無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第3話 オマエの価値は、オレが決める

 左手にはめた指輪が、脈打つみたいに熱を放っていた。

 

価格操作(プライス・カスタム)

 

 視界の奥に浮かぶ文字は、まだ消えない。

 

 頭の芯が妙に冴えていた。

 

 今まで見えていた“値段”とは違う。

 

 もっと直接的に、“価値そのもの”へ触れられるような感覚。

 

「……なんか知らねぇが」

 

 盗賊の一人が剣を肩に担ぎながら鼻で笑う。

 

「死にてぇってことだけは分かったぜ」

 

 店の中には盗賊が五人。

 

 全員が武器持ちで、こっちはまともに戦える人間すらいない。

 

 商会の連中も、店主も、誰も動けずに固まっていた。

 

 当然だ。普通なら勝てる状況じゃない。

 

 それでも。もう退く気はなかった。

 

「おい、そいつ押さえとけ」

 

 ミリスの腕を掴んでいた男が吐き捨てる。

 

「先にコイツ潰すぞ」

 

 二人の盗賊がこちらへ踏み込んできた。

 

 速い。

 

 剣なんて握ったこともない俺じゃ、まともに戦えば一瞬で終わる。

 

 視界の端で、ミリスが小さくこちらを見た。

 

「……クラド」

 

 その声で、頭が妙に冷えた。

 

 勝てないなら、まともにやらなきゃいい。

 

 俺には――この力がある。

 

 足元に転がっていた鍋の蓋を咄嗟に掴む。

 

 瞬間、視界に数字が浮かんだ。

 

 《鍋の蓋:3G》

 

 安い。笑えるくらい安い。

 

 だったら――。

 

 価値を、変えろ。

 

「《価格操作》――!」

 

 頭の中で、数字を書き換えるイメージを叩き込む。

 

 次の瞬間。

 

 《鋼鉄重盾:1200G》

 

 視界の表示が切り替わった。

 

「は?」

 

 盗賊が間抜けな声を漏らす。

 

 その直後、振り下ろされた剣が鍋の蓋へ激突した。

 

 甲高い音が店中へ響く。

 

 火花が散った。

 

 だが――砕けたのは、盗賊の剣の方だった。

 

 バキンッ‼ と嫌な音を立て、刀身が真っ二つに折れ飛ぶ。

 

「なっ――⁉」

 

 折れた剣の破片が床へ散る。

 

 盗賊は自分の手元を見たまま固まっていた。

 

「お、おい……なんだ今の……」

 

「知らねぇよ!」

 

 後ろの盗賊たちまで顔色を変える。

 

 商会の連中も呆然としていた。

 

「鍋の蓋だよな……?」

 

「いや、でも剣が……」

 

 ざわめきが広がる。

 

 視界の奥で数字が脈打つ。

 

 もうどうでもよかった。

 

 ミリスを奪わせない。今は、それだけでいい。

 

「チッ、ビビる必要はねぇ!」

 

 別の盗賊が怒鳴った。

 

「どうせハッタリだ! やれ!」

 

 二人同時に突っ込んでくる。

 

 速い。まともにやれば一瞬で終わる。

 

 俺は反射的に後ろへ飛び退いた。

 

 振り抜かれた剣が木箱を叩き割る。

 

 破片が派手に飛び散った。

 

「クラド!」

 

 ミリスの声。

 

 振り向く余裕はない。

 

「何でもいい! 使えそうなモノ投げてくれ!」

 

「……使えそうな、もの……?」

 

 ミリスが僅かに戸惑う。

 

 今まで命令通りにしか動かなかった奴に、「適当に使えそうなものを持ってこい」なんて無茶振りしたんだ。困るに決まってる。

 

 けど今は説明してる暇がない。

 

「自分で考えろ!」

 

 一瞬だけ間が空く。

 

 次の瞬間。

 

「――これを」

 

 何かが飛んできた。

 

 反射的に掴む。

 

 モップだった。

 

「いや微妙――!」

 

 ツッコむより先に、盗賊の剣が目前まで迫ってきた。

 

 やるしかない。

 

 《ボロモップ:5G》

 

 安い。けど関係ない。

 

「《価格操作》!」

 

 頭の中で価値を書き換える。

 

 《軍用鋼槍:1500G》

 

 瞬間、手の感触が変わった。

 

 軽い木の棒だったはずなのに、一気に重量感が増す。

 

「うおっ⁉」

 

 半ば勢いのまま突き出した。

 

 ガギィンッ!!

