無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
夜風が、火照った頬にじんわりと沁みた。
商会を飛び出してから、まだそんなに時間は経っていない。
なのにもう、さっきまでいた場所が妙に遠く感じる。
「ほら、突っ立ってないで乗りな」
通りの端へ停められていた大型馬車。その御者席から、女がひらひらと手を振った。
ヴェルカだ。
長い赤髪を無造作に流し、片手には酒瓶。完全に出来上がった顔で笑っている。
……本当にこの人について行って大丈夫なんだろうか。
俺は思わず、隣のミリスを見る。
ミリスも無表情のままヴェルカを見上げていた。
「危険人物」
「だよな……」
即答だった。
だがヴェルカはケラケラ笑う。
「失礼だねぇ。これでも評判の良い行商人だよ、私は」
「酒臭い時点で説得力ゼロなんだけど……」
「酒は商売の潤滑油さ」
「潤滑しすぎだろ」
ツッコみながら馬車へ近づく。
その瞬間。
「うわっ……」
思わず声が漏れた。
荷台がとんでもないことになっていた。
積まれているのは木箱だけじゃない。
鍋。フライパン。酒樽。干し肉。布袋。工具。ロープ。ランタン。剣。槍。見たこともない置物。よく分からない骨。なぜか巨大な魚の干物まである。
統一感が皆無だった。
「……ゴミ捨て場?」
「商売道具だよ」
ヴェルカが不満そうに眉を寄せる。
「行商人ってのはね、お客が欲しがるなら何でも売るもんなの」
「いや限度あるだろ……その魚いる?」
「南方じゃ高級品だぜ?」
「マジで?」
思わず魚を見る。
《塩漬け巨大魚:480G》
高っ。
こんなのまでちゃんと価値あるのかよ……。
俺が若干引いていると、近くで別の馬車を整備していた男がこちらへ顔を向けた。
「あれ、ヴェルカじゃねぇか」
日に焼けた中年の御者だった。
ヴェルカを見るなり、呆れたように笑う。
「なんだよ。また弟子増やしたのか?」
「拾った」
「犬猫みたいに言うな」
即座にツッコむ。
御者は腹を抱えて笑った。
「ははっ、今回は何日持つかねぇ」
「失礼だなぁ。今回は長持ちするよ」
「前の奴、三日で逃げただろ」
「繊細だったんだよ」
「酒瓶投げつけたって聞いたぞ」
「避けなかったアイツが悪い」
「最低だこの人!」
思わず叫ぶと、御者は「頑張れよ坊主」と肩を叩いてきた。
全然励まされてる気がしない。
俺は嫌な汗を流しながらヴェルカを見る。
「……本当に大丈夫なんだよな?」
「大丈夫大丈夫」
ヴェルカは酒瓶を揺らしながら笑った。
「私は“面白い”と思ったモノしか拾わない主義でね」
その言葉だけ、妙に真っ直ぐだった。
一瞬だけ。本当に一瞬だけだが。
酔っ払いの目には見えなかった。
「……ま、立ち話してても仕方ない。行くよ」
ヴェルカが手綱を鳴らす。
馬がゆっくり動き出した。
石畳を抜け、見慣れた街並みが遠ざかっていく。
俺は荷台へ腰を下ろしながら、小さく息を吐いた。
――街から出るのなんて、何年ぶりだろう。
そして。
長年暮らした街を飛び出してから、三日後。
俺たちは次の街へ辿り着いていた。
鉱山都市ミスラント。
街へ足を踏み入れた瞬間、まず耳へ飛び込んできたのは、金属を打ち鳴らす甲高い音だった。
カン、カン、と絶え間なく響く槌音。
通りには鉱石を積んだ荷車が何台も行き交い、煤まみれの鉱夫たちが怒鳴り声を上げながら行き交っている。
空気もどこか鉄臭い。
「うわ……」
