無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
ガベルが競売台に突き刺さった瞬間、それまで怒号と歓声で揺れていた会場が、水を打ったように静まり返った。
何百という視線が、一斉に俺たちへ突き刺さる。
……やっちまった。
頭より先に身体が動いた結果がこれだ。
今さら「人違いでした」なんて顔をして帰れたら、どれだけ楽だろう。
そんな情けない考えが頭を
けれど、俺の背中にはミリスがいる。
傷だらけになりながら、それでも笑って俺たちを送り出してくれた少女がいる。
あの笑顔を見た後で、アルベリオに背中を向けるなんて、できるはずがなかった。
「……残念です」
アルベリオは本当に残念そうに息を吐いた。
怒っているわけじゃない。
むしろ、「どうして分からないんですか」とでも言いたげな顔だった。
その穏やかさが、余計に腹立たしい。
「
白い手袋を
「痛みは
まるで当たり前の真理でも説くような口調だった。
その声音には、人を撃った
「ですが、どうやら私も買い被っていたようだ」
「ヴェルカの弟子が、ここまで聞き分けの悪い子だったとは」
「……言ってくれるな」
膝の痛みより先に、胸の奥がじりじりと熱を帯びていく。
思わず言い返しかけた、その時だった。
「違う。それは教育なんかじゃない」
カグヤの声は震えていた。
それでも彼女は一歩も退かず、アルベリオを真っ直ぐ
「ただの脅しだ!」
「結果が同じなら、
アルベリオは眉一つ動かさない。
牧師のような穏やかさで、ゆっくりと言葉を重ねていく。
「商売だって同じですよ。利益を得るためなら、手段は何だっていい」
その笑みが、
「たとえ命を奪うことになったとしても、ね」
「腐ってやがる……!」
思わず吐き捨てた俺を見ても、アルベリオは肩を
「だから、残念ですが愚かな君にはここで死んでいただきます」
白い手袋を
その何気ない仕草に、背筋を
「さようなら、クラド君――」
指先が動く。
――来る!
「つまらねえ演説が終わったと思えば、今度はガキの公開処刑か?」
豪快な声が会場を斬り裂く。
観客達が一斉にどよめき、その視線が客席の中央へ吸い寄せられた。
「いつから
「何?」
アルベリオの笑みが、その時初めて崩れ去った。
「
赤い影が客席を蹴った。
真紅の長いスカートを大きく
そして、轟音と共にステージへ降り立ったヴェルカは、砕けた石片を踏み砕く。
「ヴェルカ!」
「待たせたなテメェら。それで、ミリスはどうしたんだ?」
ふとヴェルカは一人居ないことに首を傾げる。
ミリスは……。俺たちが言葉を詰まらせていると、ヴェルカは小さく
「ま、ミリスも結構タフな奴だ。心配しなくても大丈夫だろ」
「ですが、彼女は今――」
「心配すんな、私の弟子がそう簡単に死ぬタマかよ」
言いながら、ヴェルカは俺へ視線を送る。
俺を参考例にされても困るんだが。
「困りましたねえ。まさか予期せぬ乱入者が三人も現れるとは……」
「いいや、あとからもう一人来るぜ?」
「増えようが同じこと。ゼロと対峙して
アルベリオは得意げに口角を上げて、裏口側を見やった。
やっぱりミリスを置いて行くべきじゃなかったか?
いや、ミリスならきっと大丈夫だ。俺は心の奥底で、そう信じることにした。
「さて、聞くまでもないと思いますが。
両方の腕を広げながら、アルベリオが訊く。
俺は倉庫から持ってきた番号札を構えながら、アルベリオを睨み返す。
「言うまでもない。断る!」
「ならば、私が直々に始末するまでですッ!」
アルベリオが懐へ手を差し入れた。
反射的に体が動く。
あの時と同じ、
だが、そうはさせない!
