無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第25話 運がないなら、オレは実力を掴む!

 この後の話は、後でミリスとカグヤから聞いた話だ。

 

 俺がルーレットの(たく)から飛び出したせいで、所持枚数は残り十枚。

 

「クラド殿は、必ず帰ってきます」

 

「この状況でも信頼できるの? どう見たって、二人を身代わりに逃げたとしか思えないわ」

 

 ラグナは目を細め、クスクスと声を殺しながら嘲笑(ちょうしょう)する。

 

 皮肉だが、そう取られても仕方がなかった。

 

 きっと周りで倒れていた客たちも、同じ状況で絶望して逃げた結果、こうなったのだろう。

 

 それでも、ミリスとカグヤは希望を捨てなかった。

 

「クラドは、そんな人じゃない」

 

「ミリスちゃんまで。あんな意気地なしな男、やめた方がいいわよ?」

 

 話もそこそこに、ラグナはすぐさまチップの山を卓に()せる。

 

「二番に百枚」

 

 またしても迷いなく予想する。

 

 しかしこれまでとは違って、カグヤたちは即決することなどできなかった。

 

 理由は至極単純(しごくたんじゅん)だ。

 

 今までは、彼女が賭けた数字に便乗して、それに合わせた色か偶奇(ぐうき)に賭けていた。

 

 けれど、ラグナが途中で予想を変えて来た以上、同じ手はもう使えない。

 

 かといって、賭けなければ負けを認めることになる。

 

「……八方塞(はっぽうふさ)がり、ですね」

 

 どれだけ考えても突破口が見つからない。

 

 カグヤでさえ、勝ち筋を(えが)けなかった。

 

「でも、やるしかない」

 

 ミリスは震える指でチップを押し出した。

 

 置いた先の数字が何だったのか、彼女自身も覚えていなかった。

 

「ミリス殿?」

 

「せめて、クラドが帰って来るまで持ち(こた)えなきゃ」

 

 ラグナの予想は絶対。負け確実の捨て戦。

 

「あらあら、ここで大逆転を狙わなくて本当にいいの?」

 

「生憎、身を滅ぼす賭けに出るほど早計じゃありませんから」

 

「ふぅん、可愛くないの」

 

 (おもむろ)に足を組み直し、ラグナは深いため息を吐く。

 

 果たして結果は、言わずもがなだった。

 

「結果は二番。ラグナ様、八百枚の獲得です」

 

 追い打ちをかけるように、ディーラーが告げる。

 

 こうして残りは五枚。最初の状況に逆戻りしてしまった。

 

 もう後がない。

 

 たとえ一枚ずつ賭けたところで、結果は同じこと。

 

「もう終わり? 子供のわりに、結構頑張ったんじゃないかしら?」

 

「…………っ」

 

 カグヤの額から冷や汗が垂れる。

 

 ミリスの(ひざ)が笑い、床にへたり込む。

 

 どう足掻(あが)いても絶望。ラグナはその表情を(さかな)代わりに、優雅(ゆうが)にワインを揺らす。

 

「楽しみだわぁ、どんな首輪が似合うかしら」

 

 一息に真っ赤なワインを飲み干し、唇に付いた水滴を舐め取る。

 

 その妖艶(ようえん)なほどの不気味さに、二人の背筋は粟立(あわだ)っただろう。

 

 しかし――。

 

「残念だけど、俺たちは誰のモノにもならねえよ」

 

 ミリスとラグナが振り返る。そこに居たのは、もちろん俺だ。

 

 空になった金貨袋と、あるモノを抱えて。

 

「強いて言うなら、ヴェルカの荷物持ちくらいだな」

 

「クラド! 遅い!」

 

「クラド殿、一体どこに?」

 

「お小遣いを全部、チップに換えてきた」

 

 言いながら、俺は換えてきた百一枚のチップを卓の上に放出した。

 

「帰ってきたことは褒めてあげる。偉いわ~」

 

 パチパチパチ、と心のない拍手が送られる。

 

 その口角が僅かに上がって、ラグナは鼻で笑う。

 

「でも、今更そんな端金で何ができるのかしら?」

 

 見え透いた挑発だった。

 

 俺は気にせず、堂々と椅子に座る。

 

 真っ直ぐ卓を見据(みす)えて、百六枚のチップを置いた。

 

「これで最後だ。00に全賭け(オールイン)だ」

 

