無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

2 / 7
第2話 本当の真価はココにある

 翌朝。目を開けた瞬間、いつもと違う気配に気づいた。

 

 狭い部屋の隅。窓から差し込む薄い光の中で、少女が静かに立っている。

 

 ミリスだ。

 

 昨夜、裏通りで買ったばかりの――。

 

 ……いや。

 

 その呼び方には、まだ慣れない。

 

「起きています」

 

 目が合うと、ミリスはすぐに言った。

 

 感情の起伏を感じさせない声。まるで、そこに立っているのが当然みたいな顔だ。

 

「……見れば分かる」

 

 頭を掻きながら起き上がる。

 

 昨夜、風呂に入れて泥を落とし、着替え代わりに自分の服を貸した。

 

 サイズは合っていないはずなのに、妙に様になっているのが少し腹立たしい。

 

「で、問題は……金がほぼ無いってことか」

 

 ぽつりと呟く。

 

 手元に残っているのは、最低限の生活費だけ。

 

 勢いで買ったはいいが、その後のことは考えていなかった。

 

 ……いや。考えても仕方がないと思っていた。

 

「ご主人様」

 

「それやめろ」

 

 即座に遮る。ミリスは一瞬だけ止まり、それから首をわずかに傾げた。

 

「では、なんとお呼びすれば」

 

「名前でいい。クラド」

 

「……クラド」

 

 少しだけ間を置いて、ぎこちなく呼ばれる。

 

 何より“ご主人様”という呼ばれ方も、まだ慣れない。

 

「とりあえず、行くぞ」

 

「はい」

 

 短い返事。それ以上の感情は見えない。

 

 ……分かりやすいくらいの“指示待ち”だ。

 

 身支度を済ませ、外に出る。

 

 朝の空気は冷たい。昨日の裏通りとは違って、まだまともな匂いがした。

 

 だがそれも、商会の建物が見えてくるまでだ。

 

「……おい、あれ」

 

「マジで連れてきてんのか?」

 

 入口の前にいた連中が、こちらに気付いて振り返る。

 

 視線が一斉にミリスへ向いた。

 

「聞いたぜクラド。お前、奴隷を買ったんだってなァ?」

 

 ひとりが冷笑混じりに言う。

 

 俺は短く答えた。隠す必要もない。

 

「ああ」

 

「ははっ、マジかよ。借金してまで趣味か?」

 

「飯どうすんだ? 二人分だぞ?」

 

「いや待て、そもそもそいつ、使えんのか?」

 

「無理だろ。顔死んでるぞ」

 

 好き勝手言いやがる。

 

 ミリスは何も言わない。ただ、じっとこちらを見ている。

 

 ……やめろ、その目。

 

「心配してくれてどうも。仕事するからどいてくれ」

 

「は? その状態で?」

 

「いやいや、まずそいつどうすんだよ」

 

 食い下がってくるが、無視して中へ入る。

 

 背後で、まだ笑い声が続いていた。

 

 ――分かってる。

 

 こいつらの言ってることは間違ってない。

 

 金もないのに奴隷を買うなんて、普通に考えれば失敗だ。

 

 それでも、手放す気はない。

 

 あの数字を見た以上、尚更な。

 

 ……いや。それだけじゃないか。

 

 そもそもの最初で、あのまま置いていく。なんて選択肢はなかった。

 

 中に入ると、いつもの雑然とした空気が迎えてくる。

 

 木箱が積まれ、売り物なのかゴミなのか分からない品が床に転がっていた。

 

 俺は慣れた足取りで奥へ進み、空いている作業台の前で止まる。

 

「……とりあえず、ここ使うか」

 

「はい」

 

 ミリスが一歩後ろで止まった。そのまま動かない。

 

 視線だけがこちらに向いている。

 

 ……完全に命令待ちだ。

 

「えっと、ミリス」

 

「はい」

 

「何かできることあるか?」

 

