無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
ラグナはしばらく、
まるで、そこにあるはずの何かを探すように。
その視界の先で、倒れていた客たちが次々と目を覚ましていく。
失われていた価値が戻っていく。
《貴族令嬢:0G → 30,000,000G》
《魔道商会長:0G → 2,620,000G》
《王国騎士団員:0G → 1,980,000G》
価値は俺にしか見えないが、ラグナは
肩から力が抜け、彼女の口から
「……負けたわ」
ラグナは深く息を吐く。
その息には、負けた悔しさが
それでも、彼女の顔はどこか晴れやかだった。
「……約束は約束よ。何でも言うことを聞いてあげる」
言って、ラグナは床へ背を預けた。
手足を大の字に開いて、ゆっくりと目を
「煮るなり焼くなり、ペットにするなり好きにしなさい」
それはそれで、潔すぎてちょっと不気味だった。
けれど俺は、持っていたキューを
まだ膝がビリビリする。
痛みを押し殺して、ゆっくりと口を開く。
「
俺の言葉に、ラグナは目を見開いた。
「それと、裏口まで案内してほしい」
「……アナタ、本気で言ってるの? 私はアナタたちの敵なのよ?」
「何でも言うこと聞くって約束だろ?」
当然のように答えると、ラグナは呆れたように額を押さえた。
「普通お金とかじゃないの? そもそも、そんなこと言われて
その時、後ろから
「クラドー!」
振り返ると、ミリスがルーレットの盤上を走ってこちらに駆け寄ってくる。
続いてカグヤも、スカートの裾を押さえながら盤上に降りてきた。
「無事で良かった」
「いや、結構痛い。膝が……」
「それは自業自得です。クラド殿はもう少し、計画的に無茶をしてください」
「なんか冷たくない⁉」
「作戦とはいえ、私たちを冷や冷やさせた
早速覚えた言葉で刺された。ちょっと傷付く。
ミリスは子供をあやすように俺の膝を撫で、クスクスと笑っている。
「あのー、痛いからやめて」
そんな俺たちを見ながら、ラグナはぽかんと口を開けた。
「ねえ、本当にそれだけなの?」
「それだけだよ?」
ミリスが不思議そうに首を傾げ、言葉を紡ぐ。
「ミリスたち、
「組織に恨みはあれど、アナタたちを殺すつもりはありません」
ミリスとカグヤの言葉に、ラグナはしばらく不満げな表情を浮かべる。
そうして、深いため息を吐いて楽しそうに笑った。
「ホント、変な子たち」
その声には、先程までの
「気に入ったわ。ペットにできなかったのは残念だけど、言うこと聞いたげる」
ゆっくりと立ち上がると、彼女は胸を張った。
「アナタたちが欲しいのは、これかしら?」
すると、胸元からカードキーが顔を覗かせた。
「いや、どこに入れてたんだよ」
「細かいこと気にする男の子はモテないわよ?」
「そういう問題じゃねえ!」
「クラド殿が取らないなら、ここは私が」
そう言って、カグヤは
地下エレベーター用のカードキーとは違い、こっちは真っ白だった。
「……クラド殿、これはあなたに託します」
唐突に、カグヤがカードを手渡してきた。
……妙に生温かい。
まさかと思いラグナを振り返ると、
「あらあら、顔を真っ赤にしちゃってどうしたの?」
どうしたもこうしたもあるか!
やっぱりこの女、ヴェルカの次くらいには面倒な奴だなと、俺は思った。
「ま、意地悪はこの辺にして。約束通り連れてってあげる」
***
かくして、俺たちはラグナの案内のもと
道中で拾った布を顔に巻き、人気の少ない通路だけを選んで移動する。
さらにカグヤの《
「さて、ここから先が運営専用区域よ」
ラグナが立ち止まったのは、エントランスの受付カウンターだった。
相変わらず屈強そうな黒服が待ち構えている。
ロビーに客はいない。
競売会の開会まであと三十分ほど。
参加者は皆会場へ行った後なのだろう。
「本当に、この奥にあるんだろうな?」
「しかし理にかなっていますね。ここなら、客に強奪される心配もない」
「そゆこと。もっとも、そんなバカな子はいないけど」
クスクスと
受付カウンターの奥は、思っていたよりずっと狭かった。
帳簿や書類棚が並んだ、いかにも事務室といった風景が広がっている。
だがラグナは迷わない。
そのまま一番奥の壁へ歩いて行くと、白いカードキーを端末へ
ピッ――という電子音が響いた直後、壁がゆっくりと横に滑る。
「うわっ!」
思わず声が漏れる。
現れたのは地下へ続く長い通路だった。
壁も床も無機質な灰色一色。
人が使う通路なのに、生活感だけが不自然なほど存在しない。
耳が痛くなるような沈黙だけが、暗がりの奥の奥まで続いていた。
「何だか、不気味ですね……」
カグヤが小さく呟く。
ミリスも無意識に俺の袖を掴んで震えていた。
すると先頭を歩いていたラグナが、不意に足を止め、静かに口を開いた。
「そうだアナタたち」
振り返った彼女の顔からは、いつもの余裕が消えていた。
「ここから先は、本気で気を付けなさい」
「何だよ、急に」
「ゼロよ」
名前を聞いた途端、通路の空気が変わったような気がした。
さっきまで軽口ばかり叩いていたラグナが、言葉を選ぶように口を閉じる。
「正直に言うわ。もし私が戦うとしたら、ガノックかミザールと
アリィ――アルベリオのことだろう――は特別として。ラグナはため息交じりに言葉を続ける。
