無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第29話 コレから始まる夜の宴

 人間という生き物は、案外しぶとい。

 

 それは賞賛(しょうさん)ではなく、どちらかと言えば呆れに近い。

 

 それがラグナの抱いた感想だった。

 

 骨が折れようが、血が流れようが、肺が焼け付こうが、それでも生きることを諦めない。

 

 否、諦める暇すらないだけなのかもしれない。

 

 少なくとも今のミリスは、その典型だった。

 

 ゼロとの戦いを終えた彼女は、自力で立っていることすら難しい状態だった。

 

 にもかかわらず、それでも前へ進こうとしていた。

 

 だがその度に身体が揺れ、今にも倒れそうになる。

 

「無理しないで」

 

 見兼(みか)ねたラグナが肩を貸す。

 

 ミリスは少しだけ驚いた顔をした後、小さく笑った。

 

「ラグナ、意外と優しい?」

 

「私好みの可愛い子にだけはね」

 

 呆れたように返しながらも、ラグナは肩を(すく)める。

 

 優しい。

 

 そんな言葉で片付けられるほど綺麗な理由ではない。

 

 ただ少しだけ。

 

 本当に少しだけ。

 

 あの無表情な暗殺者が追い詰められていく様子が愉快だっただけである。

 

 だから助けた。

 

 それだけだ。

 

 ――たぶん。

 

 地下倉庫の崩れた通路を歩きながら、ミリスはぽつりと呟いた。

 

「ねえ、ラグナ」

 

「なあに?」

 

「どうして助けてくれたの?」

 

 その問いに、ラグナは一瞬だけ空を見上げる。

 

 正確には天井だった。

 

 けれど今は、空と呼んでも間違いではない気がした。

 

「さあ、知ーらない。私は何もしてないわよ~?」

 

 そう答えた後で、ラグナは少しだけ口元を(ゆる)めた。

 

「でもそうね。きっと、勝利の女神様が微笑んでくれたんじゃない?」

 

 だが数秒考え込み、

 

「……いいえ」

 

 と、自分で否定する。

 

「今回ばかりは、微笑むどころか大爆笑してたみたいだけど」

 

 その言葉に、ミリスは意味が分からないという顔をした。

 

 勝負事というのは、公平であると同時に、もっとも不公平なものである。

 

 しかし、だからこそ面白いとラグナは考える。

 

 そして今回の勝負は、きっと女神様のお気に入りだったのだろうと、ミリスはそう結論付けた。

 

 

 ***

 

 

 一方その頃。

 

 地下深くに築かれたオペラ座 《ファントム》では、既に夜天競売会(ノクスアウクティオ)前哨戦(ぜんしょうせん)が始まっていた。

 

 幾重(いくえ)にも連なる赤い客席、天井を埋め尽くす豪奢(ごうしゃ)なシャンデリア、舞台を囲う黄金の装飾。

 

 その荘厳(そうごん)さだけを見れば、ここは芸術を愛する者たちの社交場にしか見えない。

 

 だが現実は違う。

 

 客席の通路には既に何人もの死体が転がり、赤い絨毯は血を吸って黒く染まり、割れた仮面の破片が足元で(にぶ)く光っていた。

 

 夜天競売会(ノクスアウクティオ)

 

 世界中の犯罪者、富豪(ふごう)蒐集家(しゅうしゅうか)、怪物たちが集う闇市場(やみしじょう)

 

 そして開幕前にライバルを減らすことすら、ここでは暗黙の了解として許されている。

 

 銃声が響く。

 

 悲鳴が上がる。

 

 ナイフが肉を裂く音が続く。

 

 それでも観客席に座る者たちは誰一人として顔色を変えなかった。

 

 ヴェネチアンマスクで素顔を隠した貴婦人は優雅にワインを傾ける。

 

 隣に座る紳士は銀のナイフで肉を切り分けながら、眼下(がんか)殺戮(さつりく)を眺めている。

 

