無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
嫌な汗が背中を伝った。
アルベリオの身体に走った無数の赤い線が、鮮血となって噴き上がる。
「おいおい、どうなってんだこりゃ?」
ヴェルカは目を丸くして周囲を見渡す。
誰がやったのか、アルベリオを襲撃した犯人を捜しているのだろう。
アルベリオだって、何が起きたか分からず放心している。
無理もない。
けれど俺たちには、それが何者の仕業なのか、薄らと分かりかけていた。
実際に、それを一度味わっているから。
だからこそ、恐怖が背筋をなぞる。
「この現象って、まさか」
冷や汗がカグヤの頬を伝う。
「なんで? ミリスが見た時、アイツは……」
「いや、ミリスを疑うつもりはない。でも、この“能力”は間違いない」
そもそも、俺たちはアルベリオたちを殺すために来たワケじゃあない。
息があればそれで充分。カグヤの貨物を取り返せたらそれで良かった。
しかし、だったら何故――。
「……一体これは、何の真似だ?」
アルベリオが、スーツを血に染めながら裏口を睨む。
その視線を追うように、俺たちも後ろを振り返った。
「ゼロ……まさか、裏切ると言うのか!」
「裏切るなんて酷い言い方は止してくれよ、会長」
裏口の前に立っていた男――ゼロは、指先でナイフを回しながらため息を吐いた。
顔はボコボコ、腕や脚に無数の
「ぼくはずっと、この瞬間を待っていたんだよ」
言い終えると、ゼロの口が横に裂けた。
そのまま一歩、また一歩と歩み出し、すれ違い様に俺たちを振り返る。
だが、ゼロは俺たちに襲いかかるでもなく、アルベリオの前でしゃがみ込んだ。
「ありがとう会長、おかげで予定通りに計画が進むよ」
「ゼロ……君は一体、何者なんだ……?」
アルベリオは傷だらけの体を震わせながら、ゆっくりとゼロを見上げた。
するとゼロはにっ、と歯を見せるように唇を開いた。
笑っているのだろう。けれど、口角の筋肉が全く動いていない。
「ぼくはゼロだよ。《
初めて聞く名だった。
ミリスとカグヤは言わずもがな。アルベリオも同じ表情を浮かべた。
誰一人として、その名に覚えがない。
ただ唯一、ヴェルカの眼が鋭く尖った。
「やっぱり潜んでやがったか、モグラ野郎が……!」
ヴェルカの顔が、鬼のような形相に歪む。
今まで感じたことがないほどの殺気が、彼女の体から溢れ出す。
「ヴェルカ殿、彼のことをご存じなのですか?」
「まさかコイツも知り合いなんかじゃ――」
俺とカグヤが訊ねようとして、ヴェルカはキッパリと「あんなカスは知らねえ」と吐き捨てた。
ただ、
「《
ギリッ。と奥歯を強く噛みしめながら、ヴェルカは一度だけ目を閉じた。
それから、静かに呟いた。
「コイツらは八年前――私の仲間を皆殺しにしたクソ共だ」
「八年前?」
ゼロはわざとらしく首を傾げ、ああ! と手を叩く。
「思い出した。ボスが言っていた女って、キミのことだったのか」
初めて見た、とゼロは嘗め回すようにヴェルカを観察する。
俺たちは眼中にない様子だけれど、その態度を見ているだけで無性に腹が立ってくる。
「しかし組織から八年間も逃げ続けるなんて凄いなあ」
ヴェルカは何も言い返さない。
黙って右脚に力を込め、ゼロを睨み付ける。
「そうだ、キミに会ったら聞きたいことがあったんだ」
「……あ?」
「自分一人だけ生き延びたら、やっぱり罪悪感とか――」
その質問を投げるよりも早く、ヴェルカの右脚がゼロの首に突き刺さった。
ゴギュッ。と首の骨が折れるような痛々しい音が、ステージ上に響き渡る。
――しかし。
「痛いなあ。ぼくじゃなかったら死んでたよ、これ?」
ゼロは首に蹴りを受けたまま、ヘラヘラと肩を竦めていた。
効いていない。まるで何事もなかったかのように、その場に直立してやがる。
「知るかよ、次はぶっ殺す」
言いながら、ヴェルカは更に力を込め、ゼロを蹴り倒す。
そこからは
だがゼロは煙のように体をうねらせ、アルベリオの首を持ち上げた。
「ヴェルカ! ダメ!」
ミリスが咄嗟に叫んだが、遅かった。
――ゴスッ。
殺意の籠ったヴェルカの前蹴りが、アルベリオの腹に直撃してしまった。
鋭いヒールがアルベリオの腹を貫き、口から真っ赤な鮮血の華が咲く。
「あーあ、可哀想に」
「ゼロ……きさま……」
