無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第24話 アナタが欲しいの

 ――他人の幸運を奪う。

 

 ラグナは確かにそう言った。

 

 けれど、運なんてそんな曖昧(あいまい)な説明だけで納得などできなかった。

 

「運が良くなるってことか?」

 

「いいえ、もっと単純よ」

 

 ラグナは笑い、不気味に口を開く。

 

 まるで恋人へ話しかけるような優しい口調で。

 

「アナタたちが不幸になるの」

 

 言いながら鉄扇(てっせん)を開く。

 

 同時に俺は床を蹴り、(やり)の要領でキューを放った。

 

 先端(せんたん)は確かにラグナの鳩尾(みぞおち)(とら)えていた。

 

 あと数センチ――そのはずだった。

 

 足裏に硬い感触が走る。

 

 カチリ。

 

 いつの間にか転がっていたチップを踏み抜き、身体が(わず)かに傾いた。

 

「ッ⁉」

 

「あら、危ないわねえ」

 

 ラグナは鉄扇(てっせん)口許(くちもと)を隠した。

 

 驚いたような声音だったが、その紫色の瞳には欠片ほどの焦りも浮かんでいない。

 

 まるで最初から結果を知っていた観客みたいに。

 

 俺が外すことも。

 

 この攻撃が届かないことも、全部。

 

「そんな長いものを振り回していたら、怪我をするじゃない」

 

 恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべ、ラグナは鉄扇(てっせん)を振り下ろす。

 

 銀閃(ぎんせん)。瞬きする暇もなく、キューはバラバラに切り刻まれていた。

 

「それじゃあ――次はどこを壊そうかしら」

 

 鉄扇(てっせん)の先が、俺の首筋をなぞる。

 

 恋人に触れるみたいに優しく。

 

 なのに背筋には冷たいものが走った。

 

「手足からがいい? それとも、その生意気な目から?」

 

「どっちも、嫌だッ!」

 

 俺はその場から逃げ出すように床を蹴る。

 

 そしてダーツに(きょう)じていた淑女(しゅくじょ)から矢を拝借(はいしゃく)した。

 

「すみません、借ります!」

 

 《競技用ダーツ:500G → 魔鋼穿孔針(まこうせんこうばり):8,000G》

 

 三本同時に投げ放つ。

 

 顔、(のど)、胸。

 

 三方向から放たれた鋼の針は、獲物を追う猛禽(もうきん)のような速度でラグナへ迫った。

 

 避けられるはずがない。

 

 なのに。

 

 ――ガシャン。

 

 頭上で甲高い音が響く。

 

 シャンデリアを支えていた鎖が突然外れ、垂れ下がった装飾が針に絡み付いた。

 

「なっ――」

 

 三本の軌道が同時に逸れる。

 

 誰一人傷付けないまま。

 

 まるで最初からそうなると決まっていたみたいに。

 

「あらあら」

 

 ラグナは肩を竦めた。

 

 驚くどころか、退屈そうですらある。

 

「ちゃんと狙わなきゃ、いい点は取れないわよ?」

 

 違う。狙いは完璧だった。

 

 外れたんじゃあない。外された。

 

 そんな考えが頭を過る。

 

「クラド殿……」

 

 背後でカグヤの声が強張る。

 

「今のは流石に――」

 

「分かってる」

 

 俺だって馬鹿じゃない。

 

 一度なら偶然。

 

 二度でも偶然かもしれない。

 

 だが三度目があるなら、それはもう偶然じゃない。

 

 だったら。

 

「なら、全部避けてみろ」

 

 今度は、ポーカーの卓からトランプの束を掴み、そのまま宙へ放り投げた。

 

 《高級トランプ:2,000G → 魔断刃札(まだんじんさつ):12,000G》

 

 紙だった感触が変わる。

 

 薄く鋭い、小さな刃物になった。

 

 それを束ごと投げ放つ。

 

 赤と黒のトランプが放射状に広がり、ラグナを包囲する。

 

 五十枚以上の刃を全て避けるなど、普通なら至難(しなん)の業。

 

「あら、そろそろ結果が出るわね」

 

 ふとラグナがルーレットを振り返った。

 

