無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
左手にはめた指輪が、脈打つみたいに熱を放っていた。
【
視界の奥に浮かぶ文字は、まだ消えない。
頭の芯が妙に冴えていた。
今まで見えていた“値段”とは違う。
もっと直接的に、“価値そのもの”へ触れられるような感覚。
「……なんか知らねぇが」
盗賊の一人が剣を肩に担ぎながら鼻で笑う。
「死にてぇってことだけは分かったぜ」
店の中には盗賊が五人。
全員が武器持ちで、こっちはまともに戦える人間すらいない。
商会の連中も、店主も、誰も動けずに固まっていた。
当然だ。普通なら勝てる状況じゃない。
それでも。もう退く気はなかった。
「おい、そいつ押さえとけ」
ミリスの腕を掴んでいた男が吐き捨てる。
「先にコイツ潰すぞ」
二人の盗賊がこちらへ踏み込んできた。
速い。
剣なんて握ったこともない俺じゃ、まともに戦えば一瞬で終わる。
視界の端で、ミリスが小さくこちらを見た。
「……クラド」
その声で、頭が妙に冷えた。
勝てないなら、まともにやらなきゃいい。
俺には――この力がある。
足元に転がっていた鍋の蓋を咄嗟に掴む。
瞬間、視界に数字が浮かんだ。
《鍋の蓋:3G》
安い。笑えるくらい安い。
だったら――。
価値を、変えろ。
「《価格操作》――!」
頭の中で、数字を書き換えるイメージを叩き込む。
次の瞬間。
《鋼鉄重盾:1200G》
視界の表示が切り替わった。
「は?」
盗賊が間抜けな声を漏らす。
その直後、振り下ろされた剣が鍋の蓋へ激突した。
甲高い音が店中へ響く。
火花が散った。
だが――砕けたのは、盗賊の剣の方だった。
バキンッ‼ と嫌な音を立て、刀身が真っ二つに折れ飛ぶ。
「なっ――⁉」
折れた剣の破片が床へ散る。
盗賊は自分の手元を見たまま固まっていた。
「お、おい……なんだ今の……」
「知らねぇよ!」
後ろの盗賊たちまで顔色を変える。
商会の連中も呆然としていた。
「鍋の蓋だよな……?」
「いや、でも剣が……」
ざわめきが広がる。
視界の奥で数字が脈打つ。
もうどうでもよかった。
ミリスを奪わせない。今は、それだけでいい。
「チッ、ビビる必要はねぇ!」
別の盗賊が怒鳴った。
「どうせハッタリだ! やれ!」
二人同時に突っ込んでくる。
速い。まともにやれば一瞬で終わる。
俺は反射的に後ろへ飛び退いた。
振り抜かれた剣が木箱を叩き割る。
破片が派手に飛び散った。
「クラド!」
ミリスの声。
振り向く余裕はない。
「何でもいい! 使えそうなモノ投げてくれ!」
「……使えそうな、もの……?」
ミリスが僅かに戸惑う。
今まで命令通りにしか動かなかった奴に、「適当に使えそうなものを持ってこい」なんて無茶振りしたんだ。困るに決まってる。
けど今は説明してる暇がない。
「自分で考えろ!」
一瞬だけ間が空く。
次の瞬間。
「――これを」
何かが飛んできた。
反射的に掴む。
モップだった。
「いや微妙――!」
ツッコむより先に、盗賊の剣が目前まで迫ってきた。
やるしかない。
《ボロモップ:5G》
安い。けど関係ない。
「《価格操作》!」
頭の中で価値を書き換える。
《軍用鋼槍:1500G》
瞬間、手の感触が変わった。
軽い木の棒だったはずなのに、一気に重量感が増す。
「うおっ⁉」
半ば勢いのまま突き出した。
ガギィンッ!!
金属同士がぶつかる轟音。
盗賊の剣が弾き飛んだ。
「ぐあっ⁉」
そのまま鋼槍の石突きが男の腹へめり込む。
盗賊が吹き飛び、棚へ突っ込んだ。
木片が派手に飛び散る。
「は、はぁ⁉」
「今度はモップだぞ⁉」
商会の連中が半分悲鳴みたいな声を上げる。
……こっちだって理解してるわけじゃない。
するとまた何かが飛んできた。
「クラド、次」
「おわっ⁉」
今度は帳簿だった。
「だからチョイス!」
叫びながら、迫る刃へ反射的に突き出す。
《古い帳簿:2G → 鋼鉄装甲板:900G》
バギィッ!