 瞬間、その場にいた全員が絶句した。

 

 一点の全賭け(オールイン)。しかも色、偶奇(ぐうき)のどこにも属さない特別な数字。

 

 まず命懸けの崖っぷちにいる人間が賭けるような場所じゃあない。

 

「クラド、本気なの?」

 

全賭け(オールイン)なんて、ここで負けたらクラド殿が――」

 

「00で行く。二人とも、それでいいな?」

 

 二人の目をじっと見据えて、やがて二人も頷いた。

 

「ちょっと、本気で言ってるの?」

 

「本気だ。変えるつもりもない」

 

 ハッキリと言い切って、深く息を吸い込む。

 

 正直、これはただのハッタリだった。

 

 それでも限界まで、平常心を保ったフリをして見せつける。

 

 その時初めて、彼女の肩がビクリと震えた気がした。

 

「それで、アンタはどこに賭けるんだ?」

 

 既にルーレットは回っている。

 

 巨大な円の縁をなぞるように走る鉄球の轟音が、すっと消えていく。

 

「早くしないと、ルーレットが止まるぞ?」

 

「う、うるさいわね。すぐに決めるわよ」

 

「どうせ、アンタの賭けた所に止まってくれるんだろ?」

 

「くっ……」

 

 彼女の顔に焦りの色が(にじ)んだ。

 

 親指の爪を(かじ)りながら、しかしラグナの表情はすぐに変わった。

 

「本当、生意気な子。調子に乗っていられるのも今のうちよ」

 

 邪悪なほど満面の笑みを浮かべて、彼女が持つチップ全てを押し出した。

 

「アンタたちの心、ズタズタに引き裂いてあげる! 四番に全賭け(オールイン)よッ!」

 

 両者とも予想が確定した。その瞬間、戦いの(かね)が鳴る。

 

 俺はすぐさま自分のチップを取り、そこに価値を与えた。

 

 《カジノチップ:2,000G → 黄金(おうごん)破砕円盤(はさいえんばん):20,000G》

 

 指先に伝わる感触が変わる。

 

「今だッ!」

 

 俺はそれをラグナに向かって弾き飛ばした。

 

 黄金の円盤は空気を裂きながら一直線に迫る。

 

 だが、ラグナはそれを鼻で笑った。

 

「だから、無駄だって言ってるでしょう?」

 

 (おもむろ)鉄扇(てっせん)を取り出し、偶然(ぐうぜん)その()とぶつかる。

 

 それだけで円盤は大きく軌道を変え、あらぬ方向に飛んで行く。

 

 予想通り、当たらなかった。

 

 だが、それでいい。

 

「ミリス!」

 

「あ、うん!」

 

 瞬間、重力が(ゆが)んでラグナのチップが浮き上がった。

 

 そして、一斉に持ち主目掛けて襲いかかる。

 

「カグヤ!」

 

「はいッ!」

 

 続けて、カグヤの札が宙に浮かんで()ぜた。

 

 《(らい)》《(ざん)

 

 飛び(すさ)むチップを繋ぐように雷の槍がラグナを囲む。

 

 その間を()って、真空の斬撃が肉薄(にくはく)する。

 

「何度やったって同じことよ」

 

 雷が視界を焼く。

 

 直後、黄金のチップが暴風のように横切る。

 

 その隙間をラグナの身体だけが滑るように抜けた。

 

 偶然に偶然が重なり、さらなる偶然が(おお)い被さる。

 

 だが、俺たちは最初から知っていた。

 

 当たらないことくらい。

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

 雄叫びを挙げながら、俺は真っ正面からラグナに飛び込んだ。

 

「あらあら、もう自棄(やけ)になっちゃったの?」

 

 糸のように目を細めて(あお)ってくる。

 

 ちょっと腹は立つが、俺はがむしゃらに拳を放つ。

 

 ガラにもなく武力で挑んだはいいが、所詮(しょせん)は非力な足掻き。

 

 文字通り子供の遊びに付き合うように、ラグナは難なく攻撃をいなしていく。

 

「ガノックもそうだけど、どうして男の子って野蛮(やばん)なのが多いのかしら」

 

「うるせえ!」

 

 殴る、殴る、殴る。そして蹴る。

 

 けれど、全部避けられる。

 

 その背後から、更にミリスとカグヤの追撃が走る。

 

 だが、ラグナはくるりと身体を回転させ、それすらも紙一重で(かわ)す。

 

