無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第27話 惨劇の華はソコに咲く

 ――パチ。パチ。パチ。

 

 その音が、いつまでも鼓膜(こまく)にこびりついて(はな)れなかった。

 

 ゼロと名乗った男は、ナイフを軽く(はず)ませながらラグナへ歩み寄る。

 

「さて。裏切り者には、相応の罰が必要だよね」

 

「やめ――」

 

 ラグナが声を上げるより前に、ゼロの指が動いた。

 

 何も(にぎ)っていない。何も振っていない。

 

 それなのに、ラグナの右腕が突然、真横に裂けた。

 

「ぁああああッ‼」

 

 悲鳴(ひめい)(ひび)く。

 

 血が壁に飛び散る。

 

 ラグナは腕を押さえて転がりながら、それでも声だけは(おさ)えようとしていた。

 

「面白いね、その我慢(がまん)

 

 ゼロは無感情(むかんじょう)に笑う。

 

 まるで虫の足をもぐように、何の感慨(かんがい)もなく。

 

「でももう少し、苦しむ顔が見たいな」

 

 次の瞬間、今度はラグナの足が裂けた。

 

「あ――っ‼」

 

 その光景に、頭の奥で何かが弾けた。

 

 ガキン、と音がするくらい強く、歯を噛み()める。

 

 考えるより先に、足が動いていた。

 

「――やめろ!!」

 

 拳を握って、思い切り叩き込む。

 

 ゴッ――。

 

 手応えがあった。確かに、殴ったはずだ。

 

 だがゼロは、表情一つ変えなかった。

 

「……今、ぼくのこと殴った?」

 

 殴られた頬を指先でなぞりながら、ゼロは首を傾げた。

 

 本当に不思議そうだった。

 

 怒りも敵意もない。

 

 道端で犬に吠えられた人間の方が、まだ感情を動かす。

 

 そう思うくらいに、表情には感情の色がなかった。

 

「ミリス、カグヤ……今だ!」

 

 叫ぶと同時に、二人が動く。

 

 ミリスの周囲で、瓦礫(がれき)が一斉に浮き上がる。

 

「――飛べッ!」

 

 砲弾のように加速した瓦礫(がれき)が、ゼロへ殺到する。

 

 同時に、カグヤの札が舞った。

 

 《(ざん)

 

 紫の斬撃が空気を裂き、ゼロの足元から這い上がる。

 

 完璧な挟撃(きょうげき)――そのはずだった。

 

 しかしゼロは、軽く跳んだだけだった。

 

 まるで散歩でもしているように、瓦礫(がれき)の隙間を抜け、斬撃の上を踏み越える。

 

 今の連撃を、紙一重で、しかも片手すら使わずに避けた。

 

「ねえ、どうして?」

 

 ゼロは本当に不思議そうな顔をしていた。

 

 怒っているわけでもない。

 

 挑発しているわけでもない。

 

 まるで子供が当たり前の疑問を口にするみたいに、小さく首を(かし)げながらラグナを指差す。

 

「キミたちにとって、ラグナは敵だろう? どうして(かば)うんだい?」

 

 言われなくても分かっている。

 

 ラグナは《ゴールド・スケイル》の一員だ。

 

 実際に俺たちを殺そうとしたし、今だって味方になったわけじゃない。

 

 だけど――。

 

「だから何だよ」

 

 気付けばそう返していた。

 

 上手く説明なんてできない。

 

 理屈を並べろと言われても困る。

 

 ただ――。

 

「目の前で一方的に痛めつけられている奴を見て、黙っていられるかよ」

 

 それだけだ。

 

 しかしゼロは理解できないというように眉を寄せた。

 

「いや、だから敵なんだろう?」

 

 本当に噛み合わない。

 

 会話そのものが成立していない感覚だった。

 

「敵かどうかなんて関係ない」

 

 助け船を出すように口を開いたのは、ミリスだった。

 

 ラグナの前へ一歩踏み出しながら、銀色の瞳で真っ直ぐゼロを(にら)み返す。

 

「目の前で助けを求めてる人がいたら、助けたいって思うのは普通のことだもん」

 

