無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
地下へ降りるエレベーターは、やけに静かだった。
耳に入るのは、微かな駆動音だけ。
けれど下降するほどに、空気が変わっていくのが分かる。
冷たい。地上の豪奢な暖かさとは真逆だった。
地下に潜るほど、空気が冷えていく。
そして――臭い。
油。鉄。薬品。血。
色んな匂いが混ざり合って、鼻の奥にこびりつく。
「……何か、空気が重い」
ミリスが小声で呟いた。
「地下だからってだけじゃねえな、これ……」
俺も自然と声を潜める。
隣では、カグヤが札を握ったまま周囲を警戒していた。
やがて、ちん、と小さな音が鳴る。
エレベーターが停止し、ゆっくりと扉が開く。
「――っ」
思わず、息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、“地下倉庫”なんて生易しいものじゃなかった。
黒金色の通路。紫色の照明。磨き抜かれた大理石の床。
左右には巨大なガラスケースが並び、その中に様々な品が展示されている。
美術館を彷彿とさせる。
――ただし、中身は最悪だった。
「こちらは北方魔導国家製の最新式魔導砲でございます」
「ほぉ……」
黒服の案内人が、肥え太った商人風の男に説明している。
ガラスケースの中には、人一人吹き飛ばせそうな巨大銃器が鎮座している。
青白い魔力が銃身内部で脈打ち、死の気配を漂わせていた。
別の区画では、宝石まみれの女が笑っている。
「ふふっ、この呪具素敵。人を狂わせるんですって?」
「はい。既に実績もございます」
実績って何だよ。怖すぎるだろ。
さらに奥へ行けば――
鎖付きの首輪。封印された薬瓶。血染めの剣。
魔王の呪いが込められた兜。
そういった物騒な品々が、当然のように並んでいる。
ここは“地下保管庫”なんかじゃない。
闇商人専用の市場だ。しかも、とびきり悪趣味な。
「……最低ですね」
カグヤが低く呟いた。
冷静な彼女にしては珍しく、声に露骨な嫌悪が混じっていた。
ミリスなんか、もっと分かりやすい。
奴隷用らしき拘束具を見た瞬間から、ずっと顔を顰めている。
今まで見たことがないくらい、嫌そうな顔だった。
……そりゃそうか。
元奴隷のコイツからしたら、笑い事じゃ済まされない。
俺も、怖い物見たさで価格表示を使うが――。
《禁制魔導銃:4,800,000(480万)G》
《呪詛仮面:12,500,000(1250万)G》
《王家級星彩宝石:38,000,000(3800万)G》
《高級奴隷拘束具:960,000,000(9億6千万)G》
「うわ……」
思わず声が漏れた。
桁がおかしい。いや、値段だけじゃない。
人を傷付ける道具に、こんな値が付いてること自体が気持ち悪い。
特に最後。
拘束具の値段だ。一体、家何件分だろうか……。
吐き気を催す。
と、その時だった。
「おい! もう少しまけろよ! こんなモンに三百億も出せるか!」
怒鳴り声がこだました。
振り返ると、禿頭の商人が黒服相手に値切っているところだった。
ガラスケースの中には、赤黒い薬瓶。
黒服は営業スマイルのまま答える。
「申し訳ございません。こちらは既に特級価格となっておりますので」
「知るか! こっちは常連だぞ!」
男が胸倉を掴む。
次の瞬間。
――ぱんっ。
乾いた音が、無慈悲に響いた。
「……え?」
商人の額に小さな風穴が空く。
黒服の手には、いつの間にか小型魔導銃が握られていた。
男は数秒遅れて崩れ落ち、そのまま血溜まりを広げた。
人が殺された。それなのに、誰も騒がない。
女は笑いながら別の商品を眺め、別の商人たちは何事もなかったように歩いていく。
黒服だけが、淡々と死体を片付け始めた。
「……イカれてる」
思わず呟いた。
するとカグヤが、小さく頷いた。
「ここでは“命”すら商品なのでしょうね」
