無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。 作:鍵宮ファング
ミスラントを後にしてから数日。
俺たちは、ヴェルカに半ば連れ回される形で街道を進んでいた。
相変わらずヴェルカは酒を呷り、ミリスは道中で摘んだ花を愛おしそうに眺めている。
かくいう俺は、木箱の中のガラクタを眺めていた。
商会を出たというのに。やることは昔と大して変わらない。
これが職業病、というものだろうか。嫌な癖だとつくづく思う。
錆びた歯車。
欠けたランタン。
用途不明の金具。
どれも数十G程度の安物だ。
けれど、ヴェルカは平然と買い集めていく。
「これ、買い集めるほど価値あるのか?」
何気なく尋ねると、御者台のヴェルカが不敵に笑った。
「ある時はある。ない時はない」
「また適当な……」
「価値なんてそんなモンさ」
風に赤髪を揺らしながら、ヴェルカは前方へ視線を向ける。
「ま、次の街に着けば嫌でも分かるさ」
「次の街?」
「王都ミナスガルドだ」
その名前を聞いた瞬間、ミリスが小さく顔を上げた。
俺も思わず目を瞬く。
――ミナスガルド。
大陸最大級の交易都市。
商会にいた頃、壁に貼られた交易地図で何度も見た名前だ。
けれどまさか、自分が来ることになるなんて、考えたこともなかった。
「へぇ……王都なんて初めてだ」
「アンタみたいな田舎の商人見習いには刺激が強いかもねぇ」
ヴェルカはケラケラ笑う。
だが、その直後。
ふっと目だけが笑わなくなった。
「気を付けな」
「……何を?」
「ミナスガルドはなぁ――」
御者台の縁を軽く蹴りながら、彼女は呟く。
「“価値”が人を食う街だ」
ヴェルカはそう言って、空になった酒瓶をひょいと荷台へ放り投げた。
からん、と乾いた音が鳴る。
そのまま彼女は御者台の上で大きく背伸びをした。
「ま、アンタらみたいな田舎者にゃ、勉強にうってつけの場所かもねぇ」
「うわ、絶対バカにしてるだろ」
「してるよ?」
「隠す気ゼロかよ!」
俺が顔を顰めるその横で、ミリスが小さく手を挙げた。
「ミリス、王都ちょっと楽しみ」
珍しいな。あまり他に興味を示さないミリスが、こうも楽しそうに興味を持つとは……。
「美味しいご飯ありそう」
「そこかよ」
ミリスは相変わらずだった。
するとヴェルカが、面白そうに口元を歪めた。
「あるぜ? 金さえありゃ、世界中のモンが腹一杯食える」
「世界中の……!」
「……で、逆に無かったら?」
恐る恐る、俺がそう訊くと。
ヴェルカは肩越しにこちらを見据え、静かに口を開いた。
「食われる側さ」
一瞬、馬車の車輪の音だけが、やけに大きく聞こえた。
やっぱりこの人には、時々変な迫力がある。
そんなことを考えているうちに、馬車の速度が少しずつ落ち始めた。
窓から外を覗けば、前方に巨大な城壁が見えてくる。
白亜の外壁。空へ突き刺さる尖塔。無数の荷馬車。人の群れ。
そして――空中を泳ぐように浮かぶ、魔道広告の光。
「うわぁ……」
思わず声が漏れた。
田舎育ちの俺にとって、それはとても故郷と同じ世界とは思えなかった。
ヴェルカが口笛を吹く。
「着いたぜ。欲望と値札の街――ミナスガルドへ」
ミリスが目を丸くする。
「大きい……!」
「いい反応だ。けど二人とも、あまりのデカさにチビるなよぉ?」
「チビるか!」
とは言いつつも、正直あまりのスケールにチビりそうではあった。
――この時の俺たちは、まだ知らなかった。
この街で、“価値”そのものに振り回されることになるなんて。
***
城門をくぐった瞬間だった。ミリスがぴたりと足を止めた。
「……クラド」
ぎゅっ。と怯えた表情を浮かべて俺の裾を掴む。
「人、多すぎる」
「……分かる」
前を見ても人。後ろを見ても人。横を見ても人。
しかも全員、歩く速度が妙に速い。
肩がぶつかる。怒鳴り声が飛ぶ。
荷車がすぐ横を駆け抜ける。
故郷の市場とは、密度そのものが違っていた。
