無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
ガザルム坑道の中は、外とはまるで空気が違っていた。
湿った冷気が肌へまとわりつき、ランタンの火が揺れるたび、岩壁に映る影まで
奥から響くのは、水滴の落ちる音だけだった。
静かすぎる坑道は、まるで巨大な生き物の腹の中みたいで、妙に落ち着かなかった。
帰還者ほぼゼロ。
危険度B。
改めて考えなくても、完全に来る場所を間違えている。
少なくとも、商人見習いと元奴隷が気軽に入っていい場所じゃなかった。
「……現地調達って、何を調達したらいいんだよ」
俺はぼやきながら、背負ったリュックを揺らした。
坑道に入る直前、ヴェルカは酒瓶を片手にケラケラ笑いながらこう言ったのだ。
『足りないものは現地調達しな』
雑すぎる。
武器も作戦もほぼ丸投げである。
頼みの綱のリュックも、中身はロープ、鍋、フライパン、工具、折りたたみシャベル、干し肉、果物ナイフ。
あと何故か魚の干物まで入っている。
本当にこの人、俺たちを生かして帰す気あるんだろうか。
そんなことを考えていると、不意に隣でミリスがしゃがみ込んだ。
「?」
何をしているのかと思えば、地面に落ちていた石を拾っている。
しかも一個ではない。形を見比べながら、真面目な顔でいくつも集め始めた。
「……ミリス?」
「使えるかもしれない」
そう言って、石をリュックへ入れる。
《ただの石:0G》
綺麗なくらい価値ゼロだった。
「いや……石集めてどうするんだ?」
「投げる」
あまりにも真顔で返されて、一瞬ツッコミに困る。
「……役に立ちたい」
ミリスは石を握ったまま、小さく呟いた。
「クラドの」
「…………」
本人に変な気は一切ないのが余計に困る。
無表情で、ただ当然みたいにそう言うのだ。
以前のミリスなら、命令されない限り自分から動こうとはしなかった。
けれど今は違う。何か役立てるものはないか、自分で考えて探している。
その方向性が若干ズレてる気もするけど。
「……まあ、持つだけなら好きにしろ」
「うん」
ミリスはほんの少しだけ嬉しそうに頷くと、また石を選び始めた。
地味に丸いものや握りやすそうな形を選別している辺り、本人的にはかなり真剣らしい。
だが、その時だった。
――カサッ。
微かな物音。
俺は反射的にランタンを向けた。
暗闇の奥。岩陰の向こうで、赤い光がぬらりと揺れる。
一つじゃない。
二つ、三つ――複数。
「……ミリス」
「うん」
空気が張り詰める。
次の瞬間、ギャギャッ! という耳障りな奇声と共に、小柄な影が暗闇から飛び出してきた。
灰色の皮膚。異様に長い腕。口元には獣みたいな牙。
《坑道ゴブ:32G》
「うわっ⁉」
一匹だけじゃない。次々と飛び出してくる。四匹だ。
しかも速い。
「来る!」
ミリスの声と同時に、一匹が真正面から飛び掛かってきた。
咄嗟にリュックを前へ出す。鈍い衝撃が腕に走った。
「ってぇ⁉」
後ろへよろける。普通に重い。普通に怖い。
というか、やっぱり武器が足りない!
「ナイフ一本でどうしろってんだ、あの酒カス‼」
叫びながら果物ナイフを抜くが、リーチが短すぎる。この距離で殴り合うのは危険だ。
再びゴブが飛び掛かってくる。
その瞬間、脳裏にヴェルカの言葉が蘇った。
『商人ってのはねえ、商品を見るんじゃあない。“価値”を見るんだよ』
「……価値」
視線が、リュックへ落ちる。
使える物じゃない。
――“使える価値を与えられる物”。
俺は咄嗟に、リュックからフライパンを引き抜いた。
《鉄製フライパン:45G》
価値操作。
頭の奥が熱くなる。
《鉄製フライパン:45G → 簡易鋼盾:310G》
瞬間、フライパンが淡く光った。
直後――ガギィン‼ と硬質な音が響き、飛び掛かったゴブが弾き返される。
「止めた……⁉」
ただの調理器具だったはずのフライパンが、盾みたいに衝撃を受け止めていた。
ミリスが目を丸くする。
「……硬い」
「いける……!」
なら――!
「ミリス! その石を投げろ‼」
「うん!」
ミリスが全力で石を投げる。
ビシャッ‼ と妙に重い音が響いた。
《ただの石:0G → 投擲礫石:40G》
直撃したゴブが、そのまま後ろへ吹っ飛ぶ。
「はぁ⁉」
俺もミリスも同時に目を見開いた。
今の石、威力おかしくなかったか?