カグヤの声が、妙に静かだった。
ヴェルカが言っていた、
『金になるなら何でも扱う』
――その意味を。
「行きましょう」
カグヤが札を握り直す。
「長居すべき場所ではありません」
「ああ」
俺も頷いた。その直後。
近くを通り過ぎた黒服の首筋に、価格操作で強化した銀貨を叩き込んだ。
「がっ――」
男は一瞬で意識を失い、その場に崩れ落ちた。
だが他の黒服は何の興味も示さない。身内の危機すら眼中にないようだ。
俺らからすれば有難い話だが、口にするのも恐ろしいような気持ち悪さがあった。
長居するべき場所じゃない。まさにその通りだ。
俺は素早く懐を探り、カードキーを引き抜いた。
《B2》
地下二階の鍵だ。
でもきっと、この先にあるのは更に深い闇だ。
分かっている。分かっているはずなのに。
エレベーターの黒い扉は、まるで俺たちを誘うように口を開いていた。
***
地下二階。
そこは、一階以上に“終わって”いた。
並んでいたのは武器や宝石ではない。もっと、生々しいものだった。
巨大な硝子筒に浮かぶ魔物の臓器。
液体漬けにされた異形の胎児。
人間の身体に魔石を埋め込む実験記録。
壁一面に貼られた、“成功例”と“失敗例”の写真。
しかも、それらを眺める連中の目には、嫌悪感なんて欠片もない。
品定めする商人の目をしていた。
「……っ」
ミリスが口元を押さえる。
流石にキツい。俺だって直視したくない。
なのに、ここじゃあ全部が“商品”だった。
値段すら付いている。
《魔人体強化資料:14,800,000(1480万)G》
《禁呪融合技術書:22,000,000(2200万)G》
《特級被験体保存液:8,700,000(870万)G》
頭がおかしくなりそうだった。
こんなもの売り買いしてる奴らが、俺たちと同じ人間なのか?
――立ち止まってる暇はなかった。
カグヤの札による隠密。
ミリスの重力操作。
俺の価格操作。
俺たちは確実に連携をしながら、地下を進んでいった。
黒服を沈める。鍵を奪う。エレベーターへ走る。その繰り返し。
そして、地下三階。
そこはもう、倉庫というより軍事施設だった。
大量の魔導兵器。
王国軍レベルの武装。
そして――鎖に繋がれた“商品”。
「……見るな」
思わず、ミリスに声を掛けた。
けれど彼女は、もう見てしまっていた。
檻の向こう。子供くらいの年齢の獣人奴隷が、虚ろな目でこちらを見ている。
《高級戦闘奴隷:620,000,000(6200万)G》
ミリスの顔が強張った。
怒りなのか。恐怖なのか。
多分、その両方だった。
「……酷い」
小さく呟いた声は、今まで聞いたことがないほど低かった。
その言葉に、カグヤも静かに頷く。
***
そうしてついに、俺たちは地下四階へ辿り着いた。
――だが。
「……あれ?」
ふと、エレベーター前で黒服を気絶させ、カードキーを奪った瞬間。
妙な違和感が、胸に引っ掛かった。
《B5》
地下五階へのキーを手に入れた。本来なら、ここで喜ぶべきなんだろう。
そのはずなのに。
「……簡単すぎないか?」
思わず呟いた。
ミリスが振り返る。
「え?」
「いや……」
周囲を見渡す。
薄暗い通路。紫色の照明。静まり返った空間。
ここまで来る間に、確かに警備はいた。
だが――全部、“ちょうどいい数”だった。
俺たちが勝てる程度の人数。しかも必ずキー持ち。
まるでそれは――
「最初から、誘導されていたような……」
声に出して、自分でもゾッとした。背筋に嫌な汗が流れた。
ミリスも不安そうに周囲を見る。
「た、確かに……」
「気のせいでは、なさそうですね」
カグヤが札を握る手に力を込める。
「先程から、“視線”のようなものを感じます」
その瞬間だった。
ふわり、と。紫煙が通路の奥から流れてきた。
「――おやおや。臭いますねえ」
柔らかい声がした。
だが、聞いた瞬間に本能が警鐘を鳴らすような声だった。
