無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第7話 ただクラドを守るために

 宙に浮いた石片が、ゆっくりとミリスの周囲を巡っていた。

 

 一つや二つじゃない。

 

 地面に散らばっていた無数の瓦礫が、見えない力に引き寄せられるように宙へ浮かび上がっている。

 

 その中心で、ミリスだけが静かだった。

 

 銀色の瞳が、黑鉄の怪物を真っ直ぐ見据えている。

 

「――クラドは、私が守る」

 

 小さな声だった。けれど次の瞬間。

 

 ――ズドォォォンッ‼

 

 洞窟の空気そのものが弾け飛んだ。

 

「――ッ⁉」

 

 石が飛んだんじゃあない。

 

 消えた。そう錯覚するほどの速度だった。

 

 超高速で射出された礫が、グラン・モルドの頭部へ直撃する。

 

 黑鉄の外殻が火花を散らし、巨体が大きく仰け反った。

 

 轟音が遅れて洞窟を揺らす。

 

「……は?」

 

 思わず声が漏れた。

 

 さっきまで俺が価値を付与して、ようやく武器になっていた石ころを。

 

 ミリスはただ“飛ばしただけ”で、ここまでの威力を出している。

 

 グラン・モルドが深く唸った。

 

 赤熱した眼光が、ゆっくりとミリスを捉える。

 

 本能で理解したのだ。

 

 自分を傷付けたのが誰なのか。

 

 次の瞬間。黑鉄の巨体が地面を砕きながら突進した。

 

「ミリス!」

 

 その時、ミリスの身体がふわりと浮いた。

 

 重力を失ったように軽く跳び上がり、突進を紙一重で回避した。

 

 直後。彼女の背後に浮かんでいた岩塊が、一斉に消える。

 

 ――否。

 

 速すぎて見えなかった。そして――。

 

 ――ドガガガガガガガァァァッ‼

 

 砲撃じみた衝撃音が連続で炸裂した。

 

 数百キロはありそうな岩塊が、信じられない速度でグラン・モルドへ叩き込まれていた。

 

 黑鉄の外殻が軋む。

 

 亀裂が走る。

 

 初めてだった。あの怪物が押されている。

 

 グラン・モルドが咆哮した。

 

 怒り狂った尾が、暴風のように薙ぎ払われる。

 

 ミリスは空中で身体を翻し、静かに片手を向けた。

 

 空気が沈む。

 

 次の瞬間、轟音と共に、グラン・モルドの尾が地面へ叩き落とされた。

 

 まるで見えない巨人に押し潰されたように、岩盤が砕け散る。

 

「……重力を……操作しているのか……?」

 

 思考が追い付かない。

 

 こんなデタラメな能力、見たことも聞いたこともない。

 

 しかしミリスは無表情のまま、さらに腕を振る。

 

 洞窟の端に転がっていた巨大な岩塊が、ゆっくりと浮き上がる。

 

 人間なんか簡単に押しつぶせそうな質量だ。

 

 それをミリスは、当然のように持ち上げる。

 

 そして――。

 

「――落ちろ」

 

 岩塊が、真上からグラン・モルドへ叩き落とされた。

 

 ――ズガァァァァン‼

 

 洞窟が揺れる。

 

 岩盤が砕ける。

 

 土煙が一気に噴き上がった。

 

 普通なら、原形すら残らない。そのはずなのに。

 

 煙の奥で、赤熱した双眸が再び灯った。

 

「嘘だろ……」

 

 思わず声が漏れる。

 

 黑鉄の怪物は、止まっていなかった。

 

 全身に岩塊が突き刺さっている。

 

 外殻には亀裂すら走っている。

 

 にもかかわらず、グラン・モルドは前進を止めなかった。

 

 しかも――速いッ!

 

 巨体が岩盤を砕く。その度に、洞窟全体が悲鳴を上げる。

 

 直線的だったはずの突進軌道が、途中で僅かに変わる。

 

「……なっ」

 

 避ける先を、読んでいる。

 

 ミリスが咄嗟に浮遊しながら後方へ跳ぶ。

 

 しかし。グラン・モルドは最初から、そこへ爪を振り抜いていた。

 

「――ッ!」

 

 黑鉄の爪が、ミリスの肩を掠める。

 

 赤い飛沫が宙へ散った。

 

 その小柄な身体が岩壁へ叩き付けられ、鈍い衝突音が洞窟に響く。

 

「ミリス‼」

 

