無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第35話 コレがオレたちの価値だ!

「俺たちの価値は、俺たちが決めるッ!」

 

 叫び声が、灰色の街に響き渡った。

 

 その声が消えてからも、しばらく誰も動かなかった。

 

 瓦礫(がれき)の山。崩れ落ちた家々。価値を奪われ、砂と灰だけになった石畳(いしだたみ)。

 

 その中心に立つベリアルは、まるで巨大な城壁(じょうへき)のように俺たちを見下ろしている。

 

『ほぉ。ならば見せてみよ、貴様らが決めた価値とやらを』

 

 対して俺たちは……正直、限界に近かった。

 

 それを見透(みす)かしたように、ベリアルの口角が僅(わず)かに上がる。

 

 だが、その口が開くより早く――。

 

「だが今の貴様らのような雑魚羽虫にできることなど、たかが知れている」

 

 ヴェルカが芝居がかった声で、その続きを先回りした。

 

「……なんて、いつまでも言われっぱなしは癪(シャク)だからよォ! だから見せてやる!」

 

 驚き振り返る暇もなく、ヴェルカは強引にミリスとカグヤのうなじを掴んだ。

 

 二人が目を丸くするのも構わず、その手に力を込める。

 

「この能力、後がキツいから嫌いなんだが……。贅沢は言ってられねえ!」

 

 ヴェルカの手が、二人のうなじを掴んだまま強く光る。

 

「ちょ、ちょっとヴェルカさん⁉」

 

「ヴェルカ、何をするつもり?」

 

「こっから先は、未来の私に“ツケ”てやる。ただそれだけだ」

 

 その言葉と同時に、光が二人の身体を包み込んだ。

 

「……え?」

 

 ミリスが自分の手を見つめる。

 

 さっきまで震(ふる)えていた指には力が戻り、カグヤの傷口から流れていた血も止まっていた。

 

「これ……」

 

「体力と魔力をまとめて前借りした」

 

 ヴェルカは二人から手を離すと、肩をぐるりと回した。

 

「未来の私からなァ」

 

「未来から……?」

 

 カグヤが不思議そうな顔で問う。

 

「未来から。だから後払いだ」

 

 ヴェルカは笑った。

 

「当然利子付き。最悪だろ?」

 

 軽口とは裏腹に、その額(ひたい)にはじっとりと汗が浮かんでいる。

 

 俺は思わずヴェルカを振り返る。

 

「おい、それって……」

 

「なに心配すんな」

 

 ヴェルカがニヤリと笑った。

 

「師匠ってのは、弟子より先にぶっ倒れるくらいで丁度いいんだよ」

 

「そんな理屈、聞いたことないぞ」

 

「今私が作った」

 

 そう言って、ヴェルカは俺の胸を軽く叩いた。

 

「クラド。テメェもだ」

 

「……俺も?」

 

「当たり前だろ。まさか二人だけ元気にして、テメェだけ燃料切れのまま突っ込ませると思ったか?」

 

 次の瞬間、俺の身体にも光が走った。

 

「――ッ!」

 

 身体の奥底から熱が湧き上がり、空っぽだった魔力が一気に満たされていく。

 

 鉛みたいに重かった身体も嘘のように軽い。

 

 拳を握る。

 

 確かな力が戻っている。

 

 ――今度こそ、戦える。

 

「《ご利用は計画的に(クレジット・ライフ)》」

 

 最後の光が弾け、俺たち三人の身体へ溶けていった。

 

「……いいか、チャンスは一回きりだ」

 

 ヴェルカは俺たちを見回す。

 

 その顔には、いつものふざけた笑みが浮かんでいた。

 

「思う存分、好き放題に暴れてこい」

 

「ああ!」

 

 俺は周囲を見渡した。

 

 まだ崩壊に呑(の)まれていない露店(ろてん)がいくつか残っている。

 

 《陶器(とうき)の皿:34G》

 

 《銀のナイフ:115G》

 

 《銀のフォーク:115G》

 

 安い。

 

 どれも、武器と呼ぶにはあまりにも頼りない。

 

 でも――。

 

 俺には関係ない。

 

「これだけありゃ、十分だ」

 

『遊びは終わりか? ならば、本気で行かせてもらうぞ』

 

