無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。   作:鍵宮ファング

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第8話 ソレがワタシのやり方さ

 あれからどれくらい時間が経っただろう。

 

 俺は死んだのか?

 

 いや。あんな状況だ。死んでいないとおかしい。

 

 息が苦しい。胸の上に何かが乗っている。

 

 喉が詰まる。口の中が妙にしょっぱい。

 

「んぐっ――⁉」

 

 何かが、さらに口の中へ押し込まれた。

 

 硬い。しかもしょっぱい。

 

 噛み切れない。飲み込めない。

 

「む、むぐっ……⁉」

 

 慌てて目を開ける。

 

 ぼやけた視界の向こうで、銀色の髪が揺れていた。

 

「……起きた」

 

 ミリスだった。

 

 何故か俺の胸の上に跨がった状態で、真顔のまま保存食を握っている。

 

「ちょ、待っ……おま、何して――ッ⁉」

 

「クラド、死にそうだったから」

 

「だからって、口に保存食を詰め込むなッ‼」

 

 咳き込みながら身体を起こす。

 

 途端に、全身に鈍い痛みが走った。

 

「っぁ……!」

 

 肋が痛い。頭も割れそうだ。口の中は、保存食のせいでよく分からない。

 

 それでも、生きている。

 

 少なくとも、痛覚があるうちはまだ現世側だ。

 

「……よかった」

 

 ミリスが小さく息を吐いた。

 

 その顔を見て、ようやく理解した。

 

 ――俺たち、本当に生き残ったんだ。と。

 

 ゆっくり後ろを振り返ると、グラン・モルドが目を見開いたまま倒れていた。

 

 今にもまた動き出しそうな迫力がある。

 

 黑鉄(くろがね)の外殻は裂け、巨体のあちこちに星涙石(せいるいせき)の破片が突き刺さっている。

 

 額の赤い結晶も、もう光っていなかった。

 

「……マジかよ」

 

 思わず声が漏れる。

 

 倒したんだ。あの化け物を。

 

 俺とミリス、たった二人で。

 

 ——なのに、まるで現実味が無かった。

 

 勝ったというよりも、死に損ねた感覚の方が近い。

 

 もしも、あと一歩でもズレていたら。

 

 星涙石(せいるいせき)に気付くのが少し遅れていたら。

 

 ミリスの力が限界を迎える方が先だったら。

 

 多分今頃、俺達は揃って潰されていた。

 

「……ん」

 

 不意に、ミリスが俺の袖を引っ張った。

 

「クラド。これ」

 

 差し出されたのは、最初に採掘した星涙石(せいるいせき)だった。

 

 蒼白い結晶は、薄暗い洞窟の中でも静かに光を放っている。

 

「あ……」

 

 そうだ。元々の目的は、これを持ち帰ることだった。

 

 ただ――。恐る恐る結晶の方を向く。

 

 他の星涙石(せいるいせき)はほとんど原形を留めていなかった。

 

 爆発だの何だので、洞窟中に破片が散っている。

 

「……やっちまったな」

 

 思わず乾いた笑みが漏れた。

 

 小粒になった今でも、ひと欠片で普通の一軒家と同等の価値がある。

 

 それが今や、足の踏み場もないくらい転がっている。

 

 しかもそのほとんどが、ガラス片みたいに砕け散っていた。

 

 こんな傷だらけじゃ、まともな加工品にはならない。

 

 商会の連中が見たら、その場で泡吹いて倒れそうだ。

 

 仕方なかった。これしか方法が思いつかなかったのだから。

 

 そう正当化しようにも、冷静に考えると頭がおかしい。

 

「……どうしよう、これ」

 

「ヴェルカ、絶対怒る」

 

 彼女のことだ。笑いながら酒瓶を投げつけて来るだろう。

 

 それか雇われの(というか買われた)身だ。一生タダ働きの終身奴隷コースか。

 

 奴隷を買った俺が、今度は奴隷になるのか。

 

「……笑えねえ」

 

 ミリスはそんな俺を見ながら、小さく首を傾げた。

 

「クラド、奴隷になるの?」

 

「なりたくねえよ……」

 

 即答すると、ミリスがほんの少しだけ口元を緩めた。

 

 そのまま俺たちは、揃って岸壁に背中を預けた。

 

 もう立っている気力すら残っていなかった。

 

 全身が痛い。特に頭が酷い。

 

価格操作(プライス・カスタム)】を短時間で連発した反動だろう。

 

