無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第16話 本物に勝る《贋作》は、コノ世にはない!

 紫と紫が激突した。

 

 地下四階を埋め尽くした無数の札が、一斉に火花を散らす。

 

 《()

 

 カグヤの札から()き上がった炎に、ミザールの《火》が真正面からぶつかった。

 

 紅蓮(ぐれん)紫炎(しえん)が互いを喰らい合い、熱波(ねっぱ)となって通路を焼き払う。

 

 その直後。

 

 《(ふう)

 

 互いの突風が衝突し、空気そのものが悲鳴を上げた。

 

 吹き荒れる乱気流(らんきりゅう)の中を、二人は同時に踏み込んでいく。

 

 《穿(せん)

 

 紫光(しこう)の槍が一直線に(はし)る。

 

 対するミザールも、全く同じ軌道(きどう)で《穿(せん)》を放った。

 

 空間中央で呪力が()ぜ、衝撃波が床を砕く。

 

 その隙を()うように、カグヤはさらに札を(すべ)らせた。

 

 《(ざん)

 

 放たれた斬撃が、紫煙(しえん)ごとミザールを両断する――寸前。

 

 《(ほう)

 

 ミザールの札から伸びた鎖が斬撃を絡め取り、そのまま()じ切った。

 

 

「遅い!」

 

 だが、カグヤは既に次の札を展開していた。

 

 《(かげ)

 

 床に落ちた影が跳ね上がる。

 

 跳ねた影は黒い刃となって、ミザールの死角から襲い掛かった。

 

「――ほぉ」

 

 ミザールの目が細まる。

 

 咄嗟(とっさ)に後方へ飛び退()くが、避け切れない。

 

 影刃(えいじん)(ほお)(あさ)く裂き、赤い血が一筋流れた。

 

 初めてだった。ミザールの顔から、余裕が僅かに削れたのは。

 

「《(かげ)》は初めて見ましたが……なるほど、札の流れから術式を推測(すいそく)しましたか」

 

 カグヤは肩で息をしながら、静かに(にら)む。

 

「逆に分かりました。貴方は、術の“形”しか見ていない」

 

 ぴたりと。ミザールの動きが一瞬だけ止まった。

 

 その瞬間、カグヤは確信した。

 

 この男は、確かに東方式符術(とうほうしきふじゅつ)を複製している。

 

 だがそれは、表層(ひょうそう)だけ。

 

 札を切る指運びも。

 

 呪力を流す順番も。

 

 術式を繋ぐ“間”も。

 

 ミザールは、それを理解していない。

 

 ただ形だけを真似ている。

 

 だから、発動が(わず)かに遅れる。

 

 だから、軌道が微妙に甘い。

 

 そして何より――。

 

(“迷い”がない)

 

 本来、未完成な術ほど制御には神経を使う。

 

 だがミザールの術には、それが無かった。

 

 まるで答えだけを写した答案用紙のように。

 

 だからこそ、不気味だった。不完全ながら、ほぼ完璧に近い形で出力できるのが。

 

 するとミザールが、ふっと笑う。

 

「……どうやら、気付かれてしまったようですねぇ」

 

 紫煙(しえん)が揺れた。

 

「ですが、それがどうしました?」

 

 しかし次の瞬間、ミザールの背後に無数の武器が出現した。

 

 剣。槍。斧。

 

 地下の呪具群に加え、西洋風の魔剣や、装飾過多な細剣(レイピア)までもが浮かび上がる。

 

「な――」

 

「言ったでしょう? ボクは“見たもの”をなんでも複製できる、と」

 

 ミザールが指を鳴らした。

 

 瞬間、数十本の武器が一斉に射出される。

 

 カグヤは反射的に札を展開した。

 

 《(こう)

 

 光が爆ぜると同時に、薄紫色(うすむらさきいろ)障壁(しょうへき)が展開される。だが――。

 

 ガギィンッ!

 

 魔剣の一撃が、障壁に亀裂(きれつ)を生んだ。

 

「っ……!」

 

 そこへさらに、細剣(レイピア)が突き刺さる。

 

 さらに槍が追撃し、斧が横薙ぎに叩き込まれる。

 

 暴風のような連撃だった。

 

 しかも、一本壊しても、即座に次が紫煙から生成される。

 

「く……!」

 

 カグヤは後退しながら札を放つ。

 

 《(ざん)

 

 斬撃が武器群を薙ぎ払う。

 

 だが次の瞬間には、既に新たな贋作(がんさく)が空中に浮かんでいた。

 

「どうしました?」

 

 ミザールは悠然と歩み寄る。

 

