7月xx日
呉市にて。
平日の朝、路面電車に揺られること十数分。自分はぼうっと街の景色を眺めていた。
靴屋のポップには外国製かのようなかっこいいスニーカーの写真が貼られている。
昔は世界中でこんな感じのスニーカーが大人気だったらしい。アメリカのバスケットボールの選手をモデルにしたもので当時はほとんどの人がこのスニーカーを履いていたとか。
だけど、今ではとんでもない貴重品だ。金持ちじゃないとあんな外国っぽいシューズは買えないだろう。
まぁ、あれも所詮昔のスニーカーの「模造品」でしかないのだが。
僕が生まれた前の年ぐらいに、世界は激変した。
突如世界の海に現れた怪物、深海棲艦。
そいつのせいで今までの生活は滅茶苦茶になったらしい。僕が今中学生だから、15年くらい前か。
飛行機で当たり前のように海外を行き来する時代は終わった。
今飛ぼうとしたら怪物どもに撃ち落とされる。
船なんか使ってみろ?死に方すら分からなくなる。
そのせいで、世界中のシーレーンは断絶した。
ヨーロッパではサッカーがすごく有名だったらしい。
今ではかろうじて韓国や中国を経由して入ってくる情報しか耳に入らない。
つい最近聞いたことだが、半年前のサッカーの大会ではドイツのチームが優勝したらしい。CL?と言う大会らしい。
「はぁ…」
「もっと昔に生まれたかったなぁ…」
憂鬱な気分に浸っていると、そろそろ自分が降りる駅に近づいていることに気付く。
「あっ!降りまーす!」
焦って僕は駆け足で路面電車から降りる。
しまった…
一つ前の駅で降りてしまった…
仕方なく僕は、そこから学校へ向かうことにした。
あんまりここから通ったことはないので、勘を頼りに進んでいく。
ホーム左側の出口から歩道まで歩いて、そこから雑居ビルのあたりを進んでずっと右側で…
そんなこんなしてるうちに、雑居ビルのあたりで迷ってしまった。
「遅刻かな…これ…」
気付けば涙目になりながら何度も同じ道を往復してしまっていた。
そんな僕に声をかける人がいた。
「あの…大丈夫?」
びっくりした。
女の人だった。
でも、自分より遥かに身長が高くて…
それに、なんと言うか…大人びている。
大人より大人びているという…言葉にすると変だが感覚的にはそうとしか言いようのない雰囲気がその人から感じられた。
「あ、あの…大丈夫?」
女の人が再び声をかけてくる。
びっくりしたけど、丁度いいタイミングだった。
僕は正直に、道に迷ってしまったことを伝えた。
「そ、そうなんだ…えーと、海事大附属中…あー!あそこか!きみ!ついてきて!」
女の人は半泣きになっていた僕の手を握って、道案内をしてくれるらしい。すごく助かる…
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「お姉さん、ありがとうございます…間違えて手前の駅で降りてしまって…ここからでもいけると思ったんですけど…」
「あぁ、そうだったの!てっきりちょっと学校サボっちゃおーとかそんな感じかと思ってた笑」
「さ、サボりませんよ!僕はえりーと、になりたいんですから!」
「そのエリートになるなら、学校の道くらい把握しとかないとねー!」
「そ、それはその仕方ないやつですよ!」
僕は道中で、女の人と会話をしていた。
しかしこの人すごく美人だ。その上身長も高くて手も大きい。自分の体重くらいならひょいと持ち上げられそうな気がする。
な、なにもんなんだ…
「お、お姉さん…」
「ん?なぁに?」
僕は意を決して聞いてみる。
「お姉さんってニートだったりします?」
仕事をしてないで、筋トレばかりしてる人なんじゃないのかって。そう思ったんだ。
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怒られた。
ニートなわけありますか!って。
ややプンスカしている。
「じゃ、じゃあなんの仕事をされてる方なんですか?20代…?かと思うのですが」
「えっ!?…」
「え?」
あー…やらかしたな。
「いや、すみません…お姉さんがすごく大人びて見えたと言うか…えーと…学生なんですか?」
「…そうです。」