 そう言うとベリアルは両手を広げ、大きく息を吸い込んだ。

 

 次の瞬間、ベリアルの周りに無数の魔法陣が赤々(あかあか)と輝き出す。

 

『燃えて塵(ちり)と消えよ! 《ギガ・フレア》ッ!』

 

 光が魔法陣の中心に収束し、無数の火の玉が一斉に俺たちへ襲いかかる。

 

 それを合図に、俺は露店(ろてん)に置かれた皿を五枚まとめて取った。

 

「《価格操作(プライス・カスタム)》ッ!」

 

 《陶器(とうき)の皿:34G → 魔道弾(まどうだん)反射用(はんしゃよう)ミラーシールド:8,000G》

 

 頭の奥にズキッと突き刺さるような痛みが走る。

 

「ミリス! コイツで魔法をッ!」

 

「う、うん!」

 

 それでも、俺は叫びながら五枚の皿を投げ放った。

 

 ミリスはすぐに皿を浮かせ、飛び込んでくる火の玉へ撃ち込む。

 

 ――バリンッ!

 

 皿が砕ける。

 

 だが、その瞬間。

 

 火球が皿の表面で弾かれ、軌道(きどう)を反転(はんてん)した。

 

『なにィッ⁉』

 

 自分で放った火球が、ベリアルに突き返される。

 

「クラド殿! ここは私が!」

 

 俺に続くように、カグヤが札を二枚切る。

 

 《火(ひ)》《風(ふう)》

 

 炎の壁が立ち上がり、風を受けて一気に膨れ上がった。

 

『小癪(こしゃく)な! その程度(ていど)の攻撃が、通用すると――』

 

「ええ。知っています」

 

 カグヤが笑った。

 

「ですから、これは攻撃ではありません」

 

 その時にはもう、ベリアルの背後にヴェルカが回り込んでいた。

 

「さっきのお返しだ、こンのデカブツがァッ!」

 

 ヴェルカは飛来した火球を蹴(け)り飛ばし、その爆風まで推進力(すいしんりょく)に変えて跳(と)び上がる。

 

 その勢いのまま、ベリアルの後頭部へ蹴りを叩き込んだ。

 

『ぐぅっ!』

 

 ベリアルの口から呻(うめ)き声が漏(も)れる。

 

 巨体が大きく前によろめく。

 

「お前ら! 今のうちに逃げろッ!」

 

 ヴェルカは叫び、誰よりも早く家屋の屋根を伝(つた)って跳ぶように逃げる。

 

 俺たちもそれに倣(なら)って、同時に使えそうなガラクタを抱えながらその場を離れた。

 

『《価格暴落(フォール・アウト)》』

 

 ベリアルが両拳を地面へ叩き付けると同時に、また周囲の景色から色が抜け落ち、灰に消えていく。

 

 崩壊が始まった。

 

 だがさっきとはワケが違う。

 

「範囲内にいなけりゃ、どうってことはない!」

 

 言ってみたものの、笑っている余裕なんてやっぱりない。

 

『逃がさんぞ、チンケな子兎共がァ!』

 

 ベリアルはすぐに起き上がり、なぜか俺を追いかけてきた。

 

「いや何で俺⁉」

 

「さっきお前が喧嘩(ケンカ)売ったから、買われたんじゃねえのか? アッハッハ!」

 

「笑ってる場合か! どうにかしてくれよ師匠(ししょう)コラァ!」

 

「嫌だね、テメェで売ったモンの責任はテメェで取れ」

 

 逃げながら、ヴェルカはただケラケラと笑うばかり。

 

 その背後で、ベリアルは再び魔法陣を展開した。

 

 先程とは比べものにならない数の火球が、夜空を埋め尽くした。

 

「ッ! 二人とも、伏せて!」

 

 ミリスが踵(きびす)を返し、辺りに転がっていた瓦礫(がれき)を浮かせて応戦する。

 

 火の玉と瓦礫が衝突して、爆発。

 

 だがキリがなかった。

 

 火の玉は瓦礫(がれき)の隙間を縫(ぬ)うように地面を抉(えぐ)り、民家も露店(ろてん)もまとめて焼き尽くす。

 

「ミリス、俺にもやらせてくれッ!」

 

