無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
「まさか……ゼロを倒したというのですか……?」
初めてだった。
アルベリオの
ミリスは頬についた血を親指で拭いながら、にっこりと満面の笑みを浮かべる。
「あんな奴、ミリスの敵じゃなかった」
……笑顔で嘘を吐くな。
白かったドレスは赤く染まって、髪は
両手なんて、小刻みに震えっぱなしじゃないか。
明らかに大丈夫ではない。けれど、
「ハッ、強がりやがって」
その姿を見たとたん、ヴェルカが思わず吹き出した。
「一体誰に似たんだか」
言いながら俺を
――いや、多分アンタだと思うぞ。
口には出さず、目で言い返す。
それでも、ミリスの軽口が聞けただけで、胸の奥が少しだけ軽くなった気がする。
俺とカグヤ、ヴェルカ、そしてミリス。ようやく全員揃ったんだ。
それだけで、不思議と負ける気がしなかった。
「……なるほど。これで
アルベリオはゆっくりと息を吐き、頭を抱えた。
「悔しいですが、認めましょう。ヴェルカ、あなたの弟子は相当優秀なようですね」
「今更褒めたって、お世辞でも嬉しくねえぜ」
「だとしても、
非常に悔しいですがね。アルベリオはそう結んで、ニヤリと口の端を吊り上げた。
確かに俺たちは
それなのに、胸は少しも晴れなかった。
むしろ、嫌な予感が背筋をなぞる。
「だからこそ残念で仕方が無い。優秀なキミたちが、こんな悪女に利用されていることが」
「悪女……?」
ヴェルカが? 利用している?
「バカを言うな! 何を証拠にそんなことを!」
「証拠? それは既にキミたちも知っているはずでしょう?」
アルベリオは
けれど、その目に射貫かれて、ヴェルカとのこれまでの出来事が脳裏を駆け巡った。
商会で出会った日。
ガザルム坑道で、本当に死にかけたこと。
理由も聞かされないまま、この競売会へ連れて来られたこと。
……言われてみれば。
俺たちは一度も、ヴェルカの本当の目的を聞いていない。
「…………」
信じたい。けれど、反論できない。
あの日から今日まで、ヴェルカは一度も自分の目的を語ろうとしなかった。
それでも俺たちはヴェルカに着いて来た。
商人として、師匠として。
心の何処かで彼女を信頼していた。
いつの間にか、それが当たり前になっていたからだ。
なのに――。
「テメェ、良い性格してんじゃねえか」
ヴェルカは口の端をひくつかせながら、アルベリオを
それを図星と捉え、アルベリオは声を殺して笑った。
「事実を言ったまでです。ねえ、嘘はお得意なんでしょう?」
思えば、疑問に思ったことは沢山ある。
そもそも、彼女の素性だって……。
俺たちが何も言えず黙っていると、ヴェルカが顔を上げた。
「ああそうだ。利用したさ」
「ヴェルカ? 何を、言ってるの?」
ミリスの口から思わず声が漏れる。
「……嘘、だよね」
小さな子供みたいな声で、ミリスが涙を
「ヴェルカ、嘘だって言ってよ! こんなの、あんまりだよ……」
無理もない。
あの日、ヴェルカは俺だけじゃなく、ミリスも救ってくれた。
初めて、俺たちを「仲間」と呼んでくれた人だ。
それが全部嘘だったなんて、ミリスにはとても受け止められないだろう。
「ヴェルカ、何とか言ってよ……」
「悪いな、コイツは嘘でも何でもねえ」
しかしヴェルカは、息をするように否定した。
今までの全てが演技だったと、そう吐き捨てるように。
「商人ってのは、使える道具は何だって使うモンだ。たとえそれが人でも、そうだろアルベリオ」
その一言に、アルベリオは肩を震わせた。
やがて堪えきれなくなったように、腹を抱えて笑い始める。
「いやあ、安心しましたよ。やはりアナタは私と同じ側の人間だ」
舞台役者のように両腕を広げ、わざとらしく拍手を送る。
その笑顔がまた
完全に人を見下し馬鹿にすることしか頭にない顔をしていた。
「人もまた商品。価値があるうちは
アルベリオは俺たちを
「ハハッ、そうかもなあ。それで言やあ、コイツらも私の商品だな」
その言葉に、カグヤが一歩前に出た。
静かに湧き上がる怒りを押し殺し、胸元で札を握りしめる。
「ヴェルカ殿」
出会ってから、まだ数日。
互いの素性を知り尽くした間柄ではない。
それでも。
「冗談でも、そのような言葉は
真っ直ぐ見据えながら、小さく首を振る。
「どうか、訂正してください」
一瞬だけ沈黙が落ちた。
しかし返ってきたのは、あまりにも冷たい声だった。
「うるせえぞ。お前らはさっさと下がってろ」
カグヤの言葉を
本気なのか?
それとも、これも単なる軽口なのか?
何が何だか分からない。
本気で俺たちを道具だと、商品だと思っていたのか?
