無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
ガノックを倒してから、まだ数分も経っていなかった。
それなのに、何時間も戦い続けた後のように身体が重かった。
肌は焼けるように熱いし、足もまともに
地下のくせに風が吹いている。
汗ばんだ肌を撫でるたびに、傷口が鈍く痛んだ。
「クラド殿――ッ!」
通路の奥から聞き慣れた声が響いたのは、その時だった。
暗闇と同化していてよく見えなかったが、警戒する必要はない。
「カグヤ!」
ミリスが後ろを振り返り、ぱぁっと光のような笑顔を灯す。
「よかった、無事だっ――」
無事だったんだな。近付いて来た姿を見た瞬間、そこから先の言葉が
近付いて来た瞬間、血の匂いがした。
黒装束の脇腹が
腕からも血が垂れている。
これで立ってるのがおかしい。
「カグヤお前、その傷……」
「ちょっと、無茶をしてしまいましたが――問題はありません」
いや、大ありだろ。
俺たちが言えたことじゃあないけれど、ミザールって奴との戦いで相当な無茶をしたんだ。
平気そうに振る舞ってはいるが、声がわずかに震えている。
だのにカグヤは、壁に手をついて無理矢理身体を支えると、真っ直ぐ俺たちを見た。
「それよりも、すぐに奥の倉庫へ行きましょう」
「行きましょうって、そんな重傷で行く気かよ……」
「クラドが行ってくれる。カグヤは、私とヴェルカのところに戻ろ?」
「おいミリス、なに勝手に俺を一人で行かせようとしてんだ?」
「冗談」
ミリスは弱々しく笑った。
けれど次の瞬間には、ふらつくように俺の肩に寄りかかってくる。
カグヤはそんなミリスの頭を優しく撫でながら、
「気持ちは有難いです。けど、休んでいられません」
苦しそうに息を吐く。その目には、異様なほど強い覚悟が宿っていた。
無理もない。ミザールも倒して、ガノックも倒した。
目的の倉庫まで、目と鼻の先なんだ。
――行くしかない。何が何でも。
「じゃあ、行こうか」
こうして俺たちは、地下五階最奥――《
***
その扉は、既に開かれていた。
分厚い
本来なら何重もの
「…………」
奥から流れてくる空気が、妙に静かだった。
薄々勘付いてはいたけど、既に敵の手が――。
「クラド殿」
カグヤが札に手を添える。
ミリスも警戒するように両手を構え、扉の向こう側を睨む。
そして――。
「おや」
声が響いた。その瞬間、全身の産毛が逆立つような悪寒に襲われた。
広大な金庫室。積み上げられた金銀財宝の山。
その最奥、黄金で造られた玉座に一人の青年が腰掛けていた。
まるで、最初から俺たちを待っていたように、頬杖をつきながら。
「もう、ここまで来たんですか」
青年は自慢の金髪を
整いすぎた顔立ちが妙に腹立たしい。
「それにしても、予想外でした」
青年はゆっくりと玉座から立ち上がり、わざとらしく拍手を贈ってきた。
ぱち、ぱち、ぱち。感情なんて何一つこもっていない。
「まさかあのミザールとガノックを突破して来るとは」
青年は微笑む。穏やかで、紳士的な笑みだった。
「……ッ!」
カグヤの目が細まる。
青年はそれを気にした様子もなく、静かに言葉を紡いだ。
「ですが残念ながら、
「……ない?」
カグヤが、ぽつりと呟いた。その声は倉庫内の静寂に落ちていく。
気付けば彼女の指先には、既に数枚の札が挟まれていた。
「ふざけないでください」
低い声で青年を睨み上げる。
今まで聞いたことがないほど、感情を押し殺した声だった。
「私たちの貨物を、どこにやった!」
叫ぶのと同時に、札が弾けた。
《
赤熱した炎が蛇のようにうねりながら、真正面から青年を呑み込んだ。
爆炎が黄金の山を赤く照らし、熱風が頬を叩く。
けれど――。
「なるほど、これが東方に伝わる秘術ですか」
炎の中から穏やかな声が響いた。
やがて火の粉が晴れ、焦げた臭気が立ち込める中――青年は変わらず微笑を浮かべていた。
服の焦げ跡すらない。