思わず辺りを見回す。
俺が今までいた街とは、空気そのものが違った。
市場には武器、防具、鉱石、工具。
並んでいる商品も全体的に物騒だ。
剣一本にしても、以前居た商会で見たような飾り物じゃない。
本気で“使うため”の道具ばかりだった。
「田舎者丸出しだねぇ」
御者席でヴェルカが笑う。
「うるさいな……」
「ミスラントは鉱山と交易で食ってる街だ。人も物も金も流れが激しい。だからそのぶん、胡散臭い連中も多いんだ」
「胡散臭い人が言うと説得力あるな」
「お、褒めてる?」
「褒めてない」
そんなやり取りをしている間にも、ヴェルカの馬車へ視線が集まっていた。
「おい、ヴェルカだ」
「また来やがったのか……」
「今度は何持ってきた?」
通りの商人たちがざわつく。
しかも妙に反応が極端だった。
歓迎してる奴もいれば、露骨に顔をしかめる奴もいる。
ヴェルカはそんな視線を気にも留めず、酒瓶を片手に笑っていた。
「アハハ! いやあ、人気者はつらいねぇ」
「笑ってる場合かよ……。奥のオッサンとか、殺意剥き出しだぞオイ……」
すると突然。
「おいヴェルカ!」
露店の向こうから、小太りの男が声を張り上げた。
「ちょうどいい! 例の魔導具、買わねぇか⁉」
男の露店には、古びたランタンが置かれていた。
表面には古代文字みたいな紋様が刻まれている。
確かに、一見すると本物っぽい。
「古代遺跡産だ! 魔力反応もある!」
「へぇ?」
ヴェルカが興味深そうに馬車を降りる。
俺も何となく後ろからついていった。
視界に数字が浮かぶ。
《ガラクタのランタン:8G》
……安っ。
いや、絶対インチキだろこれ。
「やめとけって」
俺は小声でヴェルカへ言う。
「どう見ても偽物だ」
だがヴェルカはニヤついたままランタンを持ち上げた。
「ふぅん……」
カン、と軽く叩く。
次の瞬間。
バキッ。
「え?」
ヴェルカが躊躇なくランタンを分解した。
露店の男が固まる。
「ちょっ、おま――!」
そのままヴェルカは内部を覗き込み、小さく笑った。
「やっぱり」
中から、青白く光る鉱石片を摘まみ出す。
視界の数字が切り替わる。
《
「はぁぁ⁉」
思わず叫んだ。
さっきまで8Gだったガラクタの中に、とんでもないモノ入ってるんだけど⁉
露店の男も目を剥いていた。
「な、なんでそんなモン入って――」
「知らなかったのかい?」
ヴェルカがニヤリと笑う。
「こりゃ古代式ランタンじゃなく、“魔導炉の廃材”だ。中に核片が残ってる場合がある」
男の顔色が変わる。
つまりコイツ、本当に知らずに売ってたのか。
「よく覚えときな、クラド」
ふと、周囲の喧噪が一瞬だけ遠くなる。
ヴェルカの赤い瞳が細まった。
「商人ってのはねえ、商品を見るんじゃあない」
核片を弄びながら笑う。
「“価値”を見るんだよ」
その瞬間だけ。酔っ払いのダメ女には見えなかった。
背筋が妙にゾワッとした。
「……かっこつけてる」
隣でミリスがぼそっと呟く。
「ははっ! こういうのはかっこつけてなんぼだぜ、お嬢ちゃん」
ヴェルカは笑いながら、そのまま核片を懐へ放り込んだ。
***
ミスラントの市場は、とにかく騒がしかった。
怒鳴り声。値切り交渉。鉱石を運ぶ荷車。
その喧騒のど真ん中を、ヴェルカは酒瓶片手にふらふら歩いていく。
……本当に大丈夫なんだろうか、この人。
「お、塩じゃあねえか」
ヴェルカがふと足を止めた。
露店には麻袋へ詰められた白塩が山積みになっている。
