無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第18話 《重量級》なアイツをぶっ潰せ!

 ミリスが前へ出た直後だった。

 

 ガノックの拳が、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく振り下ろされる。

 

 床が()ぜた。

 

 砕けた石片が雨みたいに降り注ぐ。

 

 だが、その中心にミリスはいない。

 

 小さな身体が、紙みたいにふわりと浮き上がっていた。

 

「おォ?」

 

 ガノックが口角を吊り上げる。

 

 次の瞬間には、もう二撃目が飛んでいた。

 

 横薙ぎ。拳圧だけで通路脇の展示棚が吹き飛ぶ。

 

 黄金の皿が宙を舞い、砕けた宝石が火花みたいに散った。

 

 その間を、ミリスが滑るように避ける。

 

 攻撃はしない。ただ、逃げる。

 

 右へ。左へ。時には壁際すれすれに。

 

 拳が届く寸前だけ、身体を浮かせて軌道を逸らす。

 

 まるで、巨大な獣から逃げる子兎のようだ。

 

「どうしたァ、小娘ェ!」

 

 ガノックが笑う。

 

「さっきの啖呵(たんか)はその程度かァ⁉」

 

 返事はない。

 

 ミリスはただ、必死に避け続けていた。

 

 当然だ。ミリスの力はあくまで補助寄りだ。

 

 少なくとも、ガノックみたいな化け物を倒せるほどの力はない。

 

 ――けど。逃げ回りながら、ミリスは何度もこっちを見ていた。

 

 焦ったように。

 

 急かすみたいに。

 

 その意味に気付いた瞬間、背筋が冷えた。

 

(まさか……)

 

 コイツ、自分を(おとり)にして、俺だけ逃がすつもりか?

 

「ふざけんなよ……」

 

 そんなこと、できるわけがない。

 

 歯を食いしばりながら、俺は周囲を見回す。

 

 行き止まりの空間。

 

 崩れた棚。砕けた額縁。

 

 床には宝石や金細工の残骸(ざんがい)が散乱している。

 

 どれもガノックに破壊された高級品だ。

 

 けれど、《価格表示》はまだ消えていなかった。

 

 《砕けた蒼玉(そうぎょく):120,000G》

 

 ――欠片でも、宝石は宝石か。

 

 その瞬間、閃いた。

 

 その表示を見た瞬間、脳裏に電流が走った。

 

 待てよ――。

 

 俺は今まで、“価値を上げる”ことしか考えてなかった。

 

 これまでずっと、それだけを考えていた。

 

 じゃあ逆はどうだ? 

 

 価値を――下げたら?

 

「……っ!」

 

 心臓が跳ねた。

 

 吉と出るか凶と出るか。とにかくここは、試すしかない。

 

 視線を走らせる。

 

 狙うのは、ガノックの右手。宝石だらけの指輪。

 

 さっき自慢していた、“城が建つ”ほど高価な代物。

 

 ガノックがミリスへ拳を振り抜いた瞬間、俺は能力を叩き込んだ。

 

 《王宝石(おうほうせき)の指輪:32,000,000G → 模造ガラス指輪:80G》

 

 次の瞬間。

 

 パキン、と乾いた音が響いた。

 

「――あァ?」

 

 ガノックの指輪が砕ける。

 

 リングの部分が耐え切れず、粉みたいに弾け飛んだ。

 

 ――成功した!

 

 価値を、下げられた。

 

「クラド……!」

 

 ミリスが目を見開く。

 

 だが、その直後だった。

 

 ガノックの姿が、急にぶれた。

 

「――え?」

 

 速い。さっきまでより、明らかに。

 

 ミリスの身体が掠める。

 

 銀髪が数本、宙に舞った。

 

「惜しいなァ、小娘ェ」

 

 ガノックが(わら)う。その笑みに、嫌な確信が混じっていた。

 

「なるほど。テメェ、価値をイジったなァ?」

 

 嫌な汗が流れる。

 

 ガノックは砕けた指輪を見下ろし、肩を揺らした。

 

「だがよォ――」

 

 拳が、今まで以上の速度で振り抜かれる。

 

 空気が裂け、ミリスの身体が、そのまま壁へ叩き付けられた。

 

「ミリス!」

 

「が……っ」

 

 壁に亀裂が走る。

 

 それでもミリスは倒れない。

 

 ふらつきながら、また浮き上がる。

 

