無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第15話 騙されるな! ソイツは《贋作》だ!

 エレベーターの扉が閉じた、その直後のことだった。

 

 ――殺気。

 

 カグヤは反射的に身体を捻った。

 

 銀閃(ぎんせん)。鋭い斬撃が彼女の肩口を浅く裂き、紫色の衣装に鮮血が滲む。

 

「っ――!」

 

 咄嗟に札を放る。

 

 《(こう)

 

 紫光が弾け、薄い障壁(しょうへき)が展開された。追撃の刃が火花を散らす。

 

 だが――。

 

「……?」

 

 カグヤは(わず)かに眉を寄せた。

 

 目の前にいるのは、クラドだった。

 

 先程まで共に戦っていた少年。その顔も、服装も完全に同じ。

 

 それなのに――決定的に違う。

 

 足音が妙に軽い。

 

 呼吸音がしない。

 

 何より――クラドが扱えないはずの剣を、握っていた。

 

 その時点で、答えは出ていた。

 

「偽物……ですね?」

 

 静かな声が落ちる。クラドに似た少年が、再び剣を振るう。

 

 カグヤは紙一重で身を引き、そのまま通路の中央へ飛び退いた。

 

 その言葉に応えるように、ぱちぱちぱち、と拍手が響いた。

 

「お見事。流石は東方の術師、実に目ざといですねえ」

 

「全然。そこの彼を見れば、一目瞭然ですよ」

 

「ほぉ? と、いいますと?」

 

 煙管(キセル)を咥えたまま、ミザールは愉快そうに目を細める。

 

「本物のクラド殿は、不器用な殿方ですから」

 

「なるほど……では、これで満足ですか?」

 

 不敵に笑った次の瞬間、人形のような少年の手から剣が消えた。

 

 その代わりに、鋭利な羽ペンが握られる。

 

「羽ペンで戦ったというのは(にわか)に信じがたい話ですが……」

 

 今度こそ、見た目だけならクラド本人だった。

 

 それでも人間特有の熱や生気は感じられない。

 

 まるで、人の形をした抜け殻だけが動いている。そんな感覚だった。

 

「《贋作(フォージェリー)》――ボクがこの目で見たものを“複製”する能力」

 

 ミザールは胸元に手を当て、わざとらしく一礼した。

 

 その瞬間、紫煙(キセル)が生き物のように(うごめ)き、形を作っていく。

 

 人の輪郭が現れ、髪が伸び、衣服が編み込まれる。やがて、複数の影が通路に降り立つ。

 

「……クラド殿」

 

 もう一人のクラド。さらに――。

 

「ミリス殿まで……」

 

 銀髪の少女。

 

 加えて、周囲を囲むように現れる黒服たち。

 

 立ち方。視線。癖。

 

 僅かな重心移動に至るまで、不気味なほど本物だった。

 

「それに複製できるのは、見た目だけではありませんよ」

 

 すると、黒服たちの手に煙が集まった。

 

 次の瞬間、そこに現れたのは――地下で見たはずの高級呪具だった。

 

 人を呪い殺す短剣。

 

 雷撃を放つ魔導杖(まどうじょう)

 

 そして、生き物のように(うごめ)拘束呪鎖(こうそくじゅさ)

 

 地下室に展示されていた危険物が、そのまま複製されている。

 

 しかも、黒服たちはそれを当然のように使いこなしていた。

 

「な――ッ!」

 

 一人が魔道杖を振るった瞬間、紫色の稲妻が通路を(はし)った。

 

 カグヤは札を放ちながら、横へ飛ぶ。

 

 《(ふう)

 

 生み出された風が電撃を逸らす。だが直後、別方向から鎖が蛇のように伸びてきた。

 

 さらに、偽クラドが床を蹴る。

 

 羽ペンを短剣のように握り、鋭く突き込んでくる。

 

 その背後では、偽ミリスが重力操作を発動させた。

 

 空気が沈む。床が軋む。

 

 黒服たちの攻撃と重力場が噛み合い、逃げ道を塞ぐように襲いかかって来る。

 

「ちっ――!」

 

 カグヤは札を展開し、迫る呪具を切断した。

 

 《(ざん)

 

 紫光(しこう)が鎖ごと黒服を断ち斬る。

 

 だが次の瞬間、切れたはずの鎖が、再び煙となって繋がった。

 

(……再生⁉)

 

 眉を寄せた、その隙を突くように呪詛短剣(じゅそたんけん)が迫る。

 

 紙一重で(かわ)した瞬間、頬に浅い熱が(はし)った。

 

 血が滴る。擦っただけだ。

 

 それなのに、視界が僅かに揺れる。

 

(毒まで……)

 

 地下で見た呪具の効果まで、そのまま発動している。

 

「どうですか? ボクは、この目で“見た”ものなら、大抵は再現できるのですよ」

 

