無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
クラドたちがミナスガルドを旅立って、三日後の真夜中。
「くそ……アルベリオの役立たずめ……!」
ミザールは脇腹を押さえ、人気のない路地を急いでいた。
息を吸うたびに喉がひりつき、慣れない石畳に何度も足を取られる。
こんな惨めな思いをするのも、全てはあの男がしくじったせいだ。
角を曲がったところで足を止め、背後を窺う。
追ってくる足音はない。
それでもしばらく耳を澄ませてから、ようやく詰めていた息を吐いた。
街さえ出れば、どうにでもなる。
金を握らせれば動く連中など、いくらでもいるのだ。
乱れた襟元を直し、歩みを再開する。その時だった。
「あら。こんな夜更けに大急ぎで、どこへ行くのかしら?」
鈴を転がすような声が、ミザールの足を止めた。
声の方を見やると、その先に少女が立っていた。
街灯の下、全身を包む黒い装束に、細い金の線が浮かんでいる。
だが少女の手に握られた短剣が、猫の目のように
「悪いなお嬢さん、ボクは見ての通り急いでいるんだ。そこを退いてもらおうか」
「残念だけれど、それは無理な相談ですわ。ミザール様」
少女はマスク越しにミザールへ笑いかけ、一枚のカードを投げ放つ。
カードは足元の石畳を滑り、靴先に当たって止まる。
「……なんの真似だ」
しかし少女は答えない。
ミザールは彼女を警戒しながら腰を屈め、カードを拾い上げた。
自分の名に続く細かな文字に目を走らせた途端、眉がぴくりと跳ねる。
「まずはたしか、人身売買だったかしら」
指先が強張った。
少女はカードを見るまでもなく、そこに記された罪状をすらすらと読み上げていく。
海賊との取引も、口封じを命じた相手も、ミザールが金を使って揉み消してきたはずのことばかり――。
「そして、商船襲撃の手引き……救いようもない悪党ね、あなた」
「あの異国人共の船はアルベリオが勝手にやったことだ! ボクは何も――」
「あら? まだどこの船とも申し上げておりませんけれど?」
少女の
仮面の奥から向けられる眼差しに耐えかね、手の中のカードを握り潰す。
――この女は知っている。
どこまで調べたのかは分からないが、生かして帰すわけにはいかなかった。
じり、と片足を引く。
少女との間に距離を取りながら、ミザールは《
路地を塞ぐように衛兵たちの姿が現れ、揃って少女に剣を向ける。
「き、貴様! 一体何者だッ!」
少女は衛兵たちを見渡すと、空いていた手にも短剣を抜いた。
「《
二振りの刃を左右に長し、片足を引いて腰を落とす。
剣先を突き付けられているというのに、その一礼は舞踏会での挨拶のように優雅だった。
ミザールの喉が引きつる。
その異名には聞き覚えがあった。
だが、まさか。こんな小娘が。
「今まで買った恨みの代償、その命で支払っていただきますわ」
「黙れ! その程度のことで、命が払えるかッ!」
衛兵が踏み込むより早く、リリアンは身を低くして間合いへ飛び込んだ。
振り下ろされる剣の脇をすり抜け、黒い腕が衛兵の喉元を薙ぐ。
ミザールの目の前で、最初の一体が崩れ落ちた。
倒れかけた衛兵の襟を掴み、リリアンはその身体を後ろの一体へ押しつけた。
二体がもつれたところへ、横合いから剣が迫る。
身を沈めると、頭上で鋼が壁を削った。
振り抜く間も与えず相手の懐へ入り、鎧の隙間に短剣を差し込む。
引き抜いた勢いのまま背後へ回り、その背を蹴り飛ばした。
「ちょっと。夜中なのだから、お静かに願えません?」
衛兵たちが折り重なって倒れる音に、呆れたような声が重なる。
「な、何をしている! 囲め! 一斉にかかれッ!」
命じる傍から新たな衛兵を生み出す。
少女がいくら素早かろうと、逃げ場さえ塞げば仕留められるはずだった。
左右から剣が振り下ろされ、正面からは槍が突き出される。
リリアンは槍の穂先を短剣で逸らすと、踏み込んで柄を脇に抱えた。
そのまま身体をひねり、槍を握る衛兵ごと横へ引き倒す。
振り下ろされた二本の剣が、その背に食い込んだ。
「あら、お仲間ですのに」
踏み台にされた衛兵が沈む。
リリアンはその背を蹴って跳び、剣を引き抜こうとしていた二体の間をすり抜けた。
着地と同時に、二つの膝が折れる。
ミザールには刃筋すら見えなかった。
