無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第22話 遊び遊ばせ、アナタを喰う

 夜天競売会(ノクスアウクティオ)まで残り三時間を切った。

 

 部屋の空気は、昨日よりずっと重い。

 

 時間というのは不思議なもので、待っている時は長いくせに、終わりが近付くと急に足が速くなる。

 

 それが死刑執行の時間なら、尚更だ。

 

 ガチャリ、と。ノックもなしに扉が開かれた。

 

 入ってきたのは、黒服だった。

 

 許可を求める必要もない。

 

 ここは客室であっても、俺たちの部屋じゃないからだ。

 

「ジェーン様、こちら夜天競売会(ノクスアウクティオ)の招待カードでございます」

 

 丁寧な口調だった。

 

 けれど歓迎されている気はしない。

 

 まるで処刑台へ案内する看守みたいだった。

 

 ヴェルカが封筒を開くと、中から黒いカードが現れた。

 

「ほぉ、今年はデザインが凝ってんなぁ」

 

 思ってもないことを言いながら、満面の笑みを黒服に向ける。

 

「それと再度お伝えいたします」

 

 黒服は前置きをして、俺たちを一瞥(いちべつ)した。

 

 サングラス越しに、ナイフのような視線が胸を突き刺す。

 

「どのような理由であれ、部外者の侵入が確認された場合――即刻始末いたします」

 

 始末。本当に便利な言葉だと思った。

 

 殺す。たったの二文字を、ずいぶん綺麗に言い換えたものだ。

 

 黒服はそれ以上説明しなかった。

 

 いや、説明する必要がなかった。

 

物騒(ぶっそう)だねえ、相変わらず」

 

 ヴェルカは黒服の襟元(えりもと)を整えるように手を伸ばした。

 

 次の瞬間には、その指が胸ポケットから離れている。

 

 金属の触れ合う小さな音だけが残った。

 

「でもよォ、私の母性本能が子供は遊ばせるべきだと叫んでんだ」

 

「……何が言いたい?」

 

「カジノで遊ばせるくらいは見逃してくれよ」

 

 黒服の眉がほんの少しだけ動いた。

 

 再び俺たちを一瞥(いちべつ)してから、

 

「カジノへの入場自体は問題ありません」

 

 男は胸ポケットに手を当てながら続ける。

 

「ただし、万が一問題が発生した場合、責任は全てジェーン様に」

 

 そう言い残すと、そのまま部屋を後にした。

 

 扉が閉まり、静寂が走る。

 

「……今の」

 

 俺は黒服が消えた扉を指した。

 

賄賂(わいろ)じゃ――」

 

「交渉成立、だな」

 

 俺の言葉を遮って、ヴェルカは悪びれもせずに笑った。

 

「ヴェルカ殿、本当にこれで大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫、心配するな」

 

 カグヤの問いに肩を竦めながら、ヴェルカはワインのコルクを飛ばす。

 

「相手はリスクを飲んだ。私は金を払った。それだけだ」

 

「それを賄賂(わいろ)って言うんだろ」

 

「分かってねえなあ」

 

 ヴェルカは真っ赤な髪をガリガリと掻き回し、俺たちをいたずらな眼差しで一瞥(いちべつ)した。

 

「商人ってのはなァ、なにも商品だけを売り買いする生き物じゃねえのよ」

 

 意味はよく分からなかった。

 

 仮にも敵を相手に賄賂(わいろ)(おく)るだなんて、俺には到底理解できない。

 

 けれど、少なくとも彼女は、本気で間違っているとは思っていなかった。

 

「まあ、いつかお前らも分かる日が来るさ」

 

 言って、早速瓶ごとワインを(あお)ると、ヴェルカは俺たちに袋を投げ渡す。

 

 開かなくても、中身が金貨だというのが重みで分かった。

 

「化け物退治に行ってこい、野郎共」

 

「ありがと、ヴェルカ」

 

「ただし――身ぐるみ()がされたら承知しねえからな?」

 

「じゃあ、勝たなきゃ」

 

 ミリスはそう言って、小さく微笑む。

 

 その笑顔を見た瞬間、逃げ道なんてとっくになくなっていた。

 

 夜天競売会(ノクスアウクティオ)開幕まで、残り三時間。

 

 そういうことになった。

 

 

 ***

 

 

 エレベーターの扉が開いた瞬間、俺は思わず足を止めた。

 

 そこには、俺達には文字通り格の違う世界が広がっていた。

 

 天井から吊された巨大なシャンデリア。

 

 磨き上げられた大理石の床に伸びる、真紅色(しんくいろ)絨毯(じゅうたん)