 それとほぼ同時だった。ラグナのハイヒールが床に転がるチップを偶然踏み抜いた。

 

 パキッ。

 

 割れたチップが一枚の札を弾く。

 

 たったそれだけだった。

 

 なのに――。

 

 気付けば全ての軌道(きどう)が狂っていた。

 

 ――結果はあまりに残酷だった。

 

 俺が放った札は全て予定の軌道を外れ、ラグナの周囲を綺麗(きれい)に通り過ぎていく。

 

 まるで雨のようにトランプが降り注ぐ。

 

 彼女はその中から、五枚だけ抜き取って笑った。

 

「フフ、ラッキー」

 

 ラグナはカードゲームでも楽しんでいるように、手にした札を見せつける。

 

 ハートの10、J(ジャック)Q(クイーン)K(キング)A(エース)

 

「ロイヤスルトレートフラッシュだわ」

 

 くすりと吐息を漏らす。

 

 その仕草が、妙に(つや)めいて見えた。

 

 彼女のその様子に、ミリスは小さく息を呑んだ。

 

「そんな……なんで……」

 

 カグヤも、いつになく険しい顔でラグナを睨み付けていた。

 

 急いで卓へ戻ると、開口一番にカグヤは言った。

 

「偶然ではありませんね」

 

「いいえ、偶然よ。ただ運が私に味方してくれているだけ」

 

 ラグナがキッパリ否定すると同時に、ルーレットが止まる。

 

 結果は――示し合わせたかのように、十三に入った。

 

「ラグナ様は再び八百枚。クラド様は二十枚の獲得です」

 

 ディーラーが抑揚のない声で告げる。

 

 その結果に、ラグナの口許がゆっくりと吊り上がる。

 

「ほらね? これも全部私の(実力)。そして、勝ち取った運もぜーんぶ、私のモノ」

 

 ラグナは上機嫌にワインを揺らした。

 

 その笑い声が妙に耳に残った。

 

「どうするのクラド?」

 

 ミリスは不安そうに俺を振り返り、唇を尖らせる。

 

 その横で、カグヤだけが静かだった。

 

 顎に手を添え、何かを考え込んでいる。

 

「カグヤ?」

 

「一旦、整理しましょう」

 

 彼女はルーレットを見ながら言った。

 

「まずラグナの能力。《幸吸執(ラッキー・ストライク)》は幸運を奪う能力」

 

「本人はそう言ってたな」

 

「ですが、それだけでは説明が付きません」

 

 カグヤは首を横に振る。

 

「チップを踏む。シャンデリアが落ちる。カード同士がぶつかる。いずれも偶然としては不自然です」

 

「つまり?」

 

「能力には条件があるはずです」

 

 俺とミリスは顔を見合わせた。

 

 条件。

 

 そう言われれば確かにそうだ。

 

 どんなスキルにも制約はある。

 

「だから今は勝つことより観察を優先します」

 

「観察?」

 

「情報が足りません」

 

 即答だった。

 

「少なくとも、ラグナ殿は圧倒的に有利です。こちらが無理に仕掛ければ、相手の思う(つぼ)でしょう」

 

 その時だった。

 

「第三回戦を開始いたします」

 

 ディーラーの声が響く。

 

 ラグナは待っていましたと言わんばかりにチップを押し出した。

 

「三十一に百枚」

 

 やっぱり迷いがない。

 

 本当に考えているのか疑いたくなるくらい、一瞬だった。

 

「どうします?」

 

 カグヤが俺を見る。俺はチップを見る。

 

 残り四十枚。失敗すれば、もう後がない。

 

 するとカグヤは小さく息を吐いた。

 

「でしたら、今回は私に決めさせてください」

 

 そう言って、ラグナが置いた数字へ視線を向ける。

 

「三十一は奇数」

 

 そして二十枚のチップを卓へ滑らせた。

 

「奇数に二十枚。これでお願いします」

 

「へぇ。もしかして、日和ってるのかしら?」

 

 ラグナが面白そうに目を細めた。

 

「勝てる見込みもないのに突っ込むほど(おろ)かではありません」

 

「あら、つまらないわねぇ」

 

