無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第23話 運はワタシに味方する

 ラグナは指先でチップを(もてあそ)びながら、巨大ルーレットを振り返った。

 

「それじゃあ、早速始めましょ?」

 

「その前に、一つだけ聞かせてくれ」

 

「なんでもどうぞ?」

 

「このゲーム、本当にただのルーレットなのか?」

 

 俺が(にら)むと、ラグナは楽しそうに肩を震わせた。

 

(うたぐ)り深い男の子は嫌われるわよ?」

 

 余計なお世話だ。

 

「仮にもここはアンタの領域(テリトリー)。事前に何かイカサマを仕組んでいたっておかしくないだろ」

 

「まあ、不安に思われても仕方ないわよね」

 

 クスクスと笑ってから、ラグナは軽く二回、手を叩く。

 

 すると突然、仮面を被った屈強なスーツ男が現れた。

 

「私がこのゲームの進行役(ディーラー)を担当いたします」

 

 撫で付けたオールバックの頭を深々と下げ、男はゆっくりと口を開く。

 

「ルールは簡単。先に全てのチップを失った方が敗北。原則相手と同じマスへ()けることはできません」

 

「……それだけなのですか?」

 

 カグヤが(いぶか)しむと、男は「ええ」と頷いた。

 

 いかにもラグナと裏で組んでいそうだが、彼女は男に見向きもしない。

 

(ただ)し、いくつか(ペナルティ)がございます」

 

「ぺなるてぃ?」

 

「禁止事項ってことだよ」

 

 首を傾げるミリスにそう説明しつつ、男の言葉を待つ。

 

「まず、この卓から半径二メートル――目安としてビリヤード、ダーツ、カードゲームエリアから出た際、(ペナルティ)としてチップ十枚没収いたします」

 

「随分と軽いんだな」

 

「途中で()()付いて逃げる子が多いもの」

 

 ラグナは笑う。その微笑が妙に気に障った。

 

「次に、()けた後のマスの変更をした場合、(ペナルティ)として三十枚没収いたします」

 

 抑揚(よくよう)のない声で男が告げる。

 

 一度決めたら移動はできない、ということだろうか。

 

 だがラグナは、ワイングラスを揺らしながら(たくら)みの微笑(びしょう)を浮かべている。

 

「そして最後。あちらのルーレットでございますが――」

 

 と、男は奥の巨大なルーレットを見やり、

 

「物理的な干渉(かんしょう)を行った場合、(ペナルティ)として百枚没収いたします」

 

「ひゃ、百枚⁉」

 

「ゲームの進行を(さまた)げる行為、(ゆえ)に最も重い(ペナルティ)()させていただきます」

 

「とどのつまり、こういうことですか?」

 

 男のルール説明を終えると、カグヤは男とラグナを一瞥(いちべつ)して告げた。

 

「逃げられない。()け直しはできない。ルーレットには触れられない」

 

 つまり俺たちは、ルーレットの結果を受け入れることしかないってことか。

 

「……ざっくりと、そんな所かしらねえ」

 

 一瞬ラグナの言葉に間があった。けれどカグヤが言ってくれたことで間違いないのだろう。

 

「一応言っておくけど、私はズルが一番嫌いなの」

 

「信じられない」

 

「そう言わないで、ミリスちゃん?」

 

 いつの間に俺たちの名前まで?

 

 背筋に妙な寒気が走った。

 

 ラグナは追い打ちをかけるように、ワイングラスを卓に置いて続けた。

 

「ルーレットにはタネも仕掛けもない。正々堂々としたゲームを約束するわ」

 

 目は真っ直ぐ俺たちを見据えている。嘘は言っていない。

 

 しかし次の瞬間、彼女の目が細まった。

 

「もっとも、私はどんな勝負でも一度だって負けたことがないけどね」

 

 ラグナはそう言って、チップの山を指先で崩した。

 

 ぱらぱらと音を立てながら、色とりどりのチップが卓に散らばる。

 

「それで、アナタたちは今何枚持っているのかしら?」

 

 嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みを浮かべながら首を傾げる。

 

 それを聞いて、俺たちはとんでもないことに気付いてしまった。

 

「……チップって、そういえば……どこで買うの?」

 

 沈黙。

 

 ミリスは首を傾げたまま固まる。カグヤも固まる。

 