 頭蓋の内側を、鈍器でゆっくり掻き回されているようだ。

 

「……帰ったら、三日は寝よ」

 

「ミリスは、ご飯食べる」

 

「さっきまで保存食食ってたろうが」

 

「あれはノーカウント」

 

「なんだその理論は」

 

 思わず笑いそうになった。

 

 笑った瞬間に肋に激痛が走って、結局顔をしかめる羽目になったが。

 

 それでも、ほんの少しだけ。生きて帰れる気がしていた。

 

 グラン・モルドは動かない。

 

 目的の星涙石(せいるいせき)も確保した。

 

 ボロボロだが、俺もミリスも生きている。

 

 ならば後は、洞窟を出るだけだ。

 

 と、その時だった。

 

 ――ゴゴゴゴゴゴ……!

 

 腹の底を鳴らすような轟音が鳴り響いた。

 

「……えっ?」

 

 直後、洞窟全体が大きく揺れた。

 

 天井から、砂と小石が降り注ぐ。

 

 嫌な音がした。岩盤が軋み、どこかで何かが崩れ落ちる音がする。

 

「お、おい……待て待て待て――」

 

 冗談だろ? グラン・モルドとの戦いで、洞窟そのものが限界を迎えたのか?

 

 視線の先で、大きな亀裂が壁を走る。

 

「ミリス、逃げるぞ!」

 

「……うん」

 

 ミリスも壁に手をつきながら立ち上がろうとする。

 

 だが次の瞬間。

 

 ――ズガァァァン‼

 

 爆音と共に、俺たちが入ってきた坑道が崩れ落ちた。

 

 土煙が一気に噴き上がる。

 

「……っ!」

 

 言葉が止まる。

 

 落ちてきた岩盤が、通路を完全に押し潰していた。

 

 隙間すらない。逃げ道が消えた。

 

 ――いや、違う。

 

 グラン・モルドが塞いでいた時点で、とっくに逃げ場なんて無かったんだ。

 

 ただ、戦っている間は考えないようにしていただけで。

 

 洞窟の揺れは止まらない。

 

 むしろ、どんどん激しくなっていく。

 

 天井に走った亀裂が蜘蛛の巣のように広がり、岩塊が次々と降り注いだ。

 

 ――ドゴォン!

 

 すぐ横に巨岩が落下する。衝撃で地面が跳ねた。

 

「っ、ぐ……!」

 

 膝が崩れる。もう脚に力が入らない。

 

 無理矢理立ち上がった反動で、全身の痛みが一気にぶり返してきた。

 

 ミリスもその場に座り込んでいる。

 

 肩で息をしていた。

 

「クラド……出口、ない」

 

「……見りゃ分かる」

 

 そう返した声に、自分でも驚くほど力が無かった。

 

 視線を巡らせる。

 

 崩れた岩壁。落ち続ける天井。塞がれた坑道。

 

 どこにも道なんて無い。

 

 逃げる場所が、本当に無かった。

 

 また大きく揺れる。

 

 頭上から、嫌な音が響いた。

 

 もう長く持たない。

 

 終わった。本気でそう思った、その時だった。

 

「アンタ達、なかなかやるじゃないの」

 

 崩落音の向こうから、妙に呑気な女の声が響いた。

 

 ミリスの声じゃあない。もっと軽薄で、とてもこの場所に似つかわしくない声音。

 

 すると、瞬きをしたのとほぼ同時だった。

 

「しょうがねえから、力を貸してやるよ」

 

 突如、天井から降りてきた影がニヤリと笑った。

 

 赤い髪。見慣れた酒瓶。そして、呆れるほど場違いな笑み。

 

「ヴェルカさん……! どうして……!」

 

「言ったろ。助けないけど、力は貸すってさ」

 

 軽口を叩きながら、ヴェルカは崩落した出口へ視線を向けた。

 

 数十トンはありそうな岩盤が、完全に通路を塞いでいた。

 

 なのに彼女は、困った様子すら見せない。

 

「ま、“()()”ときな」

 

 次の瞬間、ヴェルカが一歩踏み込んだ。

 

 ふらついた足取り。酔っ払いのような、力の抜けた動き。

 

 ――それなのに。

 

 岩盤に触れた瞬間、

 

「――破っ」

 

 巨大な岩壁が派手に弾け飛んだ。

 

「……なんだよ……それ……」

 

「嘘……」

 