 理由は単純だった。

 

 彼らの代わりに、護衛として一流の傭兵(ようへい)や殺し屋を(やと)っているから。

 

 刃が届く前に誰かが死ぬ。

 

 だから安心して見物できるのだ。

 

 命のやり取りさえ娯楽として消費する連中にとって、この殺し合いは最高級の余興と同じだった。

 

「相変わらず趣味の悪ィ連中だぜ」

 

 そんな会場を見下ろしながら、ヴェルカは呆れたように酒瓶を傾ける。

 

 彼女の足元には三人の男が転がっていた。

 

 どれも誰かに雇われた腕利きの殺し屋たちだったが、今では全員が白目を剥いて気絶している。

 

 そしてその中央。

 

 一際大柄な筋肉ダルマの腹に腰掛けたヴェルカは、酒場の椅子にでも座るような気軽さで酒を(あお)っていた。

 

 周囲では未だ殺し合いが続いているというのに、当の本人は完全に休憩時間を満喫(まんきつ)している。

 

()るなら()るで、もうちょい楽しませろっての」

 

 酒瓶を振りながらぼやくと、それを聞き付けた別の男が背後から飛び掛かる。

 

 だが次の瞬間には男の身体が宙を舞い、そのまま数列後ろの客席へ叩き込まれていた。

 

 椅子が砕け、悲鳴が上がる。

 

 しかしヴェルカは振り返りもしない。

 

 ただ酒を飲みながら鼻を鳴らした。

 

「ったく。最近の殺し屋は礼儀がなってねぇから嫌になる」

 

 ぼやきながら新しいワインのコルクを抜いたのと、鐘の音が響いたのが同時だった。

 

 ――ゴオオオオオオン……。

 

 ――ゴオオオオオオン……。

 

 二度鳴り響いた鐘の音は地下空間を震わせ、今なお続いていた殺し合いの手を止めた。

 

 客席の照明がゆっくりと落ちる。

 

 舞台を覆っていた巨大な緞帳(どんちょう)(きし)む音を立てながら左右へ開き、その奥に隠されていた豪華絢爛(ごうかけんらん)なステージが姿を現す。

 

 やがて舞台袖から現れたのは、漆黒(しっこく)の礼装に身を包んだ一人の男だった。

 

「……アルベリオ」

 

 夜天競売会(ノクスアウクティオ)主催(しゅさい)する怪物(ファントム)にして、この街の裏側を支配する男。

 

 彼が両腕を広げると同時に拍手が()き起こり、客席の富豪や貴族たちは歓迎するようにグラスを掲げた。

 

諸君(しょくん)、本日は夜天競売会(ノクスアウクティオ)へようこそ――」

 

 そして始まる。

 

 長い。とにかく長い演説が。

 

 理念だの歴史だの伝統だの、この競売会がいかに素晴らしい場所なのか。延々と続く。

 

 ヴェルカは二分ほど聞いた所で内容を理解する努力を放棄した。

 

「まだ続くのかよ」

 

 隣で気絶している筋肉ダルマは返事をしない。

 

 そんなヴェルカをよそに、アルベリオの演説はまだ続いていた。

 

 どれもこれも大して興味の湧かない話ばかり。

 

 というより、酒を飲みながら聞くには退屈過ぎた。

 

 ヴェルカが露骨(ろこつ)に欠伸を噛み殺した、その時だった。

 

 不意に会場中の照明が落ちる。

 

 次の瞬間、一筋のスポットライトが客席へ向かって伸びた。

 

「あ?」

 

 嫌な予感がした。

 

 そして、その予感は見事に的中する。

 

「さて諸君」

 

 舞台上のアルベリオが、芝居(しばい)がかった仕草(しぐさ)で片手を広げた。

 

「今回の夜天競売会(ノクスアウクティオ)には、実に特別な来賓(らいひん)をお迎えしている」

 