「もう、しつこい子」

 

 ラグナは後ろへ跳ぶ。

 

 そのまま卓を蹴り、着地した先は――巨大ルーレットの(ふち)

 

「ほら、こっちへいらっしゃい?」

 

 挑発するように両手を広げる。

 

 誘い込まれている。

 

 それでも俺は、迷わず飛び乗った。

 

 高速で回転する巨大円盤。足場は最悪だ。

 

 少しでも踏み外せば吹き飛ばされる。

 

 だが、関係ない。

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

 距離を詰めて、殴る。

 

 避けられても、また詰めて蹴る。

 

 横から襲ってくる風圧に耐えながら、とにかくラグナを追い詰める。

 

「重力のせいで狙いがふわふわしてるじゃない」

 

「くっ……」

 

「そんな調子じゃ、紛れでも当たらないわよ?」

 

 言いながら、鉄扇(てっせん)(ひらめ)く。

 

 それを、身を(ひね)っていなしながら、その勢いのまま懐へ飛び込む。

 

 だがその時だった。

 

 横から凄まじい轟音が迫る。

 

「ッ!」

 

 反射的に身体を捻る。

 

 次の瞬間、巨大な鉄球が俺たちの間を突き抜けた。

 

 空気が裂ける。

 

 風圧だけで頬が張り裂けそうになる。

 

 あと一歩でも避けるのが遅れていたら、身体ごと持っていかれていた。

 

「あら、危ない危ない」

 

 ラグナは軽やかに飛び退く。

 

 俺も数字の(きざ)まれたマスを蹴り、鉄球の進路から逃れる。

 

 だが鉄球は止らない。

 

 轟音を撒き散らしながら外周を駆け上がり、再びこちらへ落ちてくる。

 

 巨大な鉄球。それはまるで、暴走した怪物のようだった。

 

「クラド!」

 

 ミリスが叫ぶ。

 

 その直後だった。

 

「――はっ?」

 

 鉄球が消えた。

 

 一瞬、本当に消えたのだと思った。

 

 だが違う。見えなくなっただけだ。

 

 辺りを見渡すと、カグヤが何か札を切っていた。

 

 《(かげ)

 

 存在感そのものを薄める術だ。

 

 姿は消えたが、轟音だけがルーレットの盤上(ばんじょう)疾走(しっそう)する。

 

「鉄球はどこに――」

 

 ラグナが思わず表情を変えた。

 

 次の瞬間、見えない何かが急激に軌道を変えた。

 

 ゴゴゴ――と激しくルーレットを揺らしながら、ラグナへと迫る。

 

 ミリスの重力操作が、無理矢理軌道(きどう)を変えたのだ。

 

「ッ⁉」

 

 流石のラグナでも避けられない。

 

 そう思ったが、その時。不思議なことが起こった。

 

 見えない鉄球が、何かに弾かれたように跳ね、ルーレットの縁に激突した。

 

 そこから更に跳ね、軌道が変わる、変わる、変わる。

 

「アハハ」

 

 ラグナが笑う。歓喜に震える声だった。

 

「幸せって最っ高!」

 

 やがて、見えない鉄球はルーレットの外へ飛び出した。

 

 ゴロンゴロンと縦横無尽(じゅうおうむじん)に会場を駆け回り、ルーレットを粉砕していく。

 

 そのままビリヤード、ポーカー台とバウンドしながら破壊の限りを尽くす。

 

 衝撃が遅れて襲ってきた。

 

 ルーレット全体が大きく傾く。

 

「ぐっ――!」

 

「きゃあっ」

 

 俺とラグナの身体が同時に宙へ投げ出された。

 

 世界が回転する。足場が消える。感覚が掴めない。

 

 その瞬間、ふと一迅(いちじん)の風が吹いた。

 

 いや――重力が(わず)かに上へ傾いた。

 

「クラド! これを使って!」

 

 ミリスの重力に浮かされたビリヤードのキューが、俺の方へ舞い上がる。

 

「ありがとう!」

 

 俺は咄嗟(とっさ)にそれを掴んで、力を込めた。

 

「【価格操作(プライス・カスタム)】ッ!」

 

 《高級木材製キュー:24,000G → 魔鋼戦槍(まこうせんそう):32,000G》

 

「今更、そんな棒きれで何をしようって言うの?」

 

「何って、決まってんだろ。ルーレットを止めるんだよ」

 

「バカなのアンタ? ルーレットを意図的に止めたら、(ペナルティ)になるのよ?」

 

 ディーラーが最初に説明していたことを思い出す。

 

 物理的な干渉をすれば、(ペナルティ)として百枚没収。

 

 俺たちにとってはとんでもない大損失(だいそんしつ)だ。

 

 けれど、その逆はどうだ?