 意味が分からない。

 

 剣も魔法も使っていない。

 

 ただ掌を押し当てただけだ。

 

 ただそれだけで、岩盤そのものが砕け散った。

 

 しかもヴェルカ本人は、軽く肩を回しているだけだった。

 

 息一つ乱れていない。

 

 まるで今の一撃が、軽いジャブ程度だったとでも言うように。

 

「ほら、ボサっとしてると今度こそ潰れるよ」

 

 呆然とする間もなく、ヴェルカが俺の腕を乱暴に引っ張ってきた。

 

「うわっ――」

 

「ミリス。アンタも来な」

 

 言いながらミリスの腕を引いて、俺たちを両脇に抱え込んだ。

 

 ひょいっ、と。驚くくらい軽々しく。

 

「軽いなあお前ら。まるで干物だなぁ」

 

「誰が干物だ!」

 

「クラド、保存食いっぱい食べたのに」

 

「余計なお世話だ!」

 

 そんな馬鹿みたいなやり取りをしている間にも、ヴェルカは瓦礫の中を駆け抜けていく。

 

 後ろでは、グラン・モルドの亡骸ごと坑道が崩れ落ちていく。

 

 轟音。土煙。崩壊。

 

 その光景は、まるで洞窟そのものが、役目を終えて眠りにつくようだった。

 

 

 ***

 

 

 馬車に戻った頃には、もう夜になっていた。

 

 俺とミリスは荷台へ転がされ、そのままヴェルカ特製の薬を飲まされた。

 

「ッッッッにがァ⁉」

 

 あまりの苦さに、思わず飛び起きる。

 

 なんだこれ。薬っていうか、腐った雑草を煮詰めた汁じゃないか。

 

「良薬は口に苦し、ってね」

 

 ヴェルカはケラケラ笑いながら酒を呷る。

 

 絶対楽しんでやがる、コイツ。

 

 隣ではミリスも無表情で固まっていた。

 

「……舌が死んだ」

 

「お前でもそういう顔するんだな……」

 

 けれど、薬の効果自体は本物だった。

 

 さっきまで肺を抉っていたような痛みが、少しずつ和らいでいく。

 

 骨の軋みも、頭痛も、ほんの少しだけマシになっていた。

 

 だからこそ。ようやく言いたいことが込み上げてくる。

 

「……いや待て」

 

 俺はゆっくりヴェルカを指差した。

 

「なんであんな所に行かせたんだよ」

 

「死ぬかと思った」

 

 ミリスも真顔で頷く。

 

「いやぁ、でも生きてるじゃない」

 

「結果論だろうが!」

 

 思わず怒鳴る。

 

 本当に死ぬところだったんだ。

 

 ヴェルカはそんな俺達を見ながら、酒瓶を揺らした。

 

「じゃあ逆に聞くけどさ」

 

 赤い瞳が、細められる。

 

「死地に飛び込んでみた感想は?」

 

「は?」

 

「だから感想だって。アンタ達、あの洞窟で何を見た?」

 

 意味が分からなかった。

 

 だが、ヴェルカは冗談を言っている顔じゃない。

 

 俺は少しだけ考えてから、ゆっくり口を開く。

 

「……価値って、最初から決まってるモノじゃないのかもな」

 

 ぽつりと呟く。

 

 今までの俺は、ずっと値札で世界を見ていた。

 

 高い物は凄い。安い物は価値がない。

 

 それが当たり前だと思っていた。

 

 でも違った。

 

 ただの石ころでも、使い方次第で怪物を殺せる。

 

 保存食だって、人を生かせる。

 

 折りたたみシャベルですら、命を切り開ける。

 

 だったら――。

 

「俺達も、同じだったんだな」

 

 自然と、そんな言葉が零れていた。

 

「商会じゃ役立たず扱いで、ミリスなんてタダ同然だった」

 

 苦笑が漏れる。

 

「なのに、今はこうして生き残ってる」

 

 ミリスが静かにこちらを見る。

 

 銀色の瞳が、少しだけ揺れていた。

 

「……値札なんて、当てにならないんだな」

 

 その瞬間。ヴェルカが、小さく口元を吊り上げた。

 

「ふふぅん、なるほどねぇ」

 

 ヴェルカは空になった酒瓶を置いて、肩を竦めた。

 

「そうさ。行商人ってのは、ただ物を見るだけの仕事じゃないんだよ」

 

「……?」

 

「人を見るのさ」

 

 夜風が荷台を揺らす。

 

 馬車の車輪が、静かな音を鳴らしながら街道を進んでいく。

 

「ガラクタ同然の品でも、“欲しい”って奴が現れた瞬間、宝になる。逆に、どれだけ高価なモンでも、誰も欲しがらなきゃただの置物だ」

 

「そんな曖昧な……」

 

「だから面白いんじゃあないか」

 

 その横顔は、いつもの酔っ払いとは少し違って見えた。

 

「アンタらの戦い方だって、そうじゃあないの?」

 

「……は?」

 

 今、なんて言った?