 まるで勝利を確信しているかのように。

 

「東方では、その程度のことしか学べないのですか?」

 

「……何?」

 

「閉ざされた島国。閉ざされた文化。閉ざされた価値観」

 

 ミザールが肩を竦める。

 

「実に(あわ)れだ。大海(たいかい)を知らぬまま、“本物”などと騒いで」

 

 紫煙から、新たな魔剣が生まれる。

 

「でも、ボクは違う」

 

 一本。

 

「西方の魔術も」

 

 もう一本。

 

「南方の呪術も」

 

 さらにもう一本。

 

「北方の機巧兵器も、全てこの目で“見て”きた」

 

 無数の武器が、ミザールの背後を埋め尽くす。

 

「“見てきた世界の格”が違うんですよ、お嬢さん」

 

 直後、武器の雨が降り注ぐ。

 

 カグヤは札を放ち、迫る斬撃を迎え撃つ。

 

 《(ざん)

 

 紫閃が空中を走り、飛来した魔剣を叩き落とす。

 

 だが、その隙間を()うように槍が迫った。

 

 肩を貫く。

 

「が……っ!」

 

 鮮血が舞い、さらに追撃が迫る。

 

 細剣(レイピア)が頬を裂き、戦斧(せんぷ)が床ごと爆砕(ばくさい)し、衝撃波がカグヤの身体を吹き飛ばした。

 

 壁に叩き付けられ、肺から空気が漏れた。

 

 だがそれでも、札を握る指だけは離さなかった。

 

「まだ立ちますか」

 

 ミザールは、まるで舞台でも眺めるように口角を上げる。

 

 その背後では、なおも無数の贋作武器(がんさくぶき)が生成され続けている。

 

「ですが、これが現実ですよ」

 

 彼はため息交じりに紫煙を吐き出す。

 

「今の時代、本物が贋作(がんさく)駆逐(くちく)されるなど、珍しい話ではない」

 

 飛来した短剣を札で弾きながら、カグヤは鋭く(にら)み返した。

 

「……だから、何だと?」

 

「むしろ、その方が効率的ですからねぇ」

 

 ミザールが肩を竦める。

 

「時間も手間も削減できる。大量生産も可能。質さえ似せれば、人間は満足する」

 

 再び武器群が放たれた。

 

 カグヤは《(ふう)》で軌道を逸らし、《(ほう)》で数本を拘束する。

 

 しかし、全ては防ぎ切れない。

 

 呪槍(じゅそう)が脇腹を(かす)め、毒刃(どくじん)が脚を裂いた。

 

 膝が沈む。

 

 それを見下ろし、ミザールは愉快そうに(わら)った。

 

「分かりますか? これは謂わば“進化”なんですよ」

 

「進化……?」

 

「貴方たちのような職人文化は、いずれ時代に淘汰(とうた)される。非効率で、無駄が多いから」

 

 カグヤは荒い息を吐きながら、ゆっくり立ち上がる。

 

 血が床へ(したた)り落ちる。

 

 それでも、その瞳だけは死んでいない。

 

「……無駄、ですって?」

 

「ええ」

 

 ミザールは即答した。

 

「だってそうでしょう? “想いを込めて作りました”など、購入者からすれば知ったことではない」

 

 空中で回転していた魔剣が、一斉に切っ先を向ける。

 

「結果さえ同じなら、安く、早く、楽に作れる方が優れている。それが市場原理(しじょうげんり)です」

 

 暴風のような武器群が、三度放たれる。

 

 カグヤは札を切り裂くように放ち応戦する。

 

 《穿(せん)

 

 紫の槍が一直線に走り、数本を撃ち落とす。

 

 しかしその直後、レイピアが肩を貫いた。

 

「っ……!」

 

 血飛沫が(ほとばし)る。

 

 ミザールは、その様子を見て、さらに笑みを深める。

 

「おやおや。またまた、図星でしたか?」

 

「……違う」

 

 カグヤは肩を押さえながら、ゆっくり顔を上げた。

 

「偉そうに……何も知らないくせに語るな……!」

 

 静かな声だった。

 

 だが、その奥には確かな怒りが宿っている。

 

「たとえ小さな品でも、そこには作り手の想いが宿る」

 

 脳裏に浮かぶのは、東方で出会った職人たちの顔だった。

 

「私の知る職人さんたちは、皆そうでした」

 

 頑固者で常に不機嫌そうな顔をしていた刀鍛冶も。

 

 札紙を()いていた優しい顔の老人も。

 

 欠けた器を、何日も掛けて修復していた工芸師も。

 