 ラグナは退屈そうに爪の先で床を叩く。

 

 けれどその顔は全然つまらなそうじゃなかった。

 

 むしろ楽しそうだった。

 

 ルーレットは轟音を立てながら回り続けている。

 

 巨大な鉄球が外周を走り、火花を散らしていた。

 

「ねえクラド君」

 

 不意にラグナが俺を見た。

 

「アナタ、本当に可愛いわねえ。今すぐにでも食べちゃいたいくらいだわ」

 

 鉄扇で(くちびる)を隠しながら笑う。

 

 褒められた気がしない。

 

 獲物を追い詰めた肉食獣のような、嫌な視線が突き刺さる。

 

「アンタに言われても、嬉しくない」

 

「私は好きよ。特に――勝てないって分かっているのに、前に出てくるその無謀(むぼう)さ」

 

 その言葉の節々に、妙な気持ち悪さが見え隠れしている。

 

「私ね、そういう子を見ると飼いたくなっちゃうの」

 

 さらりと言って、ラグナは声を殺して笑った。

 

 まるで、猫が可愛いだとか、犬を飼いたいだとか。

 

 そんな調子で。

 

「飼う?」

 

 ミリスが思わず聞き返した。

 

 表情は無に近い。

 

 けれど、握り込んだ拳が、微かに震えていた。

 

 ラグナは、そんなミリスに怖じけるどころか、ニヤリと笑う。

 

「そうよ。首輪を付けて、お洋服を着せて、ご飯を食べさせて」

 

 そこまで言ってから、

 

「いっぱい甘やかしてあげるの」

 

 うっとりと、恍惚(こうこつ)とした表情で身体をゾクゾクと震わせる。

 

 熱を帯びた吐息が漏れる。

 

「……気持ち悪い」

 

 ミリスの口から本音が零れる。

 

「想像すらしたくないですね」

 

 今度はカグヤが、外道を見るような目でラグナを睨んだ。

 

「あら、変なこと言ったかしら? 別に、ペットとか奴隷を飼うのと一緒よ?」

 

「一緒にするな。お前のそれは――」

 

「でもいいじゃない、どうせアナタたちが負けたらそうなるんだから」

 

 俺の言葉を遮って、ラグナはクスクスと嘲笑する。

 

 完全に、俺たちが彼女の“ペット”にされる未来が確定していると言わんばかりに。

 

「でもね、とっても不思議なことがあるの」

 

 ラグナは鉄扇を顎に当てながら呟く。

 

 不思議そうに首を傾げるその表情は、本当に何も分かっていない顔をしていた。

 

「私がお気に入りになる子ってぇ、なぜかみんなすぐに壊れちゃうのよねぇ」

 

 その言葉に、空気が冷えた。

 

 けれど本人は、魔法では説明の付かない怪奇現象を語るように淡々と続ける。

 

「最初は感情的で可愛いの。でも、一年もしないうちにみんな喋らなくなっちゃうの」

 

 背筋が粟立(あわだ)つ。するとラグナはうっとりと頬を紅潮(こうちょう)させた。

 

 まるでこれから、最愛の恋人との甘くとろけるような蜜月(みつげつ)の思い出を語るように。

 

「それで最後にはねぇ、私の前で自殺しちゃうの」

 

 ――どうしてなのかしらねぇ。

 

 と、本当に不思議そうに首を傾げる。

 

 まるで鉢植えの花が枯れた理由を考えるみたいに。

 

 次の瞬間、重力の波動がラグナを殴り飛ばしていた。

 

 あまりに突然の出来事に、何が起きたのか理解するまで時間がかかった。

 

「おかしい……そんなの、違う……」

 

 ミリスは荒くなった呼吸を整えながら、吹き飛ばしたラグナを睨む。

 

「あらあら……そんなに、私の愛情が気に入らなかったかしら?」

 

「愛情なものがありますか! そんな押しつけがましい愛など、こちらから願い下げです」

 

「まあ、私のモノにならないなら、カグヤちゃんとミリスちゃんはいらないや」

 

 呆れたため息を吐きつつ、しかしラグナは俺から視線を外そうとはしなかった。

 

「だからこそクラド君、アナタだけは欲しいの」

 