「普通?」

 

 ゼロはその言葉を反芻(はんすう)する。

 

 まるで聞き慣れない異国の言葉でも聞いたみたいに。

 

「それで自分が危険になるのに?」

 

「それでも――」

 

 ミリスは一歩も引かなかった。

 

 傷だらけのラグナを庇うように立ちながら、小さく拳を握る。

 

「見捨てる方が嫌だから」

 

 しばらく沈黙が落ちた。

 

 ゼロは何も言わない。

 

 ただ本気で理解できないという顔でミリスを見つめている。

 

「へえ」

 

 返事はそれだけだった。

 

 興味があるのか無いのかも分からない。

 

 ゼロは肩を(すく)めると、面倒な話題を終わらせるように視線を逸らす。

 

「やっぱり分からないな」

 

 そう呟いた瞬間だった。

 

 不意に、その目が止まる。

 

 焦点の合わない瞳が、吸い寄せられるように俺の左手へ向けられた。

 

「――あれ?」

 

 今までとは違う声だった。

 

 初めてゼロの表情に、人間らしい揺らぎが生まれる。

 

 ゼロは右手を震わせながら、ゆっくりと俺の左手を差した。

 

「……その指輪」

 

 低く漏れた声に、背筋がぞくりと粟立(あわだ)った。

 

 反射的に左手を見る。

 

 視線の先には、あのガラクタ箱の底で見つけた指輪。

 

 価格表示が異常な価値を示した、たった一つの遺物だった。

 

 ゼロはただ食い入るように指輪を見つめたまま、何かを確かめるように目を細める。

 

 やがて、ゼロは小さく息を吐いた。

 

「なるほど」

 

 それだけだった。

 

 それだけなのに、空気が変わる。

 

 今までこちらに向けられていた殺意とは種類が違う。

 

 もっと個人的で、もっと粘つく何かが肌にまとわりついた。

 

「予定変更だ」

 

 ナイフが指先で回る。

 

 ただそれだけの仕草なのに、さっきまでより何倍も危険に見えた。

 

「先に君たちを殺すよ」

 

 言い終わるより早く、ゼロは床を蹴っていた。

 

 真正面からの踏み込みだった。

 

 駆け引きも小細工もなく、獲物へ飛び掛かる獣みたいに。

 

 銀色の刃が視界を横切る。

 

 けれど、その軌道は不思議なくらい素直だった。

 

 俺は身体を半歩だけ流す。

 

 それだけで刃は肩口を掠め、背後の木箱へ深々と突き刺さった。

 

 浅い。

 

 避けられる。

 

 そう理解した瞬間、自分でも妙な違和感を覚える。

 

 ガノックの拳を見た後だからか。

 

 ラグナの理不尽な幸運を体験した後だからか。

 

 少なくとも今のゼロの攻撃からは、四天鑑定(してんかんてい)の圧力が感じられなかった。

 

「クラド君!」

 

 ミリスが叫ぶと同時に、倉庫の隅で木箱が一斉に浮き上がる。

 

 重力から解き放たれた木箱は砲弾みたいな速度で加速し、そのままゼロへ殺到した。

 

 轟音(ごうおん)が連続する。

 

 木片が弾け飛び、競売品だったガラクタが床を転がる。

 

 それでもゼロは止まらない。

 

 瓦礫(がれき)の隙間を()うように足を運び、雨みたいに降り注ぐ破片を紙一重で(かわ)していく。

 

 速い。

 

 だが、その動きにも無駄がなかった。

 

「そこです!」

 

 木箱の陰から飛び出したカグヤが、迷いなく符を切る。

 

 白光を(まと)った三本の杭が一直線に走り、逃げ道ごとゼロを貫こうと迫った。

 

 一射目(いっしゃめ)(かわ)す。

 

 二射目(にしゃめ)(かわ)す。

 

 だが三射目(さんしゃめ)は完全には避け切れず、頬を(あさ)(かす)めて血を散らした。

 

「へえ」

 

 ゼロは足を止める。

 

