無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
その日の夜、宿屋で俺たちを待っていたのは、目を疑う光景だった。
「おう、遅かったじゃねえか」
目の前にはヴェルカ。しかしその隣に、酒瓶がない。
床に転がっていた空瓶もなく、酒の臭いすらしない。
「ヴェルカ、だよね?」
「まさか入る部屋を間違えたのでは」
「合ってるわ。こんな時に飲んでられるかよ」
ヴェルカは顎でベッドを示し、座るよう
三人でベッドの縁に腰を下ろす。向かいの椅子に座るヴェルカを見て、俺は口を開いた。
「それで、話ってなんだ?」
ヴェルカはすぐには答えなかった。
秒針の音がやけに大きく聞こえる。
「ヴェルカ殿?」
「クラド、ミリス。それと、カグヤ。……すまなかった」
深々と頭を下げられ、俺は思わず息を呑んだ。
「ヴェルカ? どうしたんだよ、急に」
「お前ら、アルベリオが競売会場で言ったこと、覚えてるか?」
真っ先に口を開いたのはカグヤだった。
「利用されている、たしかそう言っていたような」
「それだ。そのことで、お前らに謝らなきゃなんねえ」
顔を上げたヴェルカは、俺たちを見据えた。
「アイツの言ってたことは間違っちゃいねえ。私は確かに、お前らを利用していた」
「……利用?」
ミリスが目を丸くして、俺とヴェルカの顔を交互に見ている。
隣ではカグヤも眉を寄せていた。
「それは……どういう意味ですか?」
「言葉通りだ。私には私の目的があって、そのためにお前らに目を付けた」
俺たちに教えてくれたことも、ここまで一緒に旅をしてきたことも、その目的のためだったのか。
けれど、思い浮かんだのは、あのベリアルを前にした時の姿だった。
ヴェルカは自分の命を削ってまで、俺たちを立たせてくれた。
あれも全部、自分のためだったとは思えない。
「……何のために?」
ヴェルカが少しだけ目を見開く。
「怒らねえのか?」
「理由も聞かずに怒れるかよ。アンタには、命だって助けてもらってるんだ」
「……ったく」
ヴェルカは困ったように笑い、椅子の背にもたれた。
「じゃあ、少し昔話に付き合ってくれ」
俺たちが黙って待っていると、やがてヴェルカは話し始めた。
「八年前、私は《
仲間、と口にした時だけ、声が少し和らいだ。
「――だが、全員殺された」
「殺されたって……」
「《
その名前を吐き捨てるように言って、ヴェルカは目を伏せた。
「理由までは知らん。ま、アイツらにとって都合が悪かったんだろうな」
笑っているが、膝の上の拳は固く握られていた。
「で、生き残ったのは私だけ」
「だから、復讐のためにずっと追っていた。そういうことですか?」
「ああ。八年間ずっとな」
カグヤに頷き、ヴェルカは顔を上げた。
「私の目的は変わってねえ。《奈落の楔》を潰す、それだけだ」
誰も口を挟まなかった。ヴェルカは膝の上の拳に目を落とし、ゆっくりと指をほどいた。
「けど、八年追っても、アイツらの全貌すら掴めねえ。私一人じゃ限界がある」
「そんなに強いの?」
ミリスが訊くと、ヴェルカは眉を寄せた。
「それさえ分からねえ。どんな奴が何人いるのかもな。手掛かりを掴んだと思っても、辿り着く頃にはもう消えてやがる」
今回のゼロだってそうだった。
ゴールド・スケイルに紛れ込んでいたことにさえ、俺たちは最後まで気付けなかった。
「だから仲間が必要だった。私と一緒に奴らを追えて、奴らとまともに戦える奴が」
「……それで俺たちを?」
「出会ったのは偶然だ。ちょっとばかし、使えそうなガキが二人いる。最初はその程度だった」
「使えそうって……」
「ヴェルカ、酷い」
「事実だろ。商売の知識はあるし、度胸もそこそこ。その上、二人とも妙な能力まで持ってやがる」
いつもの調子で言い返したものの、ヴェルカの表情は硬いままだった。
「育てりゃデカく化ける。いずれ奴らとも戦えるようになるかもしれねえ。そう思って、お前らに商売を教え始めた」
ヴェルカは俺から目を逸らさなかった。
「自分の復讐に付き合わせるつもりで、そのことは黙ったままな」
商売を教わっているつもりだった。
その先に何を期待されているのかなんて、考えたこともなかった。
隣のミリスも、今度は何も言わなかった。
「……最初は、それだけだった」
ヴェルカは膝に目を落とした。
「けど、一緒に旅してるうちに、お前らに商売を教えるのが楽しくなっちまった」