「炎が相手なら、私も――!」

 

 《銀のナイフ&フォーク:230G → 投刃(とうじん)・風切(かざきり):30,000G》

 

 ミリスの瓦礫(がれき)、カグヤの《火(ひ)》、俺のナイフが一斉に火球とぶつかった。

 

 爆炎(ばくえん)が連鎖(れんさ)し、夜市(よるいち)が何度も赤く染まる。

 

 それでも――減らない。

 

 撃ち落としたそばから、次の火球が生まれてくる。

 

「キリがねえ……!」

 

『さあ、もっと悶(もだ)えろ! もっと喚(な)け!』

 

 爆炎の向こうで、ベリアルが大きく息を吸い込む。

 

「まずい――」

 

 轟(ごう)っ。

 

 暴風のような息で、爆炎ごと吹き返された。

 

「きゃっ!」

 

「ミリス殿っ! ぐっ、ああっ!」

 

 まともに立っていられない。

 

 足を踏ん張ったそばから身体が引き剥がされ、焼けた空気が肺に入り込んでくる。

 

「ぐっ……これでもダメ、なのかよ……」

 

「やはり、直接叩くしか……」

 

「でもあの手に捕まったら、ミリスたちも灰になっちゃう」

 

「流石に、そんな死に方だけは御免だな。無謀(むぼう)な突撃(とつげき)は、犬死にするだけだ」

 

 悔しいが、それが事実だった。

 

 正面からじゃ勝てない。

 

 あの掌(てのひら)には触れられない。

 

 なのに、倒すには懐(ふところ)に飛び込んで直接一撃(ちょくせついちげき)を叩き込むしかない。

 

 そんな方法があるのか――。

 

「ヴェルカ殿、皆さん……無謀(むぼう)かもしれませんが、私に考えがあります」

 

 カグヤが真っ直ぐ俺たちを見て、札の束から迷いなく一枚、抜き取った。

 

 黒い札だった。

 

「カグヤ、その札は?」

 

「ミザールとの戦いで、不発に見せた私の切り札です」

 

 カグヤは黒い札を指先で挟む。

 

「札の名は《狂(キョウ)》。一時的に符術(ふじゅつ)の出力を限界まで引き上げます。ただ……」

 

 

「ただ?」

 

「今の私に制御(せいぎょ)できる保証(ほしょう)はありません」

 

「オイ、じゃあもし失敗したら……?」

 

 ヴェルカの声から笑いが消える。

 

「私の身体が持ちません」

 

「それはダメだ! それで勝っても、カグヤが自滅しちまったら――」

 

「お願いします、クラド殿」

 

 俺の言葉を遮って、カグヤは言った。

 

「どうか、たった一度だけでいい。私に――私の術に賭(か)けてください」

 

 その目を見て、すぐに分かった。

 

 カグヤは命を捨てるつもりなんかじゃない。

 

 ――勝つつもりなんだ。

 

「……ああ。分かった」

 

 そうだ。ここで信じないでどうする。

 

 きっと、どこかに勝利へ繋がる道がある。

 

 俺は周囲を見渡した。

 

 崩れた家、散らばった家具、砕けた食器。

 

 その瓦礫の向こうに、一本の日傘が転がっている。

 

 さらにその隣。倒壊した民家から、細長い棒が一本だけ突き出していた。

 

 どちらも、どうしようもないガラクタだった。

 

 なのに今は、宝石みたいに輝いて見える。

 

「……まだ、あるじゃねえか」

 

 思わず口元が緩む。

 

「ミリス! とにかく、周りの瓦礫を浮かせてくれ!」

 

「え……。あ、うん!」

 

 急な要望に戸惑いながらも、ミリスは力強く頷いて両手をベリアルへ伸ばし、力を込める。

 

 それに対抗するように、ベリアルも再び魔法陣を展開する。

 

 赤い光が、夜空を染めていく。

 

 時間はない。

 

 けれど、俺にはもう焦りがなかった。

 

「カグヤ! その札、使えるか?」

 

 瓦礫の向こうに覗く棒――物干し竿を一瞥(いちべつ)して、カグヤを振り返る。

 

「やってみます! けれど――」

 

