無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
暗闇の中で、赤熱したような眼光が鈍く揺れる。
その視線を向けられただけで、背筋が粟立つ。
巨大な顎が岩を噛み砕くたび、ゴリ、ゴリ、と不快な
逃げ場はない。
背後は、さっき崩された落石で完全に塞がっていた。
「……クラド」
「分かってる」
震えそうになる声を無理やり押さえ込みながら、俺はフライパンを握り直した。
怖い。
正直、今すぐ全部投げ出して逃げたい。
けれど、グラン・モルドはそんな隙を与える気すらないらしい。
巨体に似合わない速度で前脚を踏み込んだ瞬間、洞窟全体が揺れた。
「来るぞ!」
叫ぶと同時に横へ飛ぶ。
直後、俺たちが立っていた場所へ巨大な爪が叩き付けられ、岩盤が紙みたいに砕け散った。
「っ、うわ……!」
飛び散った破片が頬を掠める。まともに食らっていたら、人間なんて簡単に潰れていた。
だが、怯えている暇はない。
俺は転がるように距離を取りながら、リュックへ手を突っ込んだ。
工具。折り畳みシャベル。ロープ。干物。
改めて見ても意味不明な荷物だ。
なのに、今はこのガラクタだけが頼りだった。
『商品を見るな。“価値”を見ろ』
ヴェルカの言葉が脳裏をよぎる。
「だったら……!」
俺は咄嗟に工具袋から金属杭を引き抜いた。
《鉄杭:18G》
価値を上げる。
固定。支柱。崩落。拘束。
頭の中で用途を組み替えた瞬間、杭が淡く光を帯びた。
《
「ミリス! 右の壁!」
「うん!」
ミリスが石を投げる。
価値を付与された投石が岩壁へ叩き付けられた瞬間、亀裂が走った。
そこへ俺は
「倒れろっ!」
次の瞬間、支えを失った岩盤が轟音と共に崩れ落ちた。
大量の
土煙が舞い、洞窟全体が震えた。
「やったか――」
言いかけて、凍り付く。
黒い巨体が、崩れた岩盤を押し退けながらゆっくり顔を上げた。
外殻にはヒビ一つ入っていない。
「嘘だろ……」
グラン・モルドが低く唸る。
その咆哮だけで、空気がビリビリと震えた。
「クラド、来る!」
「っ!」
ミリスの声で反射的に飛び退いた直後、巨大な尾が横薙ぎに空間を薙ぎ払う。
岩壁が爆ぜた。
破片の一つが肩へ直撃し、激痛が走る。
「ぐっ……!」
痛いなんてもんじゃない。肩が吹き飛んだかと思った。
だが、その隙にミリスが石を構えていた。
「投げる」
「頼む!」
《ただの石:0G →
ミリスが全力で振り抜いた石が、砲弾みたいな勢いでグラン・モルドの頭部へ突き刺さる。
ガギィンッ‼
硬質な音が響いた。
さすがに効いたのか、巨体がわずかによろめく。
「今のうち……!」
俺はさらにリュックを漁った。
手に触れたのは、なぜか入っていた魚の干物。
こんな時に何になるんだよ、と昨日までの俺なら思っていた。
けれど今は違う。
使えるかじゃない。
使える価値を与えられるかだ。
《巨大魚の干物:12G》
鉄臭。誘引。腐臭。魔物。
価値を組み替える。
《巨大魚の干物:12G → 魔物
干物から、鼻を刺すような異臭が広がった。
「うわっ、くっさ⁉」
思わず顔をしかめ、遠くへと投げ放つ。
だが次の瞬間、グラン・モルドの眼光がこちらから逸れた。
食いついた。
「ミリス! 左へ回れ!」
「うん!」
巨体が干物に喰らいついた瞬間、俺はロープを掴む。
《麻ロープ:15G → 捕縛ワイヤー:260G》
硬質化したロープが青白く光った。
「脚止めるぞ!」
ミリスが投石で
絡め取れれば、一瞬でも動きを止められる。
だが。
グラン・モルドは、まるで
バチィンッ‼
「――は?」
次の瞬間、強化したはずのワイヤーが容易く引き千切れた。
あり得ない。
260G相当まで価値を上げたんだぞ。
なのに。
「……格が違いすぎるだろ」
乾いた声が漏れる。
グラン・モルドはゆっくりとこちらを向き直り、その赤熱した眼を細めた。
今のでようやく、“敵”として認識したみたいに。
グラン・モルドが一歩踏み出すたび、洞窟全体が鈍く震えた。
さっきまでの攻撃は、せいぜい「鬱陶しい」と思わせた程度なのだろう。巨体の動きには、まだ余裕が残っている。
対して俺たちは、もう余裕なんて言っていられる状況じゃなかった。
「っ、ミリス! 右!」
「うん!」
飛び掛かってきた前脚をギリギリで回避しながら、俺は咄嗟に鍋を掴んだ。
《鉄鍋:30G →
頭の奥が焼けるように熱くなる。
俺は鍋を全力で岩壁へ叩き付けた。
キィィィィンッ――!!