「一袋120Gだよ! 今なら安い!」
店主が声を張り上げる。
俺は反射的に値段を見る。
《岩塩:118G》
ほぼ適正価格だった。
特に問題はない。
だがヴェルカは、塩を指で摘まむと、妙にニヤついた。
「なあオッサン! コレ、全部くれ」
「は?」
思わず変な声が出た。
隣でミリスも、ほんの少しだけ目を丸くしていた。
「……全部?」
珍しく、自分から口を開く。
「そ。全部」
ヴェルカはケラケラ笑った。
「ま、毎度あり!」
店主が慌てて袋をまとめ始める。
「おい待て待て待て! 何でだよ⁉」
俺が止めると、ヴェルカは酒瓶を揺らしながら笑う。
「まあまあ! いいから積みな!」
数十分後。
俺たちは馬車へ大量の塩袋を積み込んでいた。
完全に意味が分からない。
ミリスも黙々と袋を運んでいるが、時々ちらちらヴェルカを見ていた。
多分、俺と同じことを考えている。
この人、絶対ロクでもない。
「……で?」
「ん?」
「説明。なんでこんなに塩を?」
するとヴェルカは酒を一口飲み、平然と言った。
「三日以内に塩が跳ね上がる」
「は?」
ミリスが小さく首を傾げる。
「……値段、普通だった」
「おお! よく見てるねえ」
ヴェルカが笑う。
「そうさ。“今は”普通だ」
「だったら、今買わなくたって――」
「東側の街道、昨日崩れたろ」
「崩れた?」
「ああ。今朝、鉱夫がやたら保存肉まとめ買いしてたんでね」
ヴェルカはニヤニヤ笑いながら指を立てる。
「さて、ここで問題だ」
一本目の指を立てる。
「保存肉には塩が要る」
二本目。
「ミスラントは鉱山都市。保存食需要がデカい」
三本目。
「そこへ街道崩落。暫くは物流が止まる」
ニヤリと笑う。
「ここまで言えば、もう分かるね?」
俺は絶句した。
「……! そうか!」
思わず声が出た。
「保存肉が必要なのに、塩が入ってこなくなるのか!」
「そう」
「だったら皆、今ある塩を買い始める……!」
「アハハ! 正解!」
値段を見たわけじゃない。スキルでもない。
街の空気と、人の流れだけで読んでいる。
「商人ってのは面白いもんでさ」
ヴェルカが肩をすくめる。
「“今の価値”だけ見てる奴から死んでいくんだ」
その直後だった。
「おい! 塩が売り切れてるぞ!」
「ふざけんな! くそっ、こんなことなら買っときゃよかった!」
市場の向こうで怒鳴り声が上がる。
ヴェルカはニヤニヤ笑いながら酒瓶を揺らした。
「ほらな?」
……なんかもう、この人だけ見えてる世界が違う。
市場の喧騒を背にしながら、俺は心の底からそう思った。
「よーし、じゃあ次行くよ」
ヴェルカが酒瓶を揺らしながら歩き出す。
「次?」
「仕事だよ仕事。商人は忙しいんだ」
「昼間から飲んでる奴が言う台詞か?」
「酒は栄養だからねぇ」
「終わってんなこの人……」
ぼやきながら後を追う。
だが、街の中心部を抜けるにつれ、周囲の景色が少しずつ変わっていった。
人通りが減り、建物も古くなる。空気が冷たい。
やがて石畳すら途切れ、荒れた山道へ出る。
嫌な予感がした。
「なあ、どこ行くんだ?」
ヴェルカは鼻歌交じりに前を歩く。
「もう着くよ」
数分後。
俺たちは、それを見上げていた。
山肌へぽっかり開いた巨大な穴。崩れかけた坑道入口。古い封鎖柵。
その周囲だけ、不自然なくらい静かだった。
入口横には、色褪せた警告板が立っている。
【ギルド指定危険区域 ガザルム坑道 危険度B】
「…………」