煙の向こうから、ゆっくりと、一人の男が歩いてくる。
緑髪。細身のスーツ。気怠げな笑み。
片手には細長い煙管。
「東方からの密航者」
男が笑う。視線が、カグヤに向く。
「羽ペンの行商人」
次に俺。
「そして、重力の少女」
最後にミリス。完全に、見透かされていた。
「噂通りなら――」
男の口元が、愉快そうに吊り上がる。
「今夜は、実に楽しめそうですねぇ」
男は、まるで旧友にでも会ったかのような笑みを浮かべていた。
薄暗い通路を、紫煙をくゆらせながら歩いてくる。
足音は静かなのに、存在感だけが異様だった。
「初めまして――と言うべきですかねぇ」
男は煙管を片手に、紳士的なお辞儀をした。
「ボクの名はミザール。ゴールド・スケイル幹部《四天鑑定》が一人」
ゴールド・スケイル。その名を聞いた瞬間、背筋が冷えた。
しかも、役職まである。とどのつまり――。
「幹部、ってことかよ……」
最悪だ。
ただの黒服ならまだいい。けど、敵組織の中心人物に顔を知られたら終わりだ。
しかも――。
「いやあ、それにしても本当にここまで来るとは」
男――ミザールは楽しそうに笑う。
「正直、地下二階で帰ると思っていましたよ」
その度胸だけは買いましょう。と、ミザールの目が細められる。
「特に貴方」
俺を見て、口元が裂けるように開かれた。
「見たところ、物体に力を付与する能力のようで」
「っ――」
心臓が嫌な音を立てた。
完全に見透かされている。能力まで――。
「おや? もしかして、図星でしたか?」
その通りだ。けれど、俺は答えなかった。
答える気もなかった。
「羽ペンと帳簿でエージェントたちを倒した。なんて報告を受けた時は、冗談かと思いましたが……」
ミザールが肩を竦める。
「現物を見ると、俄然興味が湧いてくる」
その瞬間、ミザールの周囲に漂っていた紫煙が凝縮し、剣に変わった。
さらに拳銃、鎖、短剣。
あらゆる武器が次々と“複製”されていく。
しかも全部、どこか歪だった。
本物のようなのに、微妙に“何か”がおかしい。
「さて、と」
ミザールが紫煙を吐き出した。
そのまま一歩、こちらに近付く。
「折角の侵入者(お客人)です。丁重にもてなして差し上げましょう」
……まずい。本能で分かる。
この男、さっきまでの黒服連中とは格が違う。
正面からぶつかって、勝てるかどうか……。
かといって逃げれば――いや、逃げる暇もない。
「――クラド殿」
その時、隣から静かな声がした。
カグヤだった。彼女は札を構えたまま、ミザールを真っ直ぐ見据えていた。
「ここは私が引き受けます」
「何言ってんだ! 相手は――」
「二人は先に、地下五階へ」
「でも、カグヤ……」
ミリスが不安の表情を浮かべた。しかしカグヤは、
「貨物の奪還が最優先です」
驚くほど冷静に、そう言った。
「この男は、恐らく私たちを泳がせていた。ならば、きっと五階にも既に手が回っている可能性があります」
確かに。カグヤの言う通りだ。
このまま足止めを食らっていたら、それこそ目的の保管庫にたどり着けなくなる。
「お願いします! 行ってください!」
刹那、カグヤが札を翻した。
《縛》
紫色の帯が蛇のように走った。
その隙に、ミリスが俺の腕を掴んだ。
「クラド」
「……くっ!」
歯噛みしながら、俺たちはエレベーターに飛び込んだ。
有無を言わさず、カグヤはやるつもりなんだ。
たとえ自分の命に代えてでも、奪われた貨物のために――。
扉が閉まり始める。その隙間越しに、俺は見てしまった。
「――嘘だろ」
カグヤの背後。そこに立っていたのは――俺だった。
そして、ミリスも。
無表情のまま、人形のような顔で、カグヤに襲いかかっていた。
「――カグヤッ!」
腹の底から叫んだ。
だがその声は、エレベーターの扉に遮られてしまった。
最後に見えたのは、“俺”の握る剣が、カグヤに振り下ろされる瞬間だった。