 その姿を見ながら、ガノックは楽しそうに笑った。

 

「勘違いしてるみてェだから教えてやるよォ」

 

 奴は、自分の首を鳴らした。

 

「この装飾品はなァ、武器でもあるが――」

 

 黄金の歯が、ぬらりと光る。

 

「同時に、“重り”でもあるんだよ」

 

 ガノックは笑いながら、残った指輪を次々と外していく。

 

 指輪だけじゃない。宝石のついた腕輪も。肩の装飾品も。

 

 外套(コート)に付いた黄金の留め具すら、鬱陶(うっとう)しそうに床へ捨てる。

 

 その度に、床が沈んだ。

 

 石畳が悲鳴を挙げながら捲れ上がる。

 

「や、やめろ……」

 

 思わず声が漏れた。本能が警鐘を鳴らしている。

 

 これ以上軽くなったら、コイツは今以上に速くなる。

 

 さすがのミリスでも、避け続けられるかどうか――。

 

「いやぁ、久々だなァ……」

 

 ガノックが肩を大きく回す。

 

 筋肉の擦れる音が、鎧越しに響く。

 

 まるで金属を擦り合わせているような、耳障りな音だった。

 

「それじゃあ、こっからはスピード勝負と行こうか――子兎共!」

 

 直後、奴の姿が消えた。

 

 次の瞬間には、ミリスの眼前に拳があった。

 

「ッ――!」

 

 避けた。だが完全じゃなかった。

 

 頬を掠めただけで、背後の壁が消し飛んだ。

 

 衝撃でミリスの銀髪が散り、身体が空中で大きく崩れた。

 

「ミリスッ!」

 

「まだ……平気……!」

 

 そう言った直後、ミリスの膝が空中で震えた。

 

 それでもミリスは、必死に宙を蹴ってガノックをおびき寄せる。

 

 ガノックはそんな姿を見て、心底楽しそうに嗤った。

 

「いいぞいいぞッ! それでこそ、狩りがいがあるってもんだァ!」

 

 拳が走る。床が砕ける。

 

 また展示棚が吹き飛び、黄金や宝石の破片が辺りに散乱する。

 

 金片が靴底に踏み潰される。王冠だったものが、ゴミのように踏み潰されていた。

 

 中にはさっきガノックが外した指輪だったものまである。

 

 見境がない。どれだけ価値があろうと、コイツの眼中には獲物しか映っていない。

 

 ――いや、待てよ。

 

 獲物しか眼中にないなら――。

 

「ミリス!」

 

 気付けば俺は叫んでいた。

 

 ミリスが空中で振り返った。

 

「あとで説明する! とにかく、周りの瓦礫(がれき)を浮かせてくれ!」

 

「……?」

 

 怪訝そうな顔を浮かべたが、しかしミリスは何も訊き返さなかった。

 

 代わりに、小さく頷いた。

 

 それで充分だった。俺は床に転がっていた金の破片を掴んで、

 

「何だ小僧? 構って欲しく――」

 

 投げる。また投げる。

 

 半ばやけくそ気味に、とにかくその場にあった高価な破片を片っ端からぶん投げた。

 

 砕けた王冠。黄金の燭台。ひしゃげた装飾板。ガノックの指輪――。

 

 どう見ても、だたの悪あがきにしか見えなかった。

 

「馬鹿だなァ」

 

 ガノックが鼻で笑い、飛んで来た破片を拳で粉砕した。

 

 拳に触れる度に、金片が霧のように散る。

 

 さらに、ミリスが浮かせた瓦礫もまとめて殴り壊す。

 

 全く効果がない。ただただ俺たちが消耗していくだけだ……。

 

「そんな攻撃、痛くも痒くもねェ!」

 

「うるせぇ! 黙って喰らえッ!」

 

 それでも俺はさらに投げる。

 

 ミリスもガノックの攻撃を避けながら、床の瓦礫を追尾弾のように放つ。

 

 もう滅茶苦茶だった。

 

 狙いなんかない。

 

 手当たり次第に投げる。

 

 壊れた王冠も、金杯も、ガノックの指輪だったものまで。

 

 ガノックはそれを嘲笑しながら、豪快にそれを叩き落としていく。

 

 拳が振るわれる度に、金粉と宝石片が宙を舞う。

 

 その間を、ミリスがギリギリで避け続ける。

 

 まるで嵐の中にいるようだった。

 

「つまらねぇなァ! そんなゴミを投げて、何が変わるってんだァ?」

 