「ぼくを恨まないでくれよ。近くにいた会長が悪いんだから」
全く悪びれる様子もなく、ゼロはアルベリオを落とす。
「酷い」
ミリスの口から、思わず言葉が漏れる。
「でも安心しなよ。ぼくはどの道、これから死ぬからさ」
唐突に、ゼロは作った笑みを浮かべながらそう言い放った。
床に落ちた杖を拾い上げ、コホンと咳払いをしてから、ゼロは再び口を開く。
「会長には感謝してるよ。この国最後の日に、こんな最高の舞台を用意してくれてさ」
「最後の日、ですって?」
カグヤが訝しむ。
「そうだよ。ぼくに与えられた任務は、この国――ミナスガルドを消すことだ」
一瞬、誰もその言葉の意味を理解できなかった。
国を消すなんて、そんなこと簡単にできるはずがない。
けれど、ゼロの顔に迷いはなかった。
神のお告げを受けた聖職者のように、凜とした表情をしている。
「そんなことをして、お前らに一体何の得があるっていうんだ」
「得?」
俺の問いに、ゼロは思わず失笑した。
その失笑さえも、感情の真似事のように乾いていた。
「さあね。ボスの命令だから、それに従うまでだよ」
背筋が粟立つ。
「命令だから」たったそれだけで、命まで捨てられると言うのかよ。
理解できない。いや、したくもない。
「ふざけるなよ。そんなことで、人の命を簡単に……」
「それがアイツら、《
唇を噛みしめる俺の横で、ヴェルカが舌打ちを響かせた。
「そんなに気になるなら、ウチのボスに聞けば?」
投げやりな口調で、ゼロは杖を床に突き立てた。
「もっとも、キミたちもここで死ぬから無理だろうけど」
刹那、杖を中心にして、禍々しいオーラが吹き荒んだ。
風に吹かれただけで、一気に空気が重くなる。
胸が締め付けられるような圧迫感と共に、気が狂いそうな恐怖が押し寄せる。
気を抜いた瞬間、意識が飛びそうになる……。
その証拠に、観客席で右往左往していた競売客は泡を吹いて気絶していく。
「さあ、おいでくださいませ! 我らが神々よ!」
ゼロは天へ両手を掲げ、オペラ歌手のように仰々しく唱え始めた。
動かなければ、早く奴を止めなければ、最悪の事態は避けられない。
動け。動いてくれよ。
何度も体に鞭を打つが、膝が笑ってまともに動けない。
「今宵、この国の民を供物として捧げます! どうかこの血に応え姿を現したまえ!」
ゼロの言葉が続く。
その度に禍々しい気配が体の芯から凍てつかせていく。
「ミリス……怖い……」
「ミリス殿、気を確かに!」
カグヤが咄嗟に札を切る。
《
だが展開された障壁も、
「カグヤ! 畜生……ここまで来て……」
そして、ゼロは最期に指先でナイフを回し、
「来たれ、“
――ザッ。
噴水のように生暖かい赤が噴き出し、杖の周りを染め上げていく。
刹那、血を吸った杖が黒く輝き、足元いっぱいに禍々しい魔法陣が広がった。
まるで地獄の花が開くように。
オーラの威力も最高潮に達し、赤黒い
「が――」
空気まで消え失せる。呼吸ができない。
その隙を好機と捉えたように、意識が暗闇の奥底へ引きずり込まれていく。
ミリスも、カグヤも。ヴェルカまで……。
――死ぬのか?
一瞬、そんな不安が脳裏を過った。
消えかける意識の中、魔法陣の中心から巨大な腕が伸びる。
大剣のような鋭い爪を突き出して、空間ごとゆっくりと引き裂いていく。
『誰ぞ、我が眠りを妨げる者は……』
低く響いたその声だけで、心臓が掴まれた。
裂け目の奥から、ゆっくりと“それ”が姿を現す。
彫刻のように完成された筋肉。
神が彫り上げたような造形。
それなのに、その全身から溢れるのは、圧倒的な“破滅”の気配。
三メートルは優に超える
濃い灰色に染まった肉体に、漆黒の亀裂が血管のように走っている。
『我が名はベリアル――無価値へ誘う者――なり』
声も出ない。
驚きだとか、感動だとか、断じてそんなものじゃあない。
獣が火を怖がるように、人が暗闇を怖がるように。
人が感じる“恐怖”そのものが形を成しているような、そんな感覚が俺達を襲う。
『しかしまだ満ち足りぬ。宴に興じるには、前菜が必要だ』
ベリアルと名乗った怪物の眼が、観客席を睨む。
そして、爪を突き立てながらゆっくりと手を伸ばす。
――その時だった。
「やめろォォォォォッ!」
考えるより先に、俺は叫んでいた。
ベリアルが振り返る。その風圧に乗って、凄まじい瘴気が吹き付けられる。
『何ぞ?