 

「それってつまり――」

 

 俺は手にしたキューを握り直し、大きく振りかぶった。

 

「百枚払えば、自分の手で止めてもいいってことだよな?」

 

 刹那(せつな)、ラグナの顔から笑みが消えた。

 

「あなた、まさか――」

 

「そのまさかだよ。あの追加資金はこのためのものだッ!」

 

「負け惜しみね! アナタにこの私が殴れるとでも――」

 

 ――ドゴッ!

 

 勢いよく振り下ろしたキューが、ラグナの鳩尾(みぞおち)に命中した。

 

 その反動と空気抵抗で、俺の腕にも負荷がかかる。

 

「はっ……!」

 

 ラグナの肺から空気が漏れ出し、嗚咽(おえつ)()らす。

 

 その目には「どうして」という大きな戸惑いが渦巻(うずま)いていた。

 

「なん……で……」

 

 二人で同時に落下しながら、ラグナは(かす)れた声を上げる。

 

「なんで、当たるの……?」

 

 その問いに、思わず吹き出しそうになった。

 

「当たり前じゃないか」

 

 回転するルーレットが迫る。

 

 地面まで、あと数メートルの距離。

 

「運を奪ったからって、永遠に幸せとは限らない」

 

 俺はキューを握り直し、また振りかぶる。

 

「ありえない……私は、ずっと……ずっと、幸せだったもの……」

 

「どんな能力にも必ず限界がある」

 

 再び、ラグナの鳩尾(みぞおち)に命中した。

 

「金を使えば減るように、アンタも俺たちの猛攻を(かわ)すために運を使い果たした」

 

「あの時の、自棄(やけ)みたいな攻撃って――」

 

「運が尽きたら、最後に残るのは一つだけだ」

 

 落ちる。

 

「違う……違う違う違う!」

 

 落ちる。

 

「私は幸運なの! 選ばれた側の人間なのよ!」

 

 落ちる。

 

「こんな所で負けるはずが――」

 

「だったら、最後の一回くらい祈ったらどうだ」

 

 そして(つい)に、ルーレットに落ちた。

 

 ――ドゴォォォォォン! という轟音と共に、ルーレットが悲鳴を挙げて止まる。

 

 衝撃が全身を貫き、骨に激震が走る。

 

「……ぅ。ディーラー……結果は……?」

 

 ゆっくりと後ろを振り返り、俺はディーラーに訊ねた。

 

 ディーラーはこの光景に目を丸くしながらも、慌てて平静を装い、

 

「クラド様、ルーレットに干渉した(ペナルティ)として百枚没収いたします」

 

 俺は息を吐いた。

 

 気付けば、全身が汗でぐっしょりだった。

 

「結果は――00。クラド様は、四十八枚の獲得。ラグナ様は全額没収」

 

 怖くなかったわけじゃない。

 

 今だって実感が沸かない。ずっと手が震えている。

 

「よってこの勝負、クラド様の勝利です」

 

 勝利。

 

 ディーラーの言葉が響いた瞬間、思わず全身から力が抜けた。

 

 まるで()きものが落ちたような気分だ。

 

「嘘よ……こんなの、嘘よ」

 

 その横で、ラグナは呆然と天井を見上げ(つぶや)いていた。

 

「私が負けるなんて、私の運が尽きるなんて」

 

 何度も、何度も首を振る。

 

 その声には怒りの色がなかった。

 

 あったのは、純粋な困惑だけ。

 

「ズルよ! こんなの、アンタたちが何かイカサマを――」

 

「俺たちは何もズルはしちゃあいない」

 

 自分の手でルーレットは止めたけれど。

 

 それは彼女がやっていたのと同じ。(ペナルティ)の範囲内だ。

 

「そもそも、運は他人から奪うモノじゃないだろ」

 

 俺の言葉に、ラグナが顔を上げる。

 

 紫色の瞳は、今にも壊れそうだった。

 

 だから俺は、最後にはっきりと言った。

 

「運は――実力で勝ち取るものだと、俺は思うぜ」

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