヤだった。
だが、もう完全に別人だった。
白と紫を基調にした
化粧まで施されていて、昼間の“小柄なジパングの少女”という面影がほとんど消えている。
というか普通に気品が凄い。
目尻に薄紫の化粧が入っているだけで、幼さより気品が前に出ている。
『異国の王女』って言われたら、黙って信じるレベルだ。
「ヴェルカ、一体何したんだよ……」
「ちょっとした
「
「そりゃそうだろ。カグヤにとって、ここから先は敵の本陣なんだからな」
ヴェルカは得意げに笑った。
「今のお前らは、“
そのまま、
瞬間、空気が変わった。
赤黒い絨毯。天井から吊るされた巨大な魔導シャンデリア。
壁一面に飾られた絵画と金装飾。
静かな演奏。笑い声。グラスの音。
その全てが、“金の匂い”で満ちていた。
受付カウンターには、黒服のボーイが数人並んでいる。
全員、笑顔なのに目だけが笑っていない。
「ヴェルカ――」
「ここでは“ジェーン・ドゥ”と呼べ」
即座に訂正された。
「本名は忘れろ。今から私は、“どこにも所属しない
そう言って、ヴェルカ――ジェーンは受付へ歩き出す。
「
歩きながら、小声で説明が続く。
「表向きは超高級ホテル。だが地下は別世界だ。競売会の参加者は、ここで宿泊とエントリーを同時に済ませる」
「つまり、ここが入口ってことか」
「ああ。気ィ抜くなよ。ここは既に敵地だ」
受付へ辿り着く。
黒服のボーイが、完璧な営業スマイルを浮かべた。
「ようこそ、
その瞬間。
ヴェルカ――いや、“ジェーン・ドゥ”が、薄く笑った。
「――
一見、ただの宿泊希望。
だが、ボーイの目が一瞬だけ細くなる。
貼り付けたような営業用の笑みが消えた。
「……失礼致しました」
低い声だった。
男は周囲を確認するように視線を巡らせると、
「
空気が変わった。
さっきまでの接客よりも冷たい。
もっと裏側の――値踏みをするような視線が向けられる。
周囲のボーイたちも、こちらをさりげなく観察しているのが分かった。
その空気に、思わず喉が鳴る。
だが。そんな中でも、ヴェルカは平然としていた。
「――ジェーン・ドゥ」
堂々と偽名を名乗る。
「今回は“
一瞬、ボーイの目が僅かに揺れた。
「……
流石に完全な営業顔は崩さなかったが、声色が変わった。
値踏みするような視線が、今度は本物かどうかを疑う色に変わる。
「失礼ですが――現物を確認させて頂いても?」
「当然」
ヴェルカは鼻で笑うと、懐から小さな黒箱を取り出した。
ぱちり、と蓋が開く。
瞬間。淡い蒼銀色の光が、ロビーを照らした。
「――っ」
ボーイの息が止まる。
星空を閉じ込めたような鉱石。
内部を流れる淡い光が、ゆっくりと脈打っている。
ただ置かれているだけなのに、周囲の空気まで変わった気がした。
「ほ、本物……?」
誰かが、小さく呟いた。
すると奥に控えていた、サングラスの男が素早く歩み寄ってきた。
「見せろ」
ぶっきらぼうに言いながら箱を覗き込み――。
次の瞬間、男はサングラスを外した。
「……嘘だろ」
目を見開く。
「これが、
「しかもデカいぞ……」
「こんなサイズ、これまで出品された中でも……」
後方で、ボーイたちが小声でざわつき始める。
「おい、一体何者だよ……」
「ジェーン・ドゥ、だと?」
「聞いたことねえ名前だぞ……」
その反応を見て、ヴェルカは満足そうに口元を吊り上げた。
完全に“商人の顔”だった。
「で? 通してもらえるか?」
「……もちろんです」
サングラスの男は即座に姿勢を正した。
「至急、特級保管庫へ。幹部にも連絡を入れろ」
「は、はい!」
周囲が一気に慌ただしくなる。
係員が
……何か、想像以上にヤバい物だったらしい。
「こちらへ」
案内役のボーイに連れられ、俺たちは
そして。
「…………」
「…………」
部屋に入った瞬間、俺とミリスは固まった。
広い。
いや、広すぎる。
床一面の
そして何より――。
「ベッドでっっっか⁉」
思わず叫んだ。
何だこれ。五人くらい寝れるぞ。
ミリスも目を輝かせている。
「ふ、ふかふか……」
ぽすっ、と腰掛けた瞬間、そのまま沈み込んでいた。
「うわ、何これ……安宿と全然違う……!」
俺も思わずベッドを押す。
跳ね返りが凄い。何ならここ住みたい。
「こらガキ共、はしゃいでんじゃあねえ」
呆れた声。
振り向くと、ヴェルカがソファに腰掛けながら、早速酒を開けていた。
けれど、その顔は少し楽しそうだった。
「ったく、安宿育ちはこれだから」
「いやこんなんテンション上がるだろ!」
「わ、私はちょっとだけ……!」
とか言いながら、ミリスはまだベッドを触ってる。
その時だった。
「…………」
ふと。カグヤだけが、部屋の隅で静かに立っていることに気付いた。