 荷運びでも仕分けでもいい。

 

 雑用が一つでもできれば助かる。

 

 だが、返ってきたのは予想外の答えだった。

 

「命令を、お待ちしています」

 

「いや……そういう意味じゃなくて」

 

 思わず言葉が詰まる。

 

「自分で動こうとか、ないのか?」

 

「命令がなければ、動きません」

 

 迷いのない声だった。当たり前のことを答えているだけ、そんな顔をしている。

 

 ……なるほど。これが奴隷か。

 

 言われたことだけやる。余計なことは考えない。

 

「ご主人様の役に立つことが、私の価値です」

 

「ご主人様は、やめてくれ」

 

 小さく手を振る。

 

「クラドでいいから」

 

「……クラド」

 

 ぎこちない呼び方だった。名前を呼び慣れていないのかもしれない。

 

「あと、その……価値って話だけど」

 

 少し言葉を探す。

 

「確かに、お前は俺が買った。そこは事実だ」

 

 ミリスは黙って聞いていた。

 

「でも、別に物みたいに扱うつもりはない」

 

「……物、ではない?」

 

「いや、まあ……うまく言えないけど」

 

 頭を掻く。

 

 こういうのは苦手だ。

 

「働いてもらうのは助かる。でも、“命令されるまで何もしません”は困るっていうか」

 

「困る?」

 

「俺、そんな細かく指示できるタイプじゃないし……」

 

 情けない言い方になった。だが、本音だ。

 

「分かる範囲でいいから、自分で考えて動いてくれると助かる」

 

 ミリスは少し黙り込んだ。

 

 何かを考えるように視線を落として、それから小さく口を開いた。

 

「……考えて、動く」

 

「難しかったら、少しずつでいい」

 

 別に今すぐ変われと言いたいわけじゃない。

 

「失敗しても怒ったりしないから」

 

「……はい」

 

 短く返事が返る。まだぎこちないが、さっきよりは少し柔らかかった。

 

「じゃあ、とりあえずこれ頼めるか」

 

 近くの箱を軽く叩く。

 

「中身を種類ごとに分けといてほしい。危なそうなのは触らなくていい」

 

「分かりました」

 

 ミリスはすぐにしゃがみ込み、箱の中身を確認し始めた。

 

 動きは静かで、妙に丁寧だ。俺も隣の箱に手を伸ばす。

 

 そのときだった。

 

「おいおい」

 

 背後から笑い混じりの声が飛んでくる。

 

「ちゃんと飼い主ごっこしてんじゃねぇか」

 

 同僚の男たちが、面白そうにこっちを見ていた。

 

「……別に、そんなんじゃ」

 

「昨日まで自分の飯代で困ってた奴が、急に家族持ちかぁ」

 

「そのうち“パパ”って呼ばせるんだろ?」

 

 周囲で笑いが起きる。

 

 俺は苦笑いだけ返して、箱に視線を落とした。

 

 言い返したところで、どうせまた笑われる。

 

「つーかクラド、お前マジでどうすんの?」

 

「その子の飯代だけで詰むだろ」

 

「まあ……なんとかする」

 

「雑っ」

 

 また笑いが漏れる。

 

 ミリスは手を止めず、静かに仕分けを続けていた。

 

 ただ、時々こちらを気にするように視線だけ向けてくる。

 

 ……昨日まで、一人だったんだよな。

 

 ふとそんなことを思う。

 

 裏通りの隅で、誰にも見向きもされず座っていた姿が頭をよぎった。

 

 少なくとも。あそこに置き去りにするよりは、マシだ。

 

 そんなことを考えた、次の瞬間だった。

 

 外から、何かが割れる音が響いた。

 

 乾いた破砕音。続けて怒鳴り声が飛び込んでくる。

 

「……なんだ?」

 

 店の空気が一瞬で変わった。

 

 作業していた手が止まり、従業員たちが一斉に入口を見やる。

 

