無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
エレベーターが止まった。ゆっくりと扉が開く。
その瞬間、明らかに空気が変わった。
「……なんだ、ここ」
思わず声が漏れた。
地下五階も、なにかが展示されているのは、他の階と変わらない。
けれど、今までのそれとはまるで別物だった。
並んでいる品の数は少ない。その代わり、一つ一つの“圧”が異常だった。
黄金の剣。古びた魔道書。王冠。
そして、黄金の額縁に飾られた絵画が数十枚――。
どれも静かに鎮座している。ただそれだけ。
なのに、見ているだけで息が詰まる。
値段だとか価値だとか、もはやそういう次元の話じゃない。
ここにあるのは、国が滅んでも残る類の品だ。
「この奥に……あるの……?」
隣でミリスが呟く。灰色の瞳孔が震えている。
視線の先には、さらに暗い通路が続いていた。
星涙石も、カグヤの貨物も。
きっとこの暗がりの向こうに、全てが保管されている。
今になって、ヴェルカの言葉が蘇って来る。
『今の私達は、悪魔の胃袋の中にいるようなもんだ』
恐怖で足が竦む。けれど、オレはそれを武者震いだと思い込んで突き進んだ。
堂々と、震える足を一歩ずつ前に出して。
だが突然、背筋に妙な悪寒が走った。
「……誰かいる」
ミリスがぽつりと呟いた。目を
そして――向こうの人影の眼が光った。
「ようやく来たかァ」
獣の唸り声のような低い声が響く。
そこから、巨大な人影が歩いてくる。
一歩。
また一歩。
床を踏みしめる度に、軽い地響きが起こる。
やがて燭台の灯りに照らされた瞬間、俺は息を呑んだ。
――デカすぎる……!
最初に浮かんだ感想は、それだけだった。
短い金髪。
首には鎖みたいな金のネックレス。指には宝石だらけの指輪。
その全身を、無理矢理黄金の鎧で包んでいる。
だが一番異常なのは、そのはち切れんばかりに鍛え抜かれた筋肉だった。
鎧の隙間から覗く腕が、人間の太さじゃない。
丸太のようだ。あんなもので殴られたら、骨ごと潰される。
「おォ? 何だ、オレ様の相手はこのチビ共かァ?」
男は露骨につまらなそうな表情を浮かべる。
だが次の瞬間には、金歯をギラつかせながら笑った。
「まァいい。丁度退屈してたんでなァ、ちょっとだけ遊びに付き合ってくれよなァ」
言いながら、男は指の骨をボキボキと鳴らす。
その音に交じって、宝石同士が擦れる耳障りな音が響く。
「悪いけど、俺たちにそんな暇はない」
「知らない人と遊ぶなって、ヴェルカが言ってた」
ミリスが僅かに眉を寄せる。
工具袋を握る手に、じわりと汗が滲む。
理由は分からない。けれど――。
コイツと真正面から戦ったら、死ぬ。
そんな予感だけが、頭から離れなかった。
男は、そんな俺たちを見下ろしたまま、愉快そうに口角を吊り上げる。
「知らない人、だったかァ?」
金歯が灯りを反射する。
「だったら覚えとけ。オレ様は《
男が両腕を広げた。
首元の宝石が擦れ合い、耳障りな音を立てる。
「《
次の瞬間。視界から、ガノックの巨体が消えた。
「――ッ!」
考えるより先に、身体が動いていた。
工具袋に手を突っ込み、掴んだバールを引き抜く。
《
握った瞬間、鉄の重みが変わる。
いける。そう思った。
だが――。
振り下ろされる拳を見た瞬間、背筋が凍った。
――無理だ。
受けたら死ぬ。
俺は反射的に床を蹴った。
身体を投げ出すように、横に転がる。
直後、俺がいた場所にガノックの拳が落ちた。
床が砕けた。
いや、砕けたなんてものじゃない。
隕石が衝突したような、大きなクレーターがそこにはあった。
衝撃が遅れて通路を走る。
展示棚が揺れ、王冠が床に転がった。
吹き抜けた風圧で、俺の手にあったバールの先端が消えた。
「……は?」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
