無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
人は、本当にどうしようもなくなると静かになるらしい。
泣き
豪華なスイートルームの天井を見上げながら、俺は浅く息を吐く。
柔らかいソファ。高そうな
俺なんか、一生縁がないような場所だ。
なのに。その全部が、
撃ち抜かれた膝が、心臓のように脈打っている。
ズクン。ズクン。
生きていることを、痛みで教えてくる。
「…………」
部屋の空気は重かった。
カグヤは壁にもたれたまま目を閉じていた。
時折、悔しそうに拳だけが震えている。
ミザールとの戦いで受けた傷も、まだ全然
ミリスも無言だった。
何を考えているのか、それとも何も考えられなくなっているのか、俺には分からない。
そして――。
「んっ、んっ……ぷはぁ~」
一人だけ。本当に一人だけ。
いつも通りの顔で酒を飲む奴がいた。
この人は、本当に……。
「なに呑気に飲んでんだよ!」
気付けば俺はそう吐き捨てていた。
思ったよりも声が
けれど、ヴェルカは何食わぬ顔でグラスのワインを飲み干した。
「まあ落ち着けよクラド。焦ったってどうにもならねえんだ」
休んでろ。とまでは言わなかったが、ひらひらと振った手をツマミの皿へ伸ばす。
焦ったって無駄。そんなこと、頭では分かっている。
実際、俺たちが受けた傷は深い。
立ち上がるだけで膝が
カグヤだって、まだまともに呼吸すら出来ていない。
「でも、明日だぞ? それにヴェルカ一人でどうにかできる問題じゃないだろ」
「それはそうだな。流石の私でも、一人でカグヤの貨物を落札するのは難しい」
「じゃあ――」
と、身を乗り出した俺に手を伸ばし、言葉を
「まさかクラド、この私がタダで諦めると思ってんのか?」
言って、ニヤリと笑う。
しかしその目だけは笑っていなかった。
「気持ちは分からなくもねえけどさ」
そう言いながら、ヴェルカは入口を
部屋の外では黒服が待機している。
俺たちの監視役、といった所だろう。
「一発ぶん殴りてえが、今真っ正面から潰しに掛るのは
ヴェルカは吐き捨てるように言うと、新しく出したショットグラスに酒を入れる。
まだ飲む気か。
ちょっと呆れたが、どうしてもただのヤケ酒には見えなかった。
そんな空気の中、不意にミリスが小さく口を開いた。
「……ヴェルカ」
「んぁ?」
「もしかして、もう何か考えてる?」
その瞬間、ヴェルカの口角が
見抜かれたのが意外だったのか、少しだけ楽しそうに笑う。
「なんだミリス、最近ちょっと賢くなったかぁ?」
「バカにしてる?」
「さあ、どうでしょう」
適当をこきながら、ヴェルカはグラスの酒を勢いよく喉へ押し込んだ。
やっぱりバカにしてる。ミリスの頬がぷくっと膨らむ。
ヴェルカはそんなミリスの頬を指で突きながら、ふっと視線を扉へ向けた。
「……ま、奴等に聞かれてるから重要なことは喋れねえが」
そう言って、テーブルのメモ帳を引き寄せる。
ペンを走らせる音だけが、静かな部屋に響く。
俺たちがそれを見守っていると、ヴェルカは短く、こう書いた。
『競売会に入る方法が、一つだけある』
その文字に、俺たちは目を見開いた。
競売会に入れるのはヴェルカ一人だけ。
とどのつまり俺たちは、最初から“客ですらない”。
「ヴェルカ殿、これは一体どういうことなのです?」
「そのままの意味だ。とりあえず、順を追って振り返るぞ」
するとヴェルカは新しいメモ帳に、
それは地図というより、子供が描いた落書きに近かった。
大きな長方形のホテル。
その隣に、丸で囲われた競売会場。
通路は一本だけ。逃げ道も、ほとんどない。
「
入口と思しき場所から線を延ばし、長方形の建物――ホテルへ繋ぐ。