 ミザールが煙を吐き出しながら、得意げに口角を上げた。

 

「もっとも、本物には少々劣りますが――」

 

 その口調は軽い。だが逆に、それが不気味だった。

 

 まるで、この程度はまだ余興に過ぎないとでも言わんばかりの余裕がある。

 

「せいぜい、あの世で本物のお二人に教えて差し上げるといい」

 

 次の瞬間、偽クラドと偽ミリスが同時に襲い掛ってきた。

 

 重力に足を取られ、羽ペンの突きが炸裂する。

 

 さらに、黒服の魔道弾が追撃する。

 

「甘いですよ」

 

 だが、カグヤの瞳は真っ直ぐ前を見据えていた。

 

 《穿(せん)

 

 札が紫光を(まと)い、鋭い槍が一直線に射出される。

 

 まず偽クラドの肩を貫通し、続けざまに空中で軌道を変え、黒服の額に突き刺さった。

 

 血飛沫の代わりに、紫の粒子が弾けて消える。

 

 さらに――。

 

 《(ばく)

 

 帯状の光が床を這い、偽ミリスの足に絡み付く。

 

 一瞬だけ重力の流れが乱れた。

 

 その隙を逃さない。

 

 《()

 

 爆ぜた札から噴き上がった炎が、生き物のように床を這い回り、黒服たちをまとめて飲み込んでいく。

 

 やがて偽ミリスもろとも煙へ還ると、カグヤは一気に距離を詰めた。

 

 狙うは本体。ミザールの首筋へ、札を叩き込む。

 

 《(ほう)

 

 ――しかし。

 

「では、そろそろ模倣(もほう)させていただきましょう」

 

 ミザールが笑った。

 

 次の瞬間、彼の周囲にも、同じ札が展開された。

 

 一文字だけ彫られた木札が、光を放つ。

 

「な――」

 

 《(ほう)

 

 両者の札から、無数の鎖が触手のように伸びる。

 

 それは互いに絡み合い、弾けて消えた。

 

「ど、どうして……!」

 

 カグヤの目が、初めて絶望に見開かれた。

 

「言ったでしょう? ボクは“見た”ものなら大抵は再現できると」

 

 ミザールは肩を(すく)め、まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるように告げた。

 

「先程の術も、しかとこの目に焼き付けましたので」

 

 その瞬間、カグヤの脳裏で一つの違和感が繋がった。

 

 最初の黒服も、偽物のクラドも、ミリスも。

 

 あれは単なる足止めではなかった。

 

(最初から、私の術を“見る”ことが目的だった――⁉)

 

 ハメられた。そのせいで今、東方式符術すらも“複製”された。

 

 その現実を再び突き付けるように、ミザールは紫煙から札を複製する。

 

 《()》《(ふう)

 

 札が弾けると共に、炎が広がる。そこに風を受け、大きく燃え広がる。

 

 《(ざん)》《穿(せん)

 

 さらに、炎の中から追撃が繰り出された。

 

 脇腹を穿(うが)ち、膝を斬りつけて、紫煙へと(かえ)る。

 

「くっ……!」

 

滑稽(こっけい)でしょう? 誇り高い東方の秘術も、こうして形だけ真似るだけで十分に機能するのです」

 

「……くだらない。こんな猿真似で、貴方は満足なの?」

 

「くだらないのはキミの方だ。そもそも今の時代、“本物にしか価値がない”という発想こそ、時代遅れなんですよ」

 

 ミザールは鼻で笑い、煙管(キセル)を口にした。

 

「売れれば本物。評価されれば芸術。たとえそれが“贋作(がんさく)”だろうと、価値の付いた方が正義」

 

 そう言って、紫煙をくゆらせると共にミザールはにぃっ、と口角を上げた。

 

「そうだ。冥土(めいど)の土産に、キミにいいものを見せてあげましょうか」

 

 紫煙が、ゆっくりと人の形を作っていく。

 

 その輪郭を見た瞬間、カグヤの呼吸が止まった。

 

「――ぁ」

 

 見間違えるはずがない。

 

 とっくに海の底へ沈んだはずの仲間たちが、そこに立っていた。

 

『――お前のせいだ』

 

 声が聞こえた。

 

 カグヤの耳元で、誰かが呪詛(じゅそ)を唱える。

 

『全部、お前のせいで』

 

『一人だけのうのうと生き延びやがって』

 

 カグヤの瞳が揺れる。

 

「やめろ……やめろ……」

 

『この疫病神(やくびょうがみ)め』

 

『全部台無しだ』

 

「あ……ああ……」

 

 耳を塞いでも意味はない。これは音ではなく、カグヤ自身の罪悪感を抉るための幻影だった。

 

 視界の端で、死んだはずの仲間たちが責め立てるようにこちらを見ている。

 

 船上で共に笑っていた少女。

 