 心の底からそう思っているような声で、唇に舌を這わせる。

 

「それより、ルーレットの回転が弱くなってきたんじゃない?」

 

 ラグナは立ち上がりながら、ルーレットの方を見据える。

 

 そして、ゆっくりと手を挙げ、唇の端だけが歪んだ。

 

「ディーラー、やっぱり私十四番に予想を変えるわ」

 

「な――!」

 

 途中で予想を変えるのは禁止のはず。

 

 しかも、あと少しで結果が確定するのに。

 

「ラグナ様、途中で予想を変更する場合は――」

 

(ペナルティ)として三十枚でしょ? いいわ、とにかく変更よ」

 

「かしこまりました。それでは予想の変更を受理しましょう」

 

 直後、ラグナは自ら三十枚のチップをディーラーに払った。

 

 予想変更による罰。それだけで、金額としては相当大きい。

 

 だが、ラグナはまるで痛手だと思っていなかった。

 

「さあ、そろそろね」

 

 鉄球が大きく跳ねる。

 

 その先には、三十一。誰がどう見ても、そこに入るのは確実だった。

 

「……クラド殿」

 

 カグヤの声が緊張を帯びる。

 

 少なくとも、もし予想通りに入れば、奇数に賭けた俺たちの勝ち。

 

 だが鉄球は――三十一の縁に当たった。

 

 そして、あり得ない方向へ弾かれ、一つ隣に落ちた。

 

「じゅ……十四……⁉」

 

「そんな、今の軌道は三十一以外あり得ない――」

 

「イカサマだ! ラグナ、アンタ何をした!」

 

 納得できなかった。こんな予定調和な展開が許されるはずがない。

 

 何より彼女は、後から予想を変えた。明らかなルール違反を犯した。

 

 だがディーラーは何も言及はしなかった。

 

「結果は十四。ラグナ様の予想的中です」

 

 俺たちの二十枚を奪い、ラグナの前に新たなチップの山が積み上がる。

 

「自分の予想が外れたのを、人のせいにしちゃダメよ?」

 

「違う。ルール違反、勝手に予想変えた」

 

 ミリスは真っ直ぐにラグナを見据えて指摘する。

 

 しかしラグナは、ワイン瓶から(じか)に酒を(あお)りながら、

 

「でも、絶対にやっちゃダメとは言われてないわ?」

 

「何……?」

 

「私はただ、ルールを使っただけ。そうでしょう?」

 

 ラグナに振られ、ディーラーは無言で頷く。

 

 その一言が、俺は妙に引っかかった。

 

「ごめんなさい、クラド殿。私が早計だったばかりに……」

 

「いや、カグヤのせいじゃない。これはラグナの――」

 

 能力のせいだ。そう言おうとした瞬間、電流が走った。

 

 ルールを使った――。

 

 その言葉と、ここまでの異常な幸運が頭の中で繋がる。

 

 もしそうなら。

 

「そうか、一つだけ――勝つ方法があるかもしれない」

 

「勝つ方法?」

 

 ミリスが俺を振り返る。

 

 だが俺はもうルーレットを見てはいなかった。

 

 見ていたのは、もっと別のものだ。

 

「ごめん。ちょっと行ってくる」

 

「行くって、どこにですか」

 

 カグヤも振り返り、俺の手を取るより早く。

 

 俺は領域(テリトリー)の外へ向かって走り出していた。

 

「クラド! ダメ!」

 

「半径二メートルから出ると、(ペナルティ)十枚ですよ」

 

「十枚くらい、くれてやるよ!」

 

 俺はそう吐き捨てて、ある場所へと向かった。

 

 その背後で、チップが没収される。

 

 残り十枚。

 

「あらあら、逃げちゃった?」

 

 ラグナは、檻から脱走した猫を見るように笑う。

 

 だが、ミリスは首を振った。

 

「違う。クラドは逃げたりしない」

 

 カグヤも静かに頷く。

 

「ええ。彼はきっと、何かに気付いたのでしょうね」

 

 二人の言葉を聞いてもなお、ラグナは余裕の表情を崩そうとはしなかった。

 

「それは楽しみだわ」

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