 ざわめきが広がる。

 

 参加者たちは興味津々といった様子で辺りを見回し、誰がその特別な来賓(らいひん)なのかを探し始めた。

 

 アルベリオは笑う。

 

 獲物を見付けた肉食獣のように。

 

「あの伝説の冒険者ギルド《夜明けの牙(デイブレイク)》」

 

 会場の空気が変わる。

 

 その名前には、それだけの重みがあった。

 

「その最後の生き残りにして、《乱脚(らんきゃく)》の異名を持つ女」

 

 ヴェルカは舌打ちした。

 

 そして、スポットライトが真っ直ぐ彼女を照らし出す。

 

「ヴェルカ様にご来場いただいております」

 

 一瞬の沈黙。

 

 その直後だった。

 

「おい、今なんて言った?」

 

夜明けの牙(デイブレイク)だと……?」

 

「八年前に壊滅したっていう、あの超一流ギルドか?」

 

「冗談だろ」

 

「ていうか、誰だよ?」

 

「《乱脚(らんきゃく)》のヴェルカだぞ! 知らねえのか?」

 

 客席のあちこちから驚愕(きょうがく)の声が上がる。

 

 若い参加者の中には名前しか知らない者もいる。

 

 だが古参の連中は違った。

 

 全盛期の“彼ら”を知っている。

 

 その時、ヴェルカは不意にタダならぬ気配を察知して振り返った。

 

 誰もいないはずの暗闇へ視線を向け、酒瓶を握る手に力が(こも)る。

 

「……やっぱり来てやがるか」

 

 その声には明確な苛立ちと警戒が混じっていた。

 

 ゆっくりと立ち上がったヴェルカは、真っ赤な瞳に殺意を(たぎ)らせ、暗闇に向かって叫ぶ。

 

「八年間、ずっとテメェらを追いかけてたんだ! 面出しやがれ、クソ野郎共ォ!」

 

 ヴェルカが()える。しかし暗闇から帰って来るのは、参加者たちのざわめきだけ。

 

 当のアルベリオも、鳴くことしかできない小型犬を見下すように、ほくそ笑んでいる。

 

「さて、長いオープニングにお付き合いいただき感謝いたします」

 

 深々とお辞儀をして、アルベリオは大きく口を開けた。

 

「それでは早速競売(オークション)を始めましょうか」

 

 司会者の号令がかかると、ステージの裾から次々と商品が運び込まれた。

 

 檻に入れられた獣人の奴隷。

 

 厳重に鎖を巻き付けられた杖。

 

 口から金貨を溢れさせた宝箱。

 

 そして――一際異彩を放つ、大きな桐の木箱。

 

 その木箱が運び込まれた瞬間、参加者たちの視線が舞台へ突き刺さる。

 

 木箱そのものは飾り気のない代物だが、その隙間から漏れ出す禍々しい魔力が会場中の空気を僅かに歪ませていた。

 

 客席のあちこちで息を呑む音が響く中、アルベリオは満足そうに口元を吊り上げた。

 

「記念すべき最初の商品はこちら」

 

 白い手袋を嵌めた手が木箱を示す。

 

「東方 《ジパング》の交易船団(こうえきせんだん)から奪取(だっしゅ)された、正体不明の貨物です」

 

 会場がざわつく。

 

 東方という言葉だけでも価値がある。

 

 まして交易船団(こうえきせんだん)から強奪(だっしゅ)された秘蔵品(ひぞうひん)ともなれば尚更だった。

 

「残念ながら中身は未確認。しかし鑑定(かんてい)の結果、この木箱そのものに極めて高濃度(こうのうど)の呪力反応が確認されています」

 

 アルベリオが軽く肩を竦める。

 

「危険かもしれない。無価値かもしれない。ですが、だからこそ面白い」

 

 その言葉に笑い声が上がる。

 

 この場にいる連中は安全な投資など求めていない。

 