 皆、不器用なほど真剣だった。

 

 利益だけではない。

 

「誇りを持って、己の魂を刻み込む。その想いがあるから、人は文化を愛するのです」

 

 一瞬、ミザールがきょとんと目を瞬かせた。

 

 そして――。

 

「く、ふふ……あははははッ!」

 

 腹を抱えるように笑い始めた。

 

「想い? 魂?」

 

 ケラケラと(わら)いながら、涙すら浮かべる。

 

「本気で言っているんですか?」

 

 次の瞬間、ミザールの背後に浮かぶ無数の武器が、一斉に唸りを上げた。

 

 カグヤは《(こう)》で障壁を張るが、またしても砕け散る。

 

「馬鹿馬鹿しい。さっきも言いましたがねえ、人は目に見えないものなど評価しませんよ」

 

 ミザールは(わら)ったまま、指を鳴らす。

 

「特に“職人の想い”などノイズでしかない」

 

「……ッ!」

 

 カグヤの瞳が細まった。

 

 血に濡れた指が、一枚の札を取り出した。

 

 今までの札とは違う。古びているのに、異様な気配を放つ一枚。

 

 それを見た瞬間、ミザールの目に興味の光が宿った。

 

「ほぉ?」

 

 彼女が初めて見せた札だったからだ。

 

 対するカグヤは、札を見つめたまま小さく呟く。

 

「……この力だけは、使いたくありませんでしたが」

 

 その声音に、初めて“覚悟”が(にじ)んだ。

 

 ミザールは数秒沈黙し――次の瞬間、吹き出した。

 

「まだやるつもりですか」

 

 呆れた溜息(ためいき)と共に、紫煙が膨れ上がる。

 

 彼の周囲にも、同じ札が生成されていく。

 

 カグヤが取り出した札と同じものが、十、二十と増殖していく。

 

「無駄ですよ。どんな切り札だろうと、ボクの《贋作(フォージェリー)》で再現できる」

 

 そのうちの一枚を、同じように手に取って構える。

 

「本物も贋作(がんさく)も、結局は同じ。その現実を、身を以て知るといいでしょう」

 

 ミザールは勝利を確信したように(わら)う。

 

 カグヤは、静かに目を閉じた。

 

 そして――ゆっくりと札を構える。

 

 数秒間の静寂が、通路を支配した。

 

 まるでそこだけが、時間と空間の流れから切り離されたように。

 

 先にその静寂を破ったのは、カグヤだった。

 

「――《■■》」

 

 札が放たれる。コンマ数秒遅れて、ミザールも叫ぶ。

 

「これで終わりですッ!」

 

 刹那(せつな)、ミザールの札だけが強烈な紫光を放った。

 

 対して、カグヤの札は――。

 

 ――何も起きなかった。

 

「……は?」

 

 一瞬、空気が止まる。そして数秒の間を開け、ミザールの口元が大きく吊り上がった。

 

「……あ、はは。はははははははッ!」

 

 地下四階に、勝利を確信した哄笑(こうしょう)が響き渡る。

 

「なんですか、それは! まさか不発⁉ 切り札がッ⁉」

 

 ミザールは腹を抱え、大口を開けて笑う。

 

「自滅覚悟だの、奥の手だの、大層な前振りをしておいて――結局は失敗ですかァ⁉」

 

 札の光が、空間全体へと広がっていく。

 

 脈打つような紫光。禍々しい魔力。

 

 地下四階そのものが、悲鳴を上げるように震えていた。

 

 これだけの術式。直撃すれば、間違いなく終わる。

 

 ミザールは勝利を確信していた。

 

 ――だが、しかし。

 

「そうだ。言い忘れていましたが――」

 

 不意に、カグヤの血に濡れた口元が、妖しく歪んだ。

 

「その術、本当は未完成なんですよ」

 

「…………は?」

 

 間抜けな声だった。さっきまでの余裕が、一瞬で消える。

 

 カグヤは、くすりと(わら)った。

 

「この札の能力は、発動者が完全に制御し続けなければ暴走するんです」

 

 ぞわり、と。ミザールの背筋を悪寒(おかん)が走る。

 

 暴走。その言葉が何を意味するのか――。

 

「……な」

 

 彼は即座に札を握り潰そうとした。

 

 だが、潰れない。光も止まらない。

 

 術式が、勝手に膨れ上がっていく。

 

「な、なんで……!」

 

 札から(あふ)れ出した紫煙が、空間全体へと拡散する。

 

 ――ぼこっ。ぼこぼこっ。ぼこぼこぼこっ――!