甲高い異音が空洞へ響き渡る。
耳の奥を針で掻き回されるみたいな不快音だった。ミリスですら顔をしかめて耳を押さえる。
だが、その効果はあった。
グラン・モルドが苛立ったように頭を振る。
「今だ、走れ!」
その隙に距離を取る。
だが次の瞬間、
「――っ⁉」
避け切れない。
咄嗟にフライパンを前へ出す。
《簡易鋼盾:耐久限界》
直後。
ガァンッ! という轟音と共に、凄まじい衝撃が全身を吹き飛ばした。
「がっ……!」
呼吸が潰れる。
地面へ叩き付けられ、肺の空気が全部吐き出された。
視界がぐらりと揺れる。
フライパンは中央から大きくひび割れ、盾としての価値を失っていた。
《破損鉄板:5G》
「クラド!」
ミリスの声が遠い。
起き上がろうとした瞬間、胸に激痛が走った。
「っ、ぐ……!」
息ができない。
肋骨をやった。
理解した瞬間、嫌な汗が噴き出す。
なのにグラン・モルドは待ってくれない。巨体を軋ませながら、ゆっくりこちらへ迫ってくる。
俺は歯を食いしばり、再び石を掴んだ。
《ただの石:0G》
価値を上げる。
もっと強く。もっと危険に。
《ただの石:0G ――変換失敗》
石は、ただの石のままだった。
次の瞬間、頭の奥で何かが焼き切れるような激痛が走る。
「がっ……!」
鼻から血が垂れた。
視界の文字がノイズ混じりに明滅する。
使いすぎた。初めて使った時と同じだ。
しかも相手は“価値測定不能”。
無理やり対抗し続けた反動が、一気に来ていた。
それでも、止まれば死ぬ。
「ミリス! 石!」
「ある!」
投げ渡された石を掴み、再度価値を上げる。
《ただの石:0G → 火炎鉱石:160G》
今度は成功。
だが変換と同時に、視界の文字がバチバチとノイズ混じりに明滅した。
限界が近い。
直感で分かった。
「っ、らぁぁぁ‼」
火炎鉱石を投げ付ける。
爆炎が炸裂し、グラン・モルドの顔面を炎が包み込んだ。
だが。
咆哮。
次の瞬間、炎の中から巨大な影が突っ込んできた。
「――速っ⁉」
避ける暇もない。
黒鉄の巨体が真正面から迫る。
その瞬間、ミリスが俺を突き飛ばした。
「っ!」
ミリスの小さな身体が、尾の一撃で吹き飛ばされる。
「ミリス‼」
鈍い音。小柄な身体が地面へ崩れ落ちた。
「……っ」
息が止まる。一瞬、頭の中が真っ白になった。
手が震えている。今ので腰が抜けた。
グラン・モルドは、まるで虫でも払った程度にしか思っていないのだろう。
赤熱した眼をゆっくりとこちらへ向け直してくる。
その巨体が動くたび、洞窟が低く軋む。
「くそっ……!」
俺はふらつく身体に鞭打って、ミリスの元へ駆け寄った。
「おい! ミリス!」
「……ん」
返事はあった。だが弱い。
額から血が流れている。左腕も変な方向に曲がっていた。
軽症じゃない。なのにミリスは、痛みに顔を歪めながらも俺を見上げた。
「……クラド、逃げて」
「馬鹿言うな!」
思わず叫ぶ。逃げるなら、それはお前の方だろうが。
だが、その言葉は喉の奥で止まった。