 

 金属同士がぶつかる轟音。

 

 盗賊の剣が弾き飛んだ。

 

「ぐあっ⁉」

 

 そのまま鋼槍の石突きが男の腹へめり込む。

 

 盗賊が吹き飛び、棚へ突っ込んだ。

 

 木片が派手に飛び散る。

 

「は、はぁ⁉」

 

「今度はモップだぞ⁉」

 

 商会の連中が半分悲鳴みたいな声を上げる。

 

 ……こっちだって理解してるわけじゃない。

 

 するとまた何かが飛んできた。

 

「クラド、次」

 

「おわっ⁉」

 

 今度は帳簿だった。

 

「だからチョイス!」

 

 叫びながら、迫る刃へ反射的に突き出す。

 

 《古い帳簿:2G → 鋼鉄装甲板:900G》

 

 バギィッ!

 

 盗賊の剣が根元からへし折れた。

 

「な、なんなんだよコイツ⁉」

 

 盗賊たちが明らかに引き始める。

 

 ミリスは周囲を見回し、今度は自分から次々に物を掴み始めていた。

 

「クラド、これ」

 

 ガラス瓶。

 

「次」

 

 縄。

 

「あとこれ」

 

 箒。

 

「待て待て待て! 投げるペース早い!」

 

 思わず叫びながら、飛んできたガラス瓶を掴む。

 

 《空き瓶:1G → 爆裂魔導瓶:1800G》

 

「みんな伏せろッ!」

 

 投げた瞬間。

 

 瓶が盗賊の足元で爆発した。

 

 轟音。

 

 熱風。

 

 煙が一気に店中へ広がる。

 

「ぎゃあああっ⁉」

 

「熱っ! 熱っ‼」

 

 盗賊たちが派手に吹き飛ぶ。

 

 その隙に、今度は縄を掴んで投げ放った。

 

 《ボロの麻縄:2G → 拘束用鋼索:700G》

 

 縄が一気に硬質化する。

 

 茶色のささくれ立った麻縄が、生き物みたいに盗賊の足へ絡みついた。

 

「うおっ⁉ なんだこれ!」

 

 男が慌てて剣を振るう。

 

 だが鋼線のように硬化した縄は、一筋縄では斬れない。

 

「ちょ、待っ――」

 

 勢いよく足を引かれ、盗賊が顔面から床へ突っ込んだ。

 

「馬鹿な……どうなってやがる……!」

 

 盗賊が後ずさる。

 

 床には折れた剣。吹き飛んだ仲間。煙を上げる割れた瓶。

 

 ついさっきまで一方的に暴れていた連中が、完全に腰を引かせていた。

 

「く、クソがァ!」

 

 縄で拘束されていた盗賊の一人が、無理やり体を起こす。

 

 手にはまだ剣があった。

 

「調子に乗んなァッ‼」

 

 怒鳴りながら突っ込んでくる。

 

 かなり無茶苦茶な動きだ。だが、逆に勢いがある。

 

 振り下ろされた刃を、俺は咄嗟に後ろへ跳んで避けた。

 

 風圧が頬を掠める。

 

 危ねぇ。今の普通に死ぬやつだ。

 

「クラド!」

 

 ミリスが何かを投げる。

 

 反射的に掴んだ。

 

 ――箒だった。

 

「また絶妙なライン攻めてくるな!?」

 

 思わず叫ぶ。

 

 だが、盗賊は止まらない。

 

「ふざけやがってえええッ‼」

 

 剣を振りかぶり、真正面から突っ込んでくる。

 