 欲しいのは未知である。

 

 欲しいのは刺激である。

 

 欲しいのは、自分だけが手にするかもしれない奇跡である。

 

 ヴェルカは黙ったまま木箱を見つめていた。

 

 見間違えるはずがない。

 

 あれこそカグヤが命懸けで追い続けていた貨物だから。

 

「開始価格は五百万Gから。それでは――」

 

 その瞬間だった。

 

「一千万!」

 

「一千五百万!」

 

「二千万!」

 

 まるで(せき)を切ったように札が上がる。

 

 価格は瞬く間に跳ね上がり、普通の冒険者なら一生かかっても稼げない金額が、わずか数秒で飛び交い始めた。

 

 ヴェルカも札を上げる。

 

 だが、上げるたびに倍近い金額が返ってくる。

 

「三千万」

 

「五千万」

 

「七千万」

 

「一億」

 

 額がおかしい。

 

 完全に狂っている。

 

 しかし、この会場にいる連中にとっては日常だった。

 

 ヴェルカは舌打ちした。

 

 金なら持っている。

 

 普通の基準で考えれば、十分過ぎるほど軍資金は持ってきた。

 

 だが、この場にいる怪物どもと張り合うには足りない。

 

(すまねえ、カグヤ……)

 

 木箱から視線を逸らさず、心の中だけで謝る。

 

(まともに落札するには、高過ぎる……)

 

 価格はさらに上がる。

 

 二億。

 

 三億。

 

 やがてヴェルカは札を上げるのを止めた。

 

 代わりに周囲を観察する。

 

 護衛(ごえい)の配置。逃走経路。武装状況。

 

 強奪するならどう動くか。

 

 その計算を頭の中で組み立てながらも、すぐに現実へ引き戻される。

 

(クソが)

 

 唇を噛む。

 

(野郎、余計なことして目立たせてくれやがって)

 

 先程の紹介が脳裏をよぎる。

 

 夜明けの牙(デイブレイク)の生き残り、《乱脚(らんきゃく)》のヴェルカ。

 

 大々的に名前を晒されたせいで、下手に動けば注目の的になるだけだ。

 

(おかげで下手に動けやしねえ)

 

 価格はなおも上昇を続ける。

 

 そして遂に。

 

「三億五千万G」

 

 ある富豪が札を掲げた瞬間、会場が静まり返った。

 

 誰も動かない。

 

 誰も札を上げない。

 

 アルベリオがゆっくりと木槌を持ち上げる。

 

「三億五千万G。他に入札者はいらっしゃいますか?」

 

 アルベリオの笑みが深くなる。

 

「それでは――」

 

 木槌が振り下ろされる。

 

 落札される。誰もがそう思った、その瞬間だった。

 

「――《価格操作(プライス・カスタム)》ッ!」

 

 ステージ脇から聞き覚えのある叫び声が響く。

 

 次の瞬間、一本のガベルが砲弾のような速度で飛来し、競売台のど真ん中へ突き刺さった。

 

「ッ⁉」

 

 アルベリオは咄嗟に後退し、向かって右側を振り返る。

 

「その落札、ちょっと待ったァ!」

 

 緊張で裏返った声と共に、向こう側から二人の人影が姿を現した。

 

 それは裏手の関係者でも、ましてや四天鑑定の誰でもない。

 

 子供だった。

 

 大人の世界――闇の競売会に来るべきではない純粋な青少年たちだった。

 

 会場がざわめき立つ。

 

 そんな中、アルベリオは嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みを浮かべながら彼らを見据えていた。

 

 だがその少年と少女は、怪物だらけの現状に怯えることなく、アルベリオを(にら)みつけた。

 

「だったら俺たちは五億出してやるよ」

 

 少年が叫ぶ。だがすぐに首を横に振り、

 

「……いや、お前らに五億なんか勿体ないな」

 

「0G。私たちの大切な貨物、返していただきます!」

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