盗賊の剣が根元からへし折れた。
「な、なんなんだよコイツ⁉」
盗賊たちが明らかに引き始める。
ミリスは周囲を見回し、今度は自分から次々に物を掴み始めていた。
「クラド、これ」
ガラス瓶。
「次」
縄。
「あとこれ」
箒。
「待て待て待て! 投げるペース早い!」
思わず叫びながら、飛んできたガラス瓶を掴む。
《空き瓶:1G → 爆裂魔導瓶:1800G》
「みんな伏せろッ!」
投げた瞬間。
瓶が盗賊の足元で爆発した。
轟音。
熱風。
煙が一気に店中へ広がる。
「ぎゃあああっ⁉」
「熱っ! 熱っ‼」
盗賊たちが派手に吹き飛ぶ。
その隙に、今度は縄を掴んで投げ放った。
《ボロの麻縄:2G → 拘束用鋼索:700G》
縄が一気に硬質化する。
茶色のささくれ立った麻縄が、生き物みたいに盗賊の足へ絡みついた。
「うおっ⁉ なんだこれ!」
男が慌てて剣を振るう。
だが鋼線のように硬化した縄は、一筋縄では斬れない。
「ちょ、待っ――」
勢いよく足を引かれ、盗賊が顔面から床へ突っ込んだ。
「馬鹿な……どうなってやがる……!」
盗賊が後ずさる。
床には折れた剣。吹き飛んだ仲間。煙を上げる割れた瓶。
ついさっきまで一方的に暴れていた連中が、完全に腰を引かせていた。
「く、クソがァ!」
縄で拘束されていた盗賊の一人が、無理やり体を起こす。
手にはまだ剣があった。
「調子に乗んなァッ‼」
怒鳴りながら突っ込んでくる。
かなり無茶苦茶な動きだ。だが、逆に勢いがある。
振り下ろされた刃を、俺は咄嗟に後ろへ跳んで避けた。
風圧が頬を掠める。
危ねぇ。今の普通に死ぬやつだ。
「クラド!」
ミリスが何かを投げる。
反射的に掴んだ。
――箒だった。
「また絶妙なライン攻めてくるな!?」
思わず叫ぶ。
だが、盗賊は止まらない。
「ふざけやがってえええッ‼」
剣を振りかぶり、真正面から突っ込んでくる。
視界に数字が浮かんだ。
《古びた箒:4G》
安い。だが、関係ない。
今の俺には、“価値”を変えられる。
頭の中で数字を書き換える。
《竜断の魔剣:9800G》
瞬間、手に伝わる感触が変わった。
軽い木の柄だったはずなのに、異様な重量感が走る。
なのに見た目は変わらない。
どこからどう見ても、ただの箒のままだ。
「はぁぁぁぁッ‼」
盗賊の剣が振り下ろされる。
俺は真正面から箒を振り抜いた。
ズバンッ‼
重い音が店内へ響く。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
次の瞬間。
盗賊の剣が、真ん中から滑るようにズレ落ちた。
「……え?」
間抜けな声。
続いて。
後ろで拘束されていた盗賊たちの縄まで、一緒に切れて崩れ落ちる。
ただし斬れたのは縄だけじゃない。
衝撃そのものが叩き込まれたみたいに、盗賊たち全員まとめて吹き飛んだ。
「ぶべっ⁉」
「ごぁっ⁉」
壁へ激突し、そのまま崩れ落ちる。
動かない。
死んではいないが、完全に伸びていた。
静寂が落ちる。
店の中にいた全員が、ぽかんと口を開けていた。
「……箒だよな、今の」
「箒だったな……」
「なんで剣が斬れてんだよ……」
商会の連中が震え声で呟く。
俺は荒い息を吐きながら、自分の手元を見る。
箒の柄が、ボロボロと崩れ落ちる。
……でも。立っているのは、俺たちだった。
盗賊たちは誰一人立ち上がらない。
完全に、終わりだった。
盗賊たちは床へ転がったまま動かない。
割れた木箱。散乱した商品。焦げ臭い煙。
つい数分前まで暴れ回っていた連中は、今や全員まとめて伸びていた。
店の中には、しんとした静寂だけが残る。
「……勝った、のか?」
誰かが呆然と呟く。
その声で、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
「た、助かった……」
「マジで生きてる……」
「お、おい衛兵! 衛兵呼んでこい!」
商会の連中が慌ただしく動き始める。
その様子を見ながら、俺はようやく大きく息を吐いた。
全身が痛い。
殴られた頬も、無茶苦茶に動き回った腕も、今になってズキズキし始めていた。
「……っ」
そこでふと、視界の奥にまた文字が浮かぶ。
今度は――人間に。
《盗賊頭:120,000G》
《賞金首:87,000G》
《指名手配犯:54,000G》
「……は?」
思わず声が漏れた。
倒れている盗賊たちの頭上に、数字が見える。
商品の値段とは違う。
もっと直接的な、“人間そのもの”に付けられた価値。
「なんだこれ……」
戸惑う俺の横へ、ミリスが静かに近づいてくる。
「クラド」
「……ああ」
返事をしながらも、視線は盗賊たちへ向いたままだった。
指名手配犯。
つまりこの金額、懸賞金か?