 

 金縁の装飾が施された箱の前で一喜一憂、歓喜と怒りに熱狂する紳士淑女。

 

 そして極め付けは、その部屋の中央に設置されたオブジェだ。

 

「あれ……ルーレットか……?」

 

 商会の連中が酒の席でよく話していた遊びの一つだ。

 

 回転する円盤に玉を投げ込み、その落ちた数字へ()ける。

 

 それだけの単純な遊び――のはずだった。

 

 けれど俺の知っているルーレットは、せいぜいテーブルの上に置かれる程度の大きさだ。

 

 目の前で回っているそれは違う。

 

 噴水広場の噴水よりも巨大な円盤が、轟音(ごうおん)を響かせながらゆっくり回転していた。

 

「大きい……」

 

 ミリスがぽかんと口を開ける。

 

「ルーレットというより、もはや建造物ですね……」

 

 カグヤも珍しく言葉を失っていた。

 

 円盤の縁には数え切れないほどの客が群がり、まるで巨大な祭壇(さいだん)を囲む信者のように見えた。

 

「しかし、これほどの客の中からラグナなる者を探し当てるとなると」

 

 カグヤの言う通り、相当骨が折れそうだ。

 

 というか、来て早々に気分が悪くなってきた。

 

 船酔いだとか馬車酔いがあるなら、多分これは「金酔い」か?

 

 どこを見ても、金、金、金。

 

 辺りからは「俺の百万Gがァァァァァ!」と慟哭(どうこく)する声が聞こえてくる。

 

 耳が痛いなんてものじゃあない。

 

 かつての商会で十年働いても届かないような金が、ここでは雪のように溶けて消える。

 

 そして、(にぎ)やかで(きら)びやかな景色とは裏腹に、そこには人の温もりなんて存在しない。

 

 人が破滅する様子を眺めながら酒を飲む。

 

 そんな場所だった。

 

「……変だな。商会の連中があんな楽しそうに話してたのに」

 

「ミリス、もう帰りたい……」

 

 ミリスは身を(ちぢ)こませて、助けを求めるように俺を見た。

 

 俺たちみたいな子供にはまだ早かったか。

 

 作戦のためとはいえ、ちょっとだけ後悔した。

 

「行きましょう、二人とも。立ち止まっていては怪しまれます」

 

 ふと、カグヤの声で正気を取り戻す。

 

 彼女の声だけが、この冷たい広場の中ですっと耳に届いた。

 

「だな。さっさと終わらせよう」

 

 ……とは言ったものの、入口から見ただけでもざっと百人以上の客がいる。

 

 ラグナは生粋のギャンブラーだというが、俺からすれば皆同じようにしか見えない。

 

 奇妙な箱の前で歓声を上げるマダム、床に跪いたまま黒服に連行されていく紳士。

 

 その度に周りの価値が大きく変動していく。

 

 ただ、少し妙なことに気付いた。

 

「クラド、大丈夫?」

 

「…………」

 

 心配したミリスが声をかける。

 

 大丈夫。

 

 そう言いたかったけれど、どうにも引っかかるものがあった。

 

 俺の視界には、次々と数字が浮かんでは消えていく。

 

 《魔道遊戯機(マジック・スロット):135,000G》

 

 《黄金製シャンデリア:2,400,000G》

 

 《大理石床:1,800,000G》

 

 どれも馬鹿みたいな値段だ。

 

 見るだけで頭が痛くなってくる。

 

 自分のスキルから逃げるように目を逸らすが、それでも暴力的な価値が追いかけて来る。

 

 《大商人:8,200,000G》

 

「――ッ!」

 

「クラド殿、しっかり」

 

 スロット台に座っていた男の頭上に値段が浮かぶ。

 

 あの嫌な感覚が(よみがえ)って来る。

 

 ただあの時と違うのは、彼らの頭上に浮かぶ価値は懸賞金(けんしょうきん)じゃない。

 

 《辺境伯(へんきょうはく):12,500,000G》

 

 《王立魔術師(おうりつまじゅつし):9,800,000G》

 

 見たこともない肩書きと価値が次々と現れる。

 

 と、その時だった。

 

「嘘だァァァァァ!」

 

 どこかで男の悲鳴が響いた。

 

 声の方を振り返ると、必死の形相をした男が向こうから走って来る。

 

「どけ! そこをどいてくれぇ!」

 

 だが俺はそれを避けることができず、男と衝突(しょうとつ)した。

 

 相当緊迫した状況のようだ。肺の空気が抜けて、一瞬意識が飛びかけた。

 