 次の瞬間、商会の扉が乱暴に蹴り開けられた。

 

 激しい音と一緒に、冷たい外気が流れ込む。

 

「よう。景気良さそうじゃねぇか」

 

 入ってきたのは、五人組の男たちだった。

 

 革鎧に粗悪な剣。無精髭。酒臭い息。

 

 まともな客じゃないのは、一目で分かる。

 

 先頭の男が店内を見回し、鼻で笑う。

 

「金目のもん、全部出せ」

 

 ……盗賊か。

 

 誰かが小さく息を呑む。

 

 だが、反抗する声は上がらなかった。

 

 この商会に腕の立つ護衛なんていない。

 

 いるのは雑用係と荷運び、それに俺みたいな半端者だけだ。

 

「ま、待ってくれ! うちはそんな大した店じゃ――」

 

 店主が慌てて前に出る。

 

 だが、男はその胸ぐらを乱暴に掴み上げた。

 

「あるかどうかは、俺らが決める」

 

 そのまま突き飛ばす。

 

 店主の体が棚にぶつかり、積まれていた木箱が崩れ落ちた。

 

「ひっ……」

 

 従業員の一人が短く悲鳴を漏らす。

 

 普段俺をからかっている連中まで、顔を青くして固まっていた。

 

「お、おい……どうする?」

 

「どうするって……」

 

「衛兵呼べよ!」

 

「その前に刺されたら終わりだろ!」

 

 小声が飛び交う。

 

 だが、誰も動けない。

 

 盗賊たちはそんな反応を見て、余計に気を良くしたらしい。

 

「ほらほら、もっとマシなもん置いとけよ」

 

「これ商会っていうよりゴミ捨て場じゃねぇか?」

 

「ははっ、違いねぇ」

 

 好き勝手に笑いながら、店の中を漁っていく。

 

 棚を開け、木箱を蹴り倒し、気に入らなければそのまま床へ放り投げる。

 

 ガラクタが転がり、割れた皿の音が響いた。

 

 ……最悪だ。

 

 だが、どうしようもない。

 

 俺だって分かっている。

 

 相手は武器を持った大人だ。

 

 まともに殴り合って勝てる相手じゃあない。

 

 その時だった。

 

「……お?」

 

 一人の盗賊の視線が止まる。

 

 向いた先は――ミリスだった。

 

 白銀の髪。サイズの合っていない服。

 

 薄汚れていても、その見た目はよく目立つ。

 

 男がニヤリと口を歪める。

 

「なんだ、掘り出し物あるじゃねぇか」

 

 嫌な空気が背筋を走った。

 

 男がミリスへ近づく。

 

「おい、お前。こっち来い」

 

 まるで商品を選ぶみたいな口調だった。

 

 ミリスは動かない。ただ、こちらを見ている。

 

 ……命令待ちかよ。

 

「聞こえてんのか?」

 

 男がさらに近付く。

 

 手が伸びる。

 

 その瞬間。気付けば、俺は前に出ていた。

 

「……触るな」

 

 声は思ったより小さかった。それでも、盗賊の手は止まる。

 

「……あ?」

 

 ゆっくり視線が向いた。

 

 値踏みするような目だ。それだけで喉が乾く。

 

「なんだお前」

 

「そいつに……手ぇ出すな」

 

 言いながら、自分でも分かる。

 

 足が震えていた。

 

 怖い。

 

 まともに喧嘩なんてしたこともない。

 

 相手が本気になれば、一瞬で終わる。

 

 でも。ここで退いたら――。

 

 ミリスはまた、あの裏通りみたいな場所へ戻される。

 

 そう思ったら、体が勝手に動いていた。

 

 盗賊は一瞬ぽかんとしたあと、吹き出した。

 

「ははっ、マジか」

 

 周囲の仲間も笑い始める。

 

「お前が守んのか? その細腕で?」

 

「無理だろ、見た感じ」

 

 笑い声が店の中に広がる。

 