 無愛想だった剣士。

 

 いつも酒臭かった男。

 

 全員、とっくに海の底へ沈んだはずなのに。

 

 その口だけが、生きているみたいに動いていた。

 

『お前が「ついて行く」なんて言わなければ』

 

『東方を出なければ』

 

『あの日、嵐の海に出なければ』

 

「……違う」

 

 否定の声は、自分でも驚くほど弱かった。

 

 直後、膝が揺れた。

 

 頬を掠めただけの呪詛短剣。その毒が、じわじわと全身を侵していた。

 

 指先に力が入らない。

 

 札を挟む感覚すら鈍くなっている。

 

 視界も、薄く(かす)み始めていた。

 

 そんなカグヤを見て、ミザールは心底愉快そうに笑った。

 

「おやおや、図星でしたか。ですが安心してください。誰も貴方を責めてなどいませんよ」

 

 救いを求めるように顔を上げたカグヤを見下ろし、ミザールの目が光る。

 

「――だって、死人は喋れませんからねぇ」

 

「……っ!」

 

 カグヤの瞳に、怒りが灯る。

 

 だがミザールは止まらない。

 

 むしろ、その反応を待っていたかのように、足元に散った札を拾い上げた。

 

「とはいえ、実に興味深い。東方の民というのは、随分と“本物”に(こだわ)るらしい」

 

「……貴様ごときに、何が分かる!」

 

「伝統、文化、格式、歴史……実に素晴らしい価値観だ」

 

 そう言いながら、彼は札を安物の紙切れでも扱うように指先で弄ぶ。

 

「――だからこそ、壊し甲斐がある」

 

 ぴしり、と。カグヤの指先が止まった。

 

 ミザールはその変化を見逃さず、愉快そうに口角を吊り上げる。

 

「例えば、ジパングそのものを滅ぼしてしまえば“本物”は消えるでしょう?」

 

「……ッ⁉」

 

「そうすれば残るのは贋作(がんさく)だけ。ですが、人は案外それで満足するものですよ」

 

 紫煙が、ゆらりと揺れた。

 

「むしろ希少性が増して、贋作(がんさく)の価値は更に高騰(こうとう)するかもしれない。文化とは、所詮(しょせん)その程度のものです」

 

 カグヤは俯いたまま、何も言わなかった。

 

 ただ、血で濡れた指先だけが、小さく震えている。

 

「……なるほどよく分かりました」

 

 絞り出すような声だった。

 

「貴方は、本当に何も分かっていない」

 

 言いながら、震える手で札を握り締める。

 

 次の瞬間。

 

 《(ざん)

 

 紫光が閃いた。

 

 カグヤ自身の左腕が深々と裂け、鮮血が噴き出した。

 

「な――?」

 

 流石のミザールも、僅かに目を見開く。

 

 だが、カグヤは止まらなかった。

 

 流れ落ちる血を、そのまま大量の札へと叩き付ける。

 

 血を吸った札が、どす黒い紫色に染まっていく。

 

 床。

 

 壁。

 

 天井。

 

 無数の札が生き物のように貼り付き、地下四階そのものを侵食し始めた。

 

 禍々(まがまが)しい呪力が(うず)を巻き、空気そのものが(きし)みを上げる。

 

 それはもはや術ではない。

 

 巨大な結界そのものが、この場に顕現(けんげん)したかのようだった。

 

「……ほぉ?」

 

 ミザールが細めた目を向ける。

 

(いさぎよ)く自害するつもりですか?」

 

 血を流しながら、カグヤは嗤った。

 

 その笑みは、もはや鬼に近い形相だった。

 

「……誰が死ぬと言った!」

 

 瞬間、全ての札が一斉に光を放った。

 

「《東方式符術(とうほうしきふじゅつ)奥義(おうぎ)百鬼封陣(ひゃっきほうじん)》」

 

 地下四階が、紫色の結界に呑み込まれる。

 

 無数の術式が空間を埋め尽くす。

 

 札、札、札が天井を覆い、床を侵食し、宙を舞う。

 

 その光景を見たミザールの笑みが、更に深まる。

 

「素晴らしい。東方秘術の集大成……いや、禁術の類ですか」

 

 彼は拍手を鳴らしながら、ゆっくりと両手を広げた。

 

「ですが――その技も、《贋作(フォージェリー)》で模倣(もほう)するだけですよ」

 

 瞬間、ミザールの周囲にも無数の札が現れる。

 

 左右対称。鏡写し。

 

 カグヤと全く同じ術式が、地下空間を埋め尽くした。

 

 紫と紫が、空間の中央で激突する。

 

 地下四階を埋め尽くす、二つの《百鬼封陣(ひゃっきほうじん)》。

 

 どちらが本物で、どちらが贋作(がんさく)なのか。

 

 もはや、カグヤ自身ですら分からなかった。

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