 俺も気まずさに固まった。

 

 そして――ラグナまで固まった。

 

「もしかして、換金してないの?」

 

 図星だった。

 

 俺たちの目的はラグナであって、カジノで遊ぶことじゃない。

 

 換金なんて、そもそも眼中になかった。

 

 バカだ、俺は。

 

「クラド殿、そういえばヴェルカ殿からいただいたお金は?」

 

「あ」

 

 カグヤの指摘に、俺は反射的に腰の袋を掴んだ。

 

 ヴェルカと別れる直前、彼女に投げ渡された金貨袋。

 

 中身はかなり入っている。チップへの交換くらい余裕のはずだが――。

 

「あ、あのディーラーさん。換金所ってどこですか……?」

 

「入口近くのカウンターで受付を行っております」

 

 ディーラーの男が(あご)で入口を示す。口調が少し呆れていた。

 

「でも残念。既にゲームは始まっているから、領域(テリトリー)から出た瞬間――」

 

 ニヤニヤと、ラグナはチップを手の中で転がして見せる。

 

 周りに倒れている客と同じ末路を辿(たど)る、ということだろう。

 

 まだゲームすら始まっていないのに、完全に詰み状態じゃないか。

 

 こんな醜態(しゅうたい)、ヴェルカに見られたら絶対に笑われる。

 

『バッカだなあお前ら! ひゃーもう、面白い!』

 

「はいちょっと静かにしてください!」

 

 絶対言う。間違いなくヴェルカなら言う。

 

「フフッ。やっぱり可愛い、ゾクゾクするわ」

 

「くっ……」

 

「アナタたちみたいな可愛い子が絶望する所、見てみたい」

 

 顔を上気させ、獲物を見定めるような目をしている。

 

 そしてラグナは、卓上からチップを五枚()まみ上げ、指先で器用に弾いた。

 

 カラン、と。

 

 俺たちの前に転がり落ちる。

 

「しょうがないから、貸してあげる」

 

「……何のつもりだ」

 

「お小遣いよ」

 

 ラグナは当然のように言った。口許(くちもと)嘲笑(ちょうしょう)が残っている。

 

「このままじゃ、ゲームにもならないし」

 

 長い脚を組み替え、ディーラーにワインを注がせる。

 

 そのワインの香りを堪能(たんのう)しながら、グラス越しに目が合った。

 

「それに、その五枚じゃあ領域(テリトリー)から出られないでしょう?」

 

「どういうこと?」

 

 ミリスが不思議そうに訊ねる。

 

「アナタたち三人の誰かが領域(テリトリー)から出た瞬間、(ペナルティ)として十枚没収。でも五枚しか持っていなかったら?」

 

「……出た瞬間に、敗北が確定するということですね」

 

 カグヤの喉が鳴る。

 

 そもそも、この領域(テリトリー)から出るのは禁止のはず。たとえそれが事故であっても。

 

 とどのつまり、彼女が仕掛けて来た攻撃で領域(テリトリー)から押し出された瞬間、負ける。

 

「それでは、ゲームを開始いたします」

 

 悔しさを噛みしめる間もなく、ディーラーが静かに告げた。

 

 それを合図に、巨大なルーレットが轟音を響かせながら回転を始める。

 

 会場全体が震え、暴風が俺たちを襲う。

 

「まずは賭けを」

 

 ラグナは迷わなかった。

 

 チップの束を押し出し、

 

二十七(27)に百枚」

 

 数字一点。それだけだった。

 

 気が付けば、周りに集まっていた観客たちがざわついている。

 

 だがラグナ本人は、まるで優雅な音楽でも聴いているようにワインを口に運ぶ。

 

「クラド殿、どうします?」

 

 カグヤが小さく(たず)ねた。

 

「数字一点賭けは八倍。偶奇は四倍。赤or黒は二倍でございます」

 

 誰に言うでもなく、ディーラーは等倍を告げる。

 

 つまり、百枚が八百(800)枚。

 

 五枚が二十(20)枚。

 

 同じ勝ちでも、開く差は百倍以上だった。

 

「ほら、早くしないとルーレットが止っちゃうわよ?」

 

「うるさい、今考えてんだ」

 

「ほぉら、止っちゃうわよ? そろそろ止っちゃうわよ?」

 

 嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みを浮かべながら、しつこく(あお)ってくる。

 

 その目には圧倒的な自信が宿(やど)っていた。

 

 私は絶対に負けない。と。

 

 まるで死神の大鎌(おおがま)を首に当てられた気分だ。

 

「ほらほら、止るわよ?」

 

「クラド、落ち着いて」

 

 焦りに支配されかけた俺を引き戻したのは、ミリスだった。

 

 俺は徐々に減速するルーレットへ視線を送る。

 

「……よし、決めた」

 

 ラグナは生粋の勝負師(ギャンブラー)だ。

 

 何より、一度も負けたことがないと豪語している。

 

 ならば俺が選ぶべき道は――。

 

「奇数に五枚、全賭け(オールイン)だ」

 

「クラド殿、いきなりは危険すぎます」

 

「いいや、俺なりに考えがあるんだ」

 

「考え?」

 

「ラグナが置いたのは二十七(27)、つまり奇数だろ?」

 

「ええ。しかし彼女がわざと外すという可能性も――」

 

「それもある。けど、わざわざ百枚を捨ててまで俺たちを瞬殺しにかかるとはどうも思えない」

 

 文字通りの賭けだった。

 

 だが、もし彼女が本当に負けたことがないというのなら――。

 

「へぇ、面白いじゃないの」

 

 ラグナの笑みが少しだけ深くなった。

 

 その声だけで嫌な予感がした。

 

 まるで、それすら想定の内だと言われたみたいに。

 

 そして、ルーレットの回転が止まり、岩よりも大きな鉄球がゴロンと穴に入った。

 

 結果は――

 

二十七(27)。ラグナ様は八百(800)枚、クラド様は二十(20)枚の獲得でございます」

 

「……よしっ!」

 

 思わず拳を握った。

 

 たった二十(20)枚。ラグナの勝ち分に比べたら(すずめ)の涙だ。

 

 けれど五枚しかなかった俺たちにとっては、十分すぎる成果だった。

 

「フフ、(かしこ)い選択じゃない。(えら)いわねえ」

 

 ラグナは嬉しそうに微笑む。

 

 まるで子犬が芸を覚えたのを褒めるみたいに。

 

「さ、二回戦を始めましょうか」

 

 ラグナは乾いた拍手を送りながら、静かにディーラーへ目線を送る。

 

 ディーラーは黙って頷くと、

 

「それでは第二回戦を開始いたします」

 

 再びルーレットが回り始めた。

 

 ラグナは躊躇(ちゅうちょ)することなく、すぐに数字一点に賭ける。

 

十三(13)に百枚」

 

「クラド、どうする」

 

「大丈夫だミリス。さっき勝ったんだ」

 

 俺はチップを握り、彼女が賭けた数字を見る。

 

 さっきの成功体験が頭に残っていた。

 

 ラグナが賭けた数字に乗る。順当に勝ち続けるならそれが最善手(さいぜんしゅ)だろう。

 

 だが、それだけじゃ一向に差が開いていくばかりだ。

 

「黒に十枚」

 

 出来る限りポーカーフェイスを貫きながら、意気揚々(いきようよう)と黒に賭ける。

 

 ラグナはワイングラスを傾けながら、俺たちの置いたチップへちらりと視線を落とした。

 

「ふぅん。今度は黒?」

 

「一点賭けはリスクが高すぎるからな」

 

「やっぱり、面白い子」

 

 興味深そうに言いながら、彼女は(ふところ)から一本の鉄扇(てっせん)を取り出した。

 

 紫色の装飾(そうしょく)(ほどこ)されたそれは武器というより工芸品に近い。

 

 だが嫌な予感だけは、嫌というほど伝わってきた。

 

「それ、何だよ」

 

 そう問いかけた瞬間だった。

 

 閉じられていた鉄扇(てっせん)が勢いよく開く。

 

 耳を劈くような破裂音と共に空気が弾け、見えない何かが一直線に俺へ襲い掛かった。

 

「ッ!」

 

 反射的に身体を沈める。

 

 頭上を通り過ぎた衝撃が後方のビリヤード台を叩き、分厚い木材を大きく(えぐ)った。

 

 背筋が冷える。

 