「想像していたより、随分と甘いんですね」
言いながら、青年はスーツに付いた
能力を使ったようには見えなかった。たしかに直撃したはず。
「カグヤ、下がって」
間髪入れず、今度はミリスが両手を伸ばした。
重力で加速されたそれは、もはや雪崩と変わらない。
「この能力についても、話は聞いていますよ」
青年は、ただ片手を上げた。
次の瞬間、黄金の雪崩が青年を避けた。
「……えっ?」
ミリスの目が見開かれた。信じられないと、瞳孔が震えていた。
まるで最初から、そこに当たる予定などなかったように。財宝の
「重力を操る少女。そして少年の方が――」
――今だ。
青年が油断した隙を見て、俺は床に散らばっていた金貨を掴み取った。
《古代金貨: 120,000G →
値段はそのままに、金貨を指先で弾いた。
空気が爆ぜ、金貨が白い火線になって消えた。
速い。普通の弾丸より、数段以上も格が違う。
直撃する――そんな確信があった。
だが、青年は避けることも、防ぐこともしなかった。
「マナーがなっていませんね」
呟いた次の瞬間、放ったはずの金貨が、青年の目の前で制止した。
回転したまま。火花を散らしたまま。空中で縫い止められたように。
そして青年は、それを指先で摘まみ取り、
「人の話を
軽々と回転中の金貨の軌道を変えた。
軌道をねじ曲げられた金貨は天井を目指し、やがて暗闇の中に消えた。
――効いていない。
俺たちの攻撃が、まるで届いていなかった。
「しかし、不思議だとは思いませんか?」
青年は俺たちをじっと見据えながら、ぽつりと問いかける。
「人は、価値のために争い、殺し合い、果ては国すら滅ぼす」
まるで授業でも始める教師のような、穏やかな声音で続ける。
革靴が金貨を踏み、乾いた音が鳴る。
「そのくせ人は、“価値”をあまりにも曖昧に扱っている」
青年は、床に落ちていた宝石片を摘み上げる。
「美しいから価値がある。珍しいから価値がある。歴史があるから価値がある」
くすり、と笑った。
「実に非効率だと思いませんか?」
その瞬間、宝石が音もなく砕けた。
「人の感情など、価値の基準として脆弱すぎる」
砕けた欠片が、ぱらぱらと床へ落ちていく。
「愛、友情、誇り、信仰……」
青年は、そこで初めて俺たちを真っ直ぐ見た。
「そんな曖昧なものに
優しい目だった。
だからこそ、背筋が凍った。
「ですが“価値”は違う。数字は嘘を吐かない」
静かな声だった。
怒りも、狂気もない。
「だから私は、この世界を“価値”で統一する」
「何だって……⁉」
「曖昧な善悪も、国家も、血筋も、宗教も。全てを数値化して、等しく秩序へ組み込む」
青年は、静かに両腕を広げた。
「価値こそが、唯一絶対の平等なのですから」
――狂ってる。
なのに、その言葉には妙な説得力があった。
だから余計に質が悪い。
「そのために、《ゴールド・スケイル》は存在する」
青年は胸に手を当て、芝居がかったほど優雅に一礼した。
「改めまして。私は鑑定士ギルド《ゴールド・スケイル》会長――アルベリオ」
そして。
穏やかな笑みのまま、こう告げた。
「この王都に、“価値による支配”を
次の瞬間。ミリスの浮かせていた金塊が不自然な方向に落下した。
「――きゃあっ!」
轟音。
本来、アルベリオに直撃するはずだったそれが、軌道を捻じ曲げながらミリス自身へ矛先を変えた。
小さな身体が、黄金の波に呑み込まれる。
「ミリス! テメェ――」
「おやおや。私は、何もしていませんよ?」
嘘だ。さっきの不自然な現象といい、何かタネがある。
だがアルベリオは、ただ困った様子で肩を竦めるだけ。
そこへ、ミリスと入れ替わるようにカグヤの札が翻る。
《
三色の光が爆ぜ、空気を焼きながら奔った術式は、しかし――。
「無駄ですよ」
途中で“曲がった”。
――いや違う。向きそのものが、逸らされた。
炎が、壁に逸れた。
雷が、天井へ跳ねた。
風の刃だけが、俺の頬を掠める。
「ぐっ……!」
意味が分からない。何をされた?