折れたんじゃない。
削り飛ばされていた。
衝撃波が擦った、ただそれだけで。
「おいおい、今の避けんのかよォ」
ガノックが笑う。
その顔には、本気で感心した色が浮かんでいた。
「ゴキブリみてェな勘してんなァ、小僧」
言うなり、再び床を蹴る。
重い。
ただ踏み込んだだけなのに、空気そのものが押し潰される。
「クラド!」
ミリスの声。
次の拳が迫る。
速い。
巨体に似合わないとか、そんな次元じゃない。
砲弾だった。
俺は崩れた展示棚を蹴り、無理矢理距離を取る。
直後、背後で黄金の鎧が吹き飛んだ。
展示品だったのか、壁へ叩き付けられた瞬間、紙みたいに潰れる。
「逃げてばっかじゃ、面白くねェぞォ!」
ガノックが笑いながら拳を振るう。
その余波だけで、額縁が砕けた。
飾られていた絵画が裂け、破片が吹雪みたいに舞う。
こいつ――。
展示品を、全く気にしていない。
「ミリス!」
「分かってる!」
空気が歪む。
次の瞬間、崩れた棚が宙へ浮いた。
ミリスの重力操作だ。
何十枚もの展示板が、壁みたいに重なってガノックへと殺到する。
しかし――
「邪魔だァ」
ガノックは止まらなかった。
拳を振るう。
それだけで、展示棚がまとめて弾け飛ぶ。
木片と金属片が、暴風に乗って通路を吹き抜けた。
「うそ……」
ミリスの顔が青ざめる。驚くくらい、絶望に染まっていた。
俺も同じだった。思った通り、格が違いすぎる。
グラン・モルドだとか、この前の黒服だとか、そんなものとは比べものにならない。
目の前にいるコイツは、もっと根本的におかしい。
「何でそんな体で動けるんだよ……!」
あまりの理不尽に、思わず叫ぶ。
するとガノックは、待ってましたと言わんばかりに笑った。
「簡単な話だァ」
首元の金鎖を掴み、乱暴に引き千切る。
それを、そのまま床へ落とした。
瞬間、地下が揺れた。
鎖一本落ちただけで、石床が大きく沈み込む。
「オレ様の《
ガノックが歯を剥き出しにする。
「価値を、“重さ”に変える能力だ」
指輪を鳴らす。
宝石が嫌な音を立てた。
「高ぇモンほど重くなる。つまり――」
ガノックが拳を握り、黄土色の眼をギラリと輝かせた。
「オレ様は、“国”で殴ってんだよォ」
その言葉と同時に、ガノックが踏み込んだ。
床が沈み、巨体が消える。
次の瞬間には、もう目の前だった。
「ッ――!」
反射で工具袋を漁る。
手に触れた物を、片っ端から引き抜いた。
《
そして、思い切り振り抜く。
だが、拳とぶつかるより先に金槌が歪んだ。
鋼鉄の頭が飴みたいに潰れ、破片が散る。
その奥から、拳がそのまま迫って来た。
「速ッ――!」
転がるように避ける。
直後、背後の壁が抉れた。
石材が砕け、棚ごと吹き飛ぶ。
空中に舞った金貨が、弾丸みたいに頬を掠めた。
「ほらほらァ! 次のオモチャを出せよ、小僧ォ!」
笑いながら、また拳が飛んでくる。
滅茶苦茶だった。
技も構えもない。
ただ真正面から殴ってくるだけ。
それだけなのに、一発ごとに景色が壊れていく。
「う、うわぁぁぁ!」
《錆びたスパナ:90G → 精密整備レンチ:1600G》
《
《欠けたドライバー:40G →
恐怖で自棄になりながら、とにかく次々に強化して投げつける。
だが全部、意味がない。
スパナは拳圧でへし曲がった。
釘は届く前に床へ叩き落とされる。
ドライバーなんか、風だけで消えた。
「弱ぇなァ! その程度かァ!」
ガノックが雄叫びを挙げ、拳が振られるたびに、展示品が砕ける。
黄金の額縁が真っ二つになった。
王冠が潰れて、宝石が壁にめり込む。
国宝級の品々が、空き瓶みたいにグチャグチャに壊れていく。
「クラド!」
ミリスが叫んだ次の瞬間、身体が横に引っ張られた。
その直後、さっきまでいた場所を拳が通過した。
風だけで息が止まりそうになる。
「ミリス、下が――」