背後から、グラン・モルドが近付いてくる。
一歩ごとに地面が震える。
もう分かりきっていた。
勝てない。ゼロにいくつかけてもゼロであるように、勝機なんて最初からなかった。
石もほとんど使い切った。価値操作も限界が近い。
頭は割れそうなくらい痛い。まともに立つだけでも精一杯だ。
畜生。どうせここで二人とも死ぬくらいなら――。
「……ミリス」
俺は荒い息を吐きながら、指輪を取り外した。
あの日、木箱の片隅で見つけた指輪。
俺に商会から飛び出すキッカケを与えてくれた、不思議な指輪。
結局、最後まで何なのか分からなかったが。
「これを持っていけ」
ミリスの手に無理矢理握らせる。
そして、傍らに転がっていた星涙石も押し付けた。
淡い蒼光が、彼女の胸元を照らす。
「クラド……?」
「俺のことはいい。お前だけでも逃げろ」
口にした瞬間、自分でも驚くくらい冷静な声が出た。
「落盤した隙間、あれくらいだったらミリス、通れるだろ」
「でも――」
「いいから行け!」
思わず声が荒くなる。
「……頼む、行ってくれ」
グラン・モルドの唸り声が、もうすぐそこまで迫っていた。
「ヴェルカさんなら、何とかできるかもしれない」
「クラドも」
「俺は囮になる。それに――」
一息吐いて、思わず吹き出しそうになった。
「俺の骨、安値で売ったら一生
こんな時に何を言ってんだか。
ミリスの瞳が揺れる。やっと決心が付いたのだろう。
「……いや」
けれど、ミリスは動かなかった。
逃げるどころか、ふらつく身体で一歩前へ出る。
折れた腕を庇いながら、それでも地面に転がっていた石を拾い上げた。
《ただの石:0G》
どこにでもある石ころ。
さっきまでなら、それで十分だった。
俺が価値を与えれば武器になった。戦えた。
でも今は違う。俺はもう限界だ。
なら――自分がやるしかない。
「ご主人様を――クラドを助ける」
ミリスは石を握り締め、グラン・モルドを睨み上げた。
巨体が前脚を振り下ろす。
死が迫る。
その瞬間だった。
ミリスに渡した指輪が、淡い光を放った。
「……え?」
空気が、揺らぐ。
次の瞬間、ミリスの手の中にあった石が、ふわりと宙へ浮かび上がった。
重さが消えたみたいだった。
いや、違う。軽くなったんじゃあない。
“支配された”。
石の周囲で、空間そのものが軋んでいる。
《――適合確認》
《
《
視界に浮かんだ文字を見て、俺は目を見開いた。
「ミリス……?」
ミリス自身も理解していない顔だった。
けれど、本能だけは分かっている。
どう使えばいいのか。
浮かび上がった石へ向けて、ミリスがそっと手を振る。
瞬間。
――ズドォォォンッ‼
石が消えた。
音を置き去りにした超速度の一撃が、真正面からグラン・モルドの頭部に直撃する。
黒鉄の巨体が、初めて大きく仰け反った。
洞窟が揺れる。グラン・モルドが唸った。
ミリスの銀色の瞳が、静かにグラン・モルドを見据える。
その周囲では、地面に落ちていた無数の石ころが、ゆっくりと宙に浮かび始めていた。
「――クラドは、私が守る」