「――ッ⁉」
次の瞬間、頭の奥がぐらりと揺れた。
視界がうるさい。
いや、違う。情報が多すぎる。
《銀食器:340G》
《魔導ランプ:1,200G》
《高級香辛料:8,000G》
《奴隷契約書:54,000G》
《鑑定済み魔石:31,500G》
通り過ぎる人間。荷馬車。店先の商品。
目に入るもの全てに、価格が勝手に浮かんでは消えていく。
息苦しい。
まるで脳味噌に直接、値札を突き刺されているようだった。
そんな喧噪から逃れようと空を見上げれば、巨大な魔道広告が待ち構えていた。
飛行艇の脇に張り付きながら、酒場の宣伝を垂れ流している。
「アッハハ! おいおいどうしたぁ? まだ入って一分も経ってねえぞぉ?」
周囲の喧騒なんて慣れきっているのか、ヴェルカは鼻歌交じりに人混みの中を進んでいく。
「お、おい待てって……うう、気持ち悪……」
頭を抑えながら呻く俺をよそに、ミリスはきょろきょろと忙しなく辺りを見回していた。
「クラド、見て」
「んぁ……?」
「あのパン、光ってる」
視線の先では、焼きたての生地に火花を散らした屋台が客を呼び込んでいる。
さらにその隣では、串焼き屋の煙がもうもうと立ち昇っていた。
「いい匂い……ミリス、幸せ……」
ミリスは小さく呟き、フラリと倒れかけた。
咄嗟に抱き抱えると、恍惚とした表情で「へへ……」と笑っていた。
そんな彼女を見て、ヴェルカは再び高らかに笑った。
「大丈夫かぁ? そんな調子じゃあ、こっから先は持たないんじゃあねえのか?」
「逆にアンタが慣れすぎなんだよ……」
「そりゃあそうさ。旅商人は都会でも田舎でもほっつき歩く生き物だからねえ」
堂々と言ってのけて、朗らかに笑う。
毎度の事ながら、俺たちが想像する規模を遙かに超えて来る。
そうしてヴェルカは慣れた足取りで大通りを外れ、石畳の坂道へ入っていく。
表通りより人通りは少なかった。
だがその分、香草や焼きチーズの濃厚な匂いが濃く漂っていた。
「ところでアンタたち、腹は減ったかい?」
「いや、俺は――」
「うん! お腹ぺこぺこ」
俺の言葉を遮って、ミリスが飛び起きた。
さっきまで、多幸感で半分死んでいたとは思えない声だった。
「じゃあ今日の夕飯はここで食うとするか」
ヴェルカは清々しい笑顔で一軒の店を親指で示した。
扉の向こうから、陽気な笑い声と食器のぶつかる音が聞こえてくる。
その木製の看板には、達筆な文字でこう刻まれていた。
『バル・バンドーラ』
見たことも聞いたこともない名前の店だった。
「おっ、ヴェルカじゃねえか!」
すると、入口から恰幅のいい店員が顔を出してきた。
「今日は弟子連れか?」
「腹減ったガキを拾ってきただけさ」
「ハハッ、なら運がいい! 今日はトットパット料理長の気まぐれ海鮮パスタだ! そこのお弟子さんも、サービスするぞぉ!」
***
そんなこんなで、俺たちは店の中へ通された。
「お待たせしました~」
景気のいい声と共に、次々と皿がテーブルに並べられていく。
湯気を立てる海鮮パスタ。
とろりとチーズを伸ばす焼きたてのピザ。
そして中央には、巨大な骨付き肉。
赤黒い角を持つ魔獣、《
滴り落ちた肉汁が鉄板に触れ、ジュウゥッ! と煙を上げる。
「……すごい。すごい!」
ミリスはキラキラと目を輝かせ、小さな口をわなわなと震わせていた。
俺だって負けていない。目の前のご馳走に、思わず喉が鳴る。
「これ、食べていいの?」
ミリスが恐る恐る訊く。
まるで、“こんな物を私が口にしていいのか”とでも言いたげに。
「遠慮はいらねえ、今のうちにガッツリ食いな!」
その瞬間だった。
「いただきます」
ミリスが物凄い勢いでパスタに飛び付いた。
ぎこちないが、湯気立つ麺をフォークで持ち上げて、そのまま頬張る。
「~~~~っ⁉」
ミリスは目を見開いたまま固まっていた。
口いっぱいに頬張ったまま、幸せそうに肩を震わせる。
いくら美味しいとはいえ、そこまで感動するものか?