ちょっとシュンとしてしまっている。申し訳ないことをした。
「で、でもすごい!大人の色気っていうか!その!すごいですよね!なんか!いやー!憧れます!」
「まぁでも、半分正解なんですけどね。」
「え?」
「私の身分、知りたいですか?」
「え、えぇ。差し障りなければ…」
「まぁ、海事大附属ってことならば…大して問題にもならないでしょう…」
お姉さんは急にシリアスな顔になって、僕に微笑んでくる。
「私の身分は艦娘候補生。将来、艦娘として深海に巣食う怪物と戦うことになってるの。」
艦娘、僕は知っている…
お父さんから教わったり、授業でやった。
「康治、お前は将来政治家か提督になるんだぞ」
「提督?」
「そうだ、人の形をした船を指揮して、海の上にいる怪物と戦わせるんだ!」
「船が人の形してるの?」
「はっはっはっ、まぁそんな感じだ。まぁ、その船に情が湧いて命令を無視するドアホもいるがな。」
「アホもいるんだ!そんなのにはなりたくない!」
「そうだぞーお前は私の息子だからな!優秀なんだ!」
「艦娘というのはだな、昔の日本で建造されていた船の特性を模した艤装という武器があり、その武器との適合指数が高い女性がなるもので…」
「この艦娘っていうのがまあ色々闇が深いんだが…家庭が貧しかったりとかなぁ…まぁそのあたりは親御さんから聞いてくれぇー」
「おい、そこのテストで赤点取ったバカ生徒、寝てんじゃねえ!とまぁこんな感じで提督になるためには…」
「でこの容疑者なんだが、艦娘に情が湧いたとかで命令無視を繰り返して…結果判例は…」
「候補生ってことは…人…?」
人の形をしている船のようなもの。
僕はそう教わった。
「?うん、人間だけど…」
人。ヒト…
「ち、ちなみに名前はなんていうんですか?」
思わず名前も聞いてしまった。
「名前かー…まぁなんかいいや!大田 和子。ちなみにちゃーんと、この街出身!華の17歳ですからね!中学も知りたい?」
人には、名前がある。年齢がある。
船にも確かに名前や歴はある。
でも、聞けば聞くほどこの人は人間だった。
僕はある意味、この人に
出会ってはいけなかったのもしれない。
…
あっ、
…じゃあお前もサボりかよ。
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それから色んなことが気になってしまって沢山お姉さんに聞いてしまった。
この人の家は父を深海棲艦との戦闘で亡くし、自分が艦娘という立場になることでようやくまともに飯が食えるようになるとのことだった。
他にも、今の僕では聞いても分からないことを少し教わった。
向こうは向こうで途中から、迷子を装ったナンパなんじゃないかと思っていたらしく、真面目に聞いてる様を見てようやく違うと気付いたようだった。でも、なぜか進路は学校から遠ざかっている気がした。
「あの、僕の学校もう通り過ぎてません?」
「うん、そうだね」
「えっ!?あ、あの…もう授業始まってて…」
「うん、多分そうでしょう!♪」
「えっ…えっ?」
「せっかく、こんだけ話したんですからもっと沢山聞いてもらいましょうか!ついでに学校の向こう側の景色がどうなってるか!見たくない?」
見たい。言われてみれば行ったことがなかった。
それに、この人…いやお姉さん達への価値観が揺らぎ始めてる今、いつも通りの授業を受けるよりこの人の授業の方が価値があるように思えて仕方ない。
「よし、じゃあ市内散策と行きましょう!」
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入江のより中央部分へ歩いていくと、煉瓦造りの大きな建物が見えた。
しかも、滅茶苦茶外国っぽい!
色めき立つ僕に気付いたのか、お姉さんは自慢げに紹介する。
「ここは、艦娘養成所と呼ばれる場所。…てかまだ習ってなかったんだ。ここが私の通っている学校なの。」
「すげー…かっくいい…てかあなたもサボりなんですか?」
「ち、違いますよ!何を人聞きの悪いことを!」
え、違うのか…
「その仲間ができたと思ったのに…みたいな顔やめてくださいね!」
バレたか。艦娘だから心読めたりするのかな?