 ガノックの咆哮と共に、超高速で破壊が撒き散らされる。

 

 その度に投げたものが粉々に砕けて、奴の服に張り付いた。

 

 ズボンにも、肩にも。服に付いた埃のように。

 

 だが本人は全く気にしていない。

 

 そして最後に、俺は床に転がっていた額縁を掴んだ。

 

「今度こそ……!」

 

 全てを賭けるつもりで、真っ二つに割れた黄金の額縁の価値を変える。

 

 《破損した黄金額縁:76,000G → 投擲用(とうてきよう)ブーメラン:900G》

 

 手の中で、微かに感触が変わった。

 

「――行っけぇぇぇぇぇ!」

 

 全力で投げたそれは、綺麗な()を描いてガノックの首へ肉薄した。

 

 しかし、ガノックはそれを片手で掴み取ってしまった。

 

「――だからよォ、何度言わせりゃ気が済むんだァ?」

 

 ミシ、と額縁が握り潰される。

 

「オレ様に、こんなオモチャは効かねえんだよォ!」

 

 少し力を込めただけで、額縁が金の石ころに変わった。

 

 雨のようにパラパラと降り注ぐ。追い詰められた俺たちを嘲るように――。

 

「これが現実って奴だ、小僧。力こそが全て、強ぇ奴が一番偉い」

 

 ガノックは心底愉快そうに笑う。

 

 その瞳は、獲物を前にした猛獣のように爛々(らんらん)と輝いていた。

 

「つまり、オレ様こそがこの世の全て! いずれはアルベリオもぶっ殺して、ゴールド・スケイルの頂点に立つッ!」

 

「……なん、だって……?」

 

「この《重量級(ヘヴィークラス)》のガノック様こそ、この世を統べる“最強”に相応しいんだよォ!」

 

 狂ってやがる。なのに、あの目は一切笑っていなかった。

 

 耳鳴りがするほど、高らかに笑ってやがる。

 

 それにつられたのか、俺はふっと笑ってしまった。

 

「――確かに。アンタの能力はすげぇよ。正直、勝てる気がしない」

 

 本音だった。真正面から正々堂々とやりあって勝てるワケがない。

 

 俺の言葉に、ガノックの口角が吊り上がる。

 

「今更命乞いかァ?」

 

 俺は答えない。ただその代わりに、奴の手の中を指差した。

 

 手の中には、握り潰した黄金のブーメランが残っている。

 

「でも――」

 

 心臓がうるさいくらい鳴っている。それでも、無理矢理笑った。

 

 清々しいくらいに、言ってやった。

 

「流石のアンタでも、そんな“ゴミ”まで重くすることは出来ないだろ?」

 

 一瞬、空気が止まった。ガノックの顔から笑みが消える。

 

「その額縁、壊れていても七万Gはするらしい。アンタが壊した展示品にも、まだそれなりの価値がある」

 

「……何が言いてぇ?」

 

「別に? ただ、事実を言っただけだ」

 

 気を抜けば声が裏返りそうだった。

 

 それでも、口が止まらなかった。

 

「価値を重さに変えられるなら、それくらいできて当然なんじゃあないのか?」

 

 刹那――ガノックのこめかみから何かが切れる音がした。

 

「テメェ……なにフカしてやがんだ……?」

 

 これまでにない殺気が溢れ出す。恐怖のあまり意識が飛びそうになる。

 

 ガノックの筋肉が膨れ上がる。また身体が大きくなった。

 

「だったら見せてやるよォ! オレ様の能力こそが、最強だってことをなァ!」

 

 言うとガノックは、全身に力を込めて叫んだ。

 

「《兆重擬我(ヘヴィー・ウェイト)》ォォォォォッ!」

 

 それと同時に、俺もガノックに向けて能力を発動した。

 

 ――いや。正確には“解除”した。

 

 次の瞬間、ガノックの身体が――沈んだ。

 

「――がッ⁉」

 

 突然両肩がガクンと音を立てて外れ、床へ引き寄せられる。

 

 続けて膝が砕けるように折れ曲がり、勢いよく床と熱いキスを交す。

 

 あまりの熱烈さに、巨体がめり込んでいく。

 

「な……ッ、ァ……!」

 

 まるで見えない山に押し潰されたように、床に溺れて悶え始めた。

 

 両腕をついて立ち上がろうと試みるも、それでも支えきれない。

 