 倒れ込んだ時に膝を付いた。その痛みが意識を呼び戻す。

 

「このクソガキ共! なにこんな所で突っ立ってやがるんだ!」

 

 男は顔を真っ赤にしながら怒鳴る。けれどその目は恐怖に震えていた。

 

 時折後ろを気にしながら(わめ)いているが、俺は痛みと腹に食らった衝撃でそれどころじゃなかった。

 

 《辺境伯:15,000,000G》

 

 見たくもないのに、男の頭上に再び価値が浮かび上がる。

 

 やがて背後から迫る何かに怯えて男が再び走り出した、その時。

 

「うっ……!」

 

 突然、胸を撃ち抜かれたように身を仰け反らせ、ドスッとその場に倒れ伏した。

 

 銃声はない。それどころか男を追いかける者の気配もなかった。

 

 そして――

 

 《辺境伯:0G》

 

「――は?」

 

 思わず息を呑んだ。

 

 男の頭上に浮かんでいた価値が、暴落した。

 

 いや、暴落というよりも――価値が消えた。

 

「だ、大丈夫ですか! しっかり!」

 

 カグヤが慌てて男に駆け寄る。何度か揺するが、返事はない。

 

 俺も痛みを堪えて、男の様子を見る。

 

「まだ息はあるけど、浅い……」

 

 少しでも処置が遅れたら、本当に死ぬ。

 

 素人の目で見ても、それは明白だった。

 

 けれど、誰も倒れた男に見向きもしなかった。

 

 周りの客は目の前の遊戯に夢中。

 

 警備役の黒服たちも、最初から何もなかったかのように不動を(つらぬ)いている。

 

 人の生死だろうと、ここでは無価値ということか……。

 

「――! クラド、カグヤ! おじさんが」

 

 ミリスが血相を変えて叫んだのと、俺たちがそれを目撃したのは同時だった。

 

 倒れた男の口から紫色の(もや)が溢れ出た。

 

 魂が抜けるみたいに、しかしそれは天に(のぼ)らなかった。

 

 ゆらり。

 

 ふわり。

 

 煙とも(きり)ともつかないそれは、人混みの隙間を()うように来た道を引き返す。

 

「追いかけましょう」

 

 俺たちが立ち上がるより早く、カグヤは(もや)を追いかけた。

 

 札を握る手に力が入っている。

 

 ミリスも小さく頷き、彼女の肩を借りながら俺も後を追う。

 

 その間も、(もや)はビリヤード台のエリアを潜り、ポーカーの()(たく)、ダーツと巡っていく。

 

「一体、どうなってんだ、ここは」

 

 (もや)を追いながら、俺は辺りを観察する。

 

 まただ。

 

 奥へ進んでいく度に増える。

 

 一人。更にその先にも一人。

 

 気付けば、倒れた人間を避けて歩く方が難しくなっていた。

 

 一見したら酔い潰れた客にしか見えない。

 

 だが俺の“目”は、そうだとは言ってくれなかった。

 

 《貴族令嬢(きぞくれいじょう):0G》

 

 《魔道商(まどうしょう)会長(かいちょう):0G》

 

 《王国騎士団員(おうこくきしだんいん):0G》

 

 頭上に浮かぶ、0の文字。

 

 誰も苦しんでいない。

 

 誰も暴れていない。

 

 ただ夢を見ているように静かだった。

 

「増えてる」

 

 ミリスの声が震えた。

 

 気付けば、周囲の熱気がぱたりと消えていた。

 

 歓声も、怒号も。

 

 ルーレットが回る轟音さえも遠く感じてしまう。

 

「何だよ、これ……」

 

「人が……どうして……」

 

 (もや)の終着点に辿り着いた。

 

 だがその瞬間、俺たちは言葉を失った。

 

 巨大ルーレット用の大きな賭け卓(かけたく)

 

 そこに、価値を失った人間たちが折り重なるように倒れている。

 

 十人。いや二十人以上はいる。

 

 だがその中心で、一人だけが無事だった。

 

 女だ。だがその女は、倒れた人間の上に腰掛けている。

 

「フフ、逃げようったってそうは行かないのに」

 

 女はそっとナイフを引き、ステーキを切り分ける。

 

 じゅわり、と赤い肉汁が鮮血(せんけつ)のように広がった。

 

「でも、そうじゃなきゃあ面白くないわ」

 

 女は上品に目を細め、銀のフォークを口へ運ぶ。

 

 ゆっくりと柔らかな肉を味わい、恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべる。

 