「入場管理は監視員もそうだが、直前に配られるカードの魔力感知で行われる」
「魔力感知?」
聞き慣れない言葉に、ミリスが首を傾げる。
「簡単に言や、カードに込められた魔力の情報を読み取って、参加者か部外者か見分けるんだ」
「じゃあ、もしカグヤの能力でコッソリ入ろうとしても……」
「地下とはレベルが違う。速攻バレて――バンッ!」
乾いた音と同時に、額に衝撃が走った。
ヴェルカのデコピンだった。
「
「気を付けろ。本当なら、今ので頭に風穴が空いてたぜ」
ケラケラと、冗談めかしく笑う。
「しかも、他の参加者からカードを奪うって手は無理だと思え」
「ですね。たとえ奪っても、私たちの顔は既に割れていますから……」
「それだけじゃあねえ」
またショットグラスに酒を注ぎながら、ヴェルカは言葉を紡ぐ。
「前も言ったが、
「呪物、奴隷、魔物。金になるなら何でもアリ。だったよな」
「で――そんなモンを欲しがるのは、どんなろくでなしだと思う?」
自虐のつもりだろうか。ヴェルカは歯を
その問いに、いの一番で答えたのはミリスだった。
「悪い奴」
非常にシンプルすぎる回答だったが、ヴェルカは満足したように大笑いした。
「その通り、参加者はみーんな“悪い奴”だ」
「それじゃあ、ヴェルカも……?」
声を震わせ、ミリスが
ヴェルカは答えなかった。その代わりに、アイスバケツの氷を砕いた。
飛び散った氷の粒が、真っ赤な灯りを乱反射する。
「私みたいな可愛い悪い奴ばかりだったら、話は早ぇんだけどな」
「……どんな奴がいるんだ?」
ふと気になって、俺は恐る恐る口を開いた。
「たとえば
軽い口調で。けど内容は全然笑えるものじゃなかった。
今度はロックグラスに氷を入れながら、ヴェルカは続ける。
「中には、競売中にライバルを殺す奴もいる」
「……えっ?」
俺たちは思わず絶句した。
「オークションってのはな、本来“高値を出した奴”が勝つゲームだろ?」
俺だって知っている。それが競売――オークションのルールだ。
氷をカラカラと鳴らし、ウイスキーを注ぎながら、ヴェルカは肩を竦める。
「でも
「殺され……⁉」
「言葉通りだよ。手に入れるためなら、手段を選ばない」
――そういう奴らが当たり前のように参加している。
それはもはや、市場とは呼べない。
化け物同士が、“欲しいもの”に値段を付け合う処刑場だ。
「要するに。高値を出して、そして最後まで生き残った奴が勝つ」
「そんな場所に、入るっていうのかよ……」
自分でも驚くほど声が上ずっていた。
俺の問いに、ヴェルカは、
「元からその予定だったからな」
息をするように答えて、ウイスキーを一気に飲み干した。
その表情には、さっきまでの軽薄さはない。
代わりに、氷よりも冷たい目が、夜空の星々を見据えていた。
「……でも、そんな危険な場所、運営側の奴らはどうやって出入りするんだ?」
俺はふと思った疑問をヴェルカに投げた。
「流石に、そんな殺気立った地獄の正面玄関から堂々と入ることはねえよ」
「商品を横取りされたくない奴らが襲ってくるから、ですか?」
カグヤの補足に、ヴェルカは「ああ」と静かに頷く。
「競売が始まる前に強奪すりゃ、タダで済むからな」
「物騒……」
「そんなバカは居ねえと思うが、運営側はその対策として“参加者と接触しない導線”を作ってるはずだ」
そう言いながら、ヴェルカは地図の裏側に新しく線を書き足していく。
正面玄関の向かい側――舞台裏から線が伸びていく。
「裏口って、ことか?」
「
そこでヴェルカはまた入口の扉を振り返り、白紙のメモに短く書いた。
『幹部権限なら通れる』
空気が変わった。
俺たちはその文字を
カグヤの指先が、札を握りしめる音を立てる。