言い切る前に、瓦礫が飛んできた。
避けきれない。
額に直撃した瞬間、視界が白く弾けた。
「が……っ!」
身体が吹き飛ぶ。床に転がった拍子に、腰の工具袋が外れた。
ガシャリと音を立てて、中身が散乱する。
「あ――」
思わず手を伸ばす。
だが、その手が届く前に、ガノックの巨大な足が落ちた。
工具袋ごと、床が陥没する。
袋も工具も、全部まとめて潰れた。音もなく、陥没した床の底に沈んでしまった。
まるで虫でも踏み殺したみたいに。慈悲すらなかった。
「おっとォ。悪ぃ悪ぃ」
ガノックが肩を竦め、嫌な嘲笑を浮かべた。
「大事な商売道具だったかァ?」
頭の中が真っ白になった。
別に、工具に対して愛着があったわけじゃない。
けど、あれがなきゃオレは、戦えない。
価格操作だけじゃ意味がないんだ。
“元になる物”がなければ、俺は何もできない――。
「終わりかァ?」
ガノックが笑う。黄金の歯が、薄暗い灯りを反射した。
その時だった。
ふわり、と身体が浮く。
「ミリス? 何を――」
「逃げる」
即答だった。ミリスは俺の腕を掴んだまま、後方へ跳ぶ。
「ま、待――」
「喋らないで」
その声は妙に冷静だった。
直後、背後の棚が浮かび上がり、通路を塞ぐように倒れた。
さらに額縁。鎧。石像。
片っ端から宙に浮かび、ガノックの行く手を阻むバリケードになった。
だが、バリケードの奥でガノックの笑い声が響く。
「どこへ行くんだァ?」
拳の軋む音が響いた、次の瞬間。
積み上がった展示品が、一瞬で吹き飛んだ。
黄金の鎧が紙みたいに裂ける。
額縁が砕け、絵画が宙を舞う。
それでもミリスは止まらず、さらに次の棚を飛ばす。
通路を曲がる。
また塞ぐ。
その度に、後ろから破壊音が迫って来る。
まるで巨大な怪物に追われているみたいだった。
「ッ……!」
息が切れる。肺が痛い。
なのに、後ろの足音は全然遠ざからない。
一歩ごとに床が震える。魔物の咆哮のような破壊音が、ゆっくりと迫って来る。
「次は鬼ごっこかァ? 逃げれるもんなら、逃げてみやがれよォ」
歩みは遅い。けれど、殺意の塊は確かにすぐそこまで接近していた。
完全に遊ばれている。わざとやっているんだ。
やがて、通路が途切れた。
「……っ」
行き止まりまで来てしまった。
逃げられそうな場所はどこにもない。振り返れば、ガノックの影がある。
辺りを見渡せば、崩れた展示棚。
散乱した美術品。
ガラス片みたいに粉々になった宝石の欠片。
まともに使えそうな物は、もう残っていない。
その奥から、ガノックが余裕の笑みを浮かべたまま現れた。
「鬼ごっこ終わりだァ、ガキ共ォ」
オレは息を呑んだ。
武器はない。
逃げ場もない。
もう、どうしようも――。
その時だった。隣で、ミリスが一歩前へ出た。
小さな背中だった。
けれど、不思議と震えてはいなかった。
「ミリス駄目だ! 俺の後ろに――」
「嫌だ」
俺の言葉を遮って、ミリスは真っ直ぐガノックを睨み付けた。
なんでこんな時に限って――。
「なんだ小娘? 一体、何の真似だァ?」
ガノックが見下ろしながら首を傾げる。
圧だけで、さっきより何倍も大きく見える。
正直、グラン・モルドよりも大きい。何もかも、アレ以上だ。
だがミリスは、小さい体を震わせながら、奴を睨み続けていた。
「……したから」
「声が小さくて聞こえねえなァ?」
耳に手を当てながら、ガノックが嫌味ったらしく訊き返す。
その時、ミリスの髪がふわりとなびいた。
「約束したから! クラドは、私が守る!」
腹の底からミリスが叫んだ。
ガノックはそれを聞いて、腹を抱えて笑った。
「守るだァ? テメェが、そのチビを?」
黄金の歯を剥き出しにしながら、一歩前へ出る。
同時に、ミリスの指先が散らばった宝石の欠片に向けられた。
そして俺は垣間見た。
追い詰められてなお、ミリスが“何かを企んでいる”顔を。