吹き飛ばされたゴブが、岩壁へ叩き付けられて悲鳴を上げる。
ミリスは自分の手を見下ろし、それから石が消えた先を見て、小さく瞬きをした。
「……飛んだ」
「いや、今の何だよ⁉」
岩壁へ叩き付けられたゴブが、そのまま動かなくなる。
あんな威力、ただの投石じゃあり得ない。
だが考えてる暇はない。別のゴブが横から飛び掛かってくる。
俺は咄嗟にフライパンを叩き付けた。
ガンッ‼ と鈍い音。
ゴブが床へ転がる。
《鉄製フライパン:簡易鋼盾 耐久低下》
「うっ……!」
頭の奥に、妙な感覚が流れ込む。
価値を変えた物の状態が、何となく分かる。
なら――。
「ミリス! もっと石を!」
「うん」
ミリスが即座に石を差し出してくる。
しかもさっきより選別が進んでいた。
丸い石。尖った石。平たい石。
本人なりに“用途”を考えているらしい。
こんな状況なのに、少しだけ笑いそうになった。
「よし……!」
飛び掛かってくるゴブを睨みながら、俺は石に意識を集中させる。
《ただの石:0G》
価値を与える。
もっと危険に。もっと脅威に。
《ただの石:0G → 爆裂鉱石:180G》
石の表面に赤い亀裂のような光が走った。
「ミリス! 投げろ!」
「うん」
放られた石がゴブの足元へ転がる。
直後。
――ドゴォン‼
爆炎が坑道を揺らした。
「ギャアアッ⁉」
二匹まとめて吹き飛ぶ。熱風が顔を叩いた。
「うわっ、マジで爆発した⁉」
「……すごい」
ミリスが少しだけ目を輝かせていた。
その顔を見た瞬間、妙な確信が湧く。
いける。
“価値”さえ作れれば戦える。
ゴブたちが警戒したように距離を取る。
その隙に、ミリスがまた石を拾って差し出してきた。
「次」
「サンキュ!」
俺は半ば反射で石を掴む。
今度は別のイメージ。
眩しさ。閃き。目潰し。
《ただの石:0G → 閃光鉱:95G》
白い光が石の内部で明滅する。
「投げろ!」
石が宙を舞う。
次の瞬間。
バシュゥッ‼
坑道を白光が埋め尽くした。
「ギャッ⁉」
ゴブたちが一斉に目を押さえて暴れ回る。
「今だ!」
俺は駆け出し、フライパンを横殴りに振るった。
ゴッ‼ と鈍い感触。
さらにミリスの投石が飛ぶ。
ドガッ‼
さっきまでの“ただの石投げ”じゃない。
価値を与えられた瞬間、完全に武器へ変わった。
ゴブの一匹が悲鳴を上げながら逃げ出そうとする。
その背中へ、俺は最後の石を構える。
「これで――!」
今度は熱。火種。着火。
《ただの石:0G → 火打ち魔石:60G》
石が壁に激突した瞬間、内部で圧縮されていた火打ち鉱が弾け、激しい火花を撒き散らす。
近くに零れていたランタン油へ引火する。
ボワッ‼ と炎が広がり、逃げかけたゴブが火だるまになった。
「ギィィィッ⁉」
悲鳴を上げながら転げ回り、そのまま動かなくなる。
静寂。
焦げ臭い煙だけが坑道へ漂った。
「…………」
俺は肩で息をしながら、自分の手を見る。
ただの石だった。
そこら辺に落ちてる、価値ゼロの石。なのに。
「……戦えた」
呆然と呟く。
すると隣で、ミリスが小さく頷いた。
「クラド、すごい」
「いや、ミリスの石集めも大概だろ……」
「役に立った?」
不安そうに聞かれて、一瞬言葉に詰まる。
それから、俺は笑った。
「ああ。めちゃくちゃ助かった」
ミリスは少しだけ目を丸くした。
それから、口元がほんの僅かに緩む。
その表情を見た瞬間、胸の奥が妙にざわつく。
たった一言褒められただけで、そんな顔をするのか。
……ほんと、今までどんな扱いを受けてきたんだ。
だが感傷に浸っている余裕はない。
坑道の奥からは、相変わらず不気味な風音が響いていた。
「……行くか」
「うん」
俺たちは再び、暗い坑道の奥へ足を踏み入れた。
***
そこから先は、半分くらい勢いだった。
道中でも何度か魔物に遭遇した。
天井から飛び掛かってくる《坑道ゴブ》、岩陰に擬態していた《
正直、一歩間違えれば普通に死んでいたと思う。
けれど、その度に俺たちは“価値”を作った。
石ころは投げれば弾丸になり、工具は罠になった。
ロープは拘束具へ変わり、鍋は即席の防具になる。
フライパンに至っては、もはや完全に盾だった。
最初は手探りだった戦い方も、少しずつ形になり始めていた。
「右」
ミリスの短い声が飛ぶ。
反射的に身を屈めた直後、頭上を