 今のをまともに食らっていたら、間違いなく首が飛んでいた。

 

「いきなり何するんだ! ルール違反だろ!」

 

 思わず怒鳴ると、ラグナはきょとんと目を(またた)かせた。

 

 その表情は本気で不思議そうだった。

 

「どうして? 別に、攻撃禁止とは言われていないわよ?」

 

 言葉を(さえぎ)るように微笑み、卓を跳び越えながら蹴りを繰り出してきた。

 

「ぐっ!」

 

「クラド殿ッ!」

 

 刹那(せつな)(せき)を切ったようにカグヤが札を手に取った。

 

 《()

 

 激しい爆炎(ばくえん)が札から飛び出し、ラグナを包み込む。

 

 しかしラグナが小さく鉄扇(てっせん)を仰ぐと、その炎は一瞬にして立ち消えた。

 

「あらごめんなさい。今、何かしたかしら?」

 

 悪びれずに言って、ラグナはゆっくりと俺に近付いてくる。

 

 手には鋭い鉄扇(てっせん)。次こそまともに攻撃を食らえば、首が飛ぶ。

 

「やるしかないか……」

 

 反射的にビリヤード台へ飛び込み、手近な球とキュー(球を打つための棒)を掴む。

 

 ちょっと軽い。この程度じゃ、ラグナとまともに戦えない。

 

 だが――。

 

 《高級木材製キュー:24,000G → 魔鋼戦槍(まこうせんそう):32,000G》

 

 キューの価値を変え、(やり)にした。

 

 見た目は変わらないけれど、手に伝わる感触は武器そのものだった。

 

「あらあら、そんな棒きれでどうするの?」

 

「今に分かる」

 

 答える代わりに、俺は足下の球を蹴り上げた。

 

 数字の書かれた球が宙を舞う。

 

 《ビリヤード球:10,000G → 跳弾球(ちょうだんきゅう):18,000G》

 

 価値を与えると同時に、キューを力一杯振り抜いた。

 

 砲弾みたいな速度で飛び出した球は、壁を経由して跳ねる。

 

 続けて柱へ、床へ、不規則な跳ね返りを披露(ひろう)しながら、ラグナの後頭部を狙う。

 

 ――行ける!

 

 完全な死角。まさかビリヤードの球が跳ね返ってくるとは思わない。

 

 そう確信したのと、天井から光の粒が落ちてきたのは同時だった。

 

 ――カツンッ。

 

 突然、天井のシャンデリアから宝石が一粒落ちた。

 

 ほんの小さな、小指の爪くらいの欠片だった。

 

 それが球に当たり、軌道(きどう)()れる。

 

「な――」

 

 だが軌道(きどう)()れても、再び跳弾(ちょうだん)を続けてラグナの後頭部へ戻る。

 

 しかし再び、シャンデリアから落ちた宝石と当たり、軌道(きどう)()れる。

 

 そして、明後日(あさって)の方向へ飛んだ球は、偶然(ぐうぜん)にも通りかかったウエイターのアイスバケツにストンと入り込んだ。

 

「何で――」

 

「あら? あのシャンデリアの点検ってまだしていなかったかしら?」

 

 あり得ない。

 

 そんな言葉しか出てこなかった。

 

 偶然? 今のが?

 

 そんなワケがあるか。

 

 そんな都合良く、攻撃を回避できるだなんて――。

 

 するとラグナは、(こら)えきれなくなったように笑い始めた。

 

「もしかして、今のが当たると思った?」

 

 俺の心を見透かすように、彼女は鉄扇(てっせん)口許(くちもと)を隠してニヤける。

 

「教えてあげる。私の幸運の秘訣(ひけつ)

 

 ぞくりと、背筋が震えた。

 

 ラグナは胸元からチップを一枚取り出し、これ見よがしにキスをする。

 

「私のスキルは《幸吸執(ラッキー・ストライク)》。他人の幸運を奪って、私のものにする能力」

 

 キスをしたチップの中から、紫色の(もや)が立ち昇った。

 

「だからアナタたちの攻撃は当たらない」

 

 ラグナはその(もや)を吸い込んで笑う。

 

 妖艶(ようえん)に。

 

 残酷(ざんこく)に。

 

「だって今、アナタたちよりも私の方が――ずっと“幸せ”なんだもの」

 

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