小言なら、もう散々聞かされてきた。
教える方が楽しんでいたなんて、こっちは考えもしなかった。
「クラド。お前がどんな商人になるのか、見てみたくなった」
そこで顔を上げたヴェルカと、目が合った。
「お前が、この先どこまで自分の価値を上げていくのかってな」
何か返そうとして、やめた。
今口を開いたら、照れ隠しに余計なことまで言いそうだったから。
ヴェルカはそんな俺を見て、少し照れくさそうに口角を上げた。
「だから、ここから先の話は私とお前の取引だ」
「取引?」
「お前を一人前の商人として育ててやる。師匠として、手取り足取りな」
そこでヴェルカは姿勢を正した。
「その代わり、私に力を貸せ。《奈落の楔》を潰すために、お前の力が必要だ」
「……それが、取引の条件か?」
「ああ。今すぐどうこうしろって話じゃねえ。お前らだって、まだまだひよっこだからな」
いつもなら、余計なお世話だと言い返していたと思う。
けれど、膝の上に置かれた手を見て、俺は口をつぐんだ。
さっきまで固く握られていたその手が、今は俺の返事を待っている。
「強くなれ。商人としても、奴らと渡り合えるくらいにな。その上で――私を助けてほしい」
最後の言葉だけ、いつものヴェルカらしくなかった。
八年も追い続けてきた相手だ。
俺が頷いたところで、すぐに何かが変わるわけじゃない。
今の実力で助けてやるなんて言ったら、いつものヴェルカなら鼻で笑うだろう。
それでも、この人は俺の返事を待っていた。
教わりたいことは、まだ山ほどある。
これからも隣で商売を見ていたい。
だったら、その先で俺の力が必要になった時に、知らん顔をするつもりもなかった。
「……助けるつもりはない」
ヴェルカの口元が強張った。
「クラド?」
ミリスの声に、少し言い方を間違えたかと思った。けれど、口にした言葉は戻せない。
「まだ教わることだらけなのに、師匠を助けてやるなんて言えるかよ」
俺はヴェルカに手を差し出した。
「一人前にしてくれるんだろ。その分、俺も働く。……けど、力は貸す。それでいいだろ?」
ヴェルカは俺の手を見て、呆れたように笑った。
「……面倒くせえ言い方しやがって」
「アンタの弟子だからな」
「都合のいい時だけ師匠扱いかよ」
そう言いながらも、ヴェルカの手が俺の手を握った。
「ミリスも、力を貸すよ」
ミリスが身を乗り出した。
「難しい取引のことは分からないけど……あんな悪い奴ら、放っておけない。それに、今はヴェルカだけじゃないもん」
「ミリス……」
「私もいますよ。三人まとめて呼んでおいて、今さら仲間外れにはしませんよね?」
カグヤが言うと、ヴェルカは俺たち三人を順に見た。
それから俯き、フッと笑った。
「揃いも揃って、お人好しばっかりだな」
「誰に似たんだろうな」
「さあな。少なくとも、私じゃねえよ」
ようやく顔を上げたヴェルカには、いつもの不敵な笑みが戻っていた。
「取引成立だ。これからも頼むぜ、お前ら」
握った手に、少しだけ力を込める。
何もかも分かったわけじゃない。
《奈落の楔》のことも、ヴェルカの過去も、知らないことの方が多い。
それでも、これからは同じ相手を見て進める。
そう思ったところで、ヴェルカが何でもないことのように付け加えた。
「ま、どのみちお前らに拒否権はなかったんだけどな」
「……は?」
俺の手を離したヴェルカは、何食わぬ顔で椅子の背にもたれた。
「忘れたのか? お前の指輪だよ」
言われて、思わず指輪に目を落とす。
「奴らの目的はまだ分からねえ。だが、そいつを狙ってることは確かだ。また現れると思っといた方がいい」
「……つまり?」
「お前が指輪を守るつもりなら、結局は奴らと戦うことになる。私の取引を断ったところで、向こうが見逃してくれるわけじゃねえからな」
部屋が静かになった。
ミリスが俺の指輪とヴェルカを見比べる。
俺は今しがた握手をした自分の手を見た。
「……それ、先に言うべきことだろ」
「私と組むかどうかは別の話だろ。お前らだけで迎え撃つ気だったなら、止めはしねえよ」
「それで一人前になるまで生き残れんのかよ」
「だから、いい取引だったろ?」
にやりと笑われて、ようやく分かった。
こっちが何を言っても、師匠のありがたみを思い知るようにできている。
「ヴェルカてめぇ!」
「いやあ、頼りにされる師匠は辛いねえ」
「それで全部片付けようとするなよ!」
立ち上がった俺を見て、ヴェルカが声を上げて笑う。