 

 煙が脈動し、次々と“何か”を生み出していく。

 

 黒服。呪具。魔剣。偽クラド。偽ミリス。

 

 今まで複製してきた全てが、制御不能なまま溢れ返っていた。

 

「暴走したが最後、術師にも牙を剝く」

 

 カグヤは壁に身体を預けながら、静かに告げる。

 

「私の能力は、まだまだ未熟。完全な制御ができない……だから使いたくなかった」

 

 そこで一度、首を横に振って訂正した。

 

「いえ――使わなかった、が正しいですかね」

 

「ま、待っ――!」

 

 ミザールが手を伸ばす。

 

 しかし次の瞬間、黒服が振るった呪鎖(じゅさ)が、彼自身の腕に絡み付いた。

 

「ぎっ⁉」

 

 更に、背後から現れた偽クラドの羽ペンが脇腹を貫く。

 

「ぁ、が……!」

 

 そこへ追撃するように、魔導杖(まどうじょう)の雷撃が炸裂した。

 

 紫電が爆ぜ、ミザールの身体が床を転がる。

 

「な、なんで……! こんなの聞いていない!」

 

 ミザールは半狂乱になりながら、《贋作(フォージェリー)》で《贋作(フォージェリー)》を相殺(そうさい)し始めた。

 

 だが、もう遅い。

 

 複製。

 

 複製。

 

 複製。

 

 制御を失った能力が、際限なく自身を喰い潰していく。

 

「や、やめろ……ボクは、《四天鑑定(してんかんてい)》のミザールだぞ⁉」

 

 しかし贋作(ニセモノ)には聞こえない。黒服の蹴りが、顔面に叩き込まれる。

 

 鼻血が舞う。

 

 更に呪鎖(じゅさ)が脚に絡み付き、床へ引き()り倒す。

 

「ぐ、ぁぁぁぁぁッ!」

 

 さっきまでの優雅さは、もうどこにもない。

 

 ただ無様に()い回り、泣き叫ぶだけの男がそこにはいた。

 

 そんな彼を見下ろしながら、カグヤは(あや)しく微笑(ほほえ)む。

 

 血に濡れた唇が、三日月のように歪んだ。

 

「あら」

 

 その声音(こわね)は、妙に優しかった。

 

「自分で言っていたじゃありませんか」

 

 ゆっくりと札を指先へ挟み、ふふっと笑みが(こぼ)れる。

 

「“見たものなら、なんでも複製できる”って」

 

「き、貴様ァァァ――!」

 

 瞬間、ミザールの顔が怒りでどす黒く染まった。

 

「異国民の分際でェェェ——ッ! 知った風な口を利くんじゃあねェェェ——ッ!」

 

 絶叫と同時に、暴走した紫煙が一斉に膨れ上がった。

 

 地下四階そのものが吹き飛びかねない規模。

 

 だが、カグヤは静かに、一枚の札を構えた。

 

「……もう、終わりです」

 

 指先が滑る。

 

「――《穿(せん)零式(ぜろしき)》」

 

 音すら置き去りにして、紫の閃光が走った。

 

 一直線。ただ、それだけ。

 

 しかしその一撃は、暴走する紫煙ごとミザールの胸を貫いていた。

 

「――ぁ」

 

 時間が止まる。

 

 次の瞬間、ミザールの身体が、内側から崩れるように紫煙へと還っていく。

 

 指先。腕。顔。

 

 最後まで、彼は信じられないものを見るような目をしていた。

 

「ぼ、く……が……贋作(がんさく)、なんかに……」

 

 そして、霧散する煙を背に、その場で崩れ落ちた。

 

 再び、静寂が走る。

 

 崩壊しかけた地下空間で、カグヤは小さく息を吐いた。

 

 血は流れ続けている。毒も、まだ抜けていない。

 

 それでも彼女は、静かに呟いた。

 

「……よく覚えておきなさい」

 

 誰に向けた言葉なのか。

 

 もう答える者はいない。

 

「どうせ見るのなら、その時にしっかりと“本物”のことを理解するといいわ」

 

 その直後だった。

 

 ゴォンッ!

 

 更に下――地下五階から、凄まじい轟音(ごうおん)が響いた。

 

 床が揺れる。

 

 まるで巨大な怪物同士が激突したかのような衝撃だった。

 

 カグヤの瞳が、僅かに揺れた。

 

「……クラド殿」

 

 その名を、小さく呟いた。

 

「どうか、ご武運を」

 

 限界を迎えた身体が、ゆっくりと膝をつく。

 

 揺れる紫煙の中。地下深くの戦いだけが、まだ終わっていなかった。

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