「ゼロとだけは、死んでも嫌だわ」
「そこまで、なのか……?」
「それくらい戦いたくない相手ね」
俺の問いに、ラグナは真面目な面持ちで答えた。
冗談を言っている顔ではない。
彼女の震える手が、それを静かに物語っていた。
「アイツの標的はね、何故か勝手に死ぬの。自然に、なんの前触れもなく」
「勝手に死ぬって、どういうこと?」
ミリスが恐る恐る
するとラグナは大きく肩を落とし、ざっと十秒の沈黙を経て、ゆっくり言葉を続けた。
まるで思い出したくないものを思い出しているみたいに。
「……たとえば昔、私たち
静かな語り出しに、俺たちは思わず固唾を呑み込んだ。
「とにかくその男は、顔を変えて、色んな国を転々として、組織から逃げ続けたそうよ」
「それで、どうしたの?」
ミリスが続きを
ラグナはそこで二度、深呼吸をしてから続きを口にした。
「朝起きるのと同時に、バラバラに切り刻まれて死んだわ」
思わず足が止まりかけた。
途中、話を聞き逃したのかと思ったが、違う。
「……殺されたのか?」
「そう。だけど世間は、奇妙な怪死事件として片付けた。犯人を特定できなかったから」
迷宮入り、ということか。
だけど、ラグナの口ぶりからして、その犯人がゼロという男なのだろう。
「信じられないかもしれないけど、彼の標的は見えない“何か”に殺されるのよ」
とても同じ仲間のことを語っているようには思えなかった。
まるで、村を滅ぼした魔物を思い出しているような、そんな語り口に近い。
「もしかして、召喚術の類ですか? 霊魂や精霊を操るような――」
カグヤが訊ねるが、ラグナは「違うわ」とはっきり否定した。
「少なくとも
――もしそうだとしても、魔力の
ラグナはそう付け加えた。
「それじゃあ一体、どうやって衛兵の目を掻い潜って――」
「それが分からない。だから嫌いなのよ、アイツは」
彼女は、それ以上のことを語らなかった。
いや、語りたくない。
思い出したくないと言うべきか。
「クラド、ちょっと怖くなってきた」
「大丈夫だ。俺がいる」
そっとミリスの手を取ると、横からさらに手が伸びてきた。
カグヤの手だった。
顔を逸らしているが、不安に染まった表情は隠しきれていない。
かくいう俺も、恐怖と酸欠で死にそうだった。
進む度に空気が浅くなっていく。
氷河のような寒気が背筋をなぞる。
だがそこへ希望の光が差し込んできた。
「皆さん、あそこ」
カグヤが指差した先で、通路はようやく終わりを迎えていた。
そこにあったのは、小さな倉庫のような空間だった。
壁際には競売用の番号札が整然と並び、木箱には予備のガベル――落札時に叩く木槌――が無造作に放り込まれている。
顔を隠すための仮面や制服まで積まれていて、いかにも裏方の部屋らしい光景だった。
「ここが搬入口?」
ミリスが周囲を見回すと、ラグナは軽く肩を竦めて笑った。
「そうよ。表から運べない商品は、全部ここを通るの」
拍子抜けだった。
もっと厳重な施設を想像していたが、目の前にあるのはただの倉庫でしかなかった。
「誰もいませんね」
カグヤが呟く。
確かに人の気配がない。
開会の準備で、全員会場へ出払っているのだろうか。
そう考えると
合うはずなのに、胸騒ぎだけが消えなかった。
俺たちの足音だけが、やけに大きく響く。
「……変ね」
不意にラグナが立ち止まった。
嫌な予感がして、後ろを振り返る。
「どうした?」
俺が問い掛けたのとそれは、同時だった。
――ブシュッ。
ラグナの肩口から、突然血が噴き上がる。
「え――」
見えない何かに身体を切り刻まれ、ラグナは顔から地面に倒れ伏した。
あまりにも唐突で、状況を理解するまでに時間がかかった。
「だ、誰だッ!」
俺は無意識に叫びながら、慌てて辺りを見渡す。
けれど、どこにも敵の気配はなかった。
誰も動いていない。
武器を抜いた者も、当然いない。
それなのに、ラグナの肩だけが自然と裂けていた。
「ラグナ!」
ミリスが駆け寄る。
だが当の本人は、傷より別のものに怯えていた。
震える指で肩口を押さえながら、部屋の奥を見つめている。
「嘘……」
掠れた声だった。
「なんで、そこに残ってるのよ……」
その言葉の意味が分からない。
けれど次の瞬間、部屋の奥から、小さな拍手が聞こえてきた。
パチ。パチ。パチ。
それは誰かを称える拍手ではない。
聞いているだけで神経がすり減るような、不快な音だった。
「ダメじゃないか、ラグナ」
男の声が響く。
静かで、平坦な、耳にまとわりつくような嫌な声だ。
「侵入者をここまで案内するなんて」
暗闇から現れた男は、月光のような銀髪を揺らしていた。
黒い
だが俺の視線を奪ったのは、その姿だけじゃなかった。
男の周囲だけ、妙に景色が歪んで見えたのだ。
まるで目に見えない何かが、そこに大量に刺さっているように。
「これは、ぼくたちへの裏切りと見ていいのかな?」
ラグナが後退る。
俺はその姿を見て、初めて理解した。
彼女は今まで、一度もゼロの
「ゼロ……こいつが……」
男は答えない。
ただ手の中のナイフを、くるりと回した。
何も斬っていない。誰にも届いていない。
それなのに、壁が裂け、木箱が崩れた。
床に、細い亀裂が走った。
そして俺は悟った。
コイツはガノックとも、ラグナとも違う。
目の前の男だけ、戦いの前提が噛み合っていない。
「いかにも、ぼくがゼロ。《