「で、でも!こんなかっこいい学校に通えるなんて凄いですね!憧れる!いいなー!俺もこんなところで「だめ。」
えっ?
「だめだよ。」
「そんないいところじゃない。」
急にお姉さんの空気が冷え込んだ感じがした。
これだ、僕が感じた違和感は。
大人より大人びてる。この正体が。
「艦娘はね、大変…いや、本当は私もなりたくなかった。」
…どういうことなのだろうか。
「学校では艦娘について、なんて習ってる?」
「えっ…えーと、その…人々のために戦う素晴らし「嘘だね。」
「はい。」
本当は全く違う。
いや、小学校までは、本当にそうだった。
そうやって習っていた。
でも中学からは…いや、あの附属に入ってからは…
「艦娘を人だと思うな。でしょ?」
「うん…図星って感じだね。分かりやすいなー、顔に出てるよ。」
「そ、その…ごめんなさい」
「いいの、いいの。君が悪いわけじゃない。」
「そういうものだから…」
「ほんとに…そういう運命…使い捨てで…無理やり変な薬で体をくっつけて…ほんとに…」
どんどん空気が重くなる。
お姉さんは、海の方を見て睨んでいた。
いや、あの先には授業で真っ先に習ったあの建物がある。海と、建物。丁度その境目あたりに目線が向いているように見えた。
「…っ!ごめんね!なんでもないの!」
「とりあえず、君の学校のところへ行こうか!」
「お姉さんはいいんですか?学校…」
「私はいいの!というか今特別にお休みをもらってるから。」
「なんのお休みなんですか?」
「んー、その…艦娘になるための手術をしたばかりだから、体が馴染むまでお休みなの。」
「あっ…そうなんですね…てことはこれから体も変わっちゃったりするんですか?」
「いや、もう変わった後。」
「あっ、そうなんで…すね…」
気付いた頃には遅かった。彼女の頬から、涙が溢れ出ていた。我ながらデリカシーの無さを悔やむ。
「ごめん、何かの縁かと思ってもう言うね。本当はあんまり言っちゃいけないのに…ダメなのに…君に言わないと耐えられなくて…」
「辛くて…しんどくて…暴れそうな心を抑えながら歩いてたら、提督になるための学校に通う生徒が偶然いたんだよ?もう、君に打ち明けるしかないと思って…本当にごめんね…本当に…」
それから、沢山のことを聞いた。絶対に他人には言ってはいけないと。釘を指されて。
「でもね、私頑張れるの。なんでだと思う?」
「…なんでなんですか?」
「私は、戦艦になるから。」
「戦艦…ですか?あ、あの…とんでもない威力の…」
「そう。長門とか聞いたことあるでしょ?それと同じ、戦艦。」
「日本の英雄として、女傑として崇められているあの…長門…」
「あの長門さんと同じポテンシャルがあるって言われたら、辛くてもちょっとだけ頑張れちゃうよね!楽しみ!」
さっき流していた涙の量とは到底釣り合わない微笑を浮かべながら彼女は微笑んでいた。
「何の…名前の戦艦になるんですか…」
「それはまだ秘密!流石に言ったら…お互い極刑に…「じゃあいいです!無理無理無理!」
それから、彼女の案内でようやく学校に戻って来れた。
戻った頃には4時間目になっていた。無断でサボったせいで保護者含めて大慌てだったらしく、教師にも親にもおうふくビンタを喰らったのだった。
だけどあの時彼女が発していた言葉、一言一言が、そのビンタよりも遥かに強烈に僕の脳内を揺らしていた。
価値観というのはこういった一つ一つの出会いによって変わっていくのだと、その時初めて実感した。
「お前は、父である私のように優秀な提督になって国民を救うのだよ!」
「そのためには、船をどう動かすかをチェスを使って学びなさい!意外と勉強になるんだ!これが!」
船、フネ…
人、ヒト…
…
…
僕は、提督になりたくない。
初めてそう思った。