どうして、カグヤの魔法――術が全部逸れた?
「クラド殿、避け――」
カグヤが言い終わる前に、その
膝から血を噴き出し、力なく倒れ込む。
「カグヤ!」
いつ斬られたのか、見えなかった。
アルベリオは俺たちの前に立ったまま、何事もなかったように
「大丈夫……です……まだ……」
大丈夫なわけがない。
ミザールとの戦いで受けた傷が、まだ塞がっていないんだ。
これ以上無理をしたら、カグヤは死んでしまう。
ミリスも、
「もう終わりですか?」
それなのに、アルベリオだけが変わらず微笑んでいた。
まるで、これからディナーショーにでも行くかのような、穏やかな顔で。
「いいや、まだだ!」
俺は叫びながら、床に転がっていた金貨を掴み取る。
二人が戦えない分、俺が引き受けるしかない。
ガノックとの戦いの時に、ミリスが自ら囮になってくれたように。
今度は俺が――。
「さっきの光景を見て、また同じ事をするつもりですか?」
アルベリオがゆっくりと近付いて来る。
コツ、コツ。と乾いた死の音が強く、大きく
「無駄ですよ。キミたち程度の力では、この私を倒すことはできません」
そんなことは分かってる!
でも、ここでやらなきゃいけないんだ。
たとえ俺の体がどうなろうと、ここで二人を守らなきゃ――。
「それでは、さようなら」
アルベリオの
――終わった。
死を覚悟して目を
「ホォォォォォォォォォ――」
「ッ⁉」
「ワチャァァァァァァァァァッ!!!!!」
俺の背後から、
目を開けると、それは脚だった。
赤いハイヒールを履いた脚が、アルベリオの顔面に直撃した。
――ドォォォン……。
蹴り飛ばされたアルベリオが、倉庫の奥へ消えていく。
そして、静寂。だがその静寂はすぐに、脚の主によって破られた。
「ヘイヘイ。わらひの可愛い愛弟子をいじめる悪い子は、どこのどいつだァ?」
酒の匂いを漂わせながら、女は脚を下ろす。
真っ赤なドレスを身に纏い、手には飲みかけのワイン瓶を丸ごと握りしめている。
そして、燃えるような赤い髪をかき上げながら、彼女は
「嘘だろ……ヴェルカ!」
「あァ? だから、ここでは『ジェーン・ドゥ』と呼べって――」
そこまで言って、ヴェルカは小さく首を振る。
「いや、どうやら私らのことバレてるし、もういっか」
場違いなくらい
全く今の状況を理解していない。
というか、状況を理解した上で、逆にそれを楽しんでやがる。
「てかお前ら大丈夫かァ? みんなボロボロじゃねえか」
「おかげさまで」
一歩でも来るのが遅かったら、本当に死んでいた。
なんであれ、ヴェルカのお陰で命拾いをしたのは事実だった。
「……ヴェルカ殿⁉」
「ヴェルカ、遅い」
鬼の居ぬ間に立ち上がったミリスとカグヤが口々に文句を
だがヴェルカは聞く耳を持たず、そっと戦闘態勢に入った。
暗がりの奥で、アルベリオがゆっくりと身体を起こす。
鼻から出た血を拭い取って顔を上げると、まるで亡霊でも見たように目を見開いた。
「あなたは……ヴェルカ!」
その時初めて、アルベリオは声を震わせた。
「……生きて、いたのですか」
「勝手に殺してんじゃあねえよ、ナマグサ坊主が」
ヴェルカは肩を鳴らし、