 ふぅ、と小さく息を吐いて、カグヤが続ける。

 

「《狂(キョウ)》の効果時間は、もって五分ほどかと……」

 

「五分?」

 

 短い。

 

 けれど、口元の緩みが抑えられなかった。

 

「それでいい。五分もあれば行ける」

 

 その瞬間、魔法陣の中心に無数の火球が灯った。

 

 その赤が合図だった。

 

「今だカグヤ! かましてやれッ!」

 

『全てを無へ還(かえ)してやろうッ! 滅びよ、羽虫共ォッ!』

 

 俺の叫びと、ベリアルの咆哮がぶつかる。

 

「どうか持ってください、私の身体ッ!」

 

 《狂(キョウ)》

 

 カグヤが札に血を与えた途端、紫紺(しこん)の光が弾けた。

 

「ぐっ……!」

 

 その勢いだけで髪が逆立ち、腕には血管が浮かび上がる。

 

 けれど――。

 

「まだ、倒れるワケにはいきませんッ!」

 

 カグヤが両手を掲げる。

 

 ベリアルの頭上に展開された魔法陣から、無数の火球が降り注ぐ。

 

 《火(ひ)》《火(ひ)》《火(ひ)》《火(ひ)》《火(ひ)》

 

 札を切るたび、火球が増える。

 

 数十もの炎が夜空を埋め尽くし、ベリアルの火球を次々と撃ち落としていった。

 

『おのれッ!』

 

 だが、カグヤの顔から血の気が引いていく。

 

「カグヤ! 私もやるッ!」

 

 ミリスが両手を広げた。

 

 崩れた家屋から、石材や木材、砕けた家具が一斉に宙へ浮き上がる。

 

 巨大な瓦礫の群れが、渦を巻くようにベリアルの前へ集まっていく。

 

 その隙を突いて、俺は走った。

 

 目指す先は一つ。

 

 瓦礫の向こうに転がっていた、あの傘。

 

 そして、その隣に残っていた長い物干し竿。

 

「取ったッ!」

 

 爆炎(ばくえん)と瓦礫の隙間を縫(ぬ)い、傘を掴む。

 

 続けて物干し竿へ手を伸ばした。

 

 ――その瞬間。

 

『見つけたぞ、小僧ォッ!』

 

「――ッ!」

 

 背後から、殺気。

 

 振り返ると、ベリアルの巨大な拳が、俺を狙っていた。

 

 最初から、俺を狙っていたのか。

 

「まずい――」

 

 拳が迫る。

 

 避けるには、遅い。

 

 触れられたら――終わる。

 

 ――だが。

 

「触れられたら終わり、ってコトはよォ」

 

 横合いから、ヴェルカが飛び込んできた。

 

 ニッと白い歯を見せ、そのまま脚を振り抜く。

 

「触れられなきゃ、どうってことはねえんだよなァ!」

 

 ベリアルの手首へ蹴りを叩き込み、拳の軌道を横へ逸らす。

 

 そのままミリスの瓦礫を蹴って再加速。

 

 二発、三発。

 

 空中を跳ね回りながら、今度は前腕へ次々と蹴りを叩き込んだ。

 

『ぐぬぅ……! 鬱陶(うっとう)しい蠅共(ハエども)が……!』

 

「クラド! 今のうちにやってやれッ!」

 

 ヴェルカの口の端から、赤い血が滴り落ちる。

 

 それでも、笑っていた。

 

「ああ、分かった!」

 

 俺は右手に傘を、左手に物干し竿を握りしめ、駆け出した。

 

 《特売傘(とくばいがさ):50G》

 

 《錆びた物干し竿:4G》

 

 安い。笑えるくらい安い。

 

 けれど――。

 

 奴を倒すくらいなら、これで十分だ。

 

「うおおおおおおおおおおッ!」

 

 ミリスの瓦礫を駆け上がる。

 

 一歩、二歩、三歩――最後の瓦礫を蹴った瞬間、身体が宙へ放り出された。

 

「カグヤ! 風だッ! 風を送ってくれッ!」

 

「はいッ! クラド殿ッ!」

 

 叫びながら、同時に傘の価値を変える。

 

 《特売傘(とくばいがさ):50G → 天翔傘(てんしょうさん):18,000G》

 