 喉が裂けそうな声が出た。

 

 崩れた岩壁の向こうで、ミリスが膝を突いたまま顔を上げる。

 

 銀色の瞳は、まだ死んでいない。

 

「……平気」

 

「どう見ても平気じゃねぇだろ」

 

 思わず吐き捨てた。

 

 肩口から血が流れている。

 

 呼吸も浅い。

 

 それでもミリスは、黑鉄の怪物から視線を逸らさなかった。

 

 グラン・モルドが低く唸る。

 

 次の瞬間。黒鉄の巨体が、岩盤を砕きながら突っ込んできた。

 

「来るッ!」

 

 ミリスの身体がふわりと浮く。

 

 俺も転がるように横へ飛び退いた。

 

 ――ドゴォォォォンッ‼

 

 さっきまで立っていた場所が吹き飛んだ。

 

 砕けた岩片が雨のように降り注ぐ。

 

「っ、ぐ……!」

 

 肺が焼ける。

 

 脚もまともに動いていない。

 

 けれど、止まったら終わる。

 

 グラン・モルドが、振り向きざまに尾を薙ぎ払う。

 

「クラド!」

 

 ミリスの声。

 

 その直後、身体が軽くなった。

 

 重力を緩められたのだと理解した瞬間、俺の身体は尾の上を滑るように飛び越えていた。

 

 暴風みたいな衝撃が真下を通り抜ける。

 

「っぶねぇ……」

 

 着地と同時に膝が軋んだ。

 

 その横を、ミリスが岩壁へ向けて滑るように移動する。

 

 浮かんだ岩塊が射出されるが、グラン・モルドは前脚で強引に弾き飛ばした。

 

 最初より対応が速い。

 

 学習してやがる。

 

 黒鉄の怪物が、再び大きく踏み込んだ。

 

 狙いはミリス。

 

「避けろ‼」

 

 ミリスが後方へ跳ぶ。

 

 その直後。グラン・モルドの巨体が、洞窟中央の星涙石(せいるいせき)へ激突した。

 

 ――ギャリィィィンッ‼

 

 耳障りな音が響く。

 

 青白い結晶が砕け、無数の破片が周囲へ飛び散った。

 

「……?」

 

 違和感があった。

 

 グラン・モルドがぶつかった黒鉄の外殻。

 

 そこだけが、斬れていた。

 

 砕けたんじゃあない。

 

 抉れたんでもない。

 

 鋭い刃物で斬り裂いたように、黒鉄の装甲が切り開かれていた。

 

 視線が、足元へ落ちる。

 

 転がってきた星涙石の破片だ。

 

 細長く砕けたその断面は、異様なほど鋭く尖っていた。

 

「……この形状――」

 

 刹那。頭の奥で、昔読んだ資料の一文が弾けた。

 

 題名は忘れたが、商会の倉庫整理をしていた時、暇潰しに読んだ古い本。その一節。

 

 ――世界で最も鋭い刃は、金属ではなく“石”から作られる。と。

 

 そして名の知れた英雄は、その“石”を使った剣と共に乱世を駆け抜けた。と。

 

 当然、実物なんて見たこともない。

 

 でも、資料に描かれた刃の断面は輝いていた。

 

 目の前の、星涙石の破片のように。儚げな模様が浮かんでいた。

 

「まさか……!」

 

 視線を上げる。

 

 グラン・モルドの黑鉄の外殻には、明らかな切断痕が残っていた。

 

「ミリス」

 

 呼ぶと、ミリスがすぐ振り向いた。まだ呼吸が荒い。

 

 それでも目だけは、まだ戦っていた。

 

「……あの結晶、動かせるか?」

 

 ミリスが星涙石の結晶へ視線を向ける。

 

 一瞬だけ黙り込んで、首を小さく横へ振った。

 

「……大きいのは、無理」

 

 無理もない。ミリスだって、既に心身共に限界が来ているんだ。

 

 さっきみたいに、巨大な岩塊を浮かせるほどの体力は残っちゃいない。

 

 だが、

 

「でも……小さいのなら、飛ばせる」

 

 銀色の瞳が、真っ直ぐ俺を見据えた。

 

「本当か?」

 

「……ミリス、頑張る」

 

 口元が僅かに吊り上がった。

 

 我ながら無茶な作戦だと思う。

 

 成功する保証なんて、どこにもない。

 

 それでもミリスは、こんな作戦を信じてくれた。

 

「じゃあ約束だ」

 