背筋が冷えた。思わず足が止まる。
ミリスも隣で坑道を見上げていた。
「……ここ、空気が変」
珍しく、はっきり嫌悪感を口にする。
それくらい異様だった。
坑道の奥は真っ暗で、まるで巨大な生き物の口みたいに見える。
「ここ、昔は鉱山だったんだけどねぇ」
ヴェルカが軽い口調で言う。
「十年前に閉鎖されたんだ」
「閉鎖?」
「ああ。魔物が住み着いてね」
サラッと言った。
「帰ってきた奴がほとんどいなかったんだよ」
ほとんど。ゼロじゃあない。
「一人だけ生還した鉱夫がいたんだが、“
「
「鉄を食う魔物。正式名は《グラン・モルド》だったかな」
聞いたこともない。だが、名前だけで嫌な感じがした。
「ギルドが討伐隊を送ったんだが」
「だが?」
「半分しか戻ってこなかったってさ」
ヴェルカは笑った。
けれど、その赤い目だけは笑っていなかった。
「笑い事じゃねぇだろ!」
「アハハ!」
笑って誤魔化された。
いや待て。
危険度Bって。
俺でも分かる。絶対ヤバいやつだ。
少なくとも、今の俺たちが入っていい場所じゃない。
嫌な汗を流しながら聞く。
「なんで、そんな所に来た?」
するとヴェルカは当然みたいに言った。
「
「…………は?」
「坑道の最深部に鉱脈があるんだ。運が良ければ原石が拾える」
五大宝石。金持ちが国ごと競り合う化け物鉱石の一種のはず。
「いやいやいや!」
思わず叫ぶ。
「なんでそんな軽いノリなんだよ‼」
「金になるから?」
「そういう問題じゃねぇ!」
ミリスも小さく坑道を見上げていた。
「……危険」
「だよな。それで、もしそのグラン何とかに遭遇したら……?」
恐る恐る訊ねる。
するとヴェルカは平然と言った。
「まあ、バレた時は頑張って倒すしかないね」
「倒す前提なの⁉」
「逃げるならソレもアリ」
「帰ってこれる気がしないんだけど⁉」
俺は坑道とヴェルカを交互に見る。
「……いや待て」
嫌な予感がした。
「当然、ヴェルカさんも来るんだよな?」
「え?」
ヴェルカがキョトンとした。
「いや、私は行かないけど」
「は???」
意味が分からなかった。
「なんで⁉」
「だって怖いじゃん」
俺は数秒、真顔になった。
……この人、本気で言ってるのか?
弟子を危険地帯へ放り込んどいて、自分は安全圏待機なのか。
「安心しなって。ちゃんと力は貸すからさ」
「その言葉が一番信用ならねぇんだよ!」
生きて帰れたら、一発くらい殴っても許される気がする。
するとヴェルカは、ふと思い出したように荷物を漁り始めた。
そして、
「ほいこれ」
雑にリュックを投げて寄越した。
「……何これ」
「支援物資」
中を開けてみる。
ロープ。
折り畳みシャベル。
干し肉。
ランタン。
フライパン。
果物ナイフ。
あと、何故か魚の干物。
「いや武器ぇ⁉」
「あるじゃないか」
「果物ナイフ一本だろうが!」
ミリスが干物を持ち上げる。
「……これは?」
「非常食」
「いる?」
「多分」
適当すぎる。不安しかない。
「だ、大丈夫なんだろうな……?」
恐る恐る聞くと、ヴェルカは酒瓶を傾けながら笑った。
「大丈夫大丈夫」
「根拠が薄い!」
「死んだら骨は拾って売ってやるから安心しな」
「安心できるか‼」
ケラケラ笑うヴェルカ。
目の前には、帰還者ほぼゼロの魔窟。
まともな武器なし。支援役は酔っ払い。
控えめに言って終わっていた。
――なのに。
ヴェルカは、俺たちが死ぬとは欠片も思っていない顔をしていた。