ただ少女が通り過ぎるたび、衛兵が動かなくなっていく。
「ふざけるな……!」
また一体、生み出す。
また一体、倒される。
増やせば増やすほど路地は狭くなり、後ろの衛兵は前に出られない。
なのに少女だけは、倒れる身体の隙間を縫って近づいてくる。
ミザールは後ずさりながら、震える手を突き出した。
「こいつらなら、どうだッ!」
衛兵たちの後ろに、新たな人影が形を取った。
一人はクラド。
もう一人はカグヤ。
自分を追い詰め、何もかも奪っていった、忌々しい顔。
今度はその顔が増えていく。
同じ目、同じ鼻、同じ口をした贋作が、路地いっぱいに並んだ。
ようやくリリアンの足が止まる。
「うわ、マンガの悪者がよくやる奴じゃん」
「やれ! 早くやれッ!」
ミザールは声を裏返らせた。
贋作の一人が、倒れた衛兵の剣を拾って斬りかかる。
リリアンは刃を受け流し、その顔を間近から覗き込んだ。
「……でも偽物なら、殺してもよろしいわよね?」
返事を待つような間はなかった。
偽クラドの顎を短剣の柄で跳ね上げ、無防備になった喉をもう一方の刃で薙ぐ。
崩れる身体を肩で押すと、背後から迫っていた偽カグヤがそれを避けた。
その一歩を、リリアンは逃さない。
低く踏み込み、すれ違いざまに刃を突き入れる。
振り返りもせず腕を抜き、飛びかかってきた次の贋作へ向き直った。
「こいつらは、こんなものじゃ……!」
本物はもっとしぶとかった。
何度追い詰めても立ち上がり、最後にはミザールの企みを潰したのだ。
なのに、どうして。
「止めろ! 誰でもいい、そいつを止めろッ!」
最後尾の贋作を押しのけ、ミザールは逃げ出した。
もう振り返る余裕はなかった。
角まで行けば、表通りに出れば。
衛兵でも何でもいい、誰かいれば――。
右耳のすぐ脇を、何かが通り過ぎた。
目の前の木戸に短剣が突き立ち、ミザールは悲鳴を呑んで立ち止まった。
「困りますわ。まだお話の途中ですのに」
背後で靴音がした。
恐る恐る振り返る。
立っている贋作は、もう一体も残っていなかった。
リリアンは逃げる前と同じ微笑を浮かべ、こちらへ歩いてくる。
「か、金なら払う」
ミザールは木戸に背を押しつけた。
「いくらで雇われた? 倍出そう。いや、三倍だ! ボクを殺すより、ずっと得だぞ!」
「そのお金は、どなたを売って作ったものかしら」
言葉が喉に詰まる。
リリアンの手が伸びた。
ミザールは反射的に顔を庇ったが、その手は脇を通り、木戸に刺さった短剣を引き抜いただけだった。
逃げ道を塞ぐように、二振りの刃が下がっている。
「この……小娘が。人を殺して、ただで済むと思うなよ……!」
「小娘、ね」
リリアンは少しだけ首を傾げた。
それから、ふっと肩の力を抜く。
「まあ、俺、男なんだけど」
「……は?」
聞き間違いかと思った。
仮面の下の顔を見直す。
華奢な肩も、長い髪も、目の前の相手が少女であることを疑わせなかった。
それなのに、今の口調は――。
胸元に、軽い衝撃があった。
ミザールが目を落とすと、黒い手がぴたりと触れていた。
その手に握られているはずの刃は、見えない。
「それでは、ごきげんよう。ミザール様」
礼儀正しい声とともに、短剣が引き抜かれた。
何か言おうとしたが、息しか出なかった。
木戸に爪を立てても身体を支えられず、ミザールはずるずると腰を落とす。
足元に、握り潰したカードが落ちた。
リリアンはそれを拾い、折れた角を指先で伸ばすと、動かなくなったミザールの膝に置いた。
ミザールが息絶えたのを確かめ、リリアンは耳飾りに指を添えた。
埋め込まれた小さな魔石が、淡く光る。
「任務完了。標的のミザールは始末しました」
しばらく耳を傾けていたが、やがて困ったように眉を下げた。
「……はい。寄り道せずに帰りますわ、お父様」
通信を切り、胸元の宝石に触れる。
宝石を起点に淡い光が広がり、黒い装束の輪郭がほどけていった。
腰から幾重ものフリルが膨らみ、手首には繊細なレースが浮かぶ。
白磁の仮面も消え、あどけなさの残る素顔が露わになった。
スカートの裾をつまんで確かめれば、どこから見ても、夜会帰りの令嬢だった。
リリアンは何食わぬ顔で表通りへ出ると、澄ました微笑を少しだけ緩めた。
「……さて。帰るまでがお仕事、っと」
――第3章 闇と因縁と崩落する黄金郷(夜天競売会篇・後篇) 完――