 頬を伝う血に触れ、その赤を不思議そうに眺めた。

 

 まるで自分の血を見るのが初めのような反応だった。

 

「当たっちゃった」

 

 その呟きには怒りも焦りもなく、どこか嬉しそうな響きすら混じっている。

 

 隙だ。

 

 俺は床へ転がっていたガベルを掴み上げた。

 

 《木製ガベル:50G》

 

「《価格操作(プライス・カスタム)》!」

 

 頭蓋の奥で焼けるような痛みが弾ける。

 

 《木製ガベル:50G → 闘技用(とうぎよう)小鎚(こづち):3000G》

 

 軽い木槌(きづち)だったはずのガベルが、一瞬で腕の筋肉を軋ませる重量に変わった。

 

 振れる。

 

 今なら届く。

 

「らああああッ!」

 

 全身の力を叩き込む。

 

 風を裂いた木槌(きづち)(うな)りを上げ、ゼロへ向かって振り下ろされた。

 

 ゼロは咄嗟に後方へ飛ぶ。

 

 だが完全には逃げ切れない。

 

 木槌(きづち)の先端が肩を掠めた瞬間、その身体が軽々と吹き飛んだ。

 

 壁へ激突する。

 

 木片が砕け、積み上がっていた箱が派手に崩れ落ちた。

 

「今です!」

 

 カグヤが叫ぶ。

 

(たた)み掛ける!」

 

 ミリスも続く。

 

 左右から迫る瓦礫(がれき)

 

 正面から放たれる光杭(こうくい)

 

 逃げ道を潰すように、三方向から同時に圧力を掛ける。

 

 初めてだった。

 

 ゼロの表情から余裕が薄れたように見えたのは。

 

 届く。

 

 あと一歩。

 

 あと一撃で終わる。

 

 俺は木槌を握り直した。

 

 ミリスが両手を振り上げる。

 

 カグヤが最後の符を切る。

 

 そして――

 

「ダメッ! ソイツに近付いちゃ――」

 

 ラグナの血を吐くような叫びが、部屋中に鋭く響き渡る。

 

 だが、その警告が耳に届く頃には、もう遅かった。

 

 ――ザシャッ。

 

 妙な音と共に、身体を撫でるような鋭い風が吹いた。

 

 次の瞬間、撫でられた所が熱を持ち、皮膚が裂けた。

 

「な――⁉」

 

 遅れて激痛が走る。

 

 肩口が深く裂け、握っていた木槌が床に転がる。

 

「キャアア!」

 

 ほぼ同時に、ミリスが悲鳴を上げた。

 

 太ももから鮮血を噴き出し、返り血でゼロの顔が赤に染まる。

 

「あーあ、遅かったね」

 

 ゼロは拭った返り血を舐め取りながら、ニタニタとした笑みを浮かべる。

 

「何が……何が起きたのですか……?」

 

 震えた声で、カグヤはゆっくりと顔を上げる。

 

 ゼロがナイフを振る瞬間は見ていない。

 

 なのに、一瞬にして三人まとめて斬り裂かれた。

 

「《残鏡(フラージュ・)惨華(コレクション)》は既に、()き誇っている」

 

 ゼロは口許だけで笑いながら、独り言を呟くように言った。

 

「ぼくのスキルだよ。空振った攻撃を、その場に残しておける能力だ」

 

 まるで意味が分からない。

 

 だがその横で、カグヤが息を呑んだ。

 

「……! なるほど、そういうことですか……!」

 

「どういうこと……?」

 

 肩で呼吸をしながら、ミリスが振り返る。

 

「先程ラグナ殿を、そして今私たちを襲った不可視(ふかし)斬撃(ざんげき)。ゼロの不自然な動き――」

 

「へぇ、これだけで分かっちゃったの?」

 

素人(しろうと)のような動きは(ブラフ)。全ては斬撃を空中に残すため……!」

 

 ゼロは否定も肯定もしない。

 

 ただ手癖のようにナイフを回して、ニヤニヤと笑うばかり。

 

 それでも目はずっと(うつ)ろなまま。

 