いやしかし、見ているだけで腹が減ってくるのは事実だ。
「じゃ、じゃあ俺も……」
震える手をそのままに、恐る恐るピザに齧り付いた。
たったその一口で、今まで食ってきたパンとの違いを理解させられた。
焼き立ての生地は外側がパリッとしているのに、中は驚くほど柔らかい。
噛んだ瞬間、とろけたチーズと肉汁が一気に溢れ出した。
「~~~~ッ⁉」
「アッハハハ! 感動のあまり声も出ねえか! やっぱりガキだなあお前ら」
ヴェルカは腹を抱えて笑いながら、ワイン瓶をそのまま呷った。
ごく、ごく、ごく、と喉が鳴る。
しかも瓶が傾いたまま戻ってこない。
「いやアンタもそれ飲み方おかしいだろ!」
「細けぇことは気にすんな! 御託はいいからたんと食え!」
「言われなくても!」
言いながら今度は骨付き肉に齧り付く。
炭火で焼かれた肉の表面は香ばしく、中からは熱い肉汁が滴り落ちていた。
獣臭さはほとんど無い。
代わりに、濃厚な脂の旨味が舌へ殴りかかってくる。
こんな食事、故郷じゃ祭りの日でも絶対に出てこない。
奴隷時代のミリスなら、きっと匂いすら嗅げなかっただろう。
なのに今、同じテーブルで笑いながら飯を食っている。
ただそれだけの時間が、妙に嬉しかった。
「喉詰まるぞ」というヴェルカの声すら遠かった。
ひたすらに食って、騒いで、飲んで、また食って。
つい数日前まで死にかけだったのが、まるで嘘のようだ。
「さて、と。そろそろ頃合いだし、二人にも話しておこう」
半分近く食べ終えた頃、ヴェルカが突然声を上げた。
手にはもう何本目かも分からないワイン瓶を抱えているが、表情だけは真面目だった。
「話すって、何を?」
ピザに齧り付きながら、ミリスが首を傾げる。
「この王都に来た理由だよ。まさか暢気に“観光”しに来たと思ったか?」
「……少しは」
「バカ、はずれです」
「普通に悪口じゃねえか!」
ミリスめ、一体いつそんな言葉を覚えた。十中八九、犯人は目の前にいる。
――とはいえ、流石にヴェルカのことだ。
理由もなく死地に飛び込むような人じゃあない。
あの坑道での一件を経験した今なら、なんとなく信頼できた。
「じゃあ、何のために来たってんだ?」
訊くが、ヴェルカはしばらく黙ったまま、テーブルの上のワイン瓶を指で転がしていた。
店内は相変わらず騒がしい。
笑い声も。皿の音も、酔っ払いの歌も。
なのに、その一角だけが妙に静かだった。
そしてぽつりと、ヴェルカはようやく口を開いた。
「《
闇。その言葉に、俺とミリスは思わず息を呑んだ。
「闇競売だって……⁉」
「盗品、呪物、奴隷、魔物。金になるなら何でもアリ。王族の横流し品も、禁呪の魔道書も、そこじゃあ全部“商品”だ」
ヴェルカは淡々と言葉を紡ぐ。
「中には、自分の寿命を売った奴もいたらしい」
「寿命を、売る……?」
ミリスの顔が引き攣った。
無理もない。奴隷や盗品といえど、物ならまだ理解できる。しかし……。
「つっても、自分を生贄に異界の悪魔を召喚する権利――と言った方がいいかな」
ヴェルカは皿のピザを一切れ取って、鼻で笑った。
「八年ほど前、南方の小国が一つ消えたらしい。未だ原因不明だが……」
「お、おい……まさか、その原因は――」
「という都市伝説があったり、なかったり」
タハハッ!
ヴェルカは顔を赤くしたまま、大きく手を叩いて笑った。
どう見ても酔ってやがる。
なのに、その笑い方だけが妙に寒々しかった。
八年前。
一体どこの国が消えたのか。
いや、本当に“消えた”のか?
酔った店内は相変わらず騒がしいのに。
何故か、自分の席の周囲だけ温度が下がった気がした。
「そんで、私はソコに
きっかりと十秒。俺とミリスは、ぽかんと口を開けた。
「……は?」
ようやく出て来たのは、そんな間抜けな声だった。
「だから、
「それは、分かった。だから何でって――」
「あんな規格外のブツを闇競売に投げてみろ? 裏の連中が、アレを見てどんな面するか気になるだろ?」
ニヤァ……と、ヴェルカは完全に悪役のような笑みを浮かべた。
やっぱり、俺の予想は当たっていた。
この女、ロクなことを考えていない。
……なのに、何故だか目を離せない。
「いやいやいや! 何言ってんだよアンタ!」
思わず立ち上がる。
「俺たち、アレ採るために死にかけたんだぞ⁉」
「すごく痛かった。二度と行きたくない」
ミリスも真顔で頷く。
「なのに反応が見たいから出品しますって何だよ! 子供のイタズラでもタチが悪いわ!」
「趣味悪い」
「ハッハッハ! 最高の褒め言葉として受け取っとくよ」
「褒めてねえ!」
「それに安心しろって。売れた金の七割は、ちゃんとアンタらに回してやる」
「そういう問題でもねえっての……」
全く、これじゃあ胃が幾つあっても足りない。
……けれど。ふと引っかかる。
星涙石。闇競売。そして、ヴェルカの妙に真面目な顔。
きっと、まだ何か隠している。
ならば今、訊くべきなんだろう。
――なのに。
「…………」
何故だか、それ以上踏み込むのが少し怖かった。
訊けば最後、本当に後戻りできないような。そんな気がして。
そんな俺たちを遮るように、ヴェルカはパン! と両手を叩いた。
「ほらほら、冷めないうちに食いな! 明日から本格的に忙しくなるんだから」
「……話逸らした」
ミリスの突っ込みを横目に、ヴェルカは不気味なくらい笑い続けていた。