 《風(ふう)》

 

 カグヤが札に血を与えた瞬間、暴風が吹き上がった。

 

 その暴風を受け、身体が傘ごと一気に上空へ吹き上げられる。

 

『何をしようと、無駄なことを――』

 

 ベリアルが俺へ掌を向ける。

 

「クラドの邪魔は、させないっ!」

 

 ミリスの瓦礫が掌へ殺到する。さらに、その隙間を縫ってカグヤの炎が燃え広がった。

 

『ぐっ!』

 

 どれも触れた瞬間に塵(ちり)へ変わる。

 

 それでも、叩き付けられた勢いまでは消せない。

 

『おのれ! おのれッ! 何故貴様らは、そうまでして抗うのだッ!』

 

 怒りを露わにしたベリアルは、足元のカグヤとミリスへ視線を落とす。

 

 今度は二人を狙うつもりか。

 

 助けに行くことは――できない。

 

「商人じゃねェテメェにゃ分からねえだろうが、いいことを教えてやるよ」

 

 その時だった。

 

 ヴェルカが地面を蹴った。

 

 石畳(いしだたみ)が陥没(かんぼつ)し、その身体が一直線に跳ね上がる。

 

「二兎(にと)を追う者は一兎(いっと)をも得ず」

 

 宙返りしながら、ヴェルカが不敵に笑う。

 

「欲張りってのは、いつの時代も必ず損するんだぜ! こんな風に、なッ!」

 

 赤いハイヒールが、ベリアルの左目に深々と突き刺さった。

 

『ぐ、ぐぉぉぉぉぉっ!』

 

「今だクラドッ! やってやれェェェ!」

 

「言われなくてもッ!」

 

 傘に吹き上げられ、気付けばベリアルの頭よりも高い位置に来ていた。

 

 そこからゆっくりと落ちながら、左手に掴んだ物干し竿に価値を与えた。

 

 《錆びた物干し竿:4G →》

 

『おのれ……この、無価値なガラクタ共がぁぁぁッ!』

 

「ああ、そうかもな。お前からしてみれば、ガラクタかもな……」

 

 けれど――。

 

 それで俺たちの価値が決まるわけじゃない。

 

「だから、アンタに見せてやるよ」

 

 傘から手を離し、残った魔力をすべて物干し竿へ叩き込む。

 

 俺自身の分も。

 

 ヴェルカから前借りした分も、残らず。

 

 瞬間、数字が跳ね上がる。

 

 十。百。千。万――。

 

 それでも、数字は止まらない。

 

 そして――。

 

 《錆びた物干し竿:4G → 備前長船長光(物干し竿):10,000,000G》

 

 見た目は何も変わらない。

 

 錆びて、歪んだ、ただの物干し竿。

 

 それでも、握った瞬間に分かった。

 

 ――斬れる。

 

『……な、に……?』

 

 ベリアルとの距離が、急速に縮まっていく。

 

「異界に帰ったら、仲間の悪魔に伝えておけ」

 

 落下の勢いを乗せ、物干し竿を両手で握り直す。

 

「クラド殿――お願いしますッ!」

 

 《風(ふう)》

 

 最後の追い風が、背中を押す。

 

「これが――」

 

 振り抜く。

 

「俺たち(ガラクタ)の価値だァァァァァァァァァッ!」

 

 ――ズァンッ!

 

 月光を曳(ひ)く一閃が、夜を横薙ぎに裂いた。

 

 抵抗はなかった。

 

 まるで最初からそこに何もなかったかのように。

 

 巨体が、斜めにズレる。

 

『………………』

 

 ベリアルの口がわずかに動く。

 

 だが次の瞬間、全身を走る亀裂が、一気に広がった。

 

『我が……無価値、だと……?』

 

 最後の力で巨大な腕が伸びる。

 

 けれど、その掌が俺へ届くことはなかった。

 

『馬鹿……な……』

 

 それを最後に、巨体が内側から崩れ落ちた。

 

 灰となった身体は夜風にさらわれ、最後まで俺を睨んでいた巨大な目も、やがて粒子となって消えていく。

 

「……勝った……?」

 

 俺のその言葉に応えるように、手の中の物干し竿が音もなく塵に変わった。

 

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