そこへミリスの投石が直撃し、魔物が岩壁に叩き付けられる。
以前の彼女なら、こんな風に自分から動けなかっただろう。
だが今は違う。周囲を見て、必要な物を探し、自分で考えて動いている。
その変化が、何だか少し嬉しかった。
「……というか、なんでそんなに石拾うの慣れてるんだよ」
「いっぱい落ちてるから」
「理由になってないんだよなぁ……」
リュックの中は、いつの間にか石だらけになっていた。
けれど、その石に何度助けられたか分からない。
気付けば俺自身も、“価値のない物”を見る目が少し変わり始めていた。
そして、どれくらい歩いただろうか。
狭かった坑道が、不意に大きく開ける。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
巨大な空洞だった。天井は遥か高く、岩壁一面に青白い鉱石が結晶のように突き出している。
暗闇のはずなのに、洞窟そのものが淡く発光していた。
まるで夜空の中へ迷い込んだようだった。
「……綺麗」
隣でミリスが小さく呟く。
その中心に、一際強く輝く鉱石があった。
雫みたいな形をした、透き通る蒼。
視界に文字が浮かぶ。
《
「――これか」
喉が鳴った。
素人目でも分かる。ただの宝石じゃない。
街一つ買えるというヴェルカの言葉が、冗談に思えなくなるほどの存在感だった。
「やっば……」
吸い寄せられるように近づく。こんなもの、本当に存在したのか。
「思ったより簡単だったな……」
気が緩んだのは、その時だった。
「……クラド」
ミリスの声に、思わず振り返る。
だが、ミリスは俺を見ていなかった。
その視線は、俺の後ろに向いている。
顔色が変わっていた。感情の薄い彼女が、はっきりと怯えていた。
「……いる」
その一言で、背筋が粟立った。
気付けば、水滴の音が消えている。
さっきまで感じていた洞窟の気配そのものが、どこか遠ざかっていた。
静かすぎた。
まるで巨大な何かが息を潜め、こちらを見下ろしているような静寂だった。
嫌な汗が首筋を伝う。
恐る恐る、振り返る。
最初、それが何なのか分からなかった。
壁だと思った。黒い岩盤が、洞窟の奥にそびえているのだと。
だが違う。
それは、ゆっくりと動いていた。
ゴリ――――ッ。
鈍い音が響く。
巨大な顎が、岩壁を噛み砕いていた。
岩が豆腐みたいに砕け散り、火花を散らしながら崩れ落ちる。
暗闇の中で、赤熱した鉄みたいな光がゆっくり揺れた。
目だった。
あまりにも巨大すぎて、距離感が狂う。
馬車より大きい頭部。岩盤みたいな
全身を覆う無数の傷。
そして、鉄臭い熱風みたいな息。
《――価値測……》
表示が途中で乱れた。
バチッ、と視界の文字が火花みたいに明滅する。
こんなの、初めてだった。
――『グラン・モルド』。
帰還者ほぼゼロ。
その意味を、俺はようやく理解した。
グラン・モルドが、ゆっくりこちらへ顔を向けた。
赤熱したような眼光が、暗闇の奥で鈍く揺れる。
その瞬間、全身の毛穴が一斉に開いた。
「――逃げるぞ、ミリス!」
「うん!」
反射的に叫び、星涙石を掴んで駆け出す。
だが背後で、ギギギギ……と金属を擦るような異音が響いた。
振り返る。
グラン・モルドが、岩壁に巨大な爪を突き立てていた。
次の瞬間、轟音と共に天井の岩塊が崩れ落ちる。
「っ⁉」
退路を塞がれた。
土煙が舞い、坑道が揺れる。
逃がさない。
そう言われた気がした。
「ウソだろ……」
喉が引きつる。
その時、不意にヴェルカの軽薄な声が脳裏によみがえった。
『まあ、バレた時は頑張って倒すしかないね』
「……冗談じゃなかったのかよ、あの酒カス……!」
思わず悪態が漏れる。
だが、泣き言を言っても状況は変わらない。
グラン・モルトが低く唸るたび、坑道全体が震えていた。
まともに戦えば死ぬ。
それでも、戦わなきゃ終わる。
俺は荒い息を吐きながら、背中のリュックへ手を突っ込んだ。
ロープ。鍋。フライパン。工具。干物。シャベル。果物ナイフ。
改めて見ても、酷い荷物だ。
けれど。
「……やるしかない」
ヴェルカは言っていた。
商品を見るな。価値を見ろ、と。
なら――このガラクタ全部に、使い道があるはずだ。
隣でミリスが、小さく石を握り締める。
「クラド」
「ああ」
俺は震える手でフライパンを構えた。
目の前では、
まるで、獲物を味わうみたいに。