本当に利用するためだけに、あの日俺たちを商会から連れ出したのか?」
「ふざけるなよヴェルカ! じゃあ、ずっと俺たちを騙していたってのかよ!」
目の前にいる師匠だった女が、見る見るうちに悪魔へ
ヴェルカは振り返らず、悪魔のように歯を剝いて、観客席側を
「だがなアルベリオ。テメェは
「……何?」
アルベリオが眉を寄せる。
その一瞬だった。
「私はよォ——」
ヴェルカの
「
アルベリオの身体が真横に弾き飛ばさされる。
乾いた衝撃音が競売場に響き、白い
――入った。
そう思ったのも束の間だった。
吹き飛ばされたアルベリオは空中で体勢を立て直すと、袖口へ指を滑らせる。
「大事に、ねぇ」
懐から抜き放たれた数本の
「チッ!」
ヴェルカは身を捻って二本を
火花が散る。
だが、それで終わらない。
弾き飛ばしたはずのナイフが、不自然な軌道を描いてもう一度ヴェルカに食らいついた。
「――!」
寸前で身を沈める。
銀の刃は髪を数本さらって背後の柱へ突き刺さった。
アルベリオは肩を
「我ながら、何度見ても美しい能力でしょう?」
既にさっきまでの
もう勝負は決まったと言わんばかりの余裕だった。
ヴェルカは舌打ちを一つ。
拳を振るえば軌道が逸れ、蹴りを放てば空を切る。
攻めるたびに、ほんの
その積み重ねだけで、決定打が一つとして届かない。
ヴェルカに言われた通り、俺たちは歯を食い縛りながらステージを降りた。
悔しいが、ここで飛び込んでも邪魔になるだけだ。
それでも胸の奥では、さっきまで信じていたものが音を立てて崩れていく感覚が消えない。
その迷いを見透かしたように、アルベリオが口元を
「残念でしたねえ」
ナイフを指先で弄びながら、ゆっくりとヴェルカとの距離を詰めていく。
「どうやら彼らは、私の言葉を信じてしまったようですよ」
「そうやって今まで何人の弟子候補が逃げたか、数え切れねえや」
ヴェルカも負けじと、両手の指を折り曲げながら、やがて数えるのを諦めた。
だが、観客席側を振り返り、ヴェルカはゆっくりと口を開いた。
「その中でも、コイツらほど面白れぇ弟子は二人といねえだろうな」
その言葉が終わるより早く、観客席から二つの影が飛び出した。
「ハァッ!」
《
カグヤが空中で札を散らす。
しかし――。
「何度やろうと同じですよ」
アルベリオが人差し指を振る。
次の瞬間、アルベリオの目前で
やっぱり、一本も届かない。
「ミリス殿! お願いしますッ!」
「うん、任せて!」
今度はミリスが両腕を伸ばす。
砕けた床へ
「同じ事を言わせないでください」
アルベリオは再び指を振る。
「きゃっ!」
ミリスの悲鳴が上がり、土埃がステージを包み込む。
その様子を横目に、ヴェルカは顔を引き
「おいおい。お客様は神様だぜ? 仮にも商売人が、罰当たりな真似していいのか?」
「大義に犠牲はつきものですよ」
アルベリオは涼しい顔で口角を上げた。
「それに、命よりも優先すべき価値など幾らでもある」
その言葉を聞き流しながら、ヴェルカは大きなため息を吐いた。
「いいのかねえ。ンなこと言ってたら、いつか天罰が下るぜ」
言いながら、ヴェルカは一瞬だけ観客席の天井――シャンデリアを見上げた。
それを合図に、俺はミリスが操る
一歩、また一歩と跳び越えて、そのままシャンデリアへ飛び移る。
「たとえ天だろうと、私の《
アルベリオは全く気付いていない。
いや、気付いた所でもう遅い。
《特注シャンデリア2,800,000G →
瞬間、横に揺れるだけだったシャンデリアが、一人でに回転を始めた。
最初は緩やかだった。
だが一秒ごとに速度を増し、無数のクリスタルが
振り落とされそうになりながら、それでも俺は必死にしがみついた。
「ぐっ……うおお……」
渦を巻いた空気が俺の身体を持ち上げ、遠心力が全身を引き裂こうとする。
だが、まだだ。タイミングを見極めて――。
そして、左脚へ、ありったけの力を叩き込みながら、手を離す!