 あまりにも優雅(ゆうが)なディナーだった。

 

 足下に転がる人間たちが見えなくなるほどに、引き込まれる。

 

「それにしても、思ったより可愛いじゃない」

 

 ふと、女は俺たちへ視線を送り、静かに微笑みを浮かべた。

 

 紫色の長い髪。肩と胸の谷間を露出(ろしゅつ)させた紫苑(しおん)のドレス。

 

 そこから覗く、白磁(はくじ)のように透き通った白い肌。

 

「アナタたちでしょう? ミザールとガノックをいじめた悪い子って」

 

 やっぱりだ。女は俺の顔が一瞬引き()ったのを見逃さなかった。

 

「その通り。アナタたちが探しているのはこの私よ」

 

 女――ラグナはいたずらに、妖艶(ようえん)に笑う。

 

 そして積み上げられたチップを一枚手に取ると、さっきの(もや)がその中に吸い込まれた。

 

「私はラグナ。ゴールド・スケイル《四天鑑定(してんかんてい)》が一人」

 

 手にしたチップにワイン色の唇を近付ける。

 

「またの名を、《狂運(きょううん)》のラグナ」

 

 そう言って、今度はチップを舌先で転がした。

 

 まるで飴玉(あめだま)でも味わうみたいに。

 

 俺の背筋に冷たいものが走る。

 

「それにしてもアナタたち、本当に可愛いわね」

 

 ラグナの口が、横に裂けるように広がっていく。

 

 そしてふと今思いついたというように、流し目で俺たちの顔を順番に見据えた。

 

「アナタたちの目的は知らないけれど、取引しないかしら?」

 

「取引ですって……? 断ります」

 

 カグヤは即答する。

 

 しかし、ラグナは彼女の断りを振り払い、強引に話を続けた。

 

「どんな手段でもいい。私に『負けた』と思わせたら、何でも言うことを聞いてあげる」

 

 バラバラと、積み上げられたチップを崩しながら。

 

 何でも。それだけ聞けば、とても美味しい話のように聞こえなくもない。

 

「ただし――」

 

 ラグナは目を細め、熱い吐息を漏らしながら立ち上がった。

 

 次の瞬間、背後から伸びた白い手が、俺の(あご)()でてきた。

 

 後頭部に、ラグナの柔らかい胸が当たっている。

 

「もしアナタたちが負けたら、三人とも奴隷になってもらおうかしら」

 

 不敵な笑みが(こぼ)れる。

 

 次の瞬間、卓上に散らばったチップがラグナを襲った。

 

 振り返ると、ミリスが重力操作を発動した直後だった。

 

「……そんなの、嫌だ」

 

「ミリス殿」

 

「ミリスのご主人様は、クラドだけ。お前なんか、大っ嫌い」

 

 感情を剥き出しにして、ミリスはハッキリと言い放った。

 

 だがラグナもタダでは退かないらしい。

 

「どちらにしろ、アリィから『殺せ』って言われてるし、死ぬよりは幸せだと思うけど」

 

「ふざけるな。たとえ死んでも、私はお前たちの奴隷にはならない」

 

 引き下がらないラグナに、カグヤもキッパリと言い放つ。

 

 全くもってその通りだ。

 

 美人だろうが何だろうが、奴隷になんて死んでもなる気はない。

 

 ヴェルカが俺とミリスを連れ出してくれた時、(ちか)ったんだ。

 

 ――自分に嘘を吐きたくない、って。

 

 それにこんな時、ヴェルカだったらきっとこう言うはずだ。

 

「――俺たちが勝ったら、何でも言うことを聞くんだよな?」

 

「ええ。もっとも、このラグナ様に勝とうなんて百年早いけど」

 

 勝ち(ほこ)った嘲笑(ちょうしょう)を浮かべながら彼女は言う。

 

「それじゃあ、俺たちも()けさせてもらう」

 

 ミリスと、そしてカグヤと顔を合わせ、三人で頷き合う。

 

 相手は界隈(かいわい)で有名なギャンブラー。

 

 対する俺たちは初心者。

 

 けれど負ける気はしなかった。

 

 ――いや。最初から負けるつもりなんてない。

 

「俺たち三人の勝利に、その全部を賭ける」

 

「フフ、アハハハハッ! 気合い入ってるじゃない。そういうの嫌いじゃないわ」

 

 ラグナは高笑いをして、ドレスのスカートを正した。

 

「それじゃあ、遊びあそばせ――」

 

 

「アナタたちを、美味しく食べてあげる」

 

 

 その瞬間。卓上のチップが(ほの)かに明滅した。

 

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