 後ろでは、商会の連中まで青い顔をしていた。

 

「お、おいクラド……やめとけって……」

 

「相手にすんな……!」

 

 聞こえる。でも、足は動かなかった。

 

「……どけ」

 

 盗賊が面倒そうに言う。

 

 俺は小さく首を振った。

 

 本当に、それだけしかできなかった。

 

「はぁ……」

 

 男が呆れたように頭を掻く。

 

「なら、死んどけ」

 

 次の瞬間。視界が横に吹き飛んだ。

 

 何が起きたのか理解する前に、体が床へ叩きつけられる。

 

「がっ……!」

 

 息が詰まる。

 

 頬が熱い。

 

 殴られた。

 

 たった一発で、頭の中が真っ白になる。

 

「クラド!」

 

 誰かの声が聞こえた。だが、誰も動けない。

 

 店の空気は完全に凍りついていた。

 

「さて、と。邪魔な虫も潰したし――」

 

 盗賊の男が、ミリスの腕を乱暴に掴む。

 

 痩せ細った体がぐらりと揺れた。

 

「小汚えけど、顔は悪くねえな」

 

「磨けば高く売れそうだな」

 

「性奴隷向きじゃね?」

 

 男たちが下卑た笑い声を上げる。

 

 その間も、ミリスは抵抗しない。腕を掴まれても、乱暴に引っ張られても、ただ黙ったままそこに立っていた。

 

 助けを求めることもしない。

 

 まるで、自分にそんな価値はないとでも思っているみたいだった。

 

 胸の奥が、妙にざわつく。

 

 違うだろ。

 

 そんな風に扱われていいわけがない。

 

「……勝手に決めんな」

 

 気付けば、口が動いていた。

 

 盗賊たちがこちらを振り返る。

 

 俺はふらつきながら立ち上がった。

 

 殴られた頬が熱い。膝も笑っている。正直、今すぐ逃げ出したかった。

 

 それでも、ここで目を逸らしたら、一生後悔する気がした。

 

「ミリスの価値を……勝手に決めんなよ」

 

 俺の声に、盗賊たちの笑みがすっと消える。

 

「なんだお前、まだいたのか?」

 

 呆れたように男が言う。

 

「奴隷一匹にムキになりやがって。そんなに大事なら、お前もまとめて売ってやろうか?」

 

 ゲラゲラと笑いが起きる。

 

 怖い。

 

 相手は武器を持った盗賊で、俺は雑用係だ。まともに殴り合えば、一瞬で終わる。

 

 でも、それがなんだ。

 

 ミリスは物じゃない。勝手に値段をつけられて、好きに扱われていい存在じゃない。

 

 だから。

 

「ミリスの価値は……」

 

 自分でも驚くくらい、はっきり声が出た。

 

 盗賊たちが眉をひそめる。

 

 俺は震える足を踏みしめながら、ミリスを掴んでいる男を睨み返した。

 

「ミリスの価値は――俺が決める!」

 

 その瞬間だった。

 

 左手にはめた指輪が、突然熱を帯びる。

 

「……っ?」

 

 視界の奥で、見慣れた数字が激しく明滅した。

 

 《鉄の剣:120G》

 

 《木箱:3G》

 

 浮かび上がる数字が、次々に書き換わっていく。

 

 いや、違う。

 

 これは“見えている”だけじゃない。

 

 まるで自分の意思に反応するみたいに、数字そのものが揺らいでいる。

 

 指輪の光が強くなる。

 

 同時に、頭の奥へ直接何かが流れ込んできた。

 

 価値を書き換えろ。

 

 お前が決めろ、と。

 

「――【価格表示】が、変化してる……?」

 

 脳裏に浮かんだ文字が、ゆっくりと塗り替わる。

 

【価格表示】――

 

価格操作(プライス・カスタム)

 

 その瞬間。

 

 目の前の世界が、まるで別物みたいに見えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。