 言いながら、俺は麻袋から干し肉を引き抜いた。

 

 《携帯干し肉:8G》

 

「俺のために無理して死ぬなんてのは、ナシだからな。ミリス」

 

「クラドも。死んだらダメ」

 

「ああ――」

 

 価値を書き換える。

 

 保存食じゃない。

 

 限界まで身体を動かすための、戦場用の活力剤へ。

 

 《携帯干し肉:8G → 活性(かっせい)魔獣食(まじゅうしょく):150G》

 

 頭蓋の奥で激痛が弾けた。

 

 鼻の奥が熱い。血が垂れる。

 

 それでも構わず、干し肉を半分に千切って、大きい方をミリスに渡した。

 

「二人でここを出て、ヴェルカさんに一言文句言ってやろうぜ」

 

 ミリスが小さく頷いて、干し肉へ噛みついた。

 

 俺も干し肉を口に放り込んで立ち上がった。

 

 ――熱い。喉を通った瞬間、焼けた鉄のような熱が胃へ落ちる。

 

 直後、前進の血流が一気に加速した。

 

「っ、ぁ……!」

 

 視界が明滅する。

 

 折れた肋が治ったわけじゃない。頭痛も消えていない。

 

 それでも、鈍っていた身体が無理矢理叩き起こされる。

 

 まだ動ける。いや、動くしかなかった。

 

 背後で、グラン・モルドが吼える。

 

 黑鉄の巨体が、地面を砕きながら突っ込んでくる。

 

「ミリス! そっちは頼んだぞ!」

 

「――うん!」

 

 返事と同時に、ミリスは両手をグラン・モルドへ向けた。

 

 グラン・モルドの前脚が一瞬だけ沈み込む。

 

 その隙に、ミリスが横へ跳んだ。

 

 ――ドゴォォンッ!

 

 直後、尾が岸壁を粉砕する。

 

 砕けた岩片が弾丸のように飛び散った。

 

 まずい。真正面からやり合っていたら、一瞬で潰される。

 

 俺は転がるように瓦礫の陰に飛び込み、近くに落ちていた石ころを掴んだ。

 

 《ただの石:0G》

 

 深く息を吸い込み、意識を集中させた。

 

 ――爆ぜろ。砕けろ。吹き飛ばせ。

 

「【価格操作】」

 

 《ただの石:0G → 爆裂鉱石:180G》

 

「ッぐ……!」

 

 視界が揺れる。脳を内側から削られるような痛みが走る。

 

 だが、まだ倒れるワケには行かない。

 

 ミリスが時間を稼いでくれている。限界の身体に鞭を打って。

 

 俺だけが、止まるワケには行かない。

 

「砕けろォォォッ!」

 

 叫ぶと同時に、爆裂鉱石を全力で投げ抜いた。

 

 石は綺麗な軌跡を描きながら、星涙石の結晶の前で爆ぜた。

 

 ――ドガァァァァァンッ!

 

 蒼白い閃光が洞窟を染めた。

 

 巨大な結晶が内側から弾け、無数の破片が宙へ舞い上がる。

 

「今だ! ミリス!」

 

 言葉はそれだけで十分だった。

 

 ミリスの銀色の瞳が、空中の破片を捉える。

 

 次の瞬間。蒼白い結晶片が一直線に加速した。

 

 ――ギィンッ!

 

 今までとは違う音だった。

 

 黑鉄の外壁が斬り裂かれる。

 

 噴き出たのは、火花じゃない。

 

 鮮血だった。

 

 外殻の隙間から、赤黒い液体が溢れ出す。

 

 だがしかし――。

 

「……っ。ダメ、これでも止まらない……」

 

 血を撒き散らしながら、それでもグラン・モルドは止まらない。

 

 蒼白い破片が外殻に突き刺さる度、黑鉄の鱗が削れ、裂け、赤黒い血肉が覗く。

 

 それでも怪物は止まらない。

 

 むしろ怒り狂ったように、さらに踏み込んでくる。

 

「ッ、はぁ……!」

 

 ミリスの呼吸が乱れる。

 

 浮かんでいた破片の軌道も、少しずつ鈍くなっていた。

 

 限界が近い。干し肉で無理矢理繋いだ身体も、もう長くは持たない。

 

 俺も同じだった。

 

 頭が痛い。視界の端が黒く滲む。

 

 それでも、奴の額で脈打つ赤い光だけはハッキリと見えていた。

 