ミリスの肩が、小さく震えた。
ヴェルカは更にペンを走らせる。
『だから次は、“ラグナ”と“ゼロ”を潰して、フリーパスを奪う』
ラグナ。
ゼロ。
それが残る《
ミザールとガノックだけでも、死ぬほど強かった。
なら残り二人も、同格――いや、それ以上だっておかしくない。
「……けどな」
ヴェルカはメモ帳を束ごと灰皿へ放り込み、マッチで火を点けた。
マッチを受け止めたメモ帳が、ゆっくり黒に染まっていく。
書かれていた作戦ごと塗り潰すように。
「本音を言や、私はここで降りろって言いてえ」
その言葉に、部屋が静まり返った。
誰もすぐには答えられなかった。
無理もない。俺は膝を撃ち抜かれて、カグヤも
まともな頭なら、ここで
「…………」
ここで諦めたら、少なくとも命は拾えるかもしれない。
けれど――。
「……私は、逃げたくない」
「ミリス?」
最初に口を開いたのはミリスだった。
逃げたくない。小さな声で、確かにそう言った。
「怖いのは本当。でも、ここで逃げたら……ダメだと思う」
ぎゅっと、握りしめた拳が白くなる。
「それに、地下にいた子も、苦しそうだったから」
展示室で見た奴隷のことが脳裏を過った。
その姿が、初めてミリスと出会った日の光景と重なる。
「……クラドに助けられた。だから今度は私が、助ける番」
「……ミリス殿の言う通りです」
続けて、カグヤが口を開く。
「できることなら、私もこの悪夢のような競売を終わらせたい」
「カグヤまで……」
「それに、あの貨物の中には、
「
ヴェルカはぽつりと呟いた。
「悪しき力が封じられた刀。簡単に言えば、呪具です」
「じゃあ、もしその刀が競売に出たら――」
「恐らく……いえ、必ず
カグヤは真っ直ぐに俺を見つめながら、そう言った。
「だから私も、ここで退くわけには行きません」
俺に向けた視線をヴェルカに移し、彼女の赤い眼をじっと見据えて頷く。
「絶対に止めます」
二人とも、覚悟が決まっていた。
それなのに、俺の膝はずっと笑ったままだ。
「で、クラドはどうなんだ?」
ヴェルカの問いが胸に突き刺さる。
――怖いのは、俺も同じだ。
でも、折角ここまで来たんだ。それを全部無駄にして逃げるなんて――。
「俺は……」
――出来るわけないだろ。
俺は、膝の痛みを殺して立ち上がった。
「また何も出来ねえまま終わるくらいなら、死んだ方がマシだ」
そう言うと、ヴェルカはあっけらかんとした表情で俺たちを
ククッ、と喉を鳴らして、深いため息を吐く。
「……ほんっと、バカばっかりだな」
そう言いながら、しかしヴェルカは嬉しそうに笑った。
「でも、そうじゃなきゃ面白くねえ」
空になったグラスをテーブルに置いて、ヴェルカも立ち上がる。
「それで、どうするんだ?」
俺が訊ねるより先に、ミリスが身を乗り出した。
「幹部はどこにいるの?」
「ゼロは知らねえ」
ヴェルカは残った酒瓶を片手に即答した。
「けど、ラグナの方ならきっと、カジノだ」
「カジノ……?」
カグヤが不思議そうに眉を潜める。ジパングにはないんだろうか。
「カグヤには
言いながら、ヴェルカは天井――ホテルの上層階を指差した。
「
商会の連中が、酒の席で話していたことを思い出す。
金持ちが目を剝くほどの大金を賭ける、大人の遊び場。
もちろん俺は行ったことなんてない。
――ただ、このホテルのカジノは、きっと俺の想像より
むせ返るような金の匂い。そして、それを包み込む酒と煙草の臭い。
想像するだけで、頭がクラクラしそうになる。
「お前ら、覚悟しとけ」
そんな俺をよそに、ヴェルカは大きく肩を回した。
わざと外の黒服たちに聞こえるように、大きな声で言い放った。
「女の遊びは、タダじゃあ終わらねえぜ!」