 

 俺とミリスは互いに顔を見合わせ、一緒にヴェルカの方を向いた。

 

「いやあ、まさか本当に勝つとは思わなかったけど」

 

 ヴェルカはぐいっと新しく開けた酒を呷り、あっけらかんと言い放った。

 

「……見てたのか?」

 

「見てたよ?」

 

「俺たちの戦いを?」

 

「うん」

 

 軽い。あまりにも軽すぎる。

 

「いやいやいやいや⁉」

 

 思わず立ち上がりかけて、脇腹に激痛が走った。

 

()ぁ――ッ!」

 

「クラド、落ち着いて」

 

「落ち着けるか! 俺ら死にかけたんだぞ⁉ それをアンタ!」

 

「そう怒るなって。勝ったんだし、万々歳だろ?」

 

「だから結果論だろうがそれは!」

 

 俺の怒りなど気にも留めず、ヴェルカはケラケラと笑う。

 

 全くもって悪びれる様子がない。

 

「じゃあ、何で助けなかったんだよ」

 

 せめてこれだけでも。そう思って問うた。

 

 その問いに、ヴェルカは少しだけ目を細めて答えた。

 

「それこそ、“価値”を信じたからさ」

 

「価値だって?」

 

「アンタたちなら勝てるってね。そう賭ける価値があると思った」

 

 本当に、調子のいい人だ。

 

 助けないとか言っておきながら、結局最後に助けに来てくれた。

 

 しかも、俺たちが死ぬ寸前まで見守っていたらしい。

 

 普通なら怒鳴り散らしたいところだ。実際、かなり腹は立っている。

 

 ――なのに。

 

 不思議と、文句だけでは終われない。

 

 ガザルム坑道で見せた、意味不明な一撃。

 

 飄々とした態度の奥にある、“何か”。

 

 この人は、多分——。

 

 そんなヴェルカが、不意に俺の左手へと視線を落とした。

 

「……ところでクラド。その指輪、どこで手に入れた?」

 

「指輪?」

 

 言われて、自分の手を見た。

 

 商会にいた頃、倉庫整理中に偶然見つけた古びた指輪だ。

 

 装飾も少ない、地味な代物。なのに――。

 

 《???:9,999,148,000G》

 

【価格表示】で見ても、それしか出ない。

 

 名前も分からない。価値だけが異常に高い。

 

「……商会で拾ったやつですけど、何か?」

 

 ヴェルカは酒瓶を揺らしながら、じっと指輪を見つめる。

 

 その瞬間だった。

 

 初めて彼女の表情から、余裕が消えた。

 

 本当に、一瞬だけ。けれど確かに、目の色が変わった。

 

「……ヴェルカさん?」

 

「いやぁ?」

 

 だが次の瞬間には、いつもの軽薄そうな笑みに戻っている。

 

 誤魔化された。

 

 自分を落ち着かせるように更に酒を入れつつ、彼女は言葉を紡いだ。

 

「ソイツ……もし、その指輪が“本物”なら――」

 

 ヴェルカは夜空を見上げながら、静かに俺たちを見据えた。

 

「そのうち世界そのものが、ソレを奪いに来るよ」

 

 意味が分からなかった。

 

 世界が奪いに来る?

 

 指輪一つで?

 

「……ま、アタシも詳しくは知らないんだけどね」

 

 ヴェルカは肩を竦める。

 

 だが、その目だけは笑っていなかった。

 

「だから、今の内に強くなっときな。師匠として、アンタらを守るくらいはしてやる」

 

 軽い口調だった。

 

 けれどその言葉には、不思議な重みがあった。

 

 馬車が夜道を進んでいく。

 

 その揺れの中で、俺はもう一度だけ指輪を見つめた。

 

 鈍い銀色の表面には、見たこともない紋章が刻まれている。

 

 まるで――何かを待ち続けているように。

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