「カグヤ!」
「はいッ!」
返事と同時に、木札がスポットライトを裂いた。
《
一直線にアルベリオの喉元を狙う。
その隙を縫うように、俺も番号札を投げ放った。
《番号札:50G →
紙切れほどの重さだった札が、手を離れた瞬間には
二方向からの
避けるなら、どちらかは当たる。
そう踏んだ。
だが――。
「……なに?」
思わず声が漏れた。
軌道が、目に見えない何かに弾かれたように横へ折れ、そのまま客席の柱へ深々と突き刺さる。
同時に、カグヤの術もアルベリオの鼻先でふわりと向きを変え、誰もいない天井へ吸い込まれていった。
避けた?
いや、違う。
あいつは一歩も動いていない。
「へぇ」
ヴェルカだけが、口元を吊り上げた。
「やっぱり面白ぇ能力使うじゃねえか」
言うなり床を蹴る。
赤が一瞬でアルベリオとの間合いを潰した。
踏み込みからの正拳。
空気が爆ぜるほど鋭い一撃だった。
だが、その拳さえ届かない。
「んぁっ?」
アルベリオの目前まで伸びた拳が、不自然な軌道を描いて逸れたのだ。
――ドゴォォォンッ!
砕けたのはアルベリオではなく、その背後にあった競売台だった。
大理石が
「チッ……」
ヴェルカが舌打ちする。
その横を、砕けた破片が飛び抜けた。
俺は
掴んだのは、カジノで
《高級トランプ:2,000G →
指先に吸い付く感触が変わる。
紙じゃない。薄い刃物に変わった。
「これなら、どうだッ!」
十数枚を一気に
切り裂くというより、逃げ場そのものを潰すように。
これなら――。
そう思った瞬間だった。
何枚かは壁へ。
何枚かは天井へ。
ぞわり、と背中が
避けられたんじゃない。
俺たちの攻撃の軌道そのものが、途中で捻じ曲げられた。
「面白ぇ」
そんな異様な光景を前にしても、ヴェルカだけは口の端を吊り上げる。
「なら、力づくでぶち抜くだけだ!」
次の瞬間には床を蹴っていた。
赤いスカートを
その踏み込みはあまりにも速く、俺の目には赤い残像しか映らなかった。
――入った。
そう確信した拳は、しかしアルベリオの真横を素通りするだけだった。
「……チッ」
舌打ちしたヴェルカが身を引いた、その時だった。
頭上で何かが光る。
見上げた俺の背筋が凍り付いた。
「ヴェルカ! 危ないッ!」
さっき俺が放ったトランプだ。
壁や柱に突き刺さっていたトランプが、一斉に向きを変え、獲物を見付けた鳥の群れみたいにヴェルカへ殺到した。
ヴェルカは拳で二枚叩き落とし、残りも紙一重で
それでも一枚だけは避け切れず、頬を浅く裂いて鮮血が宙に散った。
「クソッ……テメェ、何しやがった?」
アルベリオは肩を
「人のせいにするのは感心しませんねえ。私は何もしていませんよ?」
嘘だ。
そんなはずがあるか。
俺のトランプも、ヴェルカの拳も、狙った場所に届かなかったじゃないか。
ただ外れたんじゃあない。
途中で"何か"に進路を書き換えられている。
その違和感に触れた瞬間、不意に彼女の姿が脳裏を過った。
――ミリス。
いや、違う。
似ているだけだ。
アルベリオの力は引き寄せるだけじゃあない。
最初から決まっていた進路を、途中で捻じ曲げている――。
「ようやく、お気付きですか」
その一言で、思考を断ち切られた。
アルベリオは静かに微笑み、人差し指をゆっくりと持ち上げる。
その顔には、勝負を終えた者だけが浮かべる余裕しか残っていなかった。
「《
低く響く声が、静まり返った会場を満たす。
「あらゆるものの"
その宣言を
壁に突き刺さった木片がひとりでに震え、黒服が落としたナイフが音もなく向きを変える。
天井のシャンデリアまでもが、不気味な軋みを上げながらゆっくり揺れ始めた。
「飛ぶものも、落ちるものも、斬るものも、撃つものも」
アルベリオは穏やかに笑う。
「この会場では、すべて私の望む方向へ進むのですよ」
ニヤリと笑みを浮かべ、アルベリオは真っ直ぐ俺たちを指さした。
次の瞬間、その合図を待っていたと言わんばかりに、
いや、風なんて吹いちゃいない。
まるで風に流されるように、木片が、トランプが、ガラス片が、ナイフが。
アルベリオを狙っていた凶器たちが、俺たちに襲いかかってきた。
「皆さん、伏せてください!」
カグヤが
《
直後、耳を
無数の凶器たちが
けれど――
「くっ……!」
「まずい、カグヤ! それ以上は――」
気付けば叫んでいた。だがそれより早く、甲高い
――パリィィィンッ!