 視界に数字が浮かんだ。

 

 《古びた箒:4G》

 

 安い。だが、関係ない。

 

 今の俺には、“価値”を変えられる。

 

 頭の中で数字を書き換える。

 

 《竜断の魔剣:9800G》

 

 瞬間、手に伝わる感触が変わった。

 

 軽い木の柄だったはずなのに、異様な重量感が走る。

 

 なのに見た目は変わらない。

 

 どこからどう見ても、ただの箒のままだ。

 

「はぁぁぁぁッ‼」

 

 盗賊の剣が振り下ろされる。

 

 俺は真正面から箒を振り抜いた。

 

 ズバンッ‼

 

 重い音が店内へ響く。

 

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 

 次の瞬間。

 

 盗賊の剣が、真ん中から滑るようにズレ落ちた。

 

「……え?」

 

 間抜けな声。

 

 続いて。

 

 後ろで拘束されていた盗賊たちの縄まで、一緒に切れて崩れ落ちる。

 

 ただし斬れたのは縄だけじゃない。

 

 衝撃そのものが叩き込まれたみたいに、盗賊たち全員まとめて吹き飛んだ。

 

「ぶべっ⁉」

 

「ごぁっ⁉」

 

 壁へ激突し、そのまま崩れ落ちる。

 

 動かない。

 

 死んではいないが、完全に伸びていた。

 

 静寂が落ちる。

 

 店の中にいた全員が、ぽかんと口を開けていた。

 

「……箒だよな、今の」

 

「箒だったな……」

 

「なんで剣が斬れてんだよ……」

 

 商会の連中が震え声で呟く。

 

 俺は荒い息を吐きながら、自分の手元を見る。

 

 箒の柄が、ボロボロと崩れ落ちる。

 

 ……でも。立っているのは、俺たちだった。

 

 盗賊たちは誰一人立ち上がらない。

 

 完全に、終わりだった。

 

 盗賊たちは床へ転がったまま動かない。

 

 割れた木箱。散乱した商品。焦げ臭い煙。

 

 つい数分前まで暴れ回っていた連中は、今や全員まとめて伸びていた。

 

 店の中には、しんとした静寂だけが残る。

 

「……勝った、のか?」

 

 誰かが呆然と呟く。

 

 その声で、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。

 

「た、助かった……」

 

「マジで生きてる……」

 

「お、おい衛兵! 衛兵呼んでこい!」

 

 商会の連中が慌ただしく動き始める。

 

 その様子を見ながら、俺はようやく大きく息を吐いた。

 

 全身が痛い。

 

 殴られた頬も、無茶苦茶に動き回った腕も、今になってズキズキし始めていた。

 

「……っ」

 

 そこでふと、視界の奥にまた文字が浮かぶ。

 

 今度は――人間に。

 

 《盗賊頭:120,000G》

 

 《賞金首:87,000G》

 

 《指名手配犯:54,000G》

 

「……は?」

 

 思わず声が漏れた。

 

 倒れている盗賊たちの頭上に、数字が見える。

 

 商品の値段とは違う。

 

 もっと直接的な、“人間そのもの”に付けられた価値。

 

「なんだこれ……」

 

 戸惑う俺の横へ、ミリスが静かに近づいてくる。

 

「クラド」

 

「……ああ」

 

 返事をしながらも、視線は盗賊たちへ向いたままだった。

 

 指名手配犯。

 

 つまりこの金額、懸賞金か?

 

 人間にも……値段?