 人の感情を真似るように、抑揚のない笑い声を上げるだけだった。

 

「つまり、どういうことなんだ?」

 

 血反吐混(ちへどま)じりに俺が()く。

 

「言うなれば……地雷原(じらいげん)と同じ原理です」

 

 カグヤは震えた声でそう言った。

 

「今、いくつの斬撃が空間に設置されているか分からない。下手に動けば、それに触れて自滅する」

 

「そう、大体そんな感じだよ」

 

 ゼロは満足そうに(うなず)く。

 

「もっとも、ぼくにも見えないけど。でも()()()()から問題ない」

 

 平然と言いながら、ゼロは何もない空間を()うように歩く。

 

 足取りは、軽い。

 

 まるで自分の家の中を歩くように。

 

「でも、これでわかったでしょ?」

 

 ゼロが、ナイフを構え直す。

 

「キミたちは、もう詰みだ」

 

 その言葉通りだった。

 

 動けば斬られる。

 

 動かなければ、ゼロに一方的に殺される。

 

 逃げ場なんて、どこにもなかった。

 

 その時だった。

 

 ゴオオオオオオン――。

 

 地下倉庫の空気を震わせるように、重々しい鐘の音が鳴り響く。

 

 その音を聞いた瞬間、カグヤの顔から血の気が引いた。

 

「そんな……」

 

 掠れた声が漏れる。

 

 普段どれだけ追い詰められても冷静だった彼女が、隠し切れない動揺を見せた。

 

夜天競売会(ノクスアウクティオ)が始まったようだね」

 

 その言葉が胸の奥へ沈む。

 

 嫌な形で、現実を思い出させられた。

 

 俺たちは遊びでここへ来たわけじゃない。

 

 カグヤの貨物を取り戻すために、この地下へ潜ったんだ。

 

 競売が始まれば終わり。

 

 商品として出された時点で所有権は移る。

 

 どれだけ後から追い掛けても、取り返せる保証なんてない。

 

「まずい……」

 

 思わず漏れた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。

 

 時間がない。

 

 一秒でも早く会場へ向かわなきゃいけない。

 

 頭では分かっている。

 

 けれど身体が動かない。

 

 いや、動けない。

 

 少し前へ踏み出しただけで、また斬撃が襲ってくるかもしれない。

 

 今この空間に、どれだけの斬撃が埋まっているのか誰にも分からない。

 

 右にズレただけで死ぬかもしれない。

 

 左へ半歩進んだだけで首が飛ぶかもしれない。

 

 そんな場所をどう進めというんだ。

 

「どうしたの?」

 

 ゼロが小さく首を傾げる。

 

 その仕草だけは子供みたいに無邪気だった。

 

「早く行かないと困るんじゃなかったの?」

 

 わざとらしい言葉だった。

 

「でも無理だよね。動いたら死ぬし」

 

 返す言葉が出なかった。

 

 事実だからだ。

 

 俺も、カグヤも、ラグナでさえ。

 

 誰一人として動けない。

 

 このまま競売が始まって、貨物が悪人の手に渡る。

 

 ――そして、俺たちはここで殺される。

 

 何も守れないまま、呆気なく。無様に。

 

「くそっ……!」

 

 けれど、その時だった。

 

 床に膝をついていたミリスが、ゆっくりと顔を上げた。

 

 血で濡れた銀髪が肩から滑り落ちる。

 

 立っていることすら不思議な状態なのに。

 

 それでも彼女は両手を床につき、ゆっくりと身体を起こす。

 

「ミリス……?」

 

 呼び掛けても返事はない。

 

 ただ静かに立ち上がり、ゆっくりと両手をゼロへ向けた。

 

「まだ……諦めちゃダメ……」

 

「あれ? まだ立つの? 結構しぶといんだね」

 

「ダメですミリス殿、今下手に動けばまた――」

 

 そこまで言って、カグヤは途中で言葉を呑み込んだ。

 

 ミリスが後ろを振り返る。

 

 その目には、今までにないくらい熱い闘志(とうし)が燃えていた。

 

「クラド、カグヤ。ここは任せて、先に行って」

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