豪華な部屋。柔らかな灯り。安全な空間。
それなのに、彼女だけは落ち着かない様子で、細長い包みを抱き締めている。
無理もない。ここは最高級ホテルである以前に、敵の本拠地だ。
――しばらくして。
ヴェルカが小さく息を吐いた。
「……遊びは終わりだ」
空気が変わる。さっきまでの和やかな空気が、一気に引き締まった。
「こっから、作戦を詰めるぞ」
テーブル代わりの低机に、ヴェルカが
赤い印が幾つも書き込まれていた。
「まず確認だ」
ヴェルカは酒瓶を揺らしながら、人差し指で地下部分を叩く。
「
「つまり、それまでに動く必要があるんだな」
「その通り」
ヴェルカは頷く。
「カグヤの貨物は、競売開始直前まで地下の特級保管庫に置かれる。逆に言えば、競売が始まっちまえば終わりだ」
指先が、地下最深部を示した。
「特級保管庫は地下五階」
「ご、五階……」
ミリスが小さく声を漏らす。
「普通のホテルって、地下とか作るもんなのか……?」
「逆に考えろ。普通じゃあねえから、地下が五階もあるんだ」
ヴェルカはワイングラスを傾けながら冷静に言った。
やけに説得力があるのが、ちょっとムカつく。
「でまあ、問題はそこまでのルートだ」
ヴェルカは続ける。
「地下に繋がるエレベーターは関係者専用。しかも階層ごとに認証式だ」
「認証?」
「カードキーだよ」
俺の問いに、懐から黒金色のカードを取り出す。エントランスで渡されたものだ。
表面には、“S”を模したゴールド・スケイルの紋章。
組織の傘下だというのが嫌でも分かる。
「地下へ降りるには、各階の関係者キーが必要になる。つまり――」
「各階で奪う必要があるってことか」
「正解。といっても、客用のコレじゃあ開かねえから気を付けろ」
面倒臭ぇ……。
「それと、見つかれば終わりだと思え」
ヴェルカの声が、少し低くなる。
「競売会への参加資格は剥奪。
「処分って……」
「消されるだろうね」
ハッキリと告げる。部屋の空気が、少し冷える。
「いいか。今の私達は、悪魔の胃袋の中にいるようなもんだ」
ヴェルカは笑わない。
「周囲全部が敵。本来なら、息してるだけでアウトの場所なんだよ」
その言葉に、ミリスが小さく喉を鳴らした。
だが――。
「――なら」
カグヤが、静かに口を開く。
「隠れながら進めば問題ありません」
そう言って、彼女はずっと抱えていた細長い包みを机へ置いた。
かちゃり。と、紐が解かれる。
中から現れたのは――。
「木簡?」
いや、違う。細長い札だった。
木彫りの札が、束のように連なっている。
そこには墨で、一文字ずつ奇怪な文字が刻まれていた。
《
どれも見ただけで妙な気配を感じる。
カグヤはその中から、三枚を抜き取った。
《
「《
カグヤは短く説明しながら、親指を噛んだ。
血が滲む。そして、その血を札になぞる。
「――
瞬間、札が淡く紫色に光った。
ひゅるり、と。冷たい風みたいなものが、部屋を撫でる。
「――え?」
瞬きをした、ほんの一瞬のことだった。
ミリスの姿が、“薄く”なった。
いや、存在感そのものが消えていた。
そこにいるのに、意識しないと視界から零れ落ちそうになる。
「クラド殿」
「うわっ⁉」
真横から声がして、思わず飛び退いた。
カグヤが立っていた。なのに、本気で気配を感じなかった。
「すごい……すごい……!」
ミリスも自分の手を見下ろして驚いている。
「これなら、見つからずに動けるな」
カグヤは静かに頷いた。
ヴェルカが口笛を吹く。
「流石ジパング。面白ぇ術持ってんじゃねえか」
***
そして数十分後。
俺たちは、
エントランスから向かって左。一般客が立ち入らない、関係者区域。
その前には、二人。屈強な黒服が腕を組み、周囲を警戒していた。
腰には剣。さらに懐には魔道銃らしき膨らみ。
「……どうする?」
ミリスが小声で訊く。
「俺に任せろ」
俺は床に転がっていた装飾用の
《
熱が走る。金属片が、一瞬だけ鋭く変形した。
そして。
警備の視線が逸れた、その瞬間。
「――ッ」
投げる。
風切り音がエントランスに響く。
次の瞬間、それは黒服の首筋に命中した。
「が……」
男が崩れ落ちる。
続けて、もう一人が反応するより先に、ミリスの重力が襲った。
どさっ、と鈍い音。二人まとめて床に沈む。
「よし!」
俺は即座に駆け寄り、懐を探った。そして――。
「……あった」
黒金色のカードキー。中央には、“B1”の刻印がある。
地下への鍵を手に入れた。
その先にあるのは、ゴールド・スケイルの闇。
そして――カグヤの奪われた荷物。
静かに開いたエレベーターの扉を見ながら、俺は小さく息を呑んだ。
――いよいよ、本番だ。