 筋肉が軋む。骨が悲鳴を上げる。

 

 もがき足掻く度に、ガノックの巨体がさらに沈んでいく。

 

「ぐォ……な、なんだコレはァァァァァッ!」

 

 息継ぎをするように、血走った目が俺たちを睨んでは沈んでを繰り返す。

 

 その度に、金粉が埃のように舞い上がり、灯りに照らされて燦めく。

 

 言わずもがな、さっきガノックが自分で壊した高級品の残骸たちだ。

 

「作戦、成功」

 

 ミリスが荒い息を吐きながら呟く。その横で、俺も膝をつきながら笑った。

 

 心臓が壊れそうなくらい暴れてる。

 

 それなのに、不思議と怖くはなかった。

 

「アンタ――」

 

 言いながら俺は、床に落ちていた金片を拾い上げる。

 

 爪よりも小さい、ほんの一欠片。

 

 けれど《価格表示》は、まだ凄まじい価値を示していた。

 

「今まで、自分が壊した物の値段を見たことはあるか?」

 

「……ァ?」

 

 ガノックが顔を歪める。

 

 全身を押し潰す重圧に耐えながら、それでも睨み返してくる。

 

「たとえば砂金って知ってるか? 川底の泥みたいな金屑でも、集めたら莫大(ばくだい)な値段になるんだ」

 

 その横で、ミリスが静かに手を振る。

 

 すると、さっきまで宙を舞っていた破片が、ガノックの周囲に降り注ぎ始めた。

 

 金粉。宝石の欠片。ガノック自身が叩き壊した展示品の残骸たちだ。

 

 それらが全部、まるで砂鉄のように奴の身体に張り付いていく。

 

「や、やめろ……! テメェ、何をしているのか――ぐべらっ!」

 

「アンタ言ってたよな、“国で殴ってる”って」

 

 ガノックの瞳が恐怖に揺れる。その瞳を導くように、ゆっくりと天井を指す。

 

「今はその逆――アンタ自身が、自分で壊した“国”に押し潰される番だ」

 

「ま……待ってくれ!」

 

 突然、ガノックは上ずった声で鳴いた。

 

 目玉がぐらぐらと揺れていた。さっきまでの威圧感なんか、もう欠片もない。

 

「オレ様が悪かった! なァ! 謝るから! いくらでも謝るからよォ!」

 

「でもあなた、ミリスたちのこと本気で殺そうとしたでしょ?」

 

 慈悲などなかった。ミリスは大男の泣き言を遮る。

 

「そう言わずによォ! 金ならいくらでもくれてやる! 宝石でも女でも、ここにある物だってくれてやる!」

 

「だって、クラド。どうする?」

 

「どうするも何も、全部アンタが壊しちまっただろうが」

 

 それに、こんなロクでもない場所にある物なんか、死んでも受け取りたくない。

 

 それ以上に価値のある物を、既にヴェルカから貰っているから。

 

「でもそうだな……。そんなに懺悔(ざんげ)がしたいなら――」

 

 言いながら、ガノックの頭上に浮かんでいるものを見上げる。

 

 ひび割れて、焼け焦げて、半分以上が黒く煤けている。

 

 だがそれは、ガノックが破壊した中で、比較的被害が小さかった生き残りの絵画だ。

 

 中には、慈悲深い眼差しで腕を広げた女神様が描かれている。

 

 ――それは、まるで……。

 

「女神様にでも許しを乞えば、いいんじゃあないか?」

 

 最後の力を振り絞り、ミリスへ合図を送ると同時に絵画の価値を戻した。

 

 《破損した女神画:12G → 聖女レメディア原典画:980,000,000G》

 

 空気が沈んだ。女神様が、凄まじい勢いで地に()ちる。

 

「ま、待――」

 

 最後まで言い切ることはできなかった。

 

 慈愛に満ちた女神の微笑みが、ガノックの巨体ごと地面へ押し潰したからだ。

 

 石畳が砕け、金片が舞う。

 

 そして、地下五階には祈る(いとま)すら与えられなかった男の断末魔だけが残った。

 

「……アーメン」

 

 ミリスはそっと胸の前で十字架を切って、祈りを捧げた。

 

 それにならって、俺も手を組む。

 

 女神様は、命乞いを続ける男すら拒まず、広い御心で彼を抱擁した。

 

 もっとも――。

 

 その抱擁は、国一つ分の重さだったが。

 

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