「おや、思ったより
飛び散った
次の瞬間、
それを掴み、引き抜きながら
杖の中から覗いた細身の
「――ッ!」
速い。
俺が
白い刃が横一文字に走る。
「カグヤ!」
反射的に、考えるより先に床を蹴っていた。
右脚に力を集中させて、価値を書き換える。
《革靴:3,800G →
踏み込んだ瞬間、景色が弾けた。
身体が矢みたいに前へ飛ぶ。
狙うのは顔じゃあない。
「むっ」
アルベリオも
刀を引いて、俺の蹴りを受け止めるつもりだ。
だが、速度は俺が一枚上手だった。
俺の蹴りが白刃の
「カグヤ! 今だッ!」
その隙を逃さず、カグヤが身を捻る。
本来なら首を
鮮血が舞う。
だが、生きている。その事実だけで十分だった。
「チッ、外しましたか」
初めて、アルベリオの口から舌打ちが漏れる。
俺はそのまま勢いを殺さず、もう一度踏み込んだ。
右脚へ、残った力を全て乗せて、
「ドラァッ!」
放つッ!
――ギィンッ!
今度は間に合った。
アルベリオは刀身を横に構え、その一撃を真正面から受け止める。
火花が散る。
次の瞬間、ミシッ、と乾いた音が響く。
細身の刀身に一本の亀裂が走り、そのまま根元から真っ二つに折れ飛んだ。
同時に、俺の靴も限界を迎える。
革が裂け、底が砕け、砂粒が風に
床に着地した俺は、右だけ裸足のまま息を整える。
アルベリオは折れた刀身を眺め、小さく肩を竦めた。
「困りましたねえ」
どこか本気で残念そうな口調だった。
「仕込み杖は携帯には便利ですが、強度がまるでオモチャ並ですね」
「オモチャごときで、私らを殺せると思っていたのか?」
「残念ながら、子供の決闘ごっこに付き合うほど暇じゃないもので」
折れた仕込み杖を
その声音には余裕しかない。
まるで俺たちとの戦いが、それ以下だと言っているようだ。
……悔しい。
奥歯を噛み締めるたび、血の味が広がる。
何もできない。
能力の正体は分かった。理屈もなんとなく理解できる。
けれど、攻略の糸口が見えない。
「では、遊びはこの辺りで終わりにしましょう」
アルベリオが懐から魔道銃を抜く。
本気だ。今度こそ、殺すつもりだ。
そう覚悟したのとそれは、同時だった。
――
「ッ⁉」
巨大な影が、砲弾みたいな勢いでステージを横切っていく。
アルベリオは
耳を
「な、何だ……?」
飛び込んで来たそれを見て、俺は思わず目を
果たしてそれは、女神を
価格を見ずとも、果てしない額の商品だと一目で分かる……。
「おお、こりゃあ
ヴェルカが口笛を吹く。
その向こう側で、アルベリオだけが眉をひそめていた。
「……誰です?」
その問いに答えるように、土煙の奥から一つの影が姿を現した。
ドレスに付いた汚れを払いながら、影がにっこりと
「みんな、お待たせ」
聞き慣れた声がした瞬間、胸につかえていたものが一気にほどける。
「ミリス!」
「ミリス殿! よくぞご無事で!」
気付けば俺もカグヤも、同時にその名を叫んでいた。
ヴェルカだけは、腕を組んで口の端を吊り上げていた。
「だから言ったろ? 私の
その時初めて、アルベリオの
黄金の瞳が、
「まさか……
震えた声が、静まりかえった会場に落ちる。
「ゼロを……倒したというのですか?」