人間にも……値段?
いや、待て。
だったら俺には、今までずっと――。
「いやいやいや」
頭が追いつかない。
考えることが一気に増えすぎてる。
そんな時だった。
「――へぇ」
聞き慣れない女の声が、入口の方から響いた。
「面白いモノ見せてもらったじゃないか」
全員の視線がそちらへ向く。
壊れた扉にもたれかかるように、一人の女が立っていた。
長い赤髪。旅装のローブ。
腰には細剣と、大量の小袋をぶら下げている。
商人――いや、行商人か。
年齢は二十代半ばくらい。だが妙に目つきが鋭い。
まるで商品を値踏みするような目だった。
「誰だアンタ……」
俺が警戒すると、女は口元を吊り上げた。
「ヴェルカ。しがない行商人さ」
そう名乗りながら、床に転がる盗賊たちを見る。
「おまけに、そいつら“赤狼団”じゃないか。地方じゃ結構名の知れた賞金首だよ」
やっぱり懸賞金か。
俺が見ていた数字は間違ってなかったらしい。
ヴェルカは次に、俺の手元へ視線を向けた。
ボロボロに砕けた箒。
割れた鍋の蓋。
煙を上げる床。
そして、左手の指輪。
「なるほどねぇ」
ニヤリ、と笑った。
「アンタ、面白いじゃないか」
嫌な予感がした。
「単刀直入に言う」
ヴェルカは迷いなく指を差す。
「君たち二人、私が買おう」
「……は?」
間抜けな声が出た。
だが、周囲はもっと慌てていた。
「ま、待ってください!」
店主が慌てて前へ出る。
「クラドはうちの人員で――」
「給料、銅貨三枚」
ヴェルカが即座に遮った。
「住み込み、雑用扱い。まともな教育なし。ついでに奴隷を拾ったからって責任を押し付けて」
「うっ……」
店主が詰まる。
ヴェルカは肩をすくめた。
「そんな扱いしといて、“うちの人員”は都合良すぎないかい?」
商会の連中が顔を見合わせる。
反論できない。
当然だ。
事実だから。
「クラド!」
店主が今度は俺へ向き直る。
「か、考え直せ! 今まで面倒見てやっただろ⁉」
その言葉に、胸の奥が少しだけ引っかかった。
……確かに、世話にはなった。
仕事も、寝床も、一応は与えてもらっていた。
俺はゆっくり店の中を見回す。
さっきまで、誰も動かなかった。
ミリスが連れていかれそうになっても。
俺が殴られても。
誰も。
誰一人。
「……クラド?」
不安そうにミリスがこちらを見る。
その顔を見た瞬間、妙に頭が冷えた。
――ああ。
俺、ずっと嫌だったんだ。
馬鹿にされても笑って誤魔化して。
無価値扱いされても我慢して。
喉が妙に熱かった。
「……俺」
声が掠れる。
「もう、自分に嘘つくの嫌なんだ」
誰にも聞こえないように生きてきた本音が、ようやく口から零れた。
「俺、ここにいたくない」
口にした瞬間、胸の奥の何かが一気に軽くなった。
止まっていたものが、ようやく動き出した感覚だった。
ヴェルカが満足そうに笑う。
「いい顔になったじゃないか」
そして踵を返す。
「行くよ。世界を回るには、時間がいくらあっても足りない」
当然みたいに言う。
俺は一瞬だけ迷って――。
すぐに、その背中を追った。
ミリスも何も言わず、隣へ並ぶ。
後ろから、商会の連中の声が聞こえた。
引き止める声。
戸惑う声。
けれど、もう振り返る気にはなれなかった。
壊れた商会の扉を抜ける。
夜風が頬を撫でた。
知らない行商人。
見たこともない世界。
この先どうなるのかなんて、全然分からない。
ただ――。
あの場所に残るよりは、ずっとマシだと思えた。
――これは後に、世界最高の行商人と呼ばれる男の、最初の取引だった。