《革靴:3,800G →
遠心力を、そのまま
俺の身体は、砲弾どころじゃない速度でアルベリオへ突っ込んでいく。
「だったらよォ、この私が天に代わってお仕置きしてやるよッ!」
ヴェルカはニヤリと笑みを浮かべ、右脚を振り上げる。
アルベリオが指を振り、呆れたように口を開く。
「《
ヴェルカの軌道が逸らされる。俺の蹴りも逸れる。しかし――。
――俺の蹴りは、アルベリオの側頭部に命中した。
鈍い衝撃音が会場を揺らした。
アルベリオの身体が、ステージの壁まで吹き飛んでいく。
「…………」
まるで時が止まったように、会場の音という音が消える。
「……マジかよ」
思わず自分の口から漏れる。
俺自身が、一番信じられなかった。
左側の靴が崩壊していることに気付かなかったくらい、俺の中の時も止まっていた。
「な、何故だ……私の《
アルベリオが壁にもたれたまま、震える手で側頭部を抑える。
白い手袋が、黄金色の髪が赤に染まっていく。
「あり得ない! そんなことが、あるはずないッ!」
黄金の瞳が大きく揺れる。
頬を押さえたアルベリオは、一歩、二歩と後退った。
「クラド!」
ミリスが駆け寄ってくる。
「ねえ、どういうことなの? どうして今の攻撃だけ当たったの?」
本気で分からない、と言いたげに首を傾げる。
それも無理はない。
俺だって、ついさっきまでは確信なんて持てなかった。
「ずっと引っ掛かってたんだ」
荒い息を整えながら、俺はアルベリオを真っ直ぐ見据える。
「地下保管庫で、ヴェルカの蹴りだけが当たった理由」
アルベリオの眉が僅かに動く。
「最初は偶然かと思った。でも違った」
「正解。ありゃ偶然じゃねえ」
横からヴェルカが口を挟んだ。
肩を回しながら、ニヤリと笑う。
「アイツの能力は、最初から万能じゃなかったってだけだ」
「……何を言っている」
アルベリオは平静を装う。
だが、その声にはもう余裕がない。
ヴェルカは構わず続けた。
「《
そう言って、人差し指を一本立てる。
「変えられる方向は、一つだけだ」
静まり返った会場に、その言葉だけが響いた。
「一つ……だけ?」
ミリスが小さく呟く。
「じゃあ今まで、トランプも瓦礫も、全部自由自在に操ってたんじゃ……」
「そう見せていただけです」
カグヤが、何かに気付いたように息を呑む。
「一度だけ向きを変え、それを繰り返していただけ……ですか?」
「正解」
ヴェルカが口角を吊り上げる。
「だから地下保管庫で、私の蹴りだけ当たった」
俺もようやく
あの時ヴェルカは、俺たちとは真逆の方向から飛び込んでいた。
だからアルベリオは、俺たちの攻撃を逸らすために能力を使った瞬間、ヴェルカへの対応が一拍遅れた。
「そのためには、一回アルベリオの注意を私に向ける必要があった」
"
それが《
「だからさっき、お前らを下がらせたってワケさ」
ヴェルカは俺たちを親指で指した。
「……」
一瞬、沈黙が流れる。
そして俺は思わず叫んだ。
「いや分かるかよ!」
ヴェルカは悪びれもせず肩を竦める。
「細けぇこと気にすんな」
「気にするわ! 普通気付かねえよこんなこと!」
思わずツッコミを返した俺を見て、ミリスもカグヤも小さく吹き出す。
緊迫した空気が、一瞬だけ和らいだ。
そのやり取りを黙って見ていたアルベリオは、ゆっくりと立ち上がる。
頬を伝う血を親指で拭うと共に、苦笑にも似た笑みを浮かべた。
「そこまで見抜かれたのなら、認めざるを得ませんね」
血を拭った指先が、小さく震えている。
「その通り。私の《
余裕を
「ですが、勝敗とは……最後まで立っていたものが決めるもの……」
アルベリオの口角が裂け、ヴェルカを
「そう教えてくれたのは、あなたでしたね。ヴェルカ」
そう呟くなり、アルベリオは踵を返した。
向かった先は、積み上げられた商品の山。
「本来は商品だが、
アルベリオが、
「あの杖……やべえぞ!」
ヴェルカの顔色が変わった。
「アイツを、あの杖に触らせるんじゃあねえッ!」
俺たちは同時に床を蹴り、アルベリオを追った。
だが、アルベリオの指先が、既に鎖を掴んでいた。
「ここまで私を
そこで初めて、男は余裕の仮面を脱ぎ捨てた。
「貴様らのような
その声には、先程までの気品は欠片も残っていなかった。
アルベリオの能力で、鎖が一本、また一本と引き千切れていく。
「畜生ッ! やめろぉぉぉッ!」
俺は咄嗟に、近くに落ちていたガベルを拾って投げ放った。
ミリスも
けれど、アルベリオはそれを受けながらも、鎖から手を離さなかった。
「財も地位も、価値も持たない虫ケラ共がッ! 貴様らを殺せるのなら、
やがて――。
――ガキィィィン!
鎖が全て外れ、杖の柄に触れる。
禍々しい色をした杖が、スポットライトを受けて
「今度こそ、地獄に空きがあるといいですねえ、ヴェルカ」
アルベリオは再び、
その瞬間だった。
――ズバァッ!
杖を握る腕から全身にかけて、
「……は?」
男の口から、空気の抜けるような声が
それと同時に、俺とミリス、そしてカグヤは息を呑んだ。
不可視の斬撃が、アルベリオを襲った。