 

 いや、待て。

 

 だったら俺には、今までずっと――。

 

「いやいやいや」

 

 頭が追いつかない。

 

 考えることが一気に増えすぎてる。

 

 そんな時だった。

 

「――へぇ」

 

 聞き慣れない女の声が、入口の方から響いた。

 

「面白いモノ見せてもらったじゃないか」

 

 全員の視線がそちらへ向く。

 

 壊れた扉にもたれかかるように、一人の女が立っていた。

 

 長い赤髪。旅装のローブ。

 

 腰には細剣と、大量の小袋をぶら下げている。

 

 商人――いや、行商人か。

 

 年齢は二十代半ばくらい。だが妙に目つきが鋭い。

 

 まるで商品を値踏みするような目だった。

 

「誰だアンタ……」

 

 俺が警戒すると、女は口元を吊り上げた。

 

「ヴェルカ。しがない行商人さ」

 

 そう名乗りながら、床に転がる盗賊たちを見る。

 

「おまけに、そいつら“赤狼団”じゃないか。地方じゃ結構名の知れた賞金首だよ」

 

 やっぱり懸賞金か。

 

 俺が見ていた数字は間違ってなかったらしい。

 

 ヴェルカは次に、俺の手元へ視線を向けた。

 

 ボロボロに砕けた箒。

 

 割れた鍋の蓋。

 

 煙を上げる床。

 

 そして、左手の指輪。

 

「なるほどねぇ」

 

 ニヤリ、と笑った。

 

「アンタ、面白いじゃないか」

 

 嫌な予感がした。

 

「単刀直入に言う」

 

 ヴェルカは迷いなく指を差す。

 

「君たち二人、私が買おう」

 

「……は?」

 

 間抜けな声が出た。

 

 だが、周囲はもっと慌てていた。

 

「ま、待ってください!」

 

 店主が慌てて前へ出る。

 

「クラドはうちの人員で――」

 

「給料、銅貨三枚」

 

 ヴェルカが即座に遮った。

 

「住み込み、雑用扱い。まともな教育なし。ついでに奴隷を拾ったからって責任を押し付けて」

 

「うっ……」

 

 店主が詰まる。

 

 ヴェルカは肩をすくめた。

 

「そんな扱いしといて、“うちの人員”は都合良すぎないかい?」

 

 商会の連中が顔を見合わせる。

 

 反論できない。

 

 当然だ。

 

 事実だから。

 

「クラド!」

 

 店主が今度は俺へ向き直る。

 

「か、考え直せ! 今まで面倒見てやっただろ⁉」

 

 その言葉に、胸の奥が少しだけ引っかかった。

 

 ……確かに、世話にはなった。

 

 仕事も、寝床も、一応は与えてもらっていた。

 

 俺はゆっくり店の中を見回す。

 

 さっきまで、誰も動かなかった。

 

 ミリスが連れていかれそうになっても。

 

 俺が殴られても。

 

 誰も。

 

 誰一人。

 

「……クラド?」

 

 不安そうにミリスがこちらを見る。

 

 その顔を見た瞬間、妙に頭が冷えた。

 

 ――ああ。

 

 俺、ずっと嫌だったんだ。

 

 馬鹿にされても笑って誤魔化して。

 

 無価値扱いされても我慢して。

 

 喉が妙に熱かった。

 

「……俺」

 

 声が掠れる。

 

「もう、自分に嘘つくの嫌なんだ」

 

 誰にも聞こえないように生きてきた本音が、ようやく口から零れた。

 

「俺、ここにいたくない」

 

 口にした瞬間、胸の奥の何かが一気に軽くなった。

 

 止まっていたものが、ようやく動き出した感覚だった。

 

 ヴェルカが満足そうに笑う。

 

「いい顔になったじゃないか」

 

 そして踵を返す。

 

「行くよ。世界を回るには、時間がいくらあっても足りない」

 

 当然みたいに言う。

 

 俺は一瞬だけ迷って――。

 

 すぐに、その背中を追った。

 

 ミリスも何も言わず、隣へ並ぶ。

 

 後ろから、商会の連中の声が聞こえた。

 

 引き止める声。

 

 戸惑う声。

 

 けれど、もう振り返る気にはなれなかった。

 

 壊れた商会の扉を抜ける。

 

 夜風が頬を撫でた。

 

 知らない行商人。

 

 見たこともない世界。

 

 この先どうなるのかなんて、全然分からない。

 

 ただ――。

 

 あの場所に残るよりは、ずっとマシだと思えた。

 

 ――これは後に、世界最高の行商人と呼ばれる男の、最初の取引だった。

 

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