「クラド殿……」
「クラド……」
「お前の相手は、俺だ……!」
『ほぉ? その震え
ベリアルは静かに鼻を鳴らし、近くに垂れ下がっていた
次の瞬間、それは腐食するように色を失い、灰となって消えた。
似ている。俺の能力に耐えきれなかった物質が崩壊する様に。
『……やはり、
ベリアルは灰が積もった掌を眺め、深く嘆息した。
『飾り立てるばかりで中身は
その
『人の子など最たるもの。
言葉と共に、巨大な腕がこちらへ伸びてくる。
「畜生……」
ヴェルカも思わず目を瞑る。
俺たちも灰にされてしまう……。
そう悟った瞬間だった。
――カッ。
左手の薬指が熱を帯びた。
皮膚が焼けるほど熱く、眼が
「な、何だ……?」
『む?』
ベリアルが
やがて光がベリアルの掌に接触した時、
『ぐっ! うぁぁぁぁぁッ!』
あれほど悠然としていたベリアルが、
それと同時に、俺たちの意識を奪おうとしていた恐怖がフッ、と消えた。
一体何が起こったのか、俺にはまるで理解できなかった。
けれど、今はこの強運に感謝をするしかない。
「ミリス、カグヤ、無事か?」
「……怖い。けど、大丈夫」
「クラド殿こそ本当に大丈夫なのですか?」
「おいお前らなぁ、少しは師匠のことも心配したらどうなんだ?」
ヴェルカも普段の調子が取り戻すほど、余裕が戻って来る。
それも束の間、ベリアルはゆっくりと身体を起こし、焼け焦げたような掌を見下ろした。
信じられないものを目にしたような眼差しで、今度は俺へ――いや、俺の左手へと視線を移す。
『……小童。貴様
低く漏れた声に、明らかな動揺が
決して存在するはずのない亡霊と再会したかのように、怯えている様子だった。
『何故、“
大きく裂けた口から、ベリアルは初めて指輪の名を呼んだ。
いや、指輪と同じような不思議なアイテム全体を指すのだろう。
「王環の遺物……? 何なんだそれは、この指輪のことを知ってるのか!」
指輪のことを知るチャンスだ。そう思って、俺は訊いていた。
だが、ベリアルは答えてくれなかった。
答える義理もないのだろう。
俺の声など耳に入っていないのか、そもそも答える価値すらないと思われているのか。
その
『……まあ良い。興が冷めた』
ぽつりと吐き捨て、天井を見上げる。
見上げただけで、すぐ目と鼻の先が付きそうだ。
『このような狭き檻では、我が力も満たされぬ』
そう呟くと、ベリアルはゆっくりと腕を持ち上げる。
嫌な予感が背筋を駆け抜ける。次の瞬間。
『地上には、どれほどの珍味が転がっていようか』
漆黒の拳が、天井を貫いた。
轟音と共に岩盤が吹き飛び、夜空が大きく口を開ける。
降り注ぐ
「あの野郎。マジでこのまま街を消し炭にする気だ……」
ヴェルカが舌を打つ。
あの巨体で暴れられたら、冗談ではなくこの街が消し炭になる。
グラン・モルドが地上で暴れるような、いやそれ以上に最悪な事態だ。
到底勝てるような相手じゃない。けれど――。
「行くぞ、皆!」
「クラド……?」
ミリスが振り返り、首を傾げる。
最初は戸惑いの表情を浮かべていた。だがすぐに、意を決したように首を縦に振る。
「ええ。ゴールド・スケイルの置き土産を、このままにしておけませんからね」
もう言葉は必要ない。カグヤは真っ直ぐ俺の目を見て、残りの札を広げた。
「できるかどうかじゃない。今ここにある全部を使って、アイツを倒すぞ」
「なにテメェが仕切ってんだよ、ガキンチョが」
背後から、ヴェルカが俺の頭を小突く。
「
「ったく、師匠を差し置いてナマ言うなんざ百年早いっての」
ぼやきつつも、しかしヴェルカの表情はどこか楽しげだった。
「ま、反省会は後回しだ。あのデカブツに目にもの見せてやろうぜ」
「――この世界で、最も価値あるものが何なのかをよォ!」