「……あれは」

 

 グラン・モルドの額。

 

 砕けた外殻の奥で、赤い結晶のようなものが脈打っている。

 

 心臓のように、規則的に明滅している。

 

 ――いや、本当に心臓なのかは分からない。

 

 急所かどうかだって怪しい。

 

 ただ。それが見えたのと同時に、明らかに奴の動きが変わった。

 

 唸るような声を上げ、首を上下左右に振り乱す。

 

 そうだ。奴だって生き物だ。

 

 だったらどこか、守ろうとする場所がある。

 

「……賭けるしかない」

 

 もうそれしかなかった。それ以上のことは、俺もミリスも身体が持たない。

 

 やけくそ混じりに、リュックをひっくり返して中身をぶちまけた。探る暇はない。

 

 案の定というか、笑っちゃうほどのガラクタばかり。

 

 その中で、ふと折りたたみ式のシャベルが見えた。

 

「ミリス。合図を出したら、俺を奴の額に放ってくれ」

 

 言ってから、自分でも頭がおかしいと思った。

 

 シャベル一本で、あの怪物に突っ込むなど、正気の作戦じゃない。

 

 下手をすれば、そのまま死ぬ。

 

 他に方法が思いつかなかった。

 

 ――それでも。

 

 約束を破るつもりはない。

 

「……分かった」

 

 ミリスは清々しいほどに、首を縦に振ってくれた。

 

 普通は止めるだろうが、その時の微笑みが妙に嬉しかった。

 

 だから俺も、笑って頷き返す。

 

「【価格操作】――」

 

 《折りたたみ式シャベル:120G → 解体用(かいたいよう)採掘鋤(さいくつすき):1200G》

 

 見た目は変わらない。くすんだ金属製の、どこにでもある折りたたみ式のシャベルだ。

 

 なのに、分かる。

 

 鱗を剥ぎ取る道具。そんな確信が、手の中に宿っている。

 

「行くぞ、ミリス!」

 

「――うんっ!」

 

 返事と同時に、空気が沈んだ。

 

 次の瞬間、俺の体が一気に前へ弾き飛ばされた。

 

「――ッ!」

 

 景色が流れる。

 

 空気が向こう側から押し返してくる。

 

 速すぎる。

 

 息が潰れる。傷付いた肘が軋み、全身に鈍い激痛が走る。

 

「ぁ……!」

 

 ミリスの重力操作で、無理矢理射出されているんだ。

 

 まともな飛び方じゃあない。手足が千切れそうだった。

 

 いや。ここでビビったら終わりだ。

 

 真正面で、グラン・モルドが咆哮する。

 

 だがこの時ばかりは、不思議と怖くなかった。

 

「オオオオオッ!」

 

 額へ目掛けて、シャベルを突き出す。

 

 鋼鉄の壁にぶち当たったような衝撃が腕を貫いた。

 

 全身に伝播する痛みを、歯を食い縛って耐えながら、シャベルを鱗に食い込ませる。

 

 奥歯が砕けた。顎の骨から悲鳴があがる。

 

 その痛みを、力に変える――ッ!

 

「剥がぁぁ……れろォォォッ!」

 

 全体重を乗せ、全身の痛みを乗せ、無理矢理こじ開けた。

 

 ベギィッ! と嫌な音が響く。

 

 黑鉄の外殻が、大きく捲れ上がった。

 

 その奥で、赤黒い光が脈打つ。

 

「――――」

 

 同時に、頭の奥で何かが焼き切れた。

 

 口から血が噴き出す。

 

 《解体用採掘鋤:1200G → 崩壊》

 

 シャベルが砕け散った。

 

 身体が吹き飛び、視界がぐるりと回転した。

 

 やがて空間が歪み、端からゆっくりと黒が覆い尽くしていく。

 

 それでも俺は灯火のような力を振り絞って、目を見開いていた。

 

 僅かに残った視界の隙間から、星涙石の破片が加速する様を見届けた。

 

「クラドの頑張り、無駄にはしない!」

 

 蒼白い閃光が、露出した赤黒い脈動に突き刺さる。

 

 その度に真紅の光片が弾け飛ぶ。

 

 砕けた星涙石。

 

 飛び散る赤い輝き。

 

 滲む視界の中では、その境界すらもう曖昧だった。

 

 まるで、夜空へ無数の流星が降り注いでいるみたいだった。

 

 星が砕けて。

 

 星が泣いている。

 

 そんな光景だった。

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