ミリスまで釣られて笑い出したので、俺はそちらを振り返った。
「ミリスも何か言ってやれよ!」
「ごめん。でも、いつものヴェルカだなって」
「いつも通りなのが問題なんだよ!」
「クラド殿。次からは握手の前に、条件を最後まで確認しましょう」
「くそ、勉強になったよ!」
「よしよし。その調子で一人前になれよ、愛弟子」
ヴェルカは愉快そうに笑いながら、俺の肩を叩いた。
その手を払いのけようとして、結局、俺は深々とため息をつくに留めた。
*
翌朝、荷台の最後の袋を縄で縛り終えたところへ、カグヤが大きな包みを抱えてやってきた。
「お待たせしました」
「……それ、全部持っていくのか?」
「必要なものを選んだつもりですが」
「選んで、その量?」
ようやく収まった荷台と包みを見比べる。どう置いたって、誰かの座る場所がなくなる。
「もう少し減らせるかもしれません。ただ、道中のお茶とお菓子も入っておりますので」
「ミリス、そっち少し空けられるか?」
「うん!」
「おい商人。判断が食い物に引っ張られてんぞ」
御者台で出発の支度をしていたヴェルカが、呆れた顔を向けてきた。
「誰かさんが酒を減らせば、もっと載るんだけどな」
「こいつは必需品だ」
「こっちだって必需品だよ」
酒瓶の入った木箱を奥へ押しやり、どうにかカグヤの包みを収める。
荷物に遠慮しながら三人で座ると、膝がぶつかりそうだった。
「狭くしてしまいましたね」
「今さら荷物を下ろすなよ。せっかく積んだんだから」
包みに伸びかけたカグヤの手を止めると、隣でミリスが笑った。
「お菓子を食べれば、少し広くなるよ」
「それもそうですね」
「次の街までに食い尽くすなよ。まだ朝だからな」
注意したところで、御者台から声が飛んできた。
「そろそろ出すぞ。忘れ物はねえな?」
「ああ、大丈夫だ」
ヴェルカが馬を促すと、荷馬車が動き出した。
揺れに合わせて身体をずらし、遠ざかる宿屋を眺める。
出てくる時には何とも思わなかった入口も、こうして見ると少し名残惜しい。
朝の通りでは、店先に商品を並べ始めた商人が客と何か言い合っていた。
主人が大げさに両手を広げても、客は引き下がる様子がない。
あれは、もうしばらくかかりそうだ。
やり取りが聞こえなくなるまで見送ってから、俺は御者台に顔を向けた。
「次の街までは、どのくらいかかるんだ?」
「順調なら数日ってとこだな。途中で売り物も仕入れるぞ。いつまでも荷台を菓子と茶で埋めておく気はねえからな」
「酒もだろ」
「そうだ、クラド。次の街で、お前に会わせてみたい奴がいる」
「露骨に話を変えたな」
ヴェルカは聞こえなかったふりをした。
「商人らしいんだが、少し面白い噂を聞いてな」
「噂?」
「どんなガラクタでも、一目で本当の値打ちを見抜くんだと。そいつの前じゃ、掘り出し物を安く買い叩くことも、安物に高値を付けて売ることもできねえらしい」
俺は膝に置いていた手を止めた。
「……一目で?」
「ああ。大した目利きだろ」
長年の経験があれば、そういうこともできるのかもしれない。
ヴェルカだって、俺が気付かないような傷や細工を見つけることがある。
けれど、本当に見ただけで分かるのだとしたら。
「そいつ、どうやって値打ちを調べてるんだ?」
「そこまでは知らねえよ。会ったら聞いてみろ」
俺と同じものが見えているんだろうか。
聞きたいことが次々と浮かんできたが、顔も知らない相手のことを考えていても仕方がない。
それでも、さっき聞いた数日という道のりが、急に長く感じられた。
「興味が湧いたか?」
「……まあな」
「結構。そのくらいの顔で、普段の仕入れにも付き合えよ」
「いつも真面目にやってるだろ」
「どうだかな」
前を向いたまま笑う師匠に言い返そうとした時、隣から包みを開く音がした。
ミリスとカグヤが、こちらに背を向けて身を寄せ合っている。
「おい。もう食べてるのか?」
「場所を空けようと思って」
「クラド殿の分もありますよ」
差し出された菓子を受け取ると、御者台からヴェルカの手まで伸びてきた。
「私にも寄越せ」
「アンタは前を見てろよ。落ち着いたら渡すから」
カグヤが口元を押さえて笑い、ミリスが俺の手にもう一つ菓子を載せる。
次の街で商品を仕入れるまでには、確かに少し場所が空きそうだった。
門を抜けた荷馬車が、街道へと進んでいく。
俺は師匠の分の菓子を